60 / 61
第十二章:鬼火の願い
60:藤模様の鏡箱
しおりを挟む
三河屋の身柄が第一隊にあずけられたという話は、葛葉の耳にもすぐに入ってきた。千代の行方は依然としてわからず、夜叉も戻ってこないが、第三隊には事件が収束したという空気が流れている。翌日には隊員が屋敷から引き上げはじめた。
「御門様はまだこちらで千代ちゃんの行方を追うのですか?」
一方で葛葉は翌日の夕刻になってから、屋敷を出て見回りをすると可畏に呼びだされた。これと言ってすることもなく、手持ち無沙汰に感じていた葛葉は嬉々として玄関で待つ可畏の元へ駆けつける。
「彼女を逃してから時間もたっている。もうこの辺りに潜伏していないだろう」
「では、何のために見回りへ出るのですか?」
葛葉にはまだどんな後始末が必要なのか想像がつかない。昨日は休息が命じられ、そのまま一日が休暇となって過ぎた。可畏と四方に勧められて、任務とは関係なく通りにでて暖簾をかかげる店をあちこち見て回った。
「閣下。こちらを」
可畏が葛葉の問いに答える前に、玄関へ四方がやってくる。彼は風呂敷に包まれたものを両手でかかげるように持っていた。重箱のような大きさの四角い荷物だった。
「ありがとう、四方。では、少し出てくる」
「はい、お気をつけて」
「いくぞ、葛葉」
「はい!」
可畏は風呂敷に包まれたものを受け取ると、石油ランプを葛葉に渡す。そのまま玄関を出て庭を進んだ。葛葉はあわてて履き物に足をいれて後を追いかけた。
「どこへ行くのですか? それに、その風呂敷は……」
「昨日からこれが届くのを待っていた」
「何が入っているんですか?」
素直に尋ねると、可畏からは答えではなく確認が入った。
「おまえはちゃんと柄鏡を持ってきたか?」
「はい、もちろんです。御門様にそう命じられたので」
屋敷の門を出て通りへ出ながら、葛葉は懐から小ぶりな柄鏡を取り出して見せた。可畏はうなずくと、風呂敷を持ち上げて示す。
「これはその柄鏡をしまう鏡箱だ」
「あ、この柄鏡のために用意されたのですか?」
「私が用意したわけではない。用意されていた」
葛葉は首をかしげる。
「誰が用意したのですか?」
すぐに答えが返ってこない。可畏が言葉を選んでいるのがわかる。彼が歯切れのわるい話し方になるときは、葛葉への配慮が含まれている時だ。
葛葉は急き立てることをせず、可畏が口を開くのを待った。
屋敷をでた頃、まだ夕焼けの名残があった空はいつのまにか完全に暮れている。足元がおぼつかない暗さになっていることに気づいて、葛葉はそっと石油ランプを灯した。
夕闇の中に橙色の明かりが広がる。葛葉と可畏の影が背後に伸びて、二人のあとをついてくる。
店じまいをした様子の通りを、しばらく無言で歩いた。
葛葉が手元の柄鏡に視線をおとしたとき、はじめて聞いた時と同じようにわらべ唄が聞こえてきた。歌声には美しい三味線の音色が重なっている。
「御門様」
「ああ、聞こえている」
「でも、どうしてですか? まだ何か恨みが残っているのでしょうか?」
「三河屋を恨んでいたのは妙の母親だ。その柄鏡は母親と妙、二人の思いを宿して付喪神となった。母親の恨みはおまえに浄化されたが、妙の未練はまだ残っている」
石油ランプの明かり以外にも、辺りを照らす光があった。葛葉が目を向けると、唄声にあわせて鬼火がくるくると回っている。以前に見た時とは異なり、白い炎だった。
「未練というよりは、心残りなことがあったというべきか」
二人の歩調に合わせて白い火もついてくる。
「だから、まだその鏡に宿った付喪神の願いは完全に叶えられていない」
柄鏡の鏡面がぼんやりと光っている。辺りを飛び交う白い鬼火をうつしているのかと思っていたが、鏡自身が発光していた。
「御門様。あの時のような白い玉が……」
うりざね顔の美しい女性。あれは付喪神が顕現した姿だった。彼女の掌にあったのと同じ、丸く白い光が柄鏡の鏡面から浮かび上がって光っている。
「この光は、妙さんの思いでしょうか?」
「そうかもな」
可畏は惨劇のあった廃屋でも古井戸のあった藪でもなく、通りを帝都の方角へと進んでいる。行き先に何の心当たりも浮かばず、葛葉は可畏の横顔を仰いだ。くるくると回る白い鬼火が追いかけてくる。
「御門様はどちらへ向かっているのですか?」
「あてはない。ただ、できるだけ帝都へ近づくように歩いているだけだ」
「帝都に?」
ますます可畏の意図がわからない。やがて立ち止まると可畏が手元の風呂敷をといて鏡箱を出した。
箱の表面には、柄鏡に記された藤模様とよく似た柄が描かれてる。
「このわらべ唄が何を意味するのかわからなかった。だから、三河屋で働く妙の同僚だった青年に話を聞いてみたんだ」
葛葉はすぐに該当する人物を思い描いた。自分と可畏を妙の住処とされていた長屋まで案内してくれた彼のことだろう。
「何かわかったんですか?」
「御門様はまだこちらで千代ちゃんの行方を追うのですか?」
一方で葛葉は翌日の夕刻になってから、屋敷を出て見回りをすると可畏に呼びだされた。これと言ってすることもなく、手持ち無沙汰に感じていた葛葉は嬉々として玄関で待つ可畏の元へ駆けつける。
「彼女を逃してから時間もたっている。もうこの辺りに潜伏していないだろう」
「では、何のために見回りへ出るのですか?」
葛葉にはまだどんな後始末が必要なのか想像がつかない。昨日は休息が命じられ、そのまま一日が休暇となって過ぎた。可畏と四方に勧められて、任務とは関係なく通りにでて暖簾をかかげる店をあちこち見て回った。
「閣下。こちらを」
可畏が葛葉の問いに答える前に、玄関へ四方がやってくる。彼は風呂敷に包まれたものを両手でかかげるように持っていた。重箱のような大きさの四角い荷物だった。
「ありがとう、四方。では、少し出てくる」
「はい、お気をつけて」
「いくぞ、葛葉」
「はい!」
可畏は風呂敷に包まれたものを受け取ると、石油ランプを葛葉に渡す。そのまま玄関を出て庭を進んだ。葛葉はあわてて履き物に足をいれて後を追いかけた。
「どこへ行くのですか? それに、その風呂敷は……」
「昨日からこれが届くのを待っていた」
「何が入っているんですか?」
素直に尋ねると、可畏からは答えではなく確認が入った。
「おまえはちゃんと柄鏡を持ってきたか?」
「はい、もちろんです。御門様にそう命じられたので」
屋敷の門を出て通りへ出ながら、葛葉は懐から小ぶりな柄鏡を取り出して見せた。可畏はうなずくと、風呂敷を持ち上げて示す。
「これはその柄鏡をしまう鏡箱だ」
「あ、この柄鏡のために用意されたのですか?」
「私が用意したわけではない。用意されていた」
葛葉は首をかしげる。
「誰が用意したのですか?」
すぐに答えが返ってこない。可畏が言葉を選んでいるのがわかる。彼が歯切れのわるい話し方になるときは、葛葉への配慮が含まれている時だ。
葛葉は急き立てることをせず、可畏が口を開くのを待った。
屋敷をでた頃、まだ夕焼けの名残があった空はいつのまにか完全に暮れている。足元がおぼつかない暗さになっていることに気づいて、葛葉はそっと石油ランプを灯した。
夕闇の中に橙色の明かりが広がる。葛葉と可畏の影が背後に伸びて、二人のあとをついてくる。
店じまいをした様子の通りを、しばらく無言で歩いた。
葛葉が手元の柄鏡に視線をおとしたとき、はじめて聞いた時と同じようにわらべ唄が聞こえてきた。歌声には美しい三味線の音色が重なっている。
「御門様」
「ああ、聞こえている」
「でも、どうしてですか? まだ何か恨みが残っているのでしょうか?」
「三河屋を恨んでいたのは妙の母親だ。その柄鏡は母親と妙、二人の思いを宿して付喪神となった。母親の恨みはおまえに浄化されたが、妙の未練はまだ残っている」
石油ランプの明かり以外にも、辺りを照らす光があった。葛葉が目を向けると、唄声にあわせて鬼火がくるくると回っている。以前に見た時とは異なり、白い炎だった。
「未練というよりは、心残りなことがあったというべきか」
二人の歩調に合わせて白い火もついてくる。
「だから、まだその鏡に宿った付喪神の願いは完全に叶えられていない」
柄鏡の鏡面がぼんやりと光っている。辺りを飛び交う白い鬼火をうつしているのかと思っていたが、鏡自身が発光していた。
「御門様。あの時のような白い玉が……」
うりざね顔の美しい女性。あれは付喪神が顕現した姿だった。彼女の掌にあったのと同じ、丸く白い光が柄鏡の鏡面から浮かび上がって光っている。
「この光は、妙さんの思いでしょうか?」
「そうかもな」
可畏は惨劇のあった廃屋でも古井戸のあった藪でもなく、通りを帝都の方角へと進んでいる。行き先に何の心当たりも浮かばず、葛葉は可畏の横顔を仰いだ。くるくると回る白い鬼火が追いかけてくる。
「御門様はどちらへ向かっているのですか?」
「あてはない。ただ、できるだけ帝都へ近づくように歩いているだけだ」
「帝都に?」
ますます可畏の意図がわからない。やがて立ち止まると可畏が手元の風呂敷をといて鏡箱を出した。
箱の表面には、柄鏡に記された藤模様とよく似た柄が描かれてる。
「このわらべ唄が何を意味するのかわからなかった。だから、三河屋で働く妙の同僚だった青年に話を聞いてみたんだ」
葛葉はすぐに該当する人物を思い描いた。自分と可畏を妙の住処とされていた長屋まで案内してくれた彼のことだろう。
「何かわかったんですか?」
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
ルナール古書店の秘密
志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。
その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。
それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。
そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。
先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。
表紙は写真ACより引用しています

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
待つノ木カフェで心と顔にスマイルを
佐々森りろ
キャラ文芸
祖父母の経営する喫茶店「待つノ木」
昔からの常連さんが集まる憩いの場所で、孫の松ノ木そよ葉にとっても小さな頃から毎日通う大好きな場所。
叶おばあちゃんはそよ葉にシュガーミルクを淹れてくれる時に「いつも心と顔にスマイルを」と言って、魔法みたいな一混ぜをしてくれる。
すると、自然と嫌なことも吹き飛んで笑顔になれたのだ。物静かで優しいマスターと元気いっぱいのおばあちゃんを慕って「待つノ木」へ来るお客は後を絶たない。
しかし、ある日突然おばあちゃんが倒れてしまって……
マスターであるおじいちゃんは意気消沈。このままでは「待つノ木」は閉店してしまうかもしれない。そう思っていたそよ葉は、お見舞いに行った病室で「待つノ木」の存続を約束してほしいと頼みこまれる。
しかしそれを懇願してきたのは、昏睡状態のおばあちゃんではなく、編みぐるみのウサギだった!!
人見知りなそよ葉が、大切な場所「待つノ木」の存続をかけて、ゆっくりと人との繋がりを築いていく、優しくて笑顔になれる物語。
パーフェクトアンドロイド
ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。
だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。
俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。
レアリティ学園の新入生は100名。
そのうちアンドロイドは99名。
つまり俺は、生身の人間だ。
▶︎credit
表紙イラスト おーい
天才外科医は仮初の妻を手放したくない
夢幻惠
恋愛
ホテルのフリントに勤務している澪(みお)は、ある日突然見知らぬ男性、陽斗(はると)に頼まれて結婚式に出ることになる。新婦が来るまでのピンチヒッターとして了承するも、新婦は現れなかった。陽斗に頼まれて仮初の夫婦となってしまうが、陽斗は天才と呼ばれる凄腕外科医だったのだ。しかし、澪を好きな男は他にもいたのだ。幼馴染の、前坂 理久(まえさか りく)は幼い頃から澪をずっと思い続けている。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

失せ物探し・一ノ瀬至遠のカノウ性~謎解きアイテムはインスタント付喪神~
わいとえぬ
ミステリー
「君の声を聴かせて」――異能の失せ物探しが、今日も依頼人たちの謎を解く。依頼された失せ物も、本人すら意識していない隠された謎も全部、全部。
カノウコウコは焦っていた。推しの動画配信者のファングッズ購入に必要なパスワードが分からないからだ。落ち着ける場所としてお気に入りのカフェへ向かうも、そこは一ノ瀬相談事務所という場所に様変わりしていた。
カノウは、そこで失せ物探しを営む白髪の美青年・一ノ瀬至遠(いちのせ・しおん)と出会う。至遠は無機物の意識を励起し、インスタント付喪神とすることで無機物たちの声を聴く異能を持つという。カノウは半信半疑ながらも、その場でスマートフォンに至遠の異能をかけてもらいパスワードを解いてもらう。が、至遠たちは一年ほど前から付喪神たちが謎を仕掛けてくる現象に悩まされており、依頼が謎解き形式となっていた。カノウはサポートの百目鬼悠玄(どうめき・ゆうげん)すすめのもと、至遠の助手となる流れになり……?
どんでん返し、あります。
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
【10月中旬】5巻発売です!どうぞよろしくー!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる