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第九章:古井戸の遺体

43:三河屋

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 言葉を選ぶかのような、歯切れの悪さがあった。不思議に思って葛葉くずは可畏かいの横顔を仰ぐと、彼がふたたび吐息をついた。

たえが働いていた店へ行くのは、そのためだ」

「では、その遺体の女性とたえさんにも、何か関係が?」

 たえに化けていた鬼が案内した古井戸で見つかったのだ。何かつながりがあるのは予想がついた。

「知り合いだったとか、もしかして肉親だとか?」

 葛葉くずはの勝手な憶測には、すぐに返答がなかった。可畏かいは明らかに何かを言い淀んでいる。

「私が鬼火だと思っていた火は、鬼火であり迎え火だったのかもしれない」

「迎え火ですか?」

 話が飛躍したように感じる。どうつながるのかと、葛葉くずは可畏かいの言葉を待った。

「古井戸の遺体は、廃屋に現れた鬼の……鬼になる前の女の娘だった」

「え!? それはどうしてわかったのですか? もしかして御門みかど様はあの鬼と話せたのですか?」

「――そうだな、話した」

 さすが帝も認める最高峰の異能者である。地に憑く鬼である夜叉やしゃも逆らえないほどの力の持ち主なのだ。当然ともいえた。

「この一連の鬼火の騒動や事件については、私の中ではほぼ答えが出た。ただ腑に落ちない部分がある」

「あ、では、それをたえさんにたしかめに行くのですか?」

 廃屋にあらわれた鬼はたえに化けていた。
 生きた人間の怨念が生き魑魅いきすだまや鬼となる例は、古来から語り継がれている。けれど、鬼となったのはたえ自身ではなく、違う誰かだったのだろうか。 

 葛葉くずはたえの想念のようなものが形になっていたのかと思っていたが、古井戸の遺体が娘となると話が変わってくる。
 たえに子どもはいない。

「あの鬼とたえさんは、どういう関係なんですか?」

「それは、……明らかになったら話す」

 また可畏かいの言葉の歯切れが悪くなった。なにかが引っかかっているのだろうか。可畏かいの赤い瞳が、一瞬だけ葛葉くずはを見てすぐに逸らされた。

 彼のまなざしに労わるような光を見た気がして、葛葉くずはの胸にも一筋の予感が浮かび上がった。
 

 
 
 
 可畏かいと訪れたのは街道沿いの広い通りだった。日中は人通りが多く暖簾をかかげた店が華やかに並んでいるが、まだ開店前の早朝である。朝靄につつまれて、通り自体がひっそりと静まり返っていた。

 ひときわ店構えの立派な店へ可畏かいが歩みをすすめる。元本陣の屋敷にもひけをとらない、間口のひろい家屋だった。

 鉄道馬車の駅舎周辺の賑わいによって人の流れが変わったといっても、もともと大通りだったこの付近はまだ栄華の名残がある。

「大きなお店ですね」

 軒先に掲げられた、紫の大きな暖簾には三河屋みかわやとあった。葛葉くずはも聞いたことのある豪商で、昨今は各地に店を出している。

「そうだな。この辺りで一番繁盛している呉服屋だ」

 可畏かいは店からつうじる中庭へ訪問した。すぐに人が玄関まで出てくる。使用人の若い青年だった。店主に話を聞きたいと告げると、開店前の店内へ通された。吐き清められた土間には、上がりかまちが設けられ開放的な広さになっている。二人は客人をもてなす奥座敷へと案内された。

 座卓について待っていると、女がお茶を運んでくる。

「特務部大将の御門みかど様ですね。あいにく主人は昨日から出かけておりまして。代わりにわたしが参りました」

 店主の妻は可畏かい葛葉くずはに茶を差し出すと、二人の前に腰を下ろした。
 落ち着いた色合いの着物には光沢があり、呉服屋の女将らしく洗練された印象があった。

「今日はこちらで働いていたたえという女性の所在をうかがいに参りました」

 可畏かいが単刀直入に切り込むと、女将はああという顔をする。

たえの所在ですか? 以前はうちに住み込んでおりましたが、今は裏手の長屋で独り住まいのはずです」

「最近、会ったことはありますか?」

「いいえ。病を患って療養していると聞いておりますが……。たえは器量も良く、よく働くので、早く戻ってきてほしいと店のものと話しております」

 可畏かいが小さく吐息をつく。それが葛葉くずはには違和感のある仕草に見えた。

「そうですか。では、彼女の見舞いに伺いたいので、住まいを教えてください」
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