6 / 83
第一章 ミアーー高遠美亜
6:嘘か本当かわからない
しおりを挟む
「呪術対策局が王直轄で大きな権限を与えられているのは、そのためだ。呪術の専門家が違うと示すだけで、人々の思い込みはある程度緩む。特に間接的に事件に関わっている者には効果的なんだ」
「あ、それはわかる。たしかにその道に詳しい偉い人が否定したら、呪術以外の観点から事件を捉え直したり、見方が変わるよね」
「そう。捜査が現実的になる」
今まで朧げだった呪術対策局――シルファの仕事内容や立ち位置が、ようやくミアにも良くわかってきた。マスティア王国と元いた世界の価値観にも、それほど違いがなさそうに思う。
けれど。
「でも、シルファはわたしのことを召喚したでしょ? それは魔力じゃないの?」
「――魔力だな」
「え?」
今までの大前提が崩れ去る事実を、シルファはなんでもないことのようにあっさりと認めた。
「でも、この国に魔力や魔術はないって」
「ああ、ない。なぜなら、その方が仕事がやりやすい」
ミアが良くわからないという顔をしていると、シルファがさらりとミアの頭に手を置いた。ゆるく癖のある黒髪をくるくると弄ぶ。
「魔力などあっても碌なことがない。おまえには、わからなくても良いよ」
癖毛を弄ぶシルファの手を払いのけて、彼の品のある端正な顔を仰ぐ。ミアの顔がムッと曇るのを、シルファは面白そうに眺めていた。
「シルファは魔法使いなの?」
「違うよ」
「じゃあ、いったい何のために私を召喚したの?」
これまでにも何度か尋ねたことがあるが、シルファがまともに答えてくれたことはない。どうせ今回もはぐらかされるのだろうと拗ねた心持ちでシルファを見つめていると、彼は眼を閉じて、ふうっと吐息をつく。やがて無言のまま食卓から離れて、ミアの傍らに歩み寄ってきた。無駄のない仕草で、ミアの顔に触れた。
「な、何?」
顎に添えられた長い指に、クイ ッと力がこもる。シルファを仰ぎ見るように込められた力。さらりと前髪が触れる近さに、彼の顔があった。
「――おまえを召喚したのは、とって喰らうため」
「え?」
微笑みを浮かべて、シルファが今まで見たこともない熱のこもった眼をしている。夕闇のような澄んだ色合いが、じわりと色を移していく。
血のような、鮮やかな真紅。ミアはびくりと身体を固くした。
「私にとって、おまえは特別な女だ。この眼の色、わかるだろう? あまり無防備にしていると襲ってしまうかもしれない」
「でも、明日世界が滅んでも、それはないって――」
今までシルファに女として見られることを望んできたのに、いざ宣言されると抵抗があった。ミアは彼から滲み出した色香に呑まれて、ただ怖気付くことしかできない。
「ミア。私はいつまでも物分りの良い保護者じゃない。もっと私を警戒しろ」
そこまで言うと、シルファはニヤリと含みのある笑みを浮かべた。満ちていた色気が、からかうような気色に変わる。途端に真紅に変化していた瞳が、すうっと紫に凪いで行く。ミアは騙されたと気づいて、自分に触れていたシルファの手を弾いた。
「からかわないで! 欲情しなくても眼が赤くなるんじゃない! 最低!」
力の限り怒鳴ると、シルファは呆れた眼差しを向けてくる。
「怖気付いていたくせに。本気で欲情した方が嬉しいのか? おまえに私の相手は無理だろ」
「物事には順序がある!」
「おまえの乙女心に付き合うほど暇じゃないんでね」
「死ね! この腐れ外道が!」
苛立ちに任せて、ミアは思い切り食卓をひっくり返した。
「あ、それはわかる。たしかにその道に詳しい偉い人が否定したら、呪術以外の観点から事件を捉え直したり、見方が変わるよね」
「そう。捜査が現実的になる」
今まで朧げだった呪術対策局――シルファの仕事内容や立ち位置が、ようやくミアにも良くわかってきた。マスティア王国と元いた世界の価値観にも、それほど違いがなさそうに思う。
けれど。
「でも、シルファはわたしのことを召喚したでしょ? それは魔力じゃないの?」
「――魔力だな」
「え?」
今までの大前提が崩れ去る事実を、シルファはなんでもないことのようにあっさりと認めた。
「でも、この国に魔力や魔術はないって」
「ああ、ない。なぜなら、その方が仕事がやりやすい」
ミアが良くわからないという顔をしていると、シルファがさらりとミアの頭に手を置いた。ゆるく癖のある黒髪をくるくると弄ぶ。
「魔力などあっても碌なことがない。おまえには、わからなくても良いよ」
癖毛を弄ぶシルファの手を払いのけて、彼の品のある端正な顔を仰ぐ。ミアの顔がムッと曇るのを、シルファは面白そうに眺めていた。
「シルファは魔法使いなの?」
「違うよ」
「じゃあ、いったい何のために私を召喚したの?」
これまでにも何度か尋ねたことがあるが、シルファがまともに答えてくれたことはない。どうせ今回もはぐらかされるのだろうと拗ねた心持ちでシルファを見つめていると、彼は眼を閉じて、ふうっと吐息をつく。やがて無言のまま食卓から離れて、ミアの傍らに歩み寄ってきた。無駄のない仕草で、ミアの顔に触れた。
「な、何?」
顎に添えられた長い指に、クイ ッと力がこもる。シルファを仰ぎ見るように込められた力。さらりと前髪が触れる近さに、彼の顔があった。
「――おまえを召喚したのは、とって喰らうため」
「え?」
微笑みを浮かべて、シルファが今まで見たこともない熱のこもった眼をしている。夕闇のような澄んだ色合いが、じわりと色を移していく。
血のような、鮮やかな真紅。ミアはびくりと身体を固くした。
「私にとって、おまえは特別な女だ。この眼の色、わかるだろう? あまり無防備にしていると襲ってしまうかもしれない」
「でも、明日世界が滅んでも、それはないって――」
今までシルファに女として見られることを望んできたのに、いざ宣言されると抵抗があった。ミアは彼から滲み出した色香に呑まれて、ただ怖気付くことしかできない。
「ミア。私はいつまでも物分りの良い保護者じゃない。もっと私を警戒しろ」
そこまで言うと、シルファはニヤリと含みのある笑みを浮かべた。満ちていた色気が、からかうような気色に変わる。途端に真紅に変化していた瞳が、すうっと紫に凪いで行く。ミアは騙されたと気づいて、自分に触れていたシルファの手を弾いた。
「からかわないで! 欲情しなくても眼が赤くなるんじゃない! 最低!」
力の限り怒鳴ると、シルファは呆れた眼差しを向けてくる。
「怖気付いていたくせに。本気で欲情した方が嬉しいのか? おまえに私の相手は無理だろ」
「物事には順序がある!」
「おまえの乙女心に付き合うほど暇じゃないんでね」
「死ね! この腐れ外道が!」
苛立ちに任せて、ミアは思い切り食卓をひっくり返した。
0
お気に入りに追加
450
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【本編完結】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!
七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。
この作品は、小説家になろうにも掲載しています。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる