16 / 45
第四章:心がまえ
16:新たな住処
しおりを挟む
広大で絢爛たる御所をでると、葛葉はようやく可畏の屋敷に案内された。どんな豪邸に招かれるのかと緊張していたが、馬車が辿りついたのは瀟洒な平屋だった。
小さな門をはいると、手入れの行き届いた庭が広がっている。石畳の小道が二手にわかれ、家屋の玄関と縁側につづいていた。
物静かな家屋のたたずまいを眺めていると、ふわりと初秋の涼やかな風が頬をなでる。空を仰ぐと、鱗雲が列をなすようにたなびいていた。
葛葉は空を仰いだまま、雲の流れをおう。思えば、昨夜から予想外なできごとの連続だった。
こんなふうに季節を感じることも、空を見て綺麗だとおもう余裕も失っていたのだ。
こじんまりとした平屋をみて、はりつめていた気が緩んだのだろう。肌に秋の風を感じ、移り変わる空模様を愛でる気持ちを取りもどしていた。
葛葉が立ちどまって深呼吸をしていると、すぐに可畏が振りかえった。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ。その、思っていたより馴染めそうなお屋敷で、安心しました」
可畏は辺りを見回してから、浅くわらう。
「安心できるなら良かった。ただ、ここは私の屋敷ではないが」
「では、まだ御門様のお宅には到着していないのですか」
「いや。ここが今日からおまえの住まいになる。帝が手配した特別な場所だ」
「天子様が?」
「昨夜の一件で、おまえは羅刹の花嫁だと周知された。だから、これは当然の措置だ」
帝と可畏の間では話が通じているようである。葛葉はまだ自覚が乏しいが、それでも玉藻や帝がかたった異能の役割を思えばうなずける。
すこしばかり生活に制約があったとしても、葛葉にとっては路頭に迷うよりもはるかに救いがあった。
「御門様もこちらで生活されるのですか?」
寄宿舎生活だった葛葉にとって、住まいが変わることに不都合はない。問題は自分と可畏の関係である。彼の婚約者という立場に含まれる役割については、しっかりと理解しておかなくてはならない。
「出入りはするが、私がここで暮らすことはない。この家は羅刹の花嫁を狙う者から、完全におまえを隠してくれる。そういう場所だ。葛葉にとっては、唯一の憩いの場になるかもな」
「わたしの憩いの場ですか?」
葛葉は平屋からつづく庭に目をむける。いつのまにか賑やかな通りの喧騒も絶えていた。穏やかな午後の日差しがやわらかい。
可畏の声がまっすぐに響いてくる。
「正直に話すと、ここにおまえを匿って、ずっと隠れていてもらうわけにもいかない。おまえの能力にはもっと使い道があるはずだ。それを見極めるためにも、これからは私の任務に同行してもらうことになる」
思いがけず役割を与えられて、葛葉は前のめりになる。
「わたしは御門様のお役にたちたいです」
「すがすがしいほど前向きだな。怖くはないのか?」
「恐ろしいのは路頭に迷うことです。わたしは特務部の一員となって、自分の力で身を立てるのが目標なんです。……でも、学校は退学になるのでしょうか」
素直に問うと、可畏は苦笑する。
「特務科の授業も座学から実戦にはいっていく。無事に卒業したいというおまえの気持ちはくむつもりだ」
「ありがとうございます」
葛葉はその場で深々と頭をさげた。役割が与えられるなら、すこしは気後れしなくてすむ。それでも何もかもが好待遇すぎるが、葛葉は深く考えないようにつとめた。
可畏との婚約が訳ありであることは、しっかりと心に刻んでいる。
「羅刹の花嫁」という異能がもたらした立場。
あまりにも調子がいいと不安になってしまうが、とにかく衣食住の保証があれば生きていける。
異能が発現してから倉橋侯爵に拾ってもらうまで、短い期間だったが葛葉は明日食べるものにも困る孤児だった時期があった。
当時のことは、御所で帝に頭を下げられた。祖母が不明になったあの火災からしばらくは、葛葉の消息についても混乱していたらしい。
まさか帝に謝罪されるなどとは思ってもいなかったが、当時のことについて、誰かを恨んだりはしていない。
ただ、頼るものが何もない、草の根を食べて過ごすような貧しさは、いまもくっきりと刻まれている。その心許なさが何よりも恐ろしかったのだ。
葛葉はひたすら生きていくための教養や役割がほしかった。
「葛葉、とりあえず屋敷に入ろう。おまえの世話をしてくれる者を紹介したい」
「はい」
小さな門をはいると、手入れの行き届いた庭が広がっている。石畳の小道が二手にわかれ、家屋の玄関と縁側につづいていた。
物静かな家屋のたたずまいを眺めていると、ふわりと初秋の涼やかな風が頬をなでる。空を仰ぐと、鱗雲が列をなすようにたなびいていた。
葛葉は空を仰いだまま、雲の流れをおう。思えば、昨夜から予想外なできごとの連続だった。
こんなふうに季節を感じることも、空を見て綺麗だとおもう余裕も失っていたのだ。
こじんまりとした平屋をみて、はりつめていた気が緩んだのだろう。肌に秋の風を感じ、移り変わる空模様を愛でる気持ちを取りもどしていた。
葛葉が立ちどまって深呼吸をしていると、すぐに可畏が振りかえった。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ。その、思っていたより馴染めそうなお屋敷で、安心しました」
可畏は辺りを見回してから、浅くわらう。
「安心できるなら良かった。ただ、ここは私の屋敷ではないが」
「では、まだ御門様のお宅には到着していないのですか」
「いや。ここが今日からおまえの住まいになる。帝が手配した特別な場所だ」
「天子様が?」
「昨夜の一件で、おまえは羅刹の花嫁だと周知された。だから、これは当然の措置だ」
帝と可畏の間では話が通じているようである。葛葉はまだ自覚が乏しいが、それでも玉藻や帝がかたった異能の役割を思えばうなずける。
すこしばかり生活に制約があったとしても、葛葉にとっては路頭に迷うよりもはるかに救いがあった。
「御門様もこちらで生活されるのですか?」
寄宿舎生活だった葛葉にとって、住まいが変わることに不都合はない。問題は自分と可畏の関係である。彼の婚約者という立場に含まれる役割については、しっかりと理解しておかなくてはならない。
「出入りはするが、私がここで暮らすことはない。この家は羅刹の花嫁を狙う者から、完全におまえを隠してくれる。そういう場所だ。葛葉にとっては、唯一の憩いの場になるかもな」
「わたしの憩いの場ですか?」
葛葉は平屋からつづく庭に目をむける。いつのまにか賑やかな通りの喧騒も絶えていた。穏やかな午後の日差しがやわらかい。
可畏の声がまっすぐに響いてくる。
「正直に話すと、ここにおまえを匿って、ずっと隠れていてもらうわけにもいかない。おまえの能力にはもっと使い道があるはずだ。それを見極めるためにも、これからは私の任務に同行してもらうことになる」
思いがけず役割を与えられて、葛葉は前のめりになる。
「わたしは御門様のお役にたちたいです」
「すがすがしいほど前向きだな。怖くはないのか?」
「恐ろしいのは路頭に迷うことです。わたしは特務部の一員となって、自分の力で身を立てるのが目標なんです。……でも、学校は退学になるのでしょうか」
素直に問うと、可畏は苦笑する。
「特務科の授業も座学から実戦にはいっていく。無事に卒業したいというおまえの気持ちはくむつもりだ」
「ありがとうございます」
葛葉はその場で深々と頭をさげた。役割が与えられるなら、すこしは気後れしなくてすむ。それでも何もかもが好待遇すぎるが、葛葉は深く考えないようにつとめた。
可畏との婚約が訳ありであることは、しっかりと心に刻んでいる。
「羅刹の花嫁」という異能がもたらした立場。
あまりにも調子がいいと不安になってしまうが、とにかく衣食住の保証があれば生きていける。
異能が発現してから倉橋侯爵に拾ってもらうまで、短い期間だったが葛葉は明日食べるものにも困る孤児だった時期があった。
当時のことは、御所で帝に頭を下げられた。祖母が不明になったあの火災からしばらくは、葛葉の消息についても混乱していたらしい。
まさか帝に謝罪されるなどとは思ってもいなかったが、当時のことについて、誰かを恨んだりはしていない。
ただ、頼るものが何もない、草の根を食べて過ごすような貧しさは、いまもくっきりと刻まれている。その心許なさが何よりも恐ろしかったのだ。
葛葉はひたすら生きていくための教養や役割がほしかった。
「葛葉、とりあえず屋敷に入ろう。おまえの世話をしてくれる者を紹介したい」
「はい」
10
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
宮廷の九訳士と後宮の生華
狭間夕
キャラ文芸
宮廷の通訳士である英明(インミン)は、文字を扱う仕事をしていることから「暗号の解読」を頼まれることもある。ある日、後宮入りした若い妃に充てられてた手紙が謎の文字で書かれていたことから、これは恋文ではないかと噂になった。真相は単純で、兄が妹に充てただけの悪意のない内容だったが、これをきっかけに静月(ジンユェ)という若い妃のことを知る。通訳士と、後宮の妃。立場は違えど、後宮に生きる華として、二人は陰謀の渦に巻き込まれることになって――
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
佐野千秋 エクセリオン社のジャンヌダルクと呼ばれた女
藤井ことなり
キャラ文芸
OLのサクセスストーリーです。
半年前、アメリカ本社で秘書をしていた主人公、佐野千秋(さの ちあき)
突然、日本支社の企画部企画3課の主任に異動してきたが、まわりには理由は知らされてなかった。
そして急にコンペの責任者となり、やったことの無い仕事に振り回される。
上司からの叱責、ライバル会社の妨害、そして次第に分かってきた自分の立場。
それが分かった時、千秋は反撃に出る!
社内、社外に仲間と協力者を増やしながら、立ち向かう千秋を楽しんでください。
キャラ文芸か大衆娯楽で迷い、大衆娯楽にしてましたが、大衆娯楽部門で1位になりましたので、そのままキャラ文芸コンテストにエントリーすることにしました。
同時エントリーの[あげは紅は はかないらしい]もよろしくお願いいたします。
表紙絵は絵師の森彗子さんの作品です
pixivで公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる