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第三章:王主催の晩餐会

4:特別の意味

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 広間を抜けて階段を上がり、シルファはミアを人気のない露台に連れ出した。すっかり日が沈み、空は夜の装いをしている。大きな窓から漏れてくる光が、露台を満たすはずの夜の闇を遠ざけている。喧噪が耳鳴りのように遠ざかり、かすかに音楽が聞こえた。
 ミアはシルファの腕から解放されると、さっそく食って掛かる。

「いったいどういうつもり? 人のことを晒し上げて面白がっているわけ?」

 ミアを見つめているシルファの銀髪に、宮中からの光が反射して白金髪のような色味が宿っていた。彼は足を踏まれたことを怒っている様子もなく、露台の勾欄にもたれかかる。

「ミアには申し訳ないが、あれは私の本心だ。――おまえにしか興味がない」

「はぁ?」

「言っただろう。おまえは特別な女だと」

「冗談を蒸し返すのは、やめてくれる?」

 もうシルファの戯言に引っかかるつもりはない。自分では相手にならないと豪語していたことを、決して忘れたりはしない。ミアはシルファを睨みながら、投げやりに言葉にした。

「シルファはもてるみたいだし、せっかく美女を選り取り見取りなのに、そういう欲望よりわたしをからかって遊ぶ方が面白いってこと? 迷惑以外のナニモノでもないんだけど」

 言いながら自分で傷つきそうになるが、シルファにも女性の好みがある。自分が対象にならないのは仕方がないと、ミアは潔く立場を見極めた。

「シルファには分からないかもだけど、女の嫉妬ってえげつないんだからね。その悪戯な態度で、標的になるわたしの身にもなってよ」

 突拍子もない紹介をされる前から、ただ隣に立っているだけで、あからさまに陰口を叩かれるのだ。嫉妬の行き着く先は、ミアには想像するのも恐ろしい。

「――そうだな。嫉妬は時として人を狂わせる」

 何か思うことがあるのか、シルファの声に心ここに在らずな、空虚な響きがあった。窓から漏れる光に照らされた彼の横顔に、何とも言えない感情が映っている。

 喪失感、あるいは――孤独、だろうか。

 視線の先を見ているようで、彼が何も見ていないのがわかる。
 ミアは毒気を抜かれたように苛立ちを見失ってしまう。
 シルファがゆっくりとこちらを向いた。磨かれた宝石のように光る瞳が、まっすぐにミアを見つめる。

「心配しなくても、私がお前を守る。元の世界に戻れる日まで」

 シルファにとっての特別な女。それは本当なのかもしれない。
 ミアの期待とは全く異なった、特別の意味。

「シルファは、わたしが必要だから召喚したの?」
「そうだよ」

「だから、特別?」
「――ああ」

「そっか」

 ひどく何かが腑に落ちた。同時に、募ったこの気持ちはどこから生まれたのだろう。
 哀しいような、寂しいような、締め付けられるような想いが募る。
 シルファと自分の間にある決して越えられない壁に、初めて触れたような気がした。

 ミアは胸を占める仄暗い感情をやり過ごすために、視線を下げる。露台の床に自分の影が映っていた。ふっとその影に重なる影があった。顔をあげると、シルファが目の前に立っている。

 紫の瞳に、じわりと真紅が滲み出しているのは、錯覚だろうか。
 自分に触れようと伸ばされた手に、ミアは過剰に反応してしまう。一歩身を引くつもりが、踵の高い靴が仇になって体勢が崩れた。

「わっ」
「ミア!」

 倒れると覚悟した瞬間、予想とは異なった衝撃に包まれた。ふわりと甘い香りがする。距離を取ろうとしたのに、自分を支えるシルファにしがみつくような格好になっていた。転倒は免れたが、彼の胸に顔を押し付けるように密着している。

「ご、ごめんなさい!」

 すぐに姿勢を立て直そうと身動きすると、離れることを拒むように、自分を支えるシルファの腕に力がこもる。途端にミアは怖気付いてしまい、身体が強ばる。シルファの強い力に抗うこともできず、ただ身を固くしていると、シルファが身を震わせているのが伝わってくる

 ミアの肩越しに、声を殺すようにして笑っているのだ。こらえようと努めているが、どうしても肩が震えてしまうらしい。

「最低!」

 咄嗟に突き飛ばそうと腕に力を込めるが、自分を抱きすくめる力は緩まない。

「最低最低最低! すぐに人をからかって! 地獄に落ちろ! バカ! 離して!」

「おまえは、すぐに怖気付くから面白い」

「死ね! 呪われろ!」

 ミアは力に任せて、思い切りシルファの足に蹴りを入れた。
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