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第五章:旧街道の鬼火
23:ススキ野原の夢
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一面のススキ野原が風になでられて、さざなみのように揺れている。
土間にある釜戸では根菜が煮えていた。鍋の様子をみていたが、戸外に広がる光景があまりにも綺麗で、目をうばわれる。黄昏に染まっていく空の赤さが、野原のススキにも映って、きらりとひらめいた。
葛葉が祖母と暮らした家は、集落の端にひっそりとたっていた。隣家まで距離があり、広大なススキ野原をこえた道の先に、ようやく人家が見えてくる。
秋になると辺り一面が銀色に染まり、やがて穂がひらいて黄金にかわる。
葛葉は祖母の帰りを待ちながら、食事の支度をしていた。
土間と板張りの部屋があるだけの小さな家。見慣れた囲炉裏。広くはないが、祖母と二人で暮らすには充分だった。
(……ああ、これは夢だ)
葛葉はぼんやりと、幼いころの記憶をたどっているのだと感じた。
(わたしはしっかりと眠っている)
可畏に命じられたとおり、きちんと眠りに落ちて休息がとれている。夢の中で幼い頃の記憶を見ながら、眠りへおちたことに安堵していた。
(なつかしい)
手元では、釜戸の鍋がぐつぐつと音をたてていた。木の蓋をもちあげると、ふわりと湯気がまいあがる。
土間に空腹を刺激する、あたたかな香りが漂った。
葛葉は釜戸にかけていた鍋を囲炉裏へうつす。祖母は集落へ行ったきり、まだ戻らない。
(葛葉、けっして一人で野原の先へ行ってはいけないよ)
ふいに思い出した約束。
それは祖母の口癖だった。ススキ野原は広大で、もっと幼い頃はとうてい一人で渡りきることなどできなかった。火の番ができるくらいに大きくなっても、祖母との約束はやぶれない。
一人で野原の先へは行けなかったが、葛葉はその先にある集落をしっている。
時折、祖母が手を引いて連れていってくれたのだ。集落では友達もできた。訪れるたびに、日が暮れるまで長屋の軒先で、いろんな遊びを教えてもらった。
「おばあちゃんは、まだ帰ってこない」
葛葉は囲炉裏のそばからはなれ、ふたたび土間へおりた。
斜陽で、ますます影が伸びていく。
心細くなって外へでた。
野原の小道を、果てが見えるところまで駆けていく。ススキの群生が失われる境界に、祖母の姿がないか目をこらした。
「あ!」
人影が見える。葛葉がさらに目をこらすと、声が聞こえた。
「こっちだよー」
黄昏にひかるススキ野原の果てで、誰かが大きく手を振っている。
「こっちにおいでー」
こどもの声。祖母ではない。もっと小柄な人影が手を振っている。
「こころぼそいのかー」
集落の友だちは、ときどき連れだって遊びにきてくれることがあった。
でも、もう日没もちかい。アレは集落の友だちではない。
「いっしょにあそぼー」
無邪気な声がひびいている。
(けっして一人で野原の先へ行ってはいけないよ)
祖母の口癖。今なら葛葉にもわかる。アレは妖の類だ。一面のススキ野原にも意味があった。魔除けだったのだ。
ススキには厄災をはらう力がある。広大な野原は葛葉を守っていた。
「こころぼそいのかー」
祖母が帰ってこない。それが心細かった。そんな葛葉の心をなぐさめるように、小さな人影が手をふっている。当時の葛葉は幼かった。
不安が、いともたやすく妖をよびよせる。
「こっちにおいでー」
邪気のかんじられない声。誘われるように、一歩を踏みだした。
そのとき。
「葛葉!」
突然、肩をつかまれた。
土間にある釜戸では根菜が煮えていた。鍋の様子をみていたが、戸外に広がる光景があまりにも綺麗で、目をうばわれる。黄昏に染まっていく空の赤さが、野原のススキにも映って、きらりとひらめいた。
葛葉が祖母と暮らした家は、集落の端にひっそりとたっていた。隣家まで距離があり、広大なススキ野原をこえた道の先に、ようやく人家が見えてくる。
秋になると辺り一面が銀色に染まり、やがて穂がひらいて黄金にかわる。
葛葉は祖母の帰りを待ちながら、食事の支度をしていた。
土間と板張りの部屋があるだけの小さな家。見慣れた囲炉裏。広くはないが、祖母と二人で暮らすには充分だった。
(……ああ、これは夢だ)
葛葉はぼんやりと、幼いころの記憶をたどっているのだと感じた。
(わたしはしっかりと眠っている)
可畏に命じられたとおり、きちんと眠りに落ちて休息がとれている。夢の中で幼い頃の記憶を見ながら、眠りへおちたことに安堵していた。
(なつかしい)
手元では、釜戸の鍋がぐつぐつと音をたてていた。木の蓋をもちあげると、ふわりと湯気がまいあがる。
土間に空腹を刺激する、あたたかな香りが漂った。
葛葉は釜戸にかけていた鍋を囲炉裏へうつす。祖母は集落へ行ったきり、まだ戻らない。
(葛葉、けっして一人で野原の先へ行ってはいけないよ)
ふいに思い出した約束。
それは祖母の口癖だった。ススキ野原は広大で、もっと幼い頃はとうてい一人で渡りきることなどできなかった。火の番ができるくらいに大きくなっても、祖母との約束はやぶれない。
一人で野原の先へは行けなかったが、葛葉はその先にある集落をしっている。
時折、祖母が手を引いて連れていってくれたのだ。集落では友達もできた。訪れるたびに、日が暮れるまで長屋の軒先で、いろんな遊びを教えてもらった。
「おばあちゃんは、まだ帰ってこない」
葛葉は囲炉裏のそばからはなれ、ふたたび土間へおりた。
斜陽で、ますます影が伸びていく。
心細くなって外へでた。
野原の小道を、果てが見えるところまで駆けていく。ススキの群生が失われる境界に、祖母の姿がないか目をこらした。
「あ!」
人影が見える。葛葉がさらに目をこらすと、声が聞こえた。
「こっちだよー」
黄昏にひかるススキ野原の果てで、誰かが大きく手を振っている。
「こっちにおいでー」
こどもの声。祖母ではない。もっと小柄な人影が手を振っている。
「こころぼそいのかー」
集落の友だちは、ときどき連れだって遊びにきてくれることがあった。
でも、もう日没もちかい。アレは集落の友だちではない。
「いっしょにあそぼー」
無邪気な声がひびいている。
(けっして一人で野原の先へ行ってはいけないよ)
祖母の口癖。今なら葛葉にもわかる。アレは妖の類だ。一面のススキ野原にも意味があった。魔除けだったのだ。
ススキには厄災をはらう力がある。広大な野原は葛葉を守っていた。
「こころぼそいのかー」
祖母が帰ってこない。それが心細かった。そんな葛葉の心をなぐさめるように、小さな人影が手をふっている。当時の葛葉は幼かった。
不安が、いともたやすく妖をよびよせる。
「こっちにおいでー」
邪気のかんじられない声。誘われるように、一歩を踏みだした。
そのとき。
「葛葉!」
突然、肩をつかまれた。
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