上 下
20 / 59
第五章:次元エラーの重なり

20:初めてのプチデート

しおりを挟む
 教授の助手をする体験学習という体裁のため、いくつか免除された事もあるけど、学院祭の準備はできるだけ手伝っている。空いた教室をお化け屋敷にしていくのは、なかなか楽しい。

 休日も同士が集って、半分遊びながらもせっせと準備に励んでいる。
 部屋の片隅には、この間運びそびれた模型君が立っていた。既に血のりを塗りたくられている。内臓のパーツもいくつか外され、個別に仕掛けに利用されるみたいだ。

 友達と血のりにまみれながら作業するのも楽しいけれど、今日は物品の買い出し係を申し出た。
 さすがに次郎君とジュゼットが一緒だと、みんなが気を遣いそうだし。
 必要な物品をメモって、飛ぶような勢いで校舎から出た。

(よし! 次郎君とデートだ!)

 わたしは俗にまみれた女子大生なので、この機会を次郎君とのぷちデートに利用させていただく。
 校舎の影に待たせていた次郎君がわたしに気づく。ジュゼットの手を引いて、駆け寄るわたしに歩み寄ってくれた。

「お待たせしました!」

「うん、何を買いに行くの?」

 次郎君がわたしの手元のメモをのぞき込む。ジュゼットにつんつんと服の裾を引っ張られた。

「わたくし、この世界でお外に出るのは初めてですわ!」

 ジュゼットは大きな青い瞳をキラキラさせていた。今日は彼女のお友達であるピンクのカバのぬいぐるみはお留守番だった。出てくるときに一緒に連れていくと一郎さんに駄々をこねまくり、さっきまで拗ねていたけど、今は笑顔を輝かせている。

 気持ちが晴れたのなら、良かったな。

 正直に言うと、次郎君といきなり二人きりでお出かけするのは緊張しそうだったので、ジュゼットを連れ出せたのはラッキーだった。

 瞳子さんと一郎さんも、まったりと二人で時間を過ごせるはず。

「ずっと要塞の中だと退屈だもんね。ジュゼットには美味しいスイーツをごちそうしてあげるよ!」

「本当ですの? アヤメ!」

「うん。ジュゼットは甘いモノ大好きでしょ?」

「はい!」

「じゃあ、行こうか」

 ジュゼットがぎゅっと小さな手でわたしの手をにぎってくる。本当に嬉しそう。素直で可愛いな。
 微笑ましい気持ちで大学の敷地から外へと出た。





 口に入っても大丈夫な血のりの材料。小麦粉と食紅。本日のお買い物の目的である。
 とはいえ試作用なので、まだそれほど大量に必要なわけじゃない。

 お買い物はすぐに終わってしまう。お昼には早いけど、オシャレなカフェでブランチしてから大学に戻ることにした。ジュゼットに美味しいスイーツをご馳走すると約束したし、休日のお昼時は込み合うので、早めのランチは理にかなっている。

 ささやかなお出かけだけど、ジュゼットにとっては全てが新しい世界で、驚嘆と歓喜の連続みたいだった。
 反応が可愛くて微笑ましかったけれど、さすがに疲れちゃったかな。
 ランチ替わりのスイーツセットを嬉々として平らげると、ジュゼットはソファでうとうとし始めていた。

「ジュゼットの世界はどんな感じなんだろう」

 次郎君がわたしの隣で寝息をたてはじめたジュゼットを見て、くすくすと笑っている。

「ビルや車はないみたいだよね。アスファルトを見て、道が黒いと言っていたし」

「きっと西洋風の少女漫画みたいな世界じゃないですか。ドレスを着て、キラキラしたお城とかに住んでいて、馬車で移動するような」

「たしかに、そんなイメージするね」

 日替わりランチのデザートが運ばれてきて、少し話題が中断する。焼きたてのワッフルの上にフルーツとアイスクリーム。熱で少し溶けているのが、とても美味しそう。

 さっそくナイフで切り分けて口に運ぶ。蜂蜜とバターの香りが鼻に抜けて、とても甘い。

「おいしい」

 幸せにひたるわたしを見て、次郎君が笑っている。とても優しい眼で見られている気がして、とたんに恥ずかしさと緊張がこみあげてきた。

 次郎君はワッフルをフォークで突きさすと、切り分けることもなくかぶりつく。
 気どらない勢いのある食べ方。要塞の食卓でなんどもお目にかかったけれど、ワッフルを食べているだけでも素敵なのだ。なんて格好いい食べ方をするんだろうと、思わず目が釘付けになる。

「ジュゼットは、いつ帰れるんだろうね」

 あっさりとデザートを平らげて、次郎君がアイスコーヒーに手を伸ばした。もう一度寝入ってしまったジュゼットを見ている。

「わたしとしては、帰ってほしいような、ほしくないような、複雑な気持ちですけど……」

 この上もなくわがままで自分勝手な気持ちだけど、次郎君はわかってくれる気がした。

「それは、忘れてしまうから?」

「ーーはい」

 次郎君がまた優しい眼で笑う。

「うん、でも大丈夫だよ。今を忘れても、俺は絶対にあやめに声をかける。もう一度付き合って欲しいって、ちゃんと言うから」

「次郎君」

 ぼぼっと火がついたように顔が熱い。彼はとてもストレートに気持ちを伝えてくれる。
 こんなイケメンに好きになってもらえたことが、奇跡のように思えた。

「そ、その時は、ぜひお願いします」

 わたしの方が恥ずかしくて死にそうになってしまう。
 ごまかすように食べかけのワッフルにナイフを入れた時、デザートと一緒に運ばれてきたアイスティーの氷がカランと音をさせた。

「あれ?」

 目の錯覚かな? いまアイスティーの中に赤い金魚がいたような。

ーーカラン、カラン。ぱしゃり。

「っ!?」

 びっくりして、声も出ない。
 間違いない。金魚だ。
 ひらひらと美しい尾びれを翻らせる、赤い金魚。

 跳ねるようにグラスから飛び上がり、ふたたびグラスの中に戻った。
 戻ったように見えたのに、中には氷が浮かんでいるだけ。赤い影はない。アイスティーのグラスには、見失うほどの容量もない。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

【6】冬の日の恋人たち【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
『いずれ、キミに繋がる物語』シリーズの短編集。君彦・真綾・咲・総一郎の四人がそれぞれ主人公になります。全四章・全十七話。 ・第一章『First step』(全4話) 真綾の家に遊びに行くことになった君彦は、手土産に悩む。駿河に相談し、二人で買いに行き……。 ・第二章 『Be with me』(全4話) 母親の監視から離れ、初めて迎える冬。冬休みの予定に心躍らせ、アルバイトに勤しむ総一郎であったが……。 ・第三章 『First christmas』(全5話) ケーキ屋でアルバイトをしている真綾は、目の回る日々を過ごしていた。クリスマス当日、アルバイトを終え、君彦に電話をかけると……? ・第四章 『Be with you』(全4話) 1/3は総一郎の誕生日。咲は君彦・真綾とともに総一郎に内緒で誕生日会を企てるが……。 ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」 そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。 明日は来る 誰もが、そう思っていた。 ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。 風は時の流れに身を任せていた。 時は風の音の中に流れていた。 空は青く、どこまでも広かった。 それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで 世界が滅ぶのは、運命だった。 それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。 未来。 ——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。 けれども、その「時間」は来なかった。 秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。 明日へと流れる「空」を、越えて。 あの日から、決して止むことがない雨が降った。 隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。 その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。 明けることのない夜を、もたらしたのだ。 もう、空を飛ぶ鳥はいない。 翼を広げられる場所はない。 「未来」は、手の届かないところまで消え去った。 ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。 …けれども「今日」は、まだ残されていた。 それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。 1995年、——1月。 世界の運命が揺らいだ、あの場所で。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...