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第九章:古井戸の遺体

41:四方(しかた)の憂慮

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 昨夜は屋敷に戻ってから、葛葉くずははなんとも腑に落ちない気持ちを抱えながら眠りに落ちた。鬼火を追いかけた先には、はっきりと示された場所があった。

 けれど、可畏かいはあっさりと現場から戻ることを決めた。

 葛葉くずはにはまるで理由がわからなかった。

 寝床についても到底眠れないだろうと思っていたのに、今は寝過ごしたかと焦って飛び起きたりしている。

(いつのまにか、眠ってたんだ)

 自分のことを無責任な人間だと思ったが、葛葉くずははすぐに気持ちをきりかえた。ぐちぐちと呵責にひたっている場合ではない。

 休むべき時に休むという、特務部の一員としての責務を果たしたのだと前向きに受け入れた。

(日は登っているけど、寝過ごしたわけではなさそう)

 葛葉くずはは手早く身支度を整える。衝立障子の向こう側に人の気配はない。昨夜も葛葉くずはが寝床についた時可畏かいは一緒ではなかった。

御門みかど様はいつお休みになっているのだろう)

 上段の間にかけられた御簾をくぐりながら、広間へ向かう。

 襖がとりはずされて一続きになっている大部屋の向こう側に、可畏かいの姿があった。隊服に身を包み、屋敷に戻ってきた隊員から報告を受けているようだ。

 葛葉くずは可畏かいと隊員の話が終わるまで、何か手伝うことはないかと土間にある台所へ顔をだした。

 朝食の準備で慌ただしいのがひとめでわかる。釜戸では大きな鍋がぐつぐつと音をたてていた。

葛葉くずは殿」

 背後から声をかけられ、振り返ると少将の四方しかたが立っていた。

四方しかた少将、おはようございます。わたしに何かお手伝いできることはありませんか?」

「大丈夫ですよ。それより昨夜はお疲れ様でした。閣下が朝食を済ませておくようにと」

 四方しかたが台所からつづく板張りの部屋にある膳を示す。

「こちらに用意しています」

「ありがとうございます」

 朝食は握り飯と焼き魚に、汁物がついているようだった。
 板張りの部屋は、どうやら食堂として機能しているようで、小さな膳がいくつも並べられている。膳の上では椀が伏せられており、誰かが座につくと給仕の隊員がやってくる。

 二人がかりで鍋をかかえて、順次味噌汁をよそって回っている。
 隊員が入れ替わり立ち替わり食事に訪れ、食べ終わると去っていくようになっているらしい。

「私もご一緒させていただいて良いでしょうか?」

 少将でありながら控えめな四方しかたに、葛葉くずはは溌剌と答えた。

「はい、もちろんです」

 四方しかたと横並びに膳へむかい箸をとりながら、葛葉くずはは気になっていることを聞いてみた。

「あの、四方しかた少将」

「はい」

御門みかど様は休まれておられないのではありませんか?」

「そうですね。でも閣下にとっては平常なことです」

「休まれないことがですか?」

「ええ。常に式鬼しきを通じて現場と情報交換をしておられますし。でも、葛葉くずは殿が心配される気持ちはわかります。私も閣下へお休みになるように進言したことがありますので」

四方しかた少将が?」

「はい。閣下が倒れるようなことになっては困るからと」

 笑いながら頷く四方しかたは、その時のことを思い出しているようだった。

「閣下には、折をみて休んでいるから心配ないと一蹴されましたが」

「折を見てと言っても……」

 昨夜も葛葉くずはに寝むように命じると、可畏かいはすぐに隊員へ招集をかけていた。
 おそらく昨夜だけではなく、どの現場でも同じように指揮をとっているのだろう。

 心配が顔にでてしまったのか、四方しかたが穏やかな笑顔で補足する。

「それほど心配することはありませんよ。これまでも、閣下が精彩を欠くようなお姿は拝見したことがありません」

 葛葉くずはにも可畏かいが過労で倒れるような状況は想像がつかない。疲弊や翳りとは無縁の颯爽とした振る舞い。何者にも怯まない姿勢が、葛葉くずはにも力を与えてくれる。
 四方しかたが給仕へきた隊員に椀を差しだすと、あたたかい湯気があがった。

「今となっては、閣下は特別な方なのだと理解しました」

四方しかた少将でも、そのように思われるのですか?」

「はい。そう考えると全てが腑に落ちます」

 葛葉くずはの椀にも味噌汁がそそがれる。辺りに満ちていた朝餉の香りがより深くなった。
 味噌の匂いにそさわれたのか、唐突に空腹感が訪れる。

 四方しかたが箸を取りながら、静かに続ける。

「閣下の心配より、葛葉くずは殿はご自身のことを気にしてください。いきなり隊に加わって戸惑いが大きいでしょう」

「いえ、わたしは大丈夫です。御門みかど様が気にかけてくださっているので」

「そうですか」

 四方しかたは頷いて、椀に箸をつけた。

「せっかくの朝食が冷めてしまいます。とりあえず、いただきましょう」

「あ、はい」

 箸を手にしたまま食事が進んでいなかった。葛葉くずはが握り飯を頬張ると、隣でふたたび四方しかたの穏やかな声がした。

「閣下は特別な方ですが」

「はい」

「閣下にとって、葛葉くずは殿は特別なのです」

「え?」

「どうかお忘れなく」

 四方しかた葛葉くずはを見ることはなく、汁物をすすった。どういうことなのか尋ねたかったが、食堂でめまぐるしく入れ替わる隊員の慌ただしさを思い、葛葉くずはも黙って味噌汁をすすり、握り飯を頬張った。

 きっと羅刹の花嫁という、未だ得体の知れない能力のことだろうと、自分を納得させた。
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