上 下
37 / 45
第八章:怪異のもたらす手掛かり

37:一縷の望み

しおりを挟む
 幼少期の殺人については保留ということになり、葛葉くずは可畏かいやすむことを命じられた。

 朧げな記憶だけでは、真偽をたしかめることもできない。
 当然の判断だった。
 蘇った記憶の衝撃がゆるむと、葛葉くずはは取り乱していた自分が恥ずかしくなる。

(今はまだ、御門みかど様のために働ける)

 夜も更けつつあった。屋敷の中には隊員の気配があるが、日中よりはひっそりとしている。
 寝むために上段の間にもどり、寝床で横になるとふうっとため息がでた。

 目を閉じても、気持ちが冴えて眠れない。
 夜叉やしゃはふたたび封じられたのか、気配を感じなくなっていた。

(わたしが火を放った相手は、人かどうかわからない)

 可畏かいにすべてを打ち明けて、胸の塞がるような絶望からは解放されていた。罪の意識も、夜叉やしゃの話をきいてすこしだけ希薄になった。

 自分の放った火によって、炎に包まれた人影。
 それが人ではないという憶測は、一縷の望みになる。

(本当にそうだったらいいのに)

 思い出すことを忌避していたのに、今は殺人ではない手がかりを求めて記憶をたぐり寄せてしまう。
 赤い炎。悲鳴。あとに残った遺骨。

 ぐるぐると脳裏で追いかけていると、横になっていてもますます意識が冴えてくる。
 葛葉くずははゆっくりと寝返りをうった。

(まだ、特務部の一員でいられる)

 警察に引き渡されるようなこともなく、告白のあとも可畏かい葛葉くずはを信じてくれた。

(明日のために眠らないと……)

 特務隊にいる資格があるのかと反駁する自分を感じながらも、今はできることに尽力するしかないのだ。
 殺人かどうかは、いずれ答えが出るだろう。
 その時までは、精一杯任務を全うするだけである。

(今は御門みかど様のお役に立つことだけを考える!)

 気持ちを切り替えて眠ろうと、葛葉くずははぐいっとかけ布団を頭まで引き上げた。
 けれど、眠ろうと考えるほど目が冴えてくる。
 暗闇の中でも、記憶の赤い炎の影を追いそうになって、ふたたび寝返りを打った。

(……眠れない)

 気を失った時に、仮眠をとっていたことも手伝っているのだろうか。
 夜叉やしゃに話し相手にでもなってもらいたかったが、心の中で呼びかけてみても何も反応がなかった。
 布団の中ではぁっとため息がもれる。

葛葉くずは……」

 ため息を繰り返していると、衝立障子の向こう側から可畏かいの呼びかけがあった。いつから同じ部屋にいたのか、障子に影がうつっている。

 葛葉くずははとっさにがばりと身を起こした。

「はい!」

「眠れないのか」

「あ、はい。申し訳ありません。御門みかど様の眠りを妨げてしまって」

「いや。私はこれから出るが、眠れないのなら同行するか? 気がまぎれるだろう」

 答える前に葛葉くずはは立ち上がっていた。

「はい! ぜひお供させてください!」

 勢いよく返事をすると、小さく笑う可畏かいの声が聞こえた。

「では支度が整ったら出てこい」

 御簾をくぐって、彼は先に上段の間を出ていく。葛葉くずははあたふたと身なりを整えて、後を追うように部屋を飛びだした。

御門みかど様、見回りに出るのですか?」

「まだ何も解決していないからな」

 葛葉くずはが支度を整えて広間へ入ると、可畏かいはすぐに玄関へと向かった。屋敷を出ながら、辺りに放っていた鴉アゲハから報告を集めているようだ。

千代ちよの行方もわからないままだが、今のところ他に異形の気配はないようだ」

 屋敷から通りへでても、日中の活気が嘘のように辺りは静まり返っている。
 夜空には煌々と月が輝いていた。石油ランプに火を入れなくても、背後に薄い影が伸びている。

 二人の足音だけが夜の静寂に痕をのこす。ふたたび鴉アゲハを散開させると、可畏かい葛葉くずはを見返った。

千代ちよを見失ったのは、私の失態だ。彼女はおまえの記憶について何か知っていたかもしれない」

「そんな、御門みかど様の失態なんて……」

「逃げられたのだから、言い訳のしようもない」

「でも、千代ちよちゃんが怪しいなんて、わたしは思ってもみませんでした。御門みかど様は早くから彼女を怪しんで夜叉やしゃを解放しておられて、何も落ち度はないと思います。ただ彼女の逃げ足が早かっただけで」

「たしかに、夜叉やしゃの話から考えても千代ちよは得体が知れない。想像以上にやっかいな相手だろうな」

「はい。そもそも御門みかど様の放つ鴉アゲハの監視をすり抜けるのは、簡単なことではありませんよね?」

「……そうだな」

 可畏かいは思うことがあるのか、暗く澄んだ夜の闇を見つめたままだった。彼の横顔を仰ぎながら、葛葉くずはは小走りになりそうな調子で隣をついていく。

御門みかど様、どちらへ向かっているのですか?」

 見回りというには歩調がはやい。目的のある迷いのなさを感じる。

「鬼火の元凶がいた廃屋だ」

「廃屋って、あの長屋のことですか? 鬼も千代ちよちゃんの仕業ですか?」

「鬼と異形はまったく異なるものだ。千代ちよが異形に関わっているのは間違いないが、鬼火はどうだろうな」

「長屋でたえさんを名乗った鬼を見た時、千代ちよちゃんもいました」

「自身の隠れ蓑に鬼火を利用していた可能性はあるが。……千代ちよが異能者だとしても、誰かに憑いている鬼は使役できない」

「はい。まず調伏が基本だと習いました」

「そうだ。鬼火の元凶は、おそらくたえという女だろう」

「本物のたえさんですか?」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

smile in voice - 最愛の声- 

甘灯
キャラ文芸
周囲から非の打ち所がない完璧な女性と評価されている『菜島 加奈』 美貌の持ち主である彼女……実は恋愛に置いてかなり奥手である。 アラサーとなり、年齢=彼氏無し。 これは流石にマズイと思った彼女はマッチングアプリで『紫雨』という男性と会うが、結局失敗に終わる。 しかし数週間後、加奈は意外な形で彼と再会を果たすことになるが……。 『素顔』を隠して生きる加奈と、とある『秘密』を抱えて生きる男性とのサスペンス・ラブストーリー

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

天才たちとお嬢様

釧路太郎
キャラ文芸
綾乃お嬢様には不思議な力があるのです。 なぜだかわかりませんが、綾乃お嬢様のもとには特別な才能を持った天才が集まってしまうのです。 最初は神山邦弘さんの料理の才能惚れ込んだ綾乃お嬢様でしたが、邦宏さんの息子の将浩さんに秘められた才能に気付いてからは邦宏さんよりも将浩さんに注目しているようです。 様々なタイプの天才の中でもとりわけ気づきにくい才能を持っていた将浩さんと綾乃お嬢様の身の回りで起こる楽しくも不思議な現象はゆっくりと二人の気持ちを変化させていくのでした。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」に投稿しております

神様の住まう街

あさの紅茶
キャラ文芸
花屋で働く望月葵《もちづきあおい》。 彼氏との久しぶりのデートでケンカをして、山奥に置き去りにされてしまった。 真っ暗で行き場をなくした葵の前に、神社が現れ…… 葵と神様の、ちょっと不思議で優しい出会いのお話です。ゆっくりと時間をかけて、いろんな神様に出会っていきます。そしてついに、葵の他にも神様が見える人と出会い―― ※日本神話の神様と似たようなお名前が出てきますが、まったく関係ありません。お名前お借りしたりもじったりしております。神様ありがとうございます。

処理中です...