上 下
31 / 45
第七章:花嫁の記憶と夜叉

31:碧アゲハ

しおりを挟む
 可畏かいが即座に葛葉くずはの元へ戻ると、屋敷内は騒然としていた。畳敷の広間に横たわる真っ黒なむくろを囲んで、隊員が検証を行っている。第三隊の少将である四方しかたが、すぐに可畏かいに気づいた。

「閣下、申し訳ありません」

「異形が出たのか? 葛葉くずはは?」

「気を失ったので、奥の上段の間で休ませております」

 異形は異能の火で焼かれ、骸は微動だにしない。四方しかたの指示で、すでに事態は収束している。
 特務第三隊の集う屋敷が襲撃された不自然さを思いながらも、可畏かいはすぐに奥の間へ向かった。

 御簾みすをかいくぐり、衝立障子ついたてしょうじの内へはいる。延べられた敷布団で横になっている葛葉くずはに、怪我はなさそうである。
 目覚める気配はないが、穏やかな様子だった。

 可畏かいはほっと吐息をつくと、彼女の側を離れ上段の間をでた。廊下に控えていた四方しかたをみる。

「異形がここを襲撃してきたのか?」

 説明を求めると、四方しかたが成り行きを語った。
 童女の母親をかたる女が屋敷を訪れ、葛葉くずはに襲いかかり異形化したということらしい。

「女が異形化したと?」

「はい。ですが女の様子はどこか虚で、自分の意志でここを訪れたのかどうかは……」

 四方しかたの口ぶりでは、人間が異形化したのか、異形が人真似をしていたのかは、判然としないようだった。
 どちらにしても特務隊の目をあざむく程度には、人間の女に見えていた。それだけでも、異形としては稀な案件である。

「その異形を焼いたのは葛葉くずはか?」

「いえ、それが、……彼女は女が異形化する前に気を失いました」

「どういうことだ?」

「わかりません。とても怯えていたことしか」

 可畏かいは鬼火を追う自分にまで伝わった、葛葉くずはからの衝撃を思いかえす。羅刹らせつの花嫁としての能力が開花した合図のように感じたが、違ったのだろうか。

「では、夜叉が葛葉くずはを守ったのか?」

 四方しかたは横に首を振る。

「いいえ。異形を焼いたのは私です。夜叉の姿は見ておりません」

 可畏かいが意識を向けても、付近に夜叉の気配がない。彼が葛葉くずはから離れることはないが、外へ出たのだろうか。動向は気になったが、夜叉は鬼である。可畏かいが身を案じることもない。

 四方しかたと広間へ戻り、隊員が検分している異形の骸を横目にみながら、可畏かいは辺りを見回す。

「ところであの童女……、千代は?」

「申し訳ありません、閣下。異形の騒動に紛れるように姿を消したようで、行方を見失いました。いま隊員に周辺を捜索させております」

「やはり、逃げたのだな」

「申し訳ありません」

「捜索網にかかればいいが」

 おそらく千代は、ここで起きている一連の事件と関係がある。現れた異形とも、何らかの関わりがあるのだろう。

 可畏かいは自身の式鬼を放った。烏アゲハがひらひらと屋敷から飛び立ち、捜索に加わる。

(あの童女には、私の業火が効かなかった)

 寺院の山門で可畏かいが放った火球に焼かれることはなく、千代はこちらへ駆け寄ってきたのだ。異能の炎が無効であるなら、彼女は妖でも異形でもない。人であることの証明だった。

(ただの童女ではないようだが……)

 可畏かいは千代の母親を名乗って現れた異形の様子を、四方しかたからさらに仔細に聞きだす。

「女ははじめから葛葉くずはを狙っていたのか?」

「はい。そのように感じました」

 葛葉くずはを見て「ここにいた」「見つけた」と言っていた、顔色の悪い痩せた女。葛葉くずはの素性を知っていたのか、あるいは異形として、羅刹らせつの花嫁を見つけたのか。可畏かいがどちらの可能性もあると考えていると、骸を囲んでいた隊員から声があがる。

御門みかど閣下、あおアゲハが出ました」

 可畏かいが呼びかけに応えるように目をむけると、碧い鱗粉をまとったアゲハ蝶が、異形の骸からこちらへ羽ばたいてくる。アゲハを模した漆黒の式鬼は、羅刹らせつの目印を得た時に、碧く姿を変えて可畏かいの元へやってくるのだ。

 可畏かいが指をさしだすと、碧アゲハがひらりと指先にとまる。アゲハがはたはたと羽を動かすと、碧く輝く鱗粉が辺りに舞い散った。羽がはためきを繰り返すたびに、アゲハの碧い姿が見慣れた漆黒へ戻っていく。

 余計な砂をふり落とすように、蝶が碧い鱗粉をはらう。きらめく粒子は中空で閃いて四散し、美しい閃きをみせた。

羅刹らせつの輝き……)

 可畏かいは痛ましいものを見たように、眉根を寄せる。
 本来であれば、人が太刀打ちできない存在である。けれど碧い輝きは鬼神が人の手に堕ちたことを示していた。

(このままでは、いずれ途轍もない厄災を招く)

 異形など比較にもならない、未曾有みぞうの禍。帝の千里眼で示された、最悪の先途。

(絶対に玉藻たまもが夢見で写した情景を、形にしてはならない)

 そのために自分が在るのだ。可畏かいは目を閉じても残っている、碧い輝きの残像をなぞった。
 羅刹らせつの怒りは、いずれ大地の怒りとなって国を焼く。

(かならず羅刹らせつの封印を叶えてみせる)
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

真神家龍神忌憚

秋津冴
キャラ文芸
 六歳の時、母親に捨てられた真神操は、強い霊力を宿す「破子」として生きてきた。  破子は百年に一度、真神家に生まれ、強大な力が妖や怪異といったわざわいを招く存在として忌み嫌われてきた。  一族から存在を疎まれた彼女を支えたのは、紅い髪と青い瞳を持つ少年・紅羽だった。  操と紅羽は同じ屋根の下で十年間を過ごし、互いに唯一無二の存在となっていく。  だが、高校入学を機に二人の運命は大きく動き出す。  操をめぐり、結界師の名家たちの思惑や因縁が絡み合い、怪異や妖たちの襲撃が彼らを試練へと追い込む。  さらに、紅羽が抱える秘密――彼が龍神の化身であるという真実が明らかになった時、二人の関係は複雑さを増していく。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

天才たちとお嬢様

釧路太郎
キャラ文芸
綾乃お嬢様には不思議な力があるのです。 なぜだかわかりませんが、綾乃お嬢様のもとには特別な才能を持った天才が集まってしまうのです。 最初は神山邦弘さんの料理の才能惚れ込んだ綾乃お嬢様でしたが、邦宏さんの息子の将浩さんに秘められた才能に気付いてからは邦宏さんよりも将浩さんに注目しているようです。 様々なタイプの天才の中でもとりわけ気づきにくい才能を持っていた将浩さんと綾乃お嬢様の身の回りで起こる楽しくも不思議な現象はゆっくりと二人の気持ちを変化させていくのでした。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」に投稿しております

鬼になった義理の妹とふたりきりで甘々同居生活します!

兵藤晴佳
キャラ文芸
 越井克衛(こしい かつえ)は、冴えない底辺校に通う高校2年生。ちゃらんぽらんな父親は昔、妻に逃げられて、克衛と共に田舎から出てきた。  近所のアパートにひとり住まいしている宵野咲耶(よいの さくや)は、幼馴染。なぜかわざわざ同じ田舎から出てきて、有名私学に通っている。  頼りにならない父親に見切りをつけて、自分のことは自分でする毎日を送ってきたが、ある日、大きな変化が訪れる。  こともあろうに、父親が子連れの女を作って逃げてしまったのだ!  代わりにやってきたのは、その女の娘。  頭が切れて生意気で、ゾクっとするほどかわいいけど、それはそれ! これはこれ!  一度は起こって家を飛び出したものの、帰らないわけにはいかない。  ひと風呂浴びて落ち着こうと、家に帰った克衛が見たものは、お約束の……。  可愛い義妹の顔が悪鬼の形相に変わったとき、克衛の運命は大きく動き出す。  幼馴染の正体、人の目には見えない異界、故郷に隠された恐ろしい儀式、出生の秘密。  運命に抗うため、克衛は勇気をもって最初の一歩を踏み出す!   (『小説家になろう』『カクヨム』様との同時掲載です)

処理中です...