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閑話(おまけ):クラウディア始祖生誕祭
162:ルカ・クラウディア2
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「は、――はい。あの、申し訳ありません」
スーはハッとしたように、ルカに詫びる。
「わたしの思いちがいで、ルカ様に大変失礼なことを申し上げました」
穴があったら入りたいと言いたげに、スーはその場で深く頭をさげる。ルカは彼女の見当違いな意気ごみを思いだして笑ってしまう。
「スーが箱の中のものについて説明をはじめた時は驚きました」
「それは、その、色々と必死だったので………」
スーはうつむいたまま、ひたすら失態を恥じている。ルカは彼女の小さな肩に腕を伸ばした。華奢な身体を引き寄せて膝の上に抱くと、彼女の赤い瞳をのぞき込むように顔を寄せる。
「スーは何か欲しいものはありませんか?」
「わたしがこれ以上ルカ様から何かをいただくなんてできません!」
「あなたに贈るものを考えていましたが、私からドレスや宝飾品を贈るのも今さらですし」
「はい。もう数えきれないほど贈ってもらっています」
「でも今夜のスーからの贈り物には、何かを返したい」
「わたしにとっては、今の状態が充分ルカ様からの贈り物です」
スーは身を寄せあう距離感にまだ慣れないようだった。ルカの膝の上にいる戸惑いが、緊張した様子から伝わってくる。
「スー、本当にありませんか、欲しいものは」
「はい」
「物でなくとも、なにか希望があったりはしませんか」
「ルカ様はすべて叶えてくださっています」
「例えば、行ってみたいところがあるとか」
「ルカ様とデートできるのは嬉しいですが、いつもお忙しいので………あ! あります!」
スーの瞳が閃いたと言いたげに輝く。
「ありました。とっておきのお願いが! わたしはルカ様にもっと自然体で接してほしいです」
「私はスーに何かを取り繕っているつもりはないのですが」
「いいえ、ルカ様はルキア様やガウス様とお話になる時、もっと砕けた言葉遣いをしていらっしゃいます」
「言葉遣い?」
「はい」
「――まぁ、たしかに」
言われてみればそうかもしれない。今まであまり意識したことがなかったが、彼らとスーではあきらかに違う。スーとの関係は王女への社交辞令の延長に出来上がった。今でも敬語を含むのは、その名残のようなものだろうか。
「実は、ずっとルキア様やガウス様を羨ましいと思っていました。だから、できればわたしにもそんなふうにお話していただきたいです」
ささやかなお願いだった。いつでもルカとの関係を第一に考えている彼女らしさがにじんでいる。
「そんなことで良かったら」
スーの期待に満ちた顔を見て、ルカはうなずいた。
「さっそく、今夜からそうしようか」
素直に受け入れると、スーの顔が輝きだしそうな勢いでぱぁっと明るくなる。
「ありがとうございます、ルカ様!」
嬉しそうな笑顔に誘われるように、ルカは彼女の髪に触れる。艶やかな黒髪を指先に感じてから、するりと頬を撫でた。スーがくすぐったそうに身動きする。
ルカは顔をかたむけて、彼女の頬に軽く口づけた。始祖生誕祭にふさわしい色合いの深紅のローブが、視界を鮮やかに彩る。いつもとは趣のちがう装い。スー自身を贈り物に見立てているのだと、その時になって気づいた。
パッケージを飾るリボンのように、緑と白で編まれた腰ひもが、ローブの真紅に対比している。
暖色の照明がおとす二人の影が、さらに重なった。
ルカが腰ひもに手をかけると、スーがびくりと身動きする。
「ちょっと待ってください! ルカ様!」
がしっとスーがルカの腕をつかまえる。
「スー?」
「その、ちょっと、これは、思い違いのひどい状態で」
再びスーの白い肌がみるみる血色を反映した。全身に血がめぐるほど恥ずかしい何かがあるらしい。スーが持ってきた箱の内容があの有様なのだ。ルカにもおおよその見当がついた。
「このままでは、きっとルカ様を幻滅させてしまいます!」
「そういわれると、逆に興味をそそられる」
「ダメです! わたしはルカ様に嫌われたくありません! 出直してきますので!」
自分の腕の中から撤退しようとしているスーを、ルカは逃がさないようにしっかりと捉えた。
倒錯した行いには興味がないが、大胆な衣装をまとったスーの姿は話が別である。
「スーは差し出した贈り物を、そのまま持ち帰ると?」
「すぐに新しい贈り物を用意しますので!」
「なぜ?」
「今はおもいきり中身をまちがえています!」
「スーがここにいるのに?」
「そういうことではなく」
じたばたと逃げだそうとするスーを抱きしめたまま、ルカはするりと腰ひもをほどく。
はらりとローブの前が開いた。
「!!」
スーが声にならない悲鳴をあげる。
まさに卑猥の一言で説明がつく大胆な衣装を纏いながら、彼女は泣き出しそうなほどの恥じらいで全身を染めている。紅玉のように神秘的な瞳が潤んでいた。
「も、申し訳ありません!」
スーは恥ずかしさのあまり、涙目になったまま謝る。
その仕草がルカには愛しすぎた。
脳裏で、ぶつりと理性の断ち切れる音がひびく。
「………………」
そのあとのことを、彼はよく覚えていない。
真っ白な雪が帳をおろす、始祖生誕祭の夜。
むつみ合う二人の息遣いや声をかき消すように、外ではしんしんと雪が降り積もっていた。
澄明な闇に粉雪が舞う、ひたすら静謐な夜だった。
閑話(おまけ):クラウディア始祖生誕祭 おしまい
スーはハッとしたように、ルカに詫びる。
「わたしの思いちがいで、ルカ様に大変失礼なことを申し上げました」
穴があったら入りたいと言いたげに、スーはその場で深く頭をさげる。ルカは彼女の見当違いな意気ごみを思いだして笑ってしまう。
「スーが箱の中のものについて説明をはじめた時は驚きました」
「それは、その、色々と必死だったので………」
スーはうつむいたまま、ひたすら失態を恥じている。ルカは彼女の小さな肩に腕を伸ばした。華奢な身体を引き寄せて膝の上に抱くと、彼女の赤い瞳をのぞき込むように顔を寄せる。
「スーは何か欲しいものはありませんか?」
「わたしがこれ以上ルカ様から何かをいただくなんてできません!」
「あなたに贈るものを考えていましたが、私からドレスや宝飾品を贈るのも今さらですし」
「はい。もう数えきれないほど贈ってもらっています」
「でも今夜のスーからの贈り物には、何かを返したい」
「わたしにとっては、今の状態が充分ルカ様からの贈り物です」
スーは身を寄せあう距離感にまだ慣れないようだった。ルカの膝の上にいる戸惑いが、緊張した様子から伝わってくる。
「スー、本当にありませんか、欲しいものは」
「はい」
「物でなくとも、なにか希望があったりはしませんか」
「ルカ様はすべて叶えてくださっています」
「例えば、行ってみたいところがあるとか」
「ルカ様とデートできるのは嬉しいですが、いつもお忙しいので………あ! あります!」
スーの瞳が閃いたと言いたげに輝く。
「ありました。とっておきのお願いが! わたしはルカ様にもっと自然体で接してほしいです」
「私はスーに何かを取り繕っているつもりはないのですが」
「いいえ、ルカ様はルキア様やガウス様とお話になる時、もっと砕けた言葉遣いをしていらっしゃいます」
「言葉遣い?」
「はい」
「――まぁ、たしかに」
言われてみればそうかもしれない。今まであまり意識したことがなかったが、彼らとスーではあきらかに違う。スーとの関係は王女への社交辞令の延長に出来上がった。今でも敬語を含むのは、その名残のようなものだろうか。
「実は、ずっとルキア様やガウス様を羨ましいと思っていました。だから、できればわたしにもそんなふうにお話していただきたいです」
ささやかなお願いだった。いつでもルカとの関係を第一に考えている彼女らしさがにじんでいる。
「そんなことで良かったら」
スーの期待に満ちた顔を見て、ルカはうなずいた。
「さっそく、今夜からそうしようか」
素直に受け入れると、スーの顔が輝きだしそうな勢いでぱぁっと明るくなる。
「ありがとうございます、ルカ様!」
嬉しそうな笑顔に誘われるように、ルカは彼女の髪に触れる。艶やかな黒髪を指先に感じてから、するりと頬を撫でた。スーがくすぐったそうに身動きする。
ルカは顔をかたむけて、彼女の頬に軽く口づけた。始祖生誕祭にふさわしい色合いの深紅のローブが、視界を鮮やかに彩る。いつもとは趣のちがう装い。スー自身を贈り物に見立てているのだと、その時になって気づいた。
パッケージを飾るリボンのように、緑と白で編まれた腰ひもが、ローブの真紅に対比している。
暖色の照明がおとす二人の影が、さらに重なった。
ルカが腰ひもに手をかけると、スーがびくりと身動きする。
「ちょっと待ってください! ルカ様!」
がしっとスーがルカの腕をつかまえる。
「スー?」
「その、ちょっと、これは、思い違いのひどい状態で」
再びスーの白い肌がみるみる血色を反映した。全身に血がめぐるほど恥ずかしい何かがあるらしい。スーが持ってきた箱の内容があの有様なのだ。ルカにもおおよその見当がついた。
「このままでは、きっとルカ様を幻滅させてしまいます!」
「そういわれると、逆に興味をそそられる」
「ダメです! わたしはルカ様に嫌われたくありません! 出直してきますので!」
自分の腕の中から撤退しようとしているスーを、ルカは逃がさないようにしっかりと捉えた。
倒錯した行いには興味がないが、大胆な衣装をまとったスーの姿は話が別である。
「スーは差し出した贈り物を、そのまま持ち帰ると?」
「すぐに新しい贈り物を用意しますので!」
「なぜ?」
「今はおもいきり中身をまちがえています!」
「スーがここにいるのに?」
「そういうことではなく」
じたばたと逃げだそうとするスーを抱きしめたまま、ルカはするりと腰ひもをほどく。
はらりとローブの前が開いた。
「!!」
スーが声にならない悲鳴をあげる。
まさに卑猥の一言で説明がつく大胆な衣装を纏いながら、彼女は泣き出しそうなほどの恥じらいで全身を染めている。紅玉のように神秘的な瞳が潤んでいた。
「も、申し訳ありません!」
スーは恥ずかしさのあまり、涙目になったまま謝る。
その仕草がルカには愛しすぎた。
脳裏で、ぶつりと理性の断ち切れる音がひびく。
「………………」
そのあとのことを、彼はよく覚えていない。
真っ白な雪が帳をおろす、始祖生誕祭の夜。
むつみ合う二人の息遣いや声をかき消すように、外ではしんしんと雪が降り積もっていた。
澄明な闇に粉雪が舞う、ひたすら静謐な夜だった。
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