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第七章:シルファの告白
4:声を失った少年
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昼食は主菜のない粗末すぎる食事になった。シルファは不平を言うこともなく、いつも通り昼食を済ませると、王宮の近くにある呪術対策局の本部へと出かけて行った。
独りになると、彼が語った事情がどっしりと脳裏に渦巻く。考えずにはいられない。
目の前で魔法を見せられたかのように、まだ心が追い付いていないが、ミアにとってはこの国にいることがすでに御伽噺のようなものだ。
シルファのいう聖女の恩恵については、頭を悩ませるしかない。考えさせて下さいと言ってみたものの、どうすることが最善なのかはわからない。
それでも、ミアには明確になったこともある。シルファの目的である。
ミアを元の世界に戻すために、彼は裏切った同族を探している。
大魔女、アラディア。
奪われた心臓――シルファの力の源を取り戻す。
(――わたしにも、手伝えることがあるかな)
聖女が崇高な一族にとって特別な存在なら、アラディアにも例外ではないのかもしれない。シルファは何も言わなかったが、何もせず委ねているだけなのは居心地が悪い。
シルファの復活のために役に立てるのなら、積極的に関わってみたかった。自分が元の世界に帰るためでもあるのだ。聖女の利用価値を惜しむことなど何もない。
(具体的にできることがないか、シルファに聞いてみよう)
できるだけ前向きに考えながらも、ミアはいつのまにか唇に触れている自分の指先に気づいた。わざと意識を逸らしていたが、衝撃はあっけなく蘇る。思い出すだけでぼわっと頬に熱がこもった。
甘味と香りに誘われるように、自分は積極的に応じてしまったのではないか。
シルファの放つ甘い檻。囚われると、どうしようもなくなってしまう。まるで媚薬を与えられたような陶酔感。恥じらいや慎ましさが遠ざかり、欲望だけが剥き出しになる。
(わたし、いちおう聖女なのに――)
聖女の振る舞いには程遠い。シルファへの想いだけでは語りつくせない衝動。
(ダメ、もう考えない! ――教会へ行く支度をしよう)
聖女の恩恵については、今はあえて思考を停止させておくことにした。
ミアは後片付けを済ませると、再び教会へ赴いた。
教会の門をくぐると、菜園から子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。ミアは子どもたちに手を振りながら、同じように菜園に出ているドラクルに届くように、大きな声で挨拶をする。
歩みは止めず、聖堂を横目に眺めながら、慣れた様子で宿舎のような趣のある建物の傍らにやってきた。
無造作に植えられた木から木へと貼られた縄には、視界の見通しを遮るように洗濯物がはためいている。家事も当番制で子どもたちが担っている。ミアが干されている衣類に触れると、すっかり乾いていた。大きなカゴを持ち出してきて、干された衣類を収めていく。
風に揺れるシーツに手をかけた時、ふと見慣れない光景が視界に入った。
建物の影で座り込んでいる人影。
一瞬かくれんぼでもしている子がいるのかと思ったが、しばらく見守っていても、ぴくりとも動かない。ミアはシーツをカゴに入れると、小さな人影に駆け寄った。
目を閉じてぐったりとした様子。意識を失っているのか眠っているのか分からないが、呼吸に合わせて肩が上下している。棒のような手足と黒髪が印象的だった。ミアはこの教会では、司祭のドラクル以外に黒髪を見たことがない。
紛れ込んだのだろうかと思いながらも、迷わず抱きあげていた。菜園のドラクル司祭の所へ走ると、先に気づいた子ども達がわらわらと「どうしたの?」「その子、誰?」とミアを取り囲んだ。
声をかける前に、ドラクルもこちらに駆け寄ってくる。
「ミア、どうしたんです? その子は?」
「建物の影に座り込んでいたんです。でも意識がないみたい」
「とにかく中に入りましょう。こちらへ」
ドラクルは子ども達にそのまま菜園の手入れを続けるように伝えてから、ミアから少年を受け取る。宿舎のような建物へ入り、誰も使用していない小さな部屋へ運んだ。
「私は医師に連絡します。ミア、この子をお願いします」
少年を寝台に寝かせ、ドラクルが部屋を出ていこうとする。司祭を見送ろうとしていたミアの手に、ひやりと何かが触れた。ミアは咄嗟に小さく声をあげてしまう。
驚いて寝台を見ると、少年が身を起こしていた。ミアの手に触れて、黒い瞳でじっとこちらを見つめる。
「良かった、目が覚めたんだ。大丈夫?」
少年が頷くのを見て、ミアはドラクルに声をかけようとしたが、すでに彼は寝台の傍らに戻っていた。少年と同じ目線になるように膝を折って尋ねる。
「気分は悪くないですか?」
少年はこくりと頷いた。
「名前を教えてもらえますか」
「――……」
少年は答えない。ドラクルがもう一度聞くと、彼の小さな手がそっとミアの掌に触れた。すっと何か
をなぞるように少年の指先がミアの掌を滑る。
「えーと、ル、ミ、エ、……ルミエかな?」
掌になぞられた文字を確かめると、少年は頷いた。ミアは予感を覚えてドラクルの顔を見る。ドラクルは頷いてから、少年をに問う。
「もしかして、ルミエは声が出せないのですか?」
少年は再び、こくりと頷いた。
独りになると、彼が語った事情がどっしりと脳裏に渦巻く。考えずにはいられない。
目の前で魔法を見せられたかのように、まだ心が追い付いていないが、ミアにとってはこの国にいることがすでに御伽噺のようなものだ。
シルファのいう聖女の恩恵については、頭を悩ませるしかない。考えさせて下さいと言ってみたものの、どうすることが最善なのかはわからない。
それでも、ミアには明確になったこともある。シルファの目的である。
ミアを元の世界に戻すために、彼は裏切った同族を探している。
大魔女、アラディア。
奪われた心臓――シルファの力の源を取り戻す。
(――わたしにも、手伝えることがあるかな)
聖女が崇高な一族にとって特別な存在なら、アラディアにも例外ではないのかもしれない。シルファは何も言わなかったが、何もせず委ねているだけなのは居心地が悪い。
シルファの復活のために役に立てるのなら、積極的に関わってみたかった。自分が元の世界に帰るためでもあるのだ。聖女の利用価値を惜しむことなど何もない。
(具体的にできることがないか、シルファに聞いてみよう)
できるだけ前向きに考えながらも、ミアはいつのまにか唇に触れている自分の指先に気づいた。わざと意識を逸らしていたが、衝撃はあっけなく蘇る。思い出すだけでぼわっと頬に熱がこもった。
甘味と香りに誘われるように、自分は積極的に応じてしまったのではないか。
シルファの放つ甘い檻。囚われると、どうしようもなくなってしまう。まるで媚薬を与えられたような陶酔感。恥じらいや慎ましさが遠ざかり、欲望だけが剥き出しになる。
(わたし、いちおう聖女なのに――)
聖女の振る舞いには程遠い。シルファへの想いだけでは語りつくせない衝動。
(ダメ、もう考えない! ――教会へ行く支度をしよう)
聖女の恩恵については、今はあえて思考を停止させておくことにした。
ミアは後片付けを済ませると、再び教会へ赴いた。
教会の門をくぐると、菜園から子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。ミアは子どもたちに手を振りながら、同じように菜園に出ているドラクルに届くように、大きな声で挨拶をする。
歩みは止めず、聖堂を横目に眺めながら、慣れた様子で宿舎のような趣のある建物の傍らにやってきた。
無造作に植えられた木から木へと貼られた縄には、視界の見通しを遮るように洗濯物がはためいている。家事も当番制で子どもたちが担っている。ミアが干されている衣類に触れると、すっかり乾いていた。大きなカゴを持ち出してきて、干された衣類を収めていく。
風に揺れるシーツに手をかけた時、ふと見慣れない光景が視界に入った。
建物の影で座り込んでいる人影。
一瞬かくれんぼでもしている子がいるのかと思ったが、しばらく見守っていても、ぴくりとも動かない。ミアはシーツをカゴに入れると、小さな人影に駆け寄った。
目を閉じてぐったりとした様子。意識を失っているのか眠っているのか分からないが、呼吸に合わせて肩が上下している。棒のような手足と黒髪が印象的だった。ミアはこの教会では、司祭のドラクル以外に黒髪を見たことがない。
紛れ込んだのだろうかと思いながらも、迷わず抱きあげていた。菜園のドラクル司祭の所へ走ると、先に気づいた子ども達がわらわらと「どうしたの?」「その子、誰?」とミアを取り囲んだ。
声をかける前に、ドラクルもこちらに駆け寄ってくる。
「ミア、どうしたんです? その子は?」
「建物の影に座り込んでいたんです。でも意識がないみたい」
「とにかく中に入りましょう。こちらへ」
ドラクルは子ども達にそのまま菜園の手入れを続けるように伝えてから、ミアから少年を受け取る。宿舎のような建物へ入り、誰も使用していない小さな部屋へ運んだ。
「私は医師に連絡します。ミア、この子をお願いします」
少年を寝台に寝かせ、ドラクルが部屋を出ていこうとする。司祭を見送ろうとしていたミアの手に、ひやりと何かが触れた。ミアは咄嗟に小さく声をあげてしまう。
驚いて寝台を見ると、少年が身を起こしていた。ミアの手に触れて、黒い瞳でじっとこちらを見つめる。
「良かった、目が覚めたんだ。大丈夫?」
少年が頷くのを見て、ミアはドラクルに声をかけようとしたが、すでに彼は寝台の傍らに戻っていた。少年と同じ目線になるように膝を折って尋ねる。
「気分は悪くないですか?」
少年はこくりと頷いた。
「名前を教えてもらえますか」
「――……」
少年は答えない。ドラクルがもう一度聞くと、彼の小さな手がそっとミアの掌に触れた。すっと何か
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掌になぞられた文字を確かめると、少年は頷いた。ミアは予感を覚えてドラクルの顔を見る。ドラクルは頷いてから、少年をに問う。
「もしかして、ルミエは声が出せないのですか?」
少年は再び、こくりと頷いた。
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