15 / 83
第四章:D(ダアト)サクリード
1:誰にも証明できない
しおりを挟む
ドミニオは給仕の取り分けた料理にほとんど手を付けることはなく、ワインだけを嗜んでいる。ミアは王子の前で美少女らしく振舞うべきか逡巡したが、空腹に白旗をあげて気取ることを諦めた。
味が分からなくても、お腹が空いていれば何でも美味しい。
とにかく食べることに専念しよう、と素直に欲望に従うことに決めた。
給仕が盛り付ける料理を手あたり次第にもりもり食べていると、やはりドミニオには珍しい光景なのか、驚いたようにミアの前に重なる皿を眺めている。
「すごいなぁ。僕はすっかり広間での弱々しい演技に騙されていたみたいだね」
ミアはあっと思ったが、すでに手遅れである。慣れない場所に疲れるような、か弱い美少女だったことを思い出すが、この有様では弁解の余地もない。
「――でも、今の方がいいよ。気持ちがいい。そんなに美味しそうに食べてくれるなら、招待した甲斐がある」
偽っていたことを責めることもなく、ドミニオは嬉しそうに笑う。はしたないと嫌悪する素振りもなく、屈託のない笑顔だった。本当に人懐こい人だなと、ミアは王子に対する印象がさらに変化していく。
「広間で会った時は、あんなにか弱そうに見えたのに……。なるほどねぇ。シルファはこういう娘が好みなのか。で? ミアはどこの国から来たんだい?」
突然の質問に、ミアは思い切りむせる。シルファがそっと水の入ったグラスを差し出しながら、王子の問いに胡散臭いほほ笑みを浮かべた。
「それは秘密です。――その方が人々の好奇心をくすぐるでしょう?」
「またかい? シルファは秘密の多い男だからなぁ」
よくあることなのか、ドミニオは何の疑惑も持たずに笑う。あっさりとしたもので、それっきり追及する様子も見せず、ミアにあれこれと料理を進めてくれる。
もりもりと快調に食事を勧めていたが、もう満腹に近い。
晩餐会の本来の目的を果たしている気はするが、王子はシルファに聞きたいことがあると言っていた筈なのだ。けれど、一向に話題を振る素振りがない。
シルファもまるで王子の目的を忘れ去ったかのように、促すことをしない。ミアは空腹が満たされると、事件の話がいつ始まるのかという好奇心のみに支配される。
ナイフとフォークを置いたミアを見て、シルファが給仕に珈琲を頼んだ。さすがに同居しているだけはあって、ミアの嗜好を見抜いている。
給仕に提供された珈琲を口にして、思わずホッと嘆息を漏らすと、シルファと目があった。彼は意味ありげに頷いて見せると、手にしていたワイングラスを置いて王子に視線を移す。
「ドミニオ王子。彼女の食事も一段落したようですし、そろそろ本題に入られては?」
「――そうだね。でも陰惨な事件なんだろう? ミアがいるのに、こんな話題は相応しくないんじゃないかな」
「ああ、それはご心配なく。こう見えて彼女はそういう話題にも好奇心を働かせる図太い神経の持ち主なので」
ミアはドミニオの気遣いをようやく悟る。シルファの言い方には物申したいが、仕方なく成り行きに任せて同意した。
「事件の話なら、わたしも興味があります」
「――さすがシルファの女神だね。奥が深そうだ」
ドミニオは目を丸くしているが、ミアの本性を知っても嫌悪感はないようだった。
「じゃあ、事件についてDサクリードの見解を聞かせて欲しいな。本当に呪術ではないのか?」
「この国には、確かな効果をもたらすような魔力や呪術はありません」
「シルファはいつもそう言うけどさ。……最近、そういう事件が多すぎないか? 伯爵令嬢の前は、一家惨殺。その前はパン屋で働いていた娘の惨殺、その前は――」
ミアは一家惨殺事件までしか知らなかったが、酷い現場の事件は相当数あるようだった。シルファは全ての事件を調べてきたのだろうか。ミアがシルファをみると、彼は顎に手を当てて吐息をつく。
「事件ごとに異なる犯人が捕まっているはずです。伯爵令嬢の事件も同じです。人の手によるものであることは揺るぎない。そのうち犯人がつかまるでしょう」
「だから呪術ではなく、関連性はないってことかな? 僕が思うに、呪術であることが証明できないように、本当は呪術でないことも証明できないんじゃない?」
言われてみればそうかもしれないと、ミアもあっさりドミニオの言葉に惑わされる。
もし呪術が偶然を引き起こす力なら、そこに呪術は有るということになる。シルファも思い込みの解体は難しいと言っていたはずだ。起きた事件を魔女の呪術だと信じていれば、同じ結果でも、その人には呪術の成果に見えるはずだった。
「そうですね。たしかに、誰にも証明はできないでしょう」
「でも、君は呪術ではないと言い切る」
「……それは、何をもって呪術であるかという話になりますね」
「じゃあ、シルファは何をもって決めているんだい?」
「一言で申し上げるのは難しいですが、ーー呪術が直接手を下すことはありません。必ず、人の手を介する殺人になる」
「今回のフェゴール伯爵のレイラ嬢も?」
「はい。死因は呪術ではありません。手を下したのは、人だと思います」
ドミニオは「ふむ」と言ったきり、何かを考えているようだ。ミアは飲み干した珈琲の器を卓に置いて、シルファに声をかける。
「シルファは、そんなにたくさんの事件を調べているの?」
「調べているのは私ではないよ、警察だ」
「でも全部概要を知っているんでしょ?」
「――そうだな」
それ以上は語らず、シルファは給仕にワインを頼んだ。ミアが更に問いかけようとすると、ドミニオが何らかの考えをまとめたのか、再び口を開く。
「Dサクリード」
改まった呼び方に、シルファは少し興味を引かれたように王子を見た。
味が分からなくても、お腹が空いていれば何でも美味しい。
とにかく食べることに専念しよう、と素直に欲望に従うことに決めた。
給仕が盛り付ける料理を手あたり次第にもりもり食べていると、やはりドミニオには珍しい光景なのか、驚いたようにミアの前に重なる皿を眺めている。
「すごいなぁ。僕はすっかり広間での弱々しい演技に騙されていたみたいだね」
ミアはあっと思ったが、すでに手遅れである。慣れない場所に疲れるような、か弱い美少女だったことを思い出すが、この有様では弁解の余地もない。
「――でも、今の方がいいよ。気持ちがいい。そんなに美味しそうに食べてくれるなら、招待した甲斐がある」
偽っていたことを責めることもなく、ドミニオは嬉しそうに笑う。はしたないと嫌悪する素振りもなく、屈託のない笑顔だった。本当に人懐こい人だなと、ミアは王子に対する印象がさらに変化していく。
「広間で会った時は、あんなにか弱そうに見えたのに……。なるほどねぇ。シルファはこういう娘が好みなのか。で? ミアはどこの国から来たんだい?」
突然の質問に、ミアは思い切りむせる。シルファがそっと水の入ったグラスを差し出しながら、王子の問いに胡散臭いほほ笑みを浮かべた。
「それは秘密です。――その方が人々の好奇心をくすぐるでしょう?」
「またかい? シルファは秘密の多い男だからなぁ」
よくあることなのか、ドミニオは何の疑惑も持たずに笑う。あっさりとしたもので、それっきり追及する様子も見せず、ミアにあれこれと料理を進めてくれる。
もりもりと快調に食事を勧めていたが、もう満腹に近い。
晩餐会の本来の目的を果たしている気はするが、王子はシルファに聞きたいことがあると言っていた筈なのだ。けれど、一向に話題を振る素振りがない。
シルファもまるで王子の目的を忘れ去ったかのように、促すことをしない。ミアは空腹が満たされると、事件の話がいつ始まるのかという好奇心のみに支配される。
ナイフとフォークを置いたミアを見て、シルファが給仕に珈琲を頼んだ。さすがに同居しているだけはあって、ミアの嗜好を見抜いている。
給仕に提供された珈琲を口にして、思わずホッと嘆息を漏らすと、シルファと目があった。彼は意味ありげに頷いて見せると、手にしていたワイングラスを置いて王子に視線を移す。
「ドミニオ王子。彼女の食事も一段落したようですし、そろそろ本題に入られては?」
「――そうだね。でも陰惨な事件なんだろう? ミアがいるのに、こんな話題は相応しくないんじゃないかな」
「ああ、それはご心配なく。こう見えて彼女はそういう話題にも好奇心を働かせる図太い神経の持ち主なので」
ミアはドミニオの気遣いをようやく悟る。シルファの言い方には物申したいが、仕方なく成り行きに任せて同意した。
「事件の話なら、わたしも興味があります」
「――さすがシルファの女神だね。奥が深そうだ」
ドミニオは目を丸くしているが、ミアの本性を知っても嫌悪感はないようだった。
「じゃあ、事件についてDサクリードの見解を聞かせて欲しいな。本当に呪術ではないのか?」
「この国には、確かな効果をもたらすような魔力や呪術はありません」
「シルファはいつもそう言うけどさ。……最近、そういう事件が多すぎないか? 伯爵令嬢の前は、一家惨殺。その前はパン屋で働いていた娘の惨殺、その前は――」
ミアは一家惨殺事件までしか知らなかったが、酷い現場の事件は相当数あるようだった。シルファは全ての事件を調べてきたのだろうか。ミアがシルファをみると、彼は顎に手を当てて吐息をつく。
「事件ごとに異なる犯人が捕まっているはずです。伯爵令嬢の事件も同じです。人の手によるものであることは揺るぎない。そのうち犯人がつかまるでしょう」
「だから呪術ではなく、関連性はないってことかな? 僕が思うに、呪術であることが証明できないように、本当は呪術でないことも証明できないんじゃない?」
言われてみればそうかもしれないと、ミアもあっさりドミニオの言葉に惑わされる。
もし呪術が偶然を引き起こす力なら、そこに呪術は有るということになる。シルファも思い込みの解体は難しいと言っていたはずだ。起きた事件を魔女の呪術だと信じていれば、同じ結果でも、その人には呪術の成果に見えるはずだった。
「そうですね。たしかに、誰にも証明はできないでしょう」
「でも、君は呪術ではないと言い切る」
「……それは、何をもって呪術であるかという話になりますね」
「じゃあ、シルファは何をもって決めているんだい?」
「一言で申し上げるのは難しいですが、ーー呪術が直接手を下すことはありません。必ず、人の手を介する殺人になる」
「今回のフェゴール伯爵のレイラ嬢も?」
「はい。死因は呪術ではありません。手を下したのは、人だと思います」
ドミニオは「ふむ」と言ったきり、何かを考えているようだ。ミアは飲み干した珈琲の器を卓に置いて、シルファに声をかける。
「シルファは、そんなにたくさんの事件を調べているの?」
「調べているのは私ではないよ、警察だ」
「でも全部概要を知っているんでしょ?」
「――そうだな」
それ以上は語らず、シルファは給仕にワインを頼んだ。ミアが更に問いかけようとすると、ドミニオが何らかの考えをまとめたのか、再び口を開く。
「Dサクリード」
改まった呼び方に、シルファは少し興味を引かれたように王子を見た。
0
お気に入りに追加
452
あなたにおすすめの小説


二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。

聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。
そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。
そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。
「エレノア殿、迎えに来ました」
「はあ?」
それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。
果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?!
これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる