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第五章:王宮の離れにて
4:衝撃その3 シルファの莫迦げた提案
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「どういうこと?」
「はっきりとおまえにしか興味がないって、言っただろ」
ミアは「ああ、そういえば」と頷く。
「でもちょっと意味の違う話だよね」
「違う? 何が?」
彼は引っ掛かりを感じたのか、再び上体を起こしてミアと向かい合う。
「シルファにとっての特別って話でしょ? わたしに役割があるならきちんと全うするけど、それでシルファに迷惑をかけても良いってことじゃないもん」
「迷惑? 何の話だ」
「私に表向きの居場所を作るために、シルファが自分の立場を犠牲にすることはないよ。そもそもシルファには婚約者がいたって聞いた。シルファの立場なら、これからもそういう話があるかもしれないじゃない? だから、シルファの想い人っていう設定を続けるのは心苦しい」
「――設定」
「うん。シルファにそこまでしてもらう理由はないよ。今は同居させてもらっているけど、それも良くないなって思ってる。そこまでシルファに甘えて良いとは思えない」
きちんと伝えて置くべきことだと思っていたので、ミアはこの機会に話してみた。シルファからはすぐに返答がない。ミアは沈黙に耐え切れず、取り繕うように口を開いた。
「だからと言って、すぐに自活できる力もないけど。……とにかく、そういうわけだから、シルファには感謝しているし、信用してる」
言いながら恥ずかしくなってきて、ミアは俯いてしまう。シルファの手がぽんと頭に触れた。
「おまえは人から施しを受けることを、当たり前だとは思わないんだな」
ミアが顔を上げると、シルファが困ったような笑みを浮かべていた。
「――彼女とは、大違いだ」
誰の事かと気になったが、ミアは詮索することをためらった。シルファの事を全て知りたいと考えることは傲慢でしかない。
「信用されているなら、それを守りたかったが。……おまえが私の庇護を受けることを後ろめたく感じるのなら、そろそろはっきりさせておこうか」
ミアは思わず姿勢を正して頷いた。
「私は保護者になったつもりはない」
「うん、わかってる」
居候である立場を見失ったりはしないと意気込んで頷くと、シルファが横に首を振った。
「わかってないな、何も。――私を物分かりの良い保護者だと思いたいのかもしれないが、残念ながらそんな奉仕はしない。ミアを傍に置くのは私が望んでいるからだ」
ミアは話がまた元に戻った気がした。
「それは知っているけど。でも、わたしにはシルファが何のために私を召喚したのかわからないもん。必要って言われても、今までに何かした記憶もないし」
「……それは、ミアが知らないだけだ」
「え?」
「私はおまえから、贖えないほどの恩恵を受けている」
「うーん」
ミアには全く実感がない。どう拡大解釈をしてもシルファの気遣いにしか思えない。
「じゃあ、例えばどんな?」
「――教えられない」
シルファがふっと視線を逸らした。まるで目の前に澄明な壁が築かれたように、ミアは何も聞けなくなる。
「全てを打ち明けたら、おまえはどう思うだろうね。……私のことを軽蔑するかもしれないな」
自嘲的な呟きのあとで、彼がもう一度視線をこちらに移す。シルファが労わるように笑うのを見て、ミアは自分が剣呑な顔をしていたことに気づいた。
シルファが明かさない事実には、自分がここにいる理由も含まれている。心もとない立場に芯が通るのなら、もちろん知りたい。けれど、恐れが滲みだして、好奇心に蓋をする。
知りたいのに、知りたくない。
シルファが自分にどんな恩恵を受けているのか。
彼が危惧するほどに、それは残酷な真実かもしれない。
胸の内に築かれたシルファへの想いは美しい色をしている。心が放つ綺麗な発色。知ってしまうと、色が変わってしまう気がするのだ。
ミアには、彼が秘める理由を追求する覚悟も勇気も足りなかった。
何も言えずにいると、シルファの長い指が、ツンとミアのおでこを突く。
「とりあえず、私はミアがいないと色々と困ったことになる。だから、私の世話になることを後ろめたく思うことはない」
「――そう言われても」
歯切れの悪い呟きしか返せず、ミアは俯いてしまう。
「じゃあ、わかりやすく居候の代価を支払ってもらおうか?」
シルファがミアの顎に手をかけて、自分の方を向かせる。前髪が触れ合う近さまで顔を寄せると、彼はいつもの悪どさを含む笑顔を見せた。ミアが身構えるまでもなく、シルファも卑猥な爆弾を投下してくる。
「せっかくこれ以上はない状況が出来上がっているし、あの大きなベッドで夜の相手をお願いしようかな?」
「そ、そういうことを気安く言わないでよ!」
ミアはシルファの手を払いのける。顔を真っ赤にして抗議した。
「シルファのせいで、私はセラフィにものすごく誤解されていて、迷惑なんですけど! その調子で、いったい彼女に何を吹き込んでいるわけ?」
シルファが「ああ、なるほど」と笑い出した。
「あの大胆な夜着はセラフィの仕業か」
知られていたのかと、ますます頬が染まるミアとは裏腹に、シルファは声をあげて大爆笑している。
「ぜんっぜん、笑えないんですけど」
「せっかくだから、着てみれば良い」
「ふざけるな!」
「心配しなくても私は処女には優しくするし、酔わせる自信もある。試してみて損はな――」
「死ね! この変態が! 地獄に落ちろ! わたしが地獄に堕としてやる!」
ミアは長椅子をひっくり返し、怒りにまかせてしばらく暴れまくった。
「はっきりとおまえにしか興味がないって、言っただろ」
ミアは「ああ、そういえば」と頷く。
「でもちょっと意味の違う話だよね」
「違う? 何が?」
彼は引っ掛かりを感じたのか、再び上体を起こしてミアと向かい合う。
「シルファにとっての特別って話でしょ? わたしに役割があるならきちんと全うするけど、それでシルファに迷惑をかけても良いってことじゃないもん」
「迷惑? 何の話だ」
「私に表向きの居場所を作るために、シルファが自分の立場を犠牲にすることはないよ。そもそもシルファには婚約者がいたって聞いた。シルファの立場なら、これからもそういう話があるかもしれないじゃない? だから、シルファの想い人っていう設定を続けるのは心苦しい」
「――設定」
「うん。シルファにそこまでしてもらう理由はないよ。今は同居させてもらっているけど、それも良くないなって思ってる。そこまでシルファに甘えて良いとは思えない」
きちんと伝えて置くべきことだと思っていたので、ミアはこの機会に話してみた。シルファからはすぐに返答がない。ミアは沈黙に耐え切れず、取り繕うように口を開いた。
「だからと言って、すぐに自活できる力もないけど。……とにかく、そういうわけだから、シルファには感謝しているし、信用してる」
言いながら恥ずかしくなってきて、ミアは俯いてしまう。シルファの手がぽんと頭に触れた。
「おまえは人から施しを受けることを、当たり前だとは思わないんだな」
ミアが顔を上げると、シルファが困ったような笑みを浮かべていた。
「――彼女とは、大違いだ」
誰の事かと気になったが、ミアは詮索することをためらった。シルファの事を全て知りたいと考えることは傲慢でしかない。
「信用されているなら、それを守りたかったが。……おまえが私の庇護を受けることを後ろめたく感じるのなら、そろそろはっきりさせておこうか」
ミアは思わず姿勢を正して頷いた。
「私は保護者になったつもりはない」
「うん、わかってる」
居候である立場を見失ったりはしないと意気込んで頷くと、シルファが横に首を振った。
「わかってないな、何も。――私を物分かりの良い保護者だと思いたいのかもしれないが、残念ながらそんな奉仕はしない。ミアを傍に置くのは私が望んでいるからだ」
ミアは話がまた元に戻った気がした。
「それは知っているけど。でも、わたしにはシルファが何のために私を召喚したのかわからないもん。必要って言われても、今までに何かした記憶もないし」
「……それは、ミアが知らないだけだ」
「え?」
「私はおまえから、贖えないほどの恩恵を受けている」
「うーん」
ミアには全く実感がない。どう拡大解釈をしてもシルファの気遣いにしか思えない。
「じゃあ、例えばどんな?」
「――教えられない」
シルファがふっと視線を逸らした。まるで目の前に澄明な壁が築かれたように、ミアは何も聞けなくなる。
「全てを打ち明けたら、おまえはどう思うだろうね。……私のことを軽蔑するかもしれないな」
自嘲的な呟きのあとで、彼がもう一度視線をこちらに移す。シルファが労わるように笑うのを見て、ミアは自分が剣呑な顔をしていたことに気づいた。
シルファが明かさない事実には、自分がここにいる理由も含まれている。心もとない立場に芯が通るのなら、もちろん知りたい。けれど、恐れが滲みだして、好奇心に蓋をする。
知りたいのに、知りたくない。
シルファが自分にどんな恩恵を受けているのか。
彼が危惧するほどに、それは残酷な真実かもしれない。
胸の内に築かれたシルファへの想いは美しい色をしている。心が放つ綺麗な発色。知ってしまうと、色が変わってしまう気がするのだ。
ミアには、彼が秘める理由を追求する覚悟も勇気も足りなかった。
何も言えずにいると、シルファの長い指が、ツンとミアのおでこを突く。
「とりあえず、私はミアがいないと色々と困ったことになる。だから、私の世話になることを後ろめたく思うことはない」
「――そう言われても」
歯切れの悪い呟きしか返せず、ミアは俯いてしまう。
「じゃあ、わかりやすく居候の代価を支払ってもらおうか?」
シルファがミアの顎に手をかけて、自分の方を向かせる。前髪が触れ合う近さまで顔を寄せると、彼はいつもの悪どさを含む笑顔を見せた。ミアが身構えるまでもなく、シルファも卑猥な爆弾を投下してくる。
「せっかくこれ以上はない状況が出来上がっているし、あの大きなベッドで夜の相手をお願いしようかな?」
「そ、そういうことを気安く言わないでよ!」
ミアはシルファの手を払いのける。顔を真っ赤にして抗議した。
「シルファのせいで、私はセラフィにものすごく誤解されていて、迷惑なんですけど! その調子で、いったい彼女に何を吹き込んでいるわけ?」
シルファが「ああ、なるほど」と笑い出した。
「あの大胆な夜着はセラフィの仕業か」
知られていたのかと、ますます頬が染まるミアとは裏腹に、シルファは声をあげて大爆笑している。
「ぜんっぜん、笑えないんですけど」
「せっかくだから、着てみれば良い」
「ふざけるな!」
「心配しなくても私は処女には優しくするし、酔わせる自信もある。試してみて損はな――」
「死ね! この変態が! 地獄に落ちろ! わたしが地獄に堕としてやる!」
ミアは長椅子をひっくり返し、怒りにまかせてしばらく暴れまくった。
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