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第三章:帝と妖
12:選ばれた者
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何のために羅刹の花嫁を隠し続けていたのか。
(それはそれで、嫌な予感しかないが……)
能力者を輩出する一族を、帝の勅命によって中央に召集したのは、維新後の新政府である。それまで異能を持つ家柄は、有力な藩に付き異形討伐を行っていた。
新政府は帝を中心とする中央集権をかかげ、様々な改革を断行したが、異能を持つ一族にも同じように改革の風が吹いた。
能力者は帝直轄の軍となり、異形の関わる特別な任務――特務をもって帝へ仕えることになる。やがて華族令が制定されると、異能を持つ家はあまねく華族に列し、爵位と特権を与えられた。
帝を中心に特務華族が一丸となって、異形にたいする国防を担う。
それが政府の理想だが、実情は一枚岩とは言えず、特務華族の中でも派閥が形成されているのが実情だった。
可畏が当主をつとめる御門家は、旧体制の頃からの公家であり、帝に連なる皇族である。
遡れば平安の世から帝のために働いていたが、幕末まで攘夷派だった武家や開国を謳っていた一門から、特務華族となった家もあった。
幕末から維新にかけての混乱は、多くの遺恨を残したのだろう。それは今でも形をかえながら、燻っているのかもしれない。
「御門様、やっぱりとても緊張します」
正門が近づくと葛葉が胸をおさえていた。緊張で顔色が蒼くみえるのは気のせいではなさそうだ。
可畏が可笑しくなって笑うと、葛葉が驚いたようにこちらを見る。
「思ったより、よく笑う方なのですね」
「いったい私を何だと思っているんだ」
第一印象が最悪だったのは、可畏にも自覚があった。
出会いを果たした悦びの後にもたげた苛立たしさは、偽りではない。花嫁が隠されていた憤りが込み上げたが、怒りを過剰に演出したのは周りに花嫁の真実を知らしめる効果も狙っていた。
葛葉が何も知らなかったのなら、そんな思惑を知る由もない。彼女にとっては、いきなり激昂され、異能の炎で大切にしていたものを燃やされた事件でしかない。
恐れられるのは仕方がないが、面と向かって示されると複雑な気持ちになる。
葛葉は戸惑いながらも、素直に可畏への印象を語る。
「特務部を率いておられるので、やはり厳しい方なのかと思っていました」
萎縮しているが、はじめよりは打ち解けた様子だった。
「それは一般的な私への感想だな」
「御門様は特別な方なので」
「……特別ね」
可畏にとっては葛葉にこそ相応しい感想である。そもそも彼女は自分に対して特別な何かを感じたりはしないのだろうか。可畏の意識にはこれほど干渉するのに、どうやら花嫁には触れるものがないらしい。
加えて可畏との婚姻を他人事のように考えているようにも思える。
(もとより仲睦まじい夫婦になるために結婚するわけではないが……)
なんとなく歯痒いが、無事に花嫁を見つけたのだから問題はない。
彼女との現状を再確認していると、馬車が二条橋をこえて正門へ到着した。門兵として立っていた皇宮警察官が敬礼する。
可畏が車上から答礼すると、開門とともに再び馬車が進み始めた。
「え!? 身分証明などは必要ないのですか?」
「私が一緒だ」
「そんなに簡単に?」
葛葉の驚きは的外れでもなかった。特務部は帝直轄の独立師団のようであり、まるで治外法権だとよく揶揄されている。不満を持っている官僚や軍関係者も多い。それでも異形を討伐する貢献度が、その立場を不動のものにしていた。
馬車が門を越えると、前方に華やかな唐破風屋根の車寄せが迎えてくれる。葛葉は壮麗な建物に、ひととき緊張を失ったようだ。目を輝かせて建物の派手な装飾を眺めていた。
もし彼女を正殿からなる表宮殿へ案内すると反応が楽しいかもしれないと思ったが、迎賓に使用される敷地を鑑賞している場合でもない。
馬車から降りると、車寄せから開かれた広間へ進む。可畏はきょろきょろと内装の美しさに圧倒されている葛葉を伴って、右側の庇へ入った。所々に配備されている皇居の警備を横目に眺めながら、帝の私的な居住空間とされている奥宮殿へ向かう。
回廊のように入り組んだ廊を進むと、いつのまにか人気が絶える。すこし先に女が立っていた。
花の紋がならぶ唐衣をまとい、表着や単を重ね着したあでやかな女。黒々としたながい髪をゆるく結い、まるで平安の世から現れた姫のようである。
白粉で塗り固められたかのような肌に、赤く塗られた唇。作り物のように美しいが、可畏はそれが彼女の素顔であることを知っている。
「可畏、遅かったのぉ」
「寄り道をしていたわけではないのですが、色々と立て込んでおりましたので」
女はふふっと笑うと、するりと裳の裾をはらい踵をかえす。
「承知しておる。陛下がお待ちじゃ、こちらへ」
袖を振るように女が廊の先を示し、そのままするりと姿を消した。帝の真の御座所となる結界内に入れるのは、ごく限られた者だけである。
葛葉を促そうとすると、彼女は信じられないものを見たと言いたげな顔で固まっている。
「みみみ、御門様。いま女の人がいらっしゃいましたよね?」
可畏は再び吹きだしそうになったが、笑いを噛み殺して彼女の手をとった。
「ここから先は帝の結界内だ。選ばれた者しか入れない」
「ではわたしは弾き返されるのでは?」
「選ばれてない人間を私がつれてくると思うか?」
「で、でも……」
葛葉は完全に怖気付いている。そのまま後退りして逃げ帰りそうな気配すら放っていた。
「何も問題ない」
「ひぇ……」
可畏は強引に彼女の手を引いて先へと進んだ。
(それはそれで、嫌な予感しかないが……)
能力者を輩出する一族を、帝の勅命によって中央に召集したのは、維新後の新政府である。それまで異能を持つ家柄は、有力な藩に付き異形討伐を行っていた。
新政府は帝を中心とする中央集権をかかげ、様々な改革を断行したが、異能を持つ一族にも同じように改革の風が吹いた。
能力者は帝直轄の軍となり、異形の関わる特別な任務――特務をもって帝へ仕えることになる。やがて華族令が制定されると、異能を持つ家はあまねく華族に列し、爵位と特権を与えられた。
帝を中心に特務華族が一丸となって、異形にたいする国防を担う。
それが政府の理想だが、実情は一枚岩とは言えず、特務華族の中でも派閥が形成されているのが実情だった。
可畏が当主をつとめる御門家は、旧体制の頃からの公家であり、帝に連なる皇族である。
遡れば平安の世から帝のために働いていたが、幕末まで攘夷派だった武家や開国を謳っていた一門から、特務華族となった家もあった。
幕末から維新にかけての混乱は、多くの遺恨を残したのだろう。それは今でも形をかえながら、燻っているのかもしれない。
「御門様、やっぱりとても緊張します」
正門が近づくと葛葉が胸をおさえていた。緊張で顔色が蒼くみえるのは気のせいではなさそうだ。
可畏が可笑しくなって笑うと、葛葉が驚いたようにこちらを見る。
「思ったより、よく笑う方なのですね」
「いったい私を何だと思っているんだ」
第一印象が最悪だったのは、可畏にも自覚があった。
出会いを果たした悦びの後にもたげた苛立たしさは、偽りではない。花嫁が隠されていた憤りが込み上げたが、怒りを過剰に演出したのは周りに花嫁の真実を知らしめる効果も狙っていた。
葛葉が何も知らなかったのなら、そんな思惑を知る由もない。彼女にとっては、いきなり激昂され、異能の炎で大切にしていたものを燃やされた事件でしかない。
恐れられるのは仕方がないが、面と向かって示されると複雑な気持ちになる。
葛葉は戸惑いながらも、素直に可畏への印象を語る。
「特務部を率いておられるので、やはり厳しい方なのかと思っていました」
萎縮しているが、はじめよりは打ち解けた様子だった。
「それは一般的な私への感想だな」
「御門様は特別な方なので」
「……特別ね」
可畏にとっては葛葉にこそ相応しい感想である。そもそも彼女は自分に対して特別な何かを感じたりはしないのだろうか。可畏の意識にはこれほど干渉するのに、どうやら花嫁には触れるものがないらしい。
加えて可畏との婚姻を他人事のように考えているようにも思える。
(もとより仲睦まじい夫婦になるために結婚するわけではないが……)
なんとなく歯痒いが、無事に花嫁を見つけたのだから問題はない。
彼女との現状を再確認していると、馬車が二条橋をこえて正門へ到着した。門兵として立っていた皇宮警察官が敬礼する。
可畏が車上から答礼すると、開門とともに再び馬車が進み始めた。
「え!? 身分証明などは必要ないのですか?」
「私が一緒だ」
「そんなに簡単に?」
葛葉の驚きは的外れでもなかった。特務部は帝直轄の独立師団のようであり、まるで治外法権だとよく揶揄されている。不満を持っている官僚や軍関係者も多い。それでも異形を討伐する貢献度が、その立場を不動のものにしていた。
馬車が門を越えると、前方に華やかな唐破風屋根の車寄せが迎えてくれる。葛葉は壮麗な建物に、ひととき緊張を失ったようだ。目を輝かせて建物の派手な装飾を眺めていた。
もし彼女を正殿からなる表宮殿へ案内すると反応が楽しいかもしれないと思ったが、迎賓に使用される敷地を鑑賞している場合でもない。
馬車から降りると、車寄せから開かれた広間へ進む。可畏はきょろきょろと内装の美しさに圧倒されている葛葉を伴って、右側の庇へ入った。所々に配備されている皇居の警備を横目に眺めながら、帝の私的な居住空間とされている奥宮殿へ向かう。
回廊のように入り組んだ廊を進むと、いつのまにか人気が絶える。すこし先に女が立っていた。
花の紋がならぶ唐衣をまとい、表着や単を重ね着したあでやかな女。黒々としたながい髪をゆるく結い、まるで平安の世から現れた姫のようである。
白粉で塗り固められたかのような肌に、赤く塗られた唇。作り物のように美しいが、可畏はそれが彼女の素顔であることを知っている。
「可畏、遅かったのぉ」
「寄り道をしていたわけではないのですが、色々と立て込んでおりましたので」
女はふふっと笑うと、するりと裳の裾をはらい踵をかえす。
「承知しておる。陛下がお待ちじゃ、こちらへ」
袖を振るように女が廊の先を示し、そのままするりと姿を消した。帝の真の御座所となる結界内に入れるのは、ごく限られた者だけである。
葛葉を促そうとすると、彼女は信じられないものを見たと言いたげな顔で固まっている。
「みみみ、御門様。いま女の人がいらっしゃいましたよね?」
可畏は再び吹きだしそうになったが、笑いを噛み殺して彼女の手をとった。
「ここから先は帝の結界内だ。選ばれた者しか入れない」
「ではわたしは弾き返されるのでは?」
「選ばれてない人間を私がつれてくると思うか?」
「で、でも……」
葛葉は完全に怖気付いている。そのまま後退りして逃げ帰りそうな気配すら放っていた。
「何も問題ない」
「ひぇ……」
可畏は強引に彼女の手を引いて先へと進んだ。
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