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第六章:鬼火と異形

26:ほめ言葉か悪口か

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 葛葉くずはたちが長屋をはなれると、ふたたび三味線の音色とわらべうたが聞こえてきた。子どもたちの笑い声と歌声がひびいてくる。

 さっきは水を打ったように大人しくなり、子どもたちは顔をこわばらせていた。知らない人間に人見知りしていたのだろうと思いながら、葛葉くずはは裏通りをもどる。

 隣をあるく可畏かいを仰ぐと、さっそく鴉アゲハに付近の巡回について伝令をとばしていた。

「とても綺麗で素敵な人でしたね」

「どうしておまえが嬉しそうなんだ?」

 可畏かいが不思議そうに葛葉くずはをみた。そんなに顔にでているのだろうかと思いながら、素直に答える。

「同じ歳なのにしっかりしていて、羨ましいと思いました」

「おまえが?」

「はい。わたしはまだ半人前ですし。あんなふうに一人では生きていけません。なのに彼女は子どもたちの勉強までみて。爪の垢を煎じていただきたいくらいです」

葛葉くずはらしい感想だな」

 可畏かいの眼差しがすこし優しくなったような気がして、葛葉くずははすぐに感化してしまう自分が恥ずかしくなる。

「その、わたしも頑張ろうという気持ちになりました」

「たしかに懸命に生きている感じはしたが……。でも、それはおまえも同じだろう」

「わたしは、まだ何のお役にも立てませんので」

 可畏かいがおかしそうに笑う。

「おまえも、ある意味逸材だがな」

「でも、私はまだ自分の力がよくわかっておりませんし」

「力のこともあるが。私が言っているのは、その前向きさだ」

 こんどは葛葉くずはが不思議そうに可畏かいの顔をみる番だった。

「一生徒が、いきなり現場の隊に放りこまれて、戸惑うこともなく張り切っていられるのは、なかなかの気概だ」

「わたしは特務部に入って、一人前になることが目標なので」

「それは昨日も聞いたが」

御門みかど様が面倒を見てくださっておりますし」

 言いながら、葛葉くずはは今さらハッとする。

「わたしが御門みかど様の任務に同行できるなど、身に余る体験だと思っております」

 思い出したように恐縮すると、可畏かいが「いま思いついたな」と、おかしそうに笑った。

「はじめはどうなることかと思ったが、すこしは慣れたようだな」

「それは、その……、御門みかど様が思っていたより」

 思っていたより、なんといえば良いのだろう。

 葛葉くずははあたふたと言葉を探してしまう。適切な言い回しがうかばない。優しいというのは、すこし違う。意外な一面をみたというのもはばかられる。

 可愛いなんて、もっての他だ。

「お、面白い方だったので」

 迷ったあげく、一番さいあくな形容詞を口走ってしまう。

(ま、まちがえたぁ!)

 不気味な沈黙をかんじて、葛葉くずははいっきに身体中から変な汗がふきだす。

「いえ、あの、これはおかしな意味ではなくて……」

 妖のように美しい赤眼に、怪訝な色が浮かんでいる。

「面白い? 私が?」

「だから、あの、親しみやすいという意味です! その、はじめは傲慢で恐ろしくて、もっと鬼のように冷徹な方かと、あっ、いえ、これも悪口ではなくて」

 一人で墓穴をほりまくっていると、可畏かいがなだめるように葛葉くずはの頭を小突いた。

「わかったから、もういい」

「申し訳ありません」

「謝るな」

「本当に申し訳ありません」

「だから、謝るな。おまえが謝ると、余計に複雑な気持ちになる!」

 いきなり早足に歩きだした可畏かいの背中についていきながら、葛葉くずはは(あれ?)と彼の後ろ姿をみる。

御門みかど様、また耳が赤くなってない?)

 美しい容姿や、ふだんの隙のないふるまいからは連想すらできない、意外な反応。

(なんだろう、やっぱり、すごく)

 ふたたび葛葉くずはの胸がきゅんとうずいた。

(すごく、いいかも……)
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