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第二章:花嫁の数奇な事情

6:寄宿舎生活の終了

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 食事がおわると、学校長がやってきて寄宿舎生活の終了を宣告された。葛葉くずはの今後については、どうやら既に御門みかど家と話がついていたらしい。舎監の教師にも玉の輿であると、嬉々として背中をおされた。

 筆頭華族の意向ではどうにもならないだろう。もとより異能を持たなければ、葛葉が高等学校で学ぶことなどできなかった。華やかな帝都では紳士淑女が通りを行き交うが、身寄りもない少女の行く末は暗い。

(わたしは運がよかった)

 住まいが焼失し、いまだ祖母の行方は知れないが、異能持ちであることが発覚してから、葛葉が衣食住に不自由したことはない。

 この島国では、古くから人々は妖や異形に脅かされてきた。それを退ける力を持つ者が重用されるのは世の道理だった。

 御門家や、葛葉の身を預かってくれた倉橋くらはし家は、代々能力者を輩出する一族であり、今も華族として特別な地位を築いている。

 欧化の影響をうけても、この国は異能者の力なくしては成り立たない。とくに昨今は、以前にもまして帝都に異形が頻出している。

 毎日のように犠牲者を出し、新聞がそれを大きく報じていた。

「また授業で会いましょう、葛葉さん」

 校長も舎監の教師も、何の問題もないという笑顔で葛葉を寄宿舎から送りだす。葛葉は覚悟をきめて、「はい」と二人に頭をさげた。

 葛葉が嫁入りをして退学にならないのも、やはり異能持ちだからである。

 能力者だけが学ぶ特務科以外の女子部なら、縁談があればすぐさま家の意向に従うしかないのだ。学制が発布されても、初等教育ですら就学率は半数にも満たない世の中である。

 高等学校で学ぶ女性は限られており、行く末は良妻賢母なのだ。

 けれど。

 異能を持つということは特別だった。それは生きる世界を変える。身寄りのない葛葉を救い、これからも身を立ててくれるはずだった。

「では葛葉くずは、行こうか」

 可畏かいが隣に立ち、自然な仕草で葛葉の小さな荷物をとりあげる。
 なんのためらいもなく、エスコートするように手を差し伸べた。葛葉は差し出された彼のを手を眺めたまま、立ち尽くしてしまう。

「あの、荷物は自分で持てます」

 寄宿舎の荷物は、あとで運び出されることになっており、葛葉が持ち出すのは風呂敷一つで事足りる小さなものだった。

「そんなに嫁入りが不服か?」

 頭上から可畏かいの冷ややかな声がする。風呂敷に伸ばした葛葉の手を、彼の大きな手がしっかりとつかんだ。

「形式的なものだと諦めろ。なにか希望があるなら、あとで聞く」

 歩きだそうとしていた可畏かいが、ふっと葛葉を見返る気配がした。

「それとも、誰か心に決めた相手がいるのか?」

「い、いません!」

 葛葉はエスコートされることに戸惑っただけだったが、どうやら可畏かいは違う理由をくみとってしまったらしい。あわてて説明する。

「御門様に嫁ぐことは、まだまだ半信半疑です。でももし本当なら、わたしには食いはぐれる心配もなくなり、幸運なお話です。今のはエスコートされる経験がなかったので作法に戸惑っただけで、深い意味はありません。申し訳ありません」

 一息に言い終えると、途端に葛葉はつながれた可畏かいの手を意識してしまう。みるみる自分の顔に熱がこもった。

「別に謝ることはないが……」

 可畏かいはそっと葛葉の手をはなした。

「ここはおまえの常識にあわせよう」

 責めることもせず、可畏かいは風呂敷を手にしたまま寄宿舎の門へと歩きだす。葛葉は彼の背中を追いながら、勝手に茹であがってしまった自分の頬をおさえた。

(思ったより、怖い人ではないのかも……)

 名門の当主であることや、恐ろしいほどの美貌に威圧感を覚えてしまう。そのせいで人となりも傲慢なのだと決めつけていた。勝手に隷属する気分になり、住む世界が違うと気遅れするばかりだったが、葛葉はすこし考えをあらためる。

(話をきいてくれるのなら、わたしもきちんと説明しないといけない)

 葛葉は長く伸びた前髪を指先でなぞる。目元が隠れるような陰鬱な長さ。結いあげることも短く整えることもしていない。誰が見ても鬱陶しいだろう。

 さっきはいきなり指摘されて萎縮してしまったが、可畏かいが身なりを整えろと注意をするのも当たり前だ。

(わたしがこのまま御門様の嫁になんてなれるわけがない。きちんと話そう)

 これ以上誰かを巻き込むようなことがあってはいけないのだ。
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