11 / 83
第三章:王主催の晩餐会
2:別次元の貴公子
しおりを挟む
セラフィに導かれて離れの広場に出ると、大きな窓から臨める中庭の景色が夕闇に抱かれている。晩餐会の時刻も迫っているのだろうと、想像がついた。
「あ、シルファ様」
セラフィの声に重なって、大理石の床に足音が響く。ミアは振り返って唖然とする。自分だと気づくかどうかという懸念や期待の入り混じった気持ちは、一瞬でどこかへ吹き飛んでしまった。
自分が着飾るということは、シルファも相応しい支度をすると言うことなのだ。ミアは全くそんな考えに至らなかった自分の愚鈍さを呪う。
(どこの王子様だよ!)
思わずそんな感想が出るほど、広場に現れたシルファは別次元の貴公子に変身していた。ミアの知る正装を超越した衣装で、ひたすら豪奢である。いわゆる宮廷衣装というやつだろうか。いつも無駄に品の良い仕草だと感じていたが、彼は正真正銘の貴族ーー公爵のようだ。歩み寄ってくるシルファを眺めながら、ほんやりと映画の一場面を鑑賞している気持ちになってしまう。
「ミア」
至近距離まで歩み寄って来たシルファに声をかけられて、ミアはようやく我に返った。
「いいね。すごく綺麗だ。異国から招いた深窓の佳人に相応しい」
セラフィの神業のおかげであるが、たしかに今の自分は完璧な美少女である。下手な謙遜はセラフィに対して失礼だろう。ミアは卑屈にならず、シルファの賛辞を素直に受け取っておこうと笑ってみせた。
「ありがとう。シルファも王子様みたいだね。はー、本当にびっくりした」
「ーー驚いたのは、私の方だが」
シルファはミアの手袋に包まれた手を取って、そっと口づける。
「ぎゃ!」
思わず手を引っ込めてしまう。単なる挨拶なのかもしれないが、ミアは深窓の令嬢にまでは、なり切れない。
「ご、ごめん……なさい。挨拶だっていうのは分かるけどーー」
頬に熱が巡るのを感じて、ミアは居たたまれない思いで俯いた。ふっと目の前が陰ったかと思うと、シルファが身を屈めて美しい紫の瞳で、ミアの目をのぞき込む。
「その男慣れしていない感じも、庇護欲をそそるだけで悪くない。口説きたくなる」
「ーーいちど地獄に落ちてこい」
視線に力をこめると、シルファはミアの反応を予想していたのか悪戯っぽく笑う。
「その調子で良い。何も気負う必要はないからな。美味しい物が食べられると食い意地でもはっていろよ」
いつもの軽口だがミアはすとんと気持ちが落ち着いていることに気づく。どうやらシルファには自分の緊張を見抜かれていたのだろう。興味がある反面、王主催の晩餐会という社交の場に赴くことは、やはり未知の体験で不安でもあった。
「ミアには迷惑な事もあるかもしれないが、まぁ何があっても気にするな」
「?」
怪訝な顔をしてシルファを仰ぐと、彼は含みのある微笑みを返してくる。
「時間だ。行こうか、お姫様」
嫌な予感しかないが、広場から続く玄関に正装した人達が現れる。どうやら晩餐会への案内のために、使いの者が現れたらしい。問いただしている時間もない。ミアは仕方なく差し出されたシルファの手に、掌を重ねた。
「あ、シルファ様」
セラフィの声に重なって、大理石の床に足音が響く。ミアは振り返って唖然とする。自分だと気づくかどうかという懸念や期待の入り混じった気持ちは、一瞬でどこかへ吹き飛んでしまった。
自分が着飾るということは、シルファも相応しい支度をすると言うことなのだ。ミアは全くそんな考えに至らなかった自分の愚鈍さを呪う。
(どこの王子様だよ!)
思わずそんな感想が出るほど、広場に現れたシルファは別次元の貴公子に変身していた。ミアの知る正装を超越した衣装で、ひたすら豪奢である。いわゆる宮廷衣装というやつだろうか。いつも無駄に品の良い仕草だと感じていたが、彼は正真正銘の貴族ーー公爵のようだ。歩み寄ってくるシルファを眺めながら、ほんやりと映画の一場面を鑑賞している気持ちになってしまう。
「ミア」
至近距離まで歩み寄って来たシルファに声をかけられて、ミアはようやく我に返った。
「いいね。すごく綺麗だ。異国から招いた深窓の佳人に相応しい」
セラフィの神業のおかげであるが、たしかに今の自分は完璧な美少女である。下手な謙遜はセラフィに対して失礼だろう。ミアは卑屈にならず、シルファの賛辞を素直に受け取っておこうと笑ってみせた。
「ありがとう。シルファも王子様みたいだね。はー、本当にびっくりした」
「ーー驚いたのは、私の方だが」
シルファはミアの手袋に包まれた手を取って、そっと口づける。
「ぎゃ!」
思わず手を引っ込めてしまう。単なる挨拶なのかもしれないが、ミアは深窓の令嬢にまでは、なり切れない。
「ご、ごめん……なさい。挨拶だっていうのは分かるけどーー」
頬に熱が巡るのを感じて、ミアは居たたまれない思いで俯いた。ふっと目の前が陰ったかと思うと、シルファが身を屈めて美しい紫の瞳で、ミアの目をのぞき込む。
「その男慣れしていない感じも、庇護欲をそそるだけで悪くない。口説きたくなる」
「ーーいちど地獄に落ちてこい」
視線に力をこめると、シルファはミアの反応を予想していたのか悪戯っぽく笑う。
「その調子で良い。何も気負う必要はないからな。美味しい物が食べられると食い意地でもはっていろよ」
いつもの軽口だがミアはすとんと気持ちが落ち着いていることに気づく。どうやらシルファには自分の緊張を見抜かれていたのだろう。興味がある反面、王主催の晩餐会という社交の場に赴くことは、やはり未知の体験で不安でもあった。
「ミアには迷惑な事もあるかもしれないが、まぁ何があっても気にするな」
「?」
怪訝な顔をしてシルファを仰ぐと、彼は含みのある微笑みを返してくる。
「時間だ。行こうか、お姫様」
嫌な予感しかないが、広場から続く玄関に正装した人達が現れる。どうやら晩餐会への案内のために、使いの者が現れたらしい。問いただしている時間もない。ミアは仕方なく差し出されたシルファの手に、掌を重ねた。
0
お気に入りに追加
450
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜
長月京子
恋愛
辺境の小国サイオンの王女スーは、ある日父親から「おまえは明日、帝国に嫁入りをする」と告げられる。
幼い頃から帝国クラウディアとの政略結婚には覚悟を決めていたが、「明日!?」という、あまりにも突然の知らせだった。
ろくな支度もできずに帝国へ旅立ったスーだったが、お相手である帝国の皇太子ルカに一目惚れしてしまう。
絶対におしどり夫婦になって見せると意気込むスーとは裏腹に、皇太子であるルカには何か思惑があるようで……?
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される
守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」
貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。
そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。
厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。
これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
「番外編 相変わらずな日常」
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる