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第六章:教会の菜園
3:教会
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ドラクルが司祭として管理する教会は広く、敷地には菜園がある。建造物も聖堂だけではなく、身寄りのない子どもを引き取って住まわせている建物や学び舎もあった。
ミアの知る教会の印象とは異なり、小さな学校のような雰囲気に包まれている。
時折、聖なる白の書と言われる聖典について学ぶ時間もあるようだが、ミアには至極当然の道徳でしかなかった。健やかに過ごすための理想の生活像が延々と記されている。
少し目を通した内容では、そんな印象だった。
信仰の源は聖典をもたらした聖者のようだが、ミアはこの教会で誰かが何かに祈ったり、頭を下げたりする光景を見たことがない。元の世界の影響で宗教や信仰というものに少なからず偏見を抱いていたが、マスティア王国の信仰は人々の生活に添った緩やかな規範に見えた。
聖典や教会の生活から、魔女や呪術とのつながりは見えない。なぜ、それほど人々の心に根付いているのか、教会に通うようになると逆に不思議に思えた。
「それは聖典が本当は双書だからですね」
ミアの疑問には、セラフィがあっさりと答えてくれる。
セラフィは時間に余裕があるのか、今朝はミアや子供たちの勉強に付き合っていた。ミアは午前中に行われる読み書きの時間だけ、子どもたちと一緒に参加している。子どもは二十人ほどで、年齢もさまざまだった。ドラクルは独りで段階の異なる子供たちの勉強を丁寧に見ている。
刺繍で縁取りされた白い衣装を纏い、司祭に相応しい潔癖な印象があった。ミアと同じ黒髪と黒い瞳には親近感がわく。優し気な立ち居振る舞いには威圧感もなく、端整な美貌はまるで絵画の天使のようだった。
信仰とは別に彼に憧れる人がたくさんいるだろうと、素直に感じていた。
ミアは文字を書き写しながら、添削をしてくれるセラフィに、さらに好奇心を働かせる。
「双書って?」
「教会の聖典には対になる黒の書があるんです。まぁ、白の書とは真逆の内容だから、厳重に管理されていますけどね」
「そっちが魔女や呪術に関わる内容を記しているの?」
「そうですねぇ。白の書は自然とともに生きる、人を慈しむ。そういう思いから成っていますが、黒の書は魔力を行使して支配する。そういう感じですかね」
「へぇ。黒の書って、まるで魔女の本みたいなんだね」
素直な感想を漏らしてセラフィを見ると、彼女はミアの背後に何かを感じたのか、しまったと言う顔をして肩をすくめた。ミアが振り返ると、ドラクルがこちらを見ている。目が合うと、彼は「いけませんよ」と言いたげに横に首を振った。
「司祭が何か言いたげにしているね」
「教会で黒の書を語るのは禁忌なんですよ」
「あ。そうなんだ? 同じ聖典なのに?」
「教会にとっての聖典は、白の書だけです」
セラフィが唇に人差し指をあてて、聖典の話はおしまいだと示した。ミアが頷くと、頭上から低い艶のある声が響く。
「文字の書き取りはどうですか?」
ドラクルがミアの席の傍らまで来ていた。
「あの、ーーごめんなさい」
思わずミアが謝ると、彼は「知らなかったのですから仕方がありません」とほほ笑んだ。
「これからは気を付けてください」
「はい」
「セラフィも」
「はい。ごめんなさい、司祭」
セラフィも殊勝な面持ちで、しゅんと俯いた。
読み書きの時間が終わると、ミアはセラフィと菜園の手伝いに向かった。
菜園は子供たちが当番制で世話をしており、周辺に住む人達が手助けをしてくれることもあるようだ。
シルファの後ろ盾で特別扱いされるのは避けたいので、ミアは教会で学ぶ変わりに、菜園の手入れや家事などを積極的に手伝っている。
味覚があれば食事の世話ができたのかもしれないが、そこは潔く諦めている。できないことは仕方がない。敷地内の掃除や洗濯に従事していた。
ミアの素性については、世間では色んな噂が囁かれているようだが、幸い子供たちは無邪気で、深く詮索することもない。毎日、屈託のない様子でミアと接してくれる。
「前に見た時より、大きくなってますね」
ミアはほぼ毎日菜園を見ているが、久しぶりに菜園にやって来たセラフィは苗の成長に驚いている。手元の葉に触れて、しげしげと観察していた。
「セラフィは、ここでゆっくりしていて大丈夫なの?」
「はい。今日は私も雑草と戦いますよ」
言われてみれば、いつもはきっちりとした服装をしているセラフィが、今日はミアとよく似た動きやすそうな格好をしている。
子どもたちは午前中は勉学にいそしんでいるので、菜園にはセラフィと二人きりだった。子どもたちのいない菜園を寂しく感じていたミアは、少し気持ちが弾む。
早速二人で除草を始めると、セラフィが何気なくミアにぺこりと頭を下げた。
「そういえば、ミア。ごめんなさい」
「え? 何が?」
「いえ、その。私がシルファ様とミアの仲を誤解していたみたいで。失礼なことを言っちゃったなと」
「やっとわかってくれたんだ」
ミアが良かったと吐息をつくと、セラフィが面白そうに笑う。
「ミアが大暴れしたって聞きました」
どうやらシルファがまた何かを吹き込んだらしい。誤解が解けたのは良いが、ミアは大暴れした一件を思い出して顔が赤くなる。
「う。それは、――でも、シルファのせいだよ」
雑草を引き抜きながら、セラフィは笑っている。
「でも私はびっくりしましたけどね。シルファ様にとってミアは本当に特別なんだなって」
「その特別が、私には全くわからないけどね。教えてくれないし」
勢いに任せて雑草を引きちぎると、セラフィがすっとミアの真横に身を寄せてくる。
「ミアはシルファ様のこと、好きじゃないですか?」
「え?」
すぐに否定しようとしたが、一瞬で顔に熱が巡るのがわかった。ミアは恥ずかしくなって、雑草を抜くふりをして咄嗟に俯く。
「居候させてもらって感謝しているし、それなりに信頼はしているよ」
「そういうのじゃなくて。シルファ様にキスされたり抱かれたりするのは嫌ですか? シルファ様はあの通り美形だし上手ですよ? 恋人になって――」
「ちょっと! セラフィ!」
ミアは首まで赤くして彼女の声を遮った。
「そういうのやめてったら、本当に。もし、万が一私がシルファのことを好きでも、そういうの無理だから」
「どうしてですか?」
ミアの知る教会の印象とは異なり、小さな学校のような雰囲気に包まれている。
時折、聖なる白の書と言われる聖典について学ぶ時間もあるようだが、ミアには至極当然の道徳でしかなかった。健やかに過ごすための理想の生活像が延々と記されている。
少し目を通した内容では、そんな印象だった。
信仰の源は聖典をもたらした聖者のようだが、ミアはこの教会で誰かが何かに祈ったり、頭を下げたりする光景を見たことがない。元の世界の影響で宗教や信仰というものに少なからず偏見を抱いていたが、マスティア王国の信仰は人々の生活に添った緩やかな規範に見えた。
聖典や教会の生活から、魔女や呪術とのつながりは見えない。なぜ、それほど人々の心に根付いているのか、教会に通うようになると逆に不思議に思えた。
「それは聖典が本当は双書だからですね」
ミアの疑問には、セラフィがあっさりと答えてくれる。
セラフィは時間に余裕があるのか、今朝はミアや子供たちの勉強に付き合っていた。ミアは午前中に行われる読み書きの時間だけ、子どもたちと一緒に参加している。子どもは二十人ほどで、年齢もさまざまだった。ドラクルは独りで段階の異なる子供たちの勉強を丁寧に見ている。
刺繍で縁取りされた白い衣装を纏い、司祭に相応しい潔癖な印象があった。ミアと同じ黒髪と黒い瞳には親近感がわく。優し気な立ち居振る舞いには威圧感もなく、端整な美貌はまるで絵画の天使のようだった。
信仰とは別に彼に憧れる人がたくさんいるだろうと、素直に感じていた。
ミアは文字を書き写しながら、添削をしてくれるセラフィに、さらに好奇心を働かせる。
「双書って?」
「教会の聖典には対になる黒の書があるんです。まぁ、白の書とは真逆の内容だから、厳重に管理されていますけどね」
「そっちが魔女や呪術に関わる内容を記しているの?」
「そうですねぇ。白の書は自然とともに生きる、人を慈しむ。そういう思いから成っていますが、黒の書は魔力を行使して支配する。そういう感じですかね」
「へぇ。黒の書って、まるで魔女の本みたいなんだね」
素直な感想を漏らしてセラフィを見ると、彼女はミアの背後に何かを感じたのか、しまったと言う顔をして肩をすくめた。ミアが振り返ると、ドラクルがこちらを見ている。目が合うと、彼は「いけませんよ」と言いたげに横に首を振った。
「司祭が何か言いたげにしているね」
「教会で黒の書を語るのは禁忌なんですよ」
「あ。そうなんだ? 同じ聖典なのに?」
「教会にとっての聖典は、白の書だけです」
セラフィが唇に人差し指をあてて、聖典の話はおしまいだと示した。ミアが頷くと、頭上から低い艶のある声が響く。
「文字の書き取りはどうですか?」
ドラクルがミアの席の傍らまで来ていた。
「あの、ーーごめんなさい」
思わずミアが謝ると、彼は「知らなかったのですから仕方がありません」とほほ笑んだ。
「これからは気を付けてください」
「はい」
「セラフィも」
「はい。ごめんなさい、司祭」
セラフィも殊勝な面持ちで、しゅんと俯いた。
読み書きの時間が終わると、ミアはセラフィと菜園の手伝いに向かった。
菜園は子供たちが当番制で世話をしており、周辺に住む人達が手助けをしてくれることもあるようだ。
シルファの後ろ盾で特別扱いされるのは避けたいので、ミアは教会で学ぶ変わりに、菜園の手入れや家事などを積極的に手伝っている。
味覚があれば食事の世話ができたのかもしれないが、そこは潔く諦めている。できないことは仕方がない。敷地内の掃除や洗濯に従事していた。
ミアの素性については、世間では色んな噂が囁かれているようだが、幸い子供たちは無邪気で、深く詮索することもない。毎日、屈託のない様子でミアと接してくれる。
「前に見た時より、大きくなってますね」
ミアはほぼ毎日菜園を見ているが、久しぶりに菜園にやって来たセラフィは苗の成長に驚いている。手元の葉に触れて、しげしげと観察していた。
「セラフィは、ここでゆっくりしていて大丈夫なの?」
「はい。今日は私も雑草と戦いますよ」
言われてみれば、いつもはきっちりとした服装をしているセラフィが、今日はミアとよく似た動きやすそうな格好をしている。
子どもたちは午前中は勉学にいそしんでいるので、菜園にはセラフィと二人きりだった。子どもたちのいない菜園を寂しく感じていたミアは、少し気持ちが弾む。
早速二人で除草を始めると、セラフィが何気なくミアにぺこりと頭を下げた。
「そういえば、ミア。ごめんなさい」
「え? 何が?」
「いえ、その。私がシルファ様とミアの仲を誤解していたみたいで。失礼なことを言っちゃったなと」
「やっとわかってくれたんだ」
ミアが良かったと吐息をつくと、セラフィが面白そうに笑う。
「ミアが大暴れしたって聞きました」
どうやらシルファがまた何かを吹き込んだらしい。誤解が解けたのは良いが、ミアは大暴れした一件を思い出して顔が赤くなる。
「う。それは、――でも、シルファのせいだよ」
雑草を引き抜きながら、セラフィは笑っている。
「でも私はびっくりしましたけどね。シルファ様にとってミアは本当に特別なんだなって」
「その特別が、私には全くわからないけどね。教えてくれないし」
勢いに任せて雑草を引きちぎると、セラフィがすっとミアの真横に身を寄せてくる。
「ミアはシルファ様のこと、好きじゃないですか?」
「え?」
すぐに否定しようとしたが、一瞬で顔に熱が巡るのがわかった。ミアは恥ずかしくなって、雑草を抜くふりをして咄嗟に俯く。
「居候させてもらって感謝しているし、それなりに信頼はしているよ」
「そういうのじゃなくて。シルファ様にキスされたり抱かれたりするのは嫌ですか? シルファ様はあの通り美形だし上手ですよ? 恋人になって――」
「ちょっと! セラフィ!」
ミアは首まで赤くして彼女の声を遮った。
「そういうのやめてったら、本当に。もし、万が一私がシルファのことを好きでも、そういうの無理だから」
「どうしてですか?」
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