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第七章:花嫁の記憶と夜叉
31:碧アゲハ
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可畏が即座に葛葉の元へ戻ると、屋敷内は騒然としていた。畳敷の広間に横たわる真っ黒な骸を囲んで、隊員が検証を行っている。第三隊の少将である四方が、すぐに可畏に気づいた。
「閣下、申し訳ありません」
「異形が出たのか? 葛葉は?」
「気を失ったので、奥の上段の間で休ませております」
異形は異能の火で焼かれ、骸は微動だにしない。四方の指示で、すでに事態は収束している。
特務第三隊の集う屋敷が襲撃された不自然さを思いながらも、可畏はすぐに奥の間へ向かった。
御簾をかいくぐり、衝立障子の内へはいる。延べられた敷布団で横になっている葛葉に、怪我はなさそうである。
目覚める気配はないが、穏やかな様子だった。
可畏はほっと吐息をつくと、彼女の側を離れ上段の間をでた。廊下に控えていた四方をみる。
「異形がここを襲撃してきたのか?」
説明を求めると、四方が成り行きを語った。
童女の母親を騙る女が屋敷を訪れ、葛葉に襲いかかり異形化したということらしい。
「女が異形化したと?」
「はい。ですが女の様子はどこか虚で、自分の意志でここを訪れたのかどうかは……」
四方の口ぶりでは、人間が異形化したのか、異形が人真似をしていたのかは、判然としないようだった。
どちらにしても特務隊の目をあざむく程度には、人間の女に見えていた。それだけでも、異形としては稀な案件である。
「その異形を焼いたのは葛葉か?」
「いえ、それが、……彼女は女が異形化する前に気を失いました」
「どういうことだ?」
「わかりません。とても怯えていたことしか」
可畏は鬼火を追う自分にまで伝わった、葛葉からの衝撃を思いかえす。羅刹の花嫁としての能力が開花した合図のように感じたが、違ったのだろうか。
「では、夜叉が葛葉を守ったのか?」
四方は横に首を振る。
「いいえ。異形を焼いたのは私です。夜叉の姿は見ておりません」
可畏が意識を向けても、付近に夜叉の気配がない。彼が葛葉から離れることはないが、外へ出たのだろうか。動向は気になったが、夜叉は鬼である。可畏が身を案じることもない。
四方と広間へ戻り、隊員が検分している異形の骸を横目にみながら、可畏は辺りを見回す。
「ところであの童女……、千代は?」
「申し訳ありません、閣下。異形の騒動に紛れるように姿を消したようで、行方を見失いました。いま隊員に周辺を捜索させております」
「やはり、逃げたのだな」
「申し訳ありません」
「捜索網にかかればいいが」
おそらく千代は、ここで起きている一連の事件と関係がある。現れた異形とも、何らかの関わりがあるのだろう。
可畏は自身の式鬼を放った。烏アゲハがひらひらと屋敷から飛び立ち、捜索に加わる。
(あの童女には、私の業火が効かなかった)
寺院の山門で可畏が放った火球に焼かれることはなく、千代はこちらへ駆け寄ってきたのだ。異能の炎が無効であるなら、彼女は妖でも異形でもない。人であることの証明だった。
(ただの童女ではないようだが……)
可畏は千代の母親を名乗って現れた異形の様子を、四方からさらに仔細に聞きだす。
「女ははじめから葛葉を狙っていたのか?」
「はい。そのように感じました」
葛葉を見て「ここにいた」「見つけた」と言っていた、顔色の悪い痩せた女。葛葉の素性を知っていたのか、あるいは異形として、羅刹の花嫁を見つけたのか。可畏がどちらの可能性もあると考えていると、骸を囲んでいた隊員から声があがる。
「御門閣下、碧アゲハが出ました」
可畏が呼びかけに応えるように目をむけると、碧い鱗粉をまとったアゲハ蝶が、異形の骸からこちらへ羽ばたいてくる。アゲハを模した漆黒の式鬼は、羅刹の目印を得た時に、碧く姿を変えて可畏の元へやってくるのだ。
可畏が指をさしだすと、碧アゲハがひらりと指先にとまる。アゲハがはたはたと羽を動かすと、碧く輝く鱗粉が辺りに舞い散った。羽がはためきを繰り返すたびに、アゲハの碧い姿が見慣れた漆黒へ戻っていく。
余計な砂をふり落とすように、蝶が碧い鱗粉をはらう。きらめく粒子は中空で閃いて四散し、美しい閃きをみせた。
(羅刹の輝き……)
可畏は痛ましいものを見たように、眉根を寄せる。
本来であれば、人が太刀打ちできない存在である。けれど碧い輝きは鬼神が人の手に堕ちたことを示していた。
(このままでは、いずれ途轍もない厄災を招く)
異形など比較にもならない、未曾有の禍。帝の千里眼で示された、最悪の先途。
(絶対に玉藻が夢見で写した情景を、形にしてはならない)
そのために自分が在るのだ。可畏は目を閉じても残っている、碧い輝きの残像をなぞった。
羅刹の怒りは、いずれ大地の怒りとなって国を焼く。
(かならず羅刹の封印を叶えてみせる)
「閣下、申し訳ありません」
「異形が出たのか? 葛葉は?」
「気を失ったので、奥の上段の間で休ませております」
異形は異能の火で焼かれ、骸は微動だにしない。四方の指示で、すでに事態は収束している。
特務第三隊の集う屋敷が襲撃された不自然さを思いながらも、可畏はすぐに奥の間へ向かった。
御簾をかいくぐり、衝立障子の内へはいる。延べられた敷布団で横になっている葛葉に、怪我はなさそうである。
目覚める気配はないが、穏やかな様子だった。
可畏はほっと吐息をつくと、彼女の側を離れ上段の間をでた。廊下に控えていた四方をみる。
「異形がここを襲撃してきたのか?」
説明を求めると、四方が成り行きを語った。
童女の母親を騙る女が屋敷を訪れ、葛葉に襲いかかり異形化したということらしい。
「女が異形化したと?」
「はい。ですが女の様子はどこか虚で、自分の意志でここを訪れたのかどうかは……」
四方の口ぶりでは、人間が異形化したのか、異形が人真似をしていたのかは、判然としないようだった。
どちらにしても特務隊の目をあざむく程度には、人間の女に見えていた。それだけでも、異形としては稀な案件である。
「その異形を焼いたのは葛葉か?」
「いえ、それが、……彼女は女が異形化する前に気を失いました」
「どういうことだ?」
「わかりません。とても怯えていたことしか」
可畏は鬼火を追う自分にまで伝わった、葛葉からの衝撃を思いかえす。羅刹の花嫁としての能力が開花した合図のように感じたが、違ったのだろうか。
「では、夜叉が葛葉を守ったのか?」
四方は横に首を振る。
「いいえ。異形を焼いたのは私です。夜叉の姿は見ておりません」
可畏が意識を向けても、付近に夜叉の気配がない。彼が葛葉から離れることはないが、外へ出たのだろうか。動向は気になったが、夜叉は鬼である。可畏が身を案じることもない。
四方と広間へ戻り、隊員が検分している異形の骸を横目にみながら、可畏は辺りを見回す。
「ところであの童女……、千代は?」
「申し訳ありません、閣下。異形の騒動に紛れるように姿を消したようで、行方を見失いました。いま隊員に周辺を捜索させております」
「やはり、逃げたのだな」
「申し訳ありません」
「捜索網にかかればいいが」
おそらく千代は、ここで起きている一連の事件と関係がある。現れた異形とも、何らかの関わりがあるのだろう。
可畏は自身の式鬼を放った。烏アゲハがひらひらと屋敷から飛び立ち、捜索に加わる。
(あの童女には、私の業火が効かなかった)
寺院の山門で可畏が放った火球に焼かれることはなく、千代はこちらへ駆け寄ってきたのだ。異能の炎が無効であるなら、彼女は妖でも異形でもない。人であることの証明だった。
(ただの童女ではないようだが……)
可畏は千代の母親を名乗って現れた異形の様子を、四方からさらに仔細に聞きだす。
「女ははじめから葛葉を狙っていたのか?」
「はい。そのように感じました」
葛葉を見て「ここにいた」「見つけた」と言っていた、顔色の悪い痩せた女。葛葉の素性を知っていたのか、あるいは異形として、羅刹の花嫁を見つけたのか。可畏がどちらの可能性もあると考えていると、骸を囲んでいた隊員から声があがる。
「御門閣下、碧アゲハが出ました」
可畏が呼びかけに応えるように目をむけると、碧い鱗粉をまとったアゲハ蝶が、異形の骸からこちらへ羽ばたいてくる。アゲハを模した漆黒の式鬼は、羅刹の目印を得た時に、碧く姿を変えて可畏の元へやってくるのだ。
可畏が指をさしだすと、碧アゲハがひらりと指先にとまる。アゲハがはたはたと羽を動かすと、碧く輝く鱗粉が辺りに舞い散った。羽がはためきを繰り返すたびに、アゲハの碧い姿が見慣れた漆黒へ戻っていく。
余計な砂をふり落とすように、蝶が碧い鱗粉をはらう。きらめく粒子は中空で閃いて四散し、美しい閃きをみせた。
(羅刹の輝き……)
可畏は痛ましいものを見たように、眉根を寄せる。
本来であれば、人が太刀打ちできない存在である。けれど碧い輝きは鬼神が人の手に堕ちたことを示していた。
(このままでは、いずれ途轍もない厄災を招く)
異形など比較にもならない、未曾有の禍。帝の千里眼で示された、最悪の先途。
(絶対に玉藻が夢見で写した情景を、形にしてはならない)
そのために自分が在るのだ。可畏は目を閉じても残っている、碧い輝きの残像をなぞった。
羅刹の怒りは、いずれ大地の怒りとなって国を焼く。
(かならず羅刹の封印を叶えてみせる)
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