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第二十四章(終章):天女の夢の終わり
153:王女の強さ
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スーの懐妊は公示を控えたにもかかわらず、なぜか帝国貴族のうちには瞬く間に広まった。どこから嗅ぎつけたのか世間にも噂となって広がり、人々を騒がせている。
帝国の万人の耳に懐妊の噂が伝わるのに、それほど時間はかからなかった。
ルカは世間が抱く帝国の悪魔と王女の関係を思い、子の父親についての詮索がはじまるだろうと懸念していたが、蓋を開けてみると意外にも祝福の雰囲気に満ちていた。
王宮の執務室で、ルカは端末から顔をあげて、涼しい顔をしているルキアをみる。誰かが手を回して情報を操作しない限り、噂に晴れやかさだけが取り上げられるのは不自然だった。
「いったい、どういう手段を使ったんだ?」
聞くのが恐ろしい気もしたが、素直に興味がわいた。ルキアは執務の手を止めてルカをみる。
「殿下が私に嫌疑をかけるのは理解できますが、残念ながら私は大したことはしておりません」
「おまえの大したことないは当てにならない」
ルカが呆れ顔で答えると、ルキアが眉を動かす。
「評価していただけるのはありがたいですが、今回の件では本当に大したことはしていないのです。種をまいていたのはスー様ですよ」
「スーが?」
帝国で苛烈に行われる情報のかけひきからは、ほど遠い存在である。驚くルカの反応に満足したようにルキアが笑う。
「スー様は殿下が思うよりずっと逞しく、したたかな面もお持ちです」
「信じられない」
「素は単純で素直な方なので、そうとう努力をされているとは思いますが。考えて動くことができる女性です」
「おまえの誘導か?」
「いいえ。スー様は積極的に貴族令嬢と交流をもって、帝国貴族の動向をよく学んでおられるようですね。影響力をもつ家はどこか、誰を味方につけるべきか。きちんと計算されておられます。正直、ヘレナから話を聞いたときは私も驚きましたが」
「彼女がそんなかけひきを?」
「はい。しかもスー様の強みは見栄をはらないところでしょう。ありのままの自分を見せることができて、飾ることもない。自分の弱点や劣等感も赤裸々に利用することができる。いまスー様のことを夜の華だと思っているような貴族令嬢はいないでしょうね」
ルキアの言うことは、以前ヘレナから聞いたスーの話につながっている。彼女はどこからか帝国貴族の夜の作法やルカの情報を仕入れていた。単に気のあう者との交流の一端だと考えていたが、そのふるまいの裏に隠されていた目的。
スーはすでに皇太子妃となる覚悟をもって、自分なりの戦いをはじめていたのだろう。
「殿下、懐妊について公に発表し、スー様を帝国の皇太子妃として迎える準備に入りましょう」
「ーーそうだな」
彼女には、もう皇太子妃としての教養もふるまいも身についている。帝国貴族の中で生きていくことが、どういうことであるのかも。
すべてを受け止めて、ともに歩く決意がある。
ルカが盾とならなくても、彼女は帝国の皇太子妃として祝福され、愛されるだろう。
(スーは周りに守られているだけの妃にはならないだろうな)
そう思うと、ルカは自分の中に巣食っていた懸念が希薄になるのを感じた。
(私の隣に立って、同じ世界を見るために努力している)
皇太子を支える妃になるために。
ルカはいつかの彼女の言葉を思いだす。
(――世界中の人を敵に回しても、わたしはルカ様をお支えするべき立場です。いえ、もしルカ様が皇太子でなくても、わたしはずっとあなたをお支えしたいです)
彼女の想いは変わらない。
けれど。
サイオンの残した遺跡とのつながりを思い、ルカには彼女が自分の前から姿を消すのではないかと言う、漠然とした不安があった。
だから、スーの願いを聞き入れられずにいるのだ。
(ーールカ様、わたしを第零都の天女に会わせてください)
子を宿してから、彼女は何度もルカにそう願いでた。
(わたしは天女の夢を終わらせないといけないのです)
第零都で伝えることがあるのだと懸命に言い募ったが、ルカは決して縦に首をふらなかった。
それはできないと。
(……私のわがままだ)
ルカは自嘲をこめて思う。失うかもしれないと言う不安が、スーの願いを拒絶した。
恐れが目を曇らせていたのだ。
ずっと傍にいると伝えてくれたスーのことを、信じていなかった。
「ルキア」
「はい、殿下」
ルカは憂慮を乗り越えて認めなければならない。彼女を信じた先にしか、手に入らない世界があることを。
危険から遠ざけて守るだけでは、いずれ自分がスーの伸びやかさを殺してしまうだろう。
「陛下に第零都への入場許可をとってくれ」
「……かしこまりました」
天女とのつながりに抱く不安や恐れは、ここで断ち切っておかなければならない。
スーの手をとって、この先の未来を迷わず歩んで行くために。
帝国の万人の耳に懐妊の噂が伝わるのに、それほど時間はかからなかった。
ルカは世間が抱く帝国の悪魔と王女の関係を思い、子の父親についての詮索がはじまるだろうと懸念していたが、蓋を開けてみると意外にも祝福の雰囲気に満ちていた。
王宮の執務室で、ルカは端末から顔をあげて、涼しい顔をしているルキアをみる。誰かが手を回して情報を操作しない限り、噂に晴れやかさだけが取り上げられるのは不自然だった。
「いったい、どういう手段を使ったんだ?」
聞くのが恐ろしい気もしたが、素直に興味がわいた。ルキアは執務の手を止めてルカをみる。
「殿下が私に嫌疑をかけるのは理解できますが、残念ながら私は大したことはしておりません」
「おまえの大したことないは当てにならない」
ルカが呆れ顔で答えると、ルキアが眉を動かす。
「評価していただけるのはありがたいですが、今回の件では本当に大したことはしていないのです。種をまいていたのはスー様ですよ」
「スーが?」
帝国で苛烈に行われる情報のかけひきからは、ほど遠い存在である。驚くルカの反応に満足したようにルキアが笑う。
「スー様は殿下が思うよりずっと逞しく、したたかな面もお持ちです」
「信じられない」
「素は単純で素直な方なので、そうとう努力をされているとは思いますが。考えて動くことができる女性です」
「おまえの誘導か?」
「いいえ。スー様は積極的に貴族令嬢と交流をもって、帝国貴族の動向をよく学んでおられるようですね。影響力をもつ家はどこか、誰を味方につけるべきか。きちんと計算されておられます。正直、ヘレナから話を聞いたときは私も驚きましたが」
「彼女がそんなかけひきを?」
「はい。しかもスー様の強みは見栄をはらないところでしょう。ありのままの自分を見せることができて、飾ることもない。自分の弱点や劣等感も赤裸々に利用することができる。いまスー様のことを夜の華だと思っているような貴族令嬢はいないでしょうね」
ルキアの言うことは、以前ヘレナから聞いたスーの話につながっている。彼女はどこからか帝国貴族の夜の作法やルカの情報を仕入れていた。単に気のあう者との交流の一端だと考えていたが、そのふるまいの裏に隠されていた目的。
スーはすでに皇太子妃となる覚悟をもって、自分なりの戦いをはじめていたのだろう。
「殿下、懐妊について公に発表し、スー様を帝国の皇太子妃として迎える準備に入りましょう」
「ーーそうだな」
彼女には、もう皇太子妃としての教養もふるまいも身についている。帝国貴族の中で生きていくことが、どういうことであるのかも。
すべてを受け止めて、ともに歩く決意がある。
ルカが盾とならなくても、彼女は帝国の皇太子妃として祝福され、愛されるだろう。
(スーは周りに守られているだけの妃にはならないだろうな)
そう思うと、ルカは自分の中に巣食っていた懸念が希薄になるのを感じた。
(私の隣に立って、同じ世界を見るために努力している)
皇太子を支える妃になるために。
ルカはいつかの彼女の言葉を思いだす。
(――世界中の人を敵に回しても、わたしはルカ様をお支えするべき立場です。いえ、もしルカ様が皇太子でなくても、わたしはずっとあなたをお支えしたいです)
彼女の想いは変わらない。
けれど。
サイオンの残した遺跡とのつながりを思い、ルカには彼女が自分の前から姿を消すのではないかと言う、漠然とした不安があった。
だから、スーの願いを聞き入れられずにいるのだ。
(ーールカ様、わたしを第零都の天女に会わせてください)
子を宿してから、彼女は何度もルカにそう願いでた。
(わたしは天女の夢を終わらせないといけないのです)
第零都で伝えることがあるのだと懸命に言い募ったが、ルカは決して縦に首をふらなかった。
それはできないと。
(……私のわがままだ)
ルカは自嘲をこめて思う。失うかもしれないと言う不安が、スーの願いを拒絶した。
恐れが目を曇らせていたのだ。
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「ルキア」
「はい、殿下」
ルカは憂慮を乗り越えて認めなければならない。彼女を信じた先にしか、手に入らない世界があることを。
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「陛下に第零都への入場許可をとってくれ」
「……かしこまりました」
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