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第四章:D(ダアト)サクリード
1:誰にも証明できない
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ドミニオは給仕の取り分けた料理にほとんど手を付けることはなく、ワインだけを嗜んでいる。ミアは王子の前で美少女らしく振舞うべきか逡巡したが、空腹に白旗をあげて気取ることを諦めた。
味が分からなくても、お腹が空いていれば何でも美味しい。
とにかく食べることに専念しよう、と素直に欲望に従うことに決めた。
給仕が盛り付ける料理を手あたり次第にもりもり食べていると、やはりドミニオには珍しい光景なのか、驚いたようにミアの前に重なる皿を眺めている。
「すごいなぁ。僕はすっかり広間での弱々しい演技に騙されていたみたいだね」
ミアはあっと思ったが、すでに手遅れである。慣れない場所に疲れるような、か弱い美少女だったことを思い出すが、この有様では弁解の余地もない。
「――でも、今の方がいいよ。気持ちがいい。そんなに美味しそうに食べてくれるなら、招待した甲斐がある」
偽っていたことを責めることもなく、ドミニオは嬉しそうに笑う。はしたないと嫌悪する素振りもなく、屈託のない笑顔だった。本当に人懐こい人だなと、ミアは王子に対する印象がさらに変化していく。
「広間で会った時は、あんなにか弱そうに見えたのに……。なるほどねぇ。シルファはこういう娘が好みなのか。で? ミアはどこの国から来たんだい?」
突然の質問に、ミアは思い切りむせる。シルファがそっと水の入ったグラスを差し出しながら、王子の問いに胡散臭いほほ笑みを浮かべた。
「それは秘密です。――その方が人々の好奇心をくすぐるでしょう?」
「またかい? シルファは秘密の多い男だからなぁ」
よくあることなのか、ドミニオは何の疑惑も持たずに笑う。あっさりとしたもので、それっきり追及する様子も見せず、ミアにあれこれと料理を進めてくれる。
もりもりと快調に食事を勧めていたが、もう満腹に近い。
晩餐会の本来の目的を果たしている気はするが、王子はシルファに聞きたいことがあると言っていた筈なのだ。けれど、一向に話題を振る素振りがない。
シルファもまるで王子の目的を忘れ去ったかのように、促すことをしない。ミアは空腹が満たされると、事件の話がいつ始まるのかという好奇心のみに支配される。
ナイフとフォークを置いたミアを見て、シルファが給仕に珈琲を頼んだ。さすがに同居しているだけはあって、ミアの嗜好を見抜いている。
給仕に提供された珈琲を口にして、思わずホッと嘆息を漏らすと、シルファと目があった。彼は意味ありげに頷いて見せると、手にしていたワイングラスを置いて王子に視線を移す。
「ドミニオ王子。彼女の食事も一段落したようですし、そろそろ本題に入られては?」
「――そうだね。でも陰惨な事件なんだろう? ミアがいるのに、こんな話題は相応しくないんじゃないかな」
「ああ、それはご心配なく。こう見えて彼女はそういう話題にも好奇心を働かせる図太い神経の持ち主なので」
ミアはドミニオの気遣いをようやく悟る。シルファの言い方には物申したいが、仕方なく成り行きに任せて同意した。
「事件の話なら、わたしも興味があります」
「――さすがシルファの女神だね。奥が深そうだ」
ドミニオは目を丸くしているが、ミアの本性を知っても嫌悪感はないようだった。
「じゃあ、事件についてDサクリードの見解を聞かせて欲しいな。本当に呪術ではないのか?」
「この国には、確かな効果をもたらすような魔力や呪術はありません」
「シルファはいつもそう言うけどさ。……最近、そういう事件が多すぎないか? 伯爵令嬢の前は、一家惨殺。その前はパン屋で働いていた娘の惨殺、その前は――」
ミアは一家惨殺事件までしか知らなかったが、酷い現場の事件は相当数あるようだった。シルファは全ての事件を調べてきたのだろうか。ミアがシルファをみると、彼は顎に手を当てて吐息をつく。
「事件ごとに異なる犯人が捕まっているはずです。伯爵令嬢の事件も同じです。人の手によるものであることは揺るぎない。そのうち犯人がつかまるでしょう」
「だから呪術ではなく、関連性はないってことかな? 僕が思うに、呪術であることが証明できないように、本当は呪術でないことも証明できないんじゃない?」
言われてみればそうかもしれないと、ミアもあっさりドミニオの言葉に惑わされる。
もし呪術が偶然を引き起こす力なら、そこに呪術は有るということになる。シルファも思い込みの解体は難しいと言っていたはずだ。起きた事件を魔女の呪術だと信じていれば、同じ結果でも、その人には呪術の成果に見えるはずだった。
「そうですね。たしかに、誰にも証明はできないでしょう」
「でも、君は呪術ではないと言い切る」
「……それは、何をもって呪術であるかという話になりますね」
「じゃあ、シルファは何をもって決めているんだい?」
「一言で申し上げるのは難しいですが、ーー呪術が直接手を下すことはありません。必ず、人の手を介する殺人になる」
「今回のフェゴール伯爵のレイラ嬢も?」
「はい。死因は呪術ではありません。手を下したのは、人だと思います」
ドミニオは「ふむ」と言ったきり、何かを考えているようだ。ミアは飲み干した珈琲の器を卓に置いて、シルファに声をかける。
「シルファは、そんなにたくさんの事件を調べているの?」
「調べているのは私ではないよ、警察だ」
「でも全部概要を知っているんでしょ?」
「――そうだな」
それ以上は語らず、シルファは給仕にワインを頼んだ。ミアが更に問いかけようとすると、ドミニオが何らかの考えをまとめたのか、再び口を開く。
「Dサクリード」
改まった呼び方に、シルファは少し興味を引かれたように王子を見た。
味が分からなくても、お腹が空いていれば何でも美味しい。
とにかく食べることに専念しよう、と素直に欲望に従うことに決めた。
給仕が盛り付ける料理を手あたり次第にもりもり食べていると、やはりドミニオには珍しい光景なのか、驚いたようにミアの前に重なる皿を眺めている。
「すごいなぁ。僕はすっかり広間での弱々しい演技に騙されていたみたいだね」
ミアはあっと思ったが、すでに手遅れである。慣れない場所に疲れるような、か弱い美少女だったことを思い出すが、この有様では弁解の余地もない。
「――でも、今の方がいいよ。気持ちがいい。そんなに美味しそうに食べてくれるなら、招待した甲斐がある」
偽っていたことを責めることもなく、ドミニオは嬉しそうに笑う。はしたないと嫌悪する素振りもなく、屈託のない笑顔だった。本当に人懐こい人だなと、ミアは王子に対する印象がさらに変化していく。
「広間で会った時は、あんなにか弱そうに見えたのに……。なるほどねぇ。シルファはこういう娘が好みなのか。で? ミアはどこの国から来たんだい?」
突然の質問に、ミアは思い切りむせる。シルファがそっと水の入ったグラスを差し出しながら、王子の問いに胡散臭いほほ笑みを浮かべた。
「それは秘密です。――その方が人々の好奇心をくすぐるでしょう?」
「またかい? シルファは秘密の多い男だからなぁ」
よくあることなのか、ドミニオは何の疑惑も持たずに笑う。あっさりとしたもので、それっきり追及する様子も見せず、ミアにあれこれと料理を進めてくれる。
もりもりと快調に食事を勧めていたが、もう満腹に近い。
晩餐会の本来の目的を果たしている気はするが、王子はシルファに聞きたいことがあると言っていた筈なのだ。けれど、一向に話題を振る素振りがない。
シルファもまるで王子の目的を忘れ去ったかのように、促すことをしない。ミアは空腹が満たされると、事件の話がいつ始まるのかという好奇心のみに支配される。
ナイフとフォークを置いたミアを見て、シルファが給仕に珈琲を頼んだ。さすがに同居しているだけはあって、ミアの嗜好を見抜いている。
給仕に提供された珈琲を口にして、思わずホッと嘆息を漏らすと、シルファと目があった。彼は意味ありげに頷いて見せると、手にしていたワイングラスを置いて王子に視線を移す。
「ドミニオ王子。彼女の食事も一段落したようですし、そろそろ本題に入られては?」
「――そうだね。でも陰惨な事件なんだろう? ミアがいるのに、こんな話題は相応しくないんじゃないかな」
「ああ、それはご心配なく。こう見えて彼女はそういう話題にも好奇心を働かせる図太い神経の持ち主なので」
ミアはドミニオの気遣いをようやく悟る。シルファの言い方には物申したいが、仕方なく成り行きに任せて同意した。
「事件の話なら、わたしも興味があります」
「――さすがシルファの女神だね。奥が深そうだ」
ドミニオは目を丸くしているが、ミアの本性を知っても嫌悪感はないようだった。
「じゃあ、事件についてDサクリードの見解を聞かせて欲しいな。本当に呪術ではないのか?」
「この国には、確かな効果をもたらすような魔力や呪術はありません」
「シルファはいつもそう言うけどさ。……最近、そういう事件が多すぎないか? 伯爵令嬢の前は、一家惨殺。その前はパン屋で働いていた娘の惨殺、その前は――」
ミアは一家惨殺事件までしか知らなかったが、酷い現場の事件は相当数あるようだった。シルファは全ての事件を調べてきたのだろうか。ミアがシルファをみると、彼は顎に手を当てて吐息をつく。
「事件ごとに異なる犯人が捕まっているはずです。伯爵令嬢の事件も同じです。人の手によるものであることは揺るぎない。そのうち犯人がつかまるでしょう」
「だから呪術ではなく、関連性はないってことかな? 僕が思うに、呪術であることが証明できないように、本当は呪術でないことも証明できないんじゃない?」
言われてみればそうかもしれないと、ミアもあっさりドミニオの言葉に惑わされる。
もし呪術が偶然を引き起こす力なら、そこに呪術は有るということになる。シルファも思い込みの解体は難しいと言っていたはずだ。起きた事件を魔女の呪術だと信じていれば、同じ結果でも、その人には呪術の成果に見えるはずだった。
「そうですね。たしかに、誰にも証明はできないでしょう」
「でも、君は呪術ではないと言い切る」
「……それは、何をもって呪術であるかという話になりますね」
「じゃあ、シルファは何をもって決めているんだい?」
「一言で申し上げるのは難しいですが、ーー呪術が直接手を下すことはありません。必ず、人の手を介する殺人になる」
「今回のフェゴール伯爵のレイラ嬢も?」
「はい。死因は呪術ではありません。手を下したのは、人だと思います」
ドミニオは「ふむ」と言ったきり、何かを考えているようだ。ミアは飲み干した珈琲の器を卓に置いて、シルファに声をかける。
「シルファは、そんなにたくさんの事件を調べているの?」
「調べているのは私ではないよ、警察だ」
「でも全部概要を知っているんでしょ?」
「――そうだな」
それ以上は語らず、シルファは給仕にワインを頼んだ。ミアが更に問いかけようとすると、ドミニオが何らかの考えをまとめたのか、再び口を開く。
「Dサクリード」
改まった呼び方に、シルファは少し興味を引かれたように王子を見た。
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