上 下
4 / 45
第一章:当主と花嫁の出会い

4:違和感の理由

しおりを挟む
 可畏かいが一緒では緊張して食欲もなくなると思ったが、目の前のテーブルに用意された食事をみて、葛葉くずははむくりと食いしん坊な自分が起き上がるのを感じた。

「先生。朝からすごいご馳走ですね」

「昨夜の華族館の宴で用意されていたお食事を、御門みかど様が特務科の夜食にと譲ってくださったのですよ」

 寄宿舎の舎監も務める教師が、改めて葛葉の向かいに座っている可畏かいに礼を述べている。

 彼は昨夜の隊服とはことなり、西洋の紳士のような洋装だった。葛葉は視線をあわせないように、目元を隠す前髪ごしに、可畏かいの様子をうかがう。

 長身で姿勢が良いせいか、洋装にも違和感がない。

「あの、御門様。あらためて、昨夜はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

 葛葉はふたたび殊勝に、その場で頭をさげる。
 なりゆきはまったく飲みこめないが、葛葉が気をうしなったせいで宴はお開きになったらしい。

「いや、昨夜はこちらにも非がある。見せしめが必要だと思ったが、おまえには酷だった」

 すまないと可畏かいがあやまる。昨夜は強引で傲慢に感じたが、すこしだけ印象が覆る。

 葛葉が目覚めた洋室は、寄宿舎にある客間の一室だったらしい。寄宿舎には畳敷の部屋から洋室へと改装する計画が持ち上がっている。

 政府の閣僚は欧化主義と国粋主義でせめぎあっているが、高等教育を管轄している文部省の大臣は欧化思想だという。特務科も例外ではなく、その影響をうけている。

 あの客間は、洋室の試行のために作られた部屋のようだった。
 昨夜の花嫁騒動から、葛葉はてっきり御門家の邸宅へでも連れ去られたのかと思い込んでいた。

(でも、わたしが花嫁なわけないし)

 見慣れた寄宿舎の食堂にいると、無事に戻ってこられた実感がわいてくる。

(見せしめか……)

 やはり昨夜のことは何かの間違いだったのだろう。
 婚約披露を台無しにしてしまった呵責はあるが、わけもわからず巻き込まれた貰い事故みたいなものだ。

 寄宿舎は朝食の時間帯を過ぎているので、食堂には生徒の姿が見えない。
 舎監の教師と葛葉、御門家当主の可畏かいだけが席についている。

 葛葉はふたたび腹の虫が騒ぎそうな予感をかんじて、「いただきます」と手を合わせると目の前の料理に箸を伸ばした。空腹にまかせて口に含む。

「おいしいです!」

 寄宿舎では魚を主菜とした献立が多い。欧化の影響で時折出される牛肉の匂いには慣れないが、鶏肉は癖がない。素直に感激して、思わず可畏かいの顔を見てしまいそうになる。

 葛葉はいけないと目を伏せた。
 ふっと可畏かいの笑う息遣いがする。

「口に合うならよかった」

 葛葉は目の前の料理を次々と試しながら、ふと気づく。獣臭さをかんじて苦手だった牛肉に、なぜか臭みを感じない。調理法のせいかと思ったが、何を食べても違和感なく口になじむ。

(なんだろう、何かおかしい気がする)

 何がおかしいのか具体的にわからないまま、葛葉は食事を続ける。

「御門様、なにかお飲みになりますか」

「いや、結構だ」

 教師と可畏かいの会話を聞き流しながら、葛葉は食事に夢中になっていた。
 食べても食べても、満腹にならない。

 自分が食いしん坊であることは認めるが、それでも、こんなに食べればいつもならとっくに音を上げているはずなのだ。
 なのに。
 食べても食べても、空腹だった。

「おまえはよく食べるんだな」

「あ……」

 可畏かいに声をかけられて、葛葉は我に返る。

「申し訳ありません。……あまりにも、美味しくて」

 はしたないほどに食い意地がはっている。葛葉は恥じらいを感じたが、改めて平らげた器を見て愕然となった。
 何かがおかしい。得体の知れない不安を感じて、葛葉は左腕の数珠に右手をそえた。

「!?」

 右手の違和感。
 いつも触れるはずの石がない。葛葉は自分の左手首にあるはずの数珠がないことに気づく。
 ぞっと肌が泡立った。

「葛葉さん? どうしたの?」

 動揺に気づいたのか、隣の教師が声をかけてくれる。

「あの! わたしの数珠は?」

「私があずかっている」

 答える可畏かいに、葛葉は席をたって身を乗りだす。

「返してください!……あ」

 彼の目を見てしまい、葛葉は咄嗟に目をそらす。目元が隠れるほどに伸びた前髪が、防波堤のようなものだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

真神家龍神忌憚

秋津冴
キャラ文芸
 六歳の時、母親に捨てられた真神操は、強い霊力を宿す「破子」として生きてきた。  破子は百年に一度、真神家に生まれ、強大な力が妖や怪異といったわざわいを招く存在として忌み嫌われてきた。  一族から存在を疎まれた彼女を支えたのは、紅い髪と青い瞳を持つ少年・紅羽だった。  操と紅羽は同じ屋根の下で十年間を過ごし、互いに唯一無二の存在となっていく。  だが、高校入学を機に二人の運命は大きく動き出す。  操をめぐり、結界師の名家たちの思惑や因縁が絡み合い、怪異や妖たちの襲撃が彼らを試練へと追い込む。  さらに、紅羽が抱える秘密――彼が龍神の化身であるという真実が明らかになった時、二人の関係は複雑さを増していく。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

天才たちとお嬢様

釧路太郎
キャラ文芸
綾乃お嬢様には不思議な力があるのです。 なぜだかわかりませんが、綾乃お嬢様のもとには特別な才能を持った天才が集まってしまうのです。 最初は神山邦弘さんの料理の才能惚れ込んだ綾乃お嬢様でしたが、邦宏さんの息子の将浩さんに秘められた才能に気付いてからは邦宏さんよりも将浩さんに注目しているようです。 様々なタイプの天才の中でもとりわけ気づきにくい才能を持っていた将浩さんと綾乃お嬢様の身の回りで起こる楽しくも不思議な現象はゆっくりと二人の気持ちを変化させていくのでした。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」に投稿しております

鬼になった義理の妹とふたりきりで甘々同居生活します!

兵藤晴佳
キャラ文芸
 越井克衛(こしい かつえ)は、冴えない底辺校に通う高校2年生。ちゃらんぽらんな父親は昔、妻に逃げられて、克衛と共に田舎から出てきた。  近所のアパートにひとり住まいしている宵野咲耶(よいの さくや)は、幼馴染。なぜかわざわざ同じ田舎から出てきて、有名私学に通っている。  頼りにならない父親に見切りをつけて、自分のことは自分でする毎日を送ってきたが、ある日、大きな変化が訪れる。  こともあろうに、父親が子連れの女を作って逃げてしまったのだ!  代わりにやってきたのは、その女の娘。  頭が切れて生意気で、ゾクっとするほどかわいいけど、それはそれ! これはこれ!  一度は起こって家を飛び出したものの、帰らないわけにはいかない。  ひと風呂浴びて落ち着こうと、家に帰った克衛が見たものは、お約束の……。  可愛い義妹の顔が悪鬼の形相に変わったとき、克衛の運命は大きく動き出す。  幼馴染の正体、人の目には見えない異界、故郷に隠された恐ろしい儀式、出生の秘密。  運命に抗うため、克衛は勇気をもって最初の一歩を踏み出す!   (『小説家になろう』『カクヨム』様との同時掲載です)

処理中です...