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第二十三章:帝国の花嫁の夢
147:愛しさの証
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乾き切っていない髪に、ローブをまとっただけのルカの姿。ただ立っているだけなのに、スーは彼のもつ大人の色気に圧倒される。
さっきまでの平常心が嘘のように緊張感がまいもどってくる。鼓動が早鐘のように鳴りはじめた。
「スー、今夜は晩酌はやめておきましょう」
「え? あっ!」
スーはふたたび牽制されるのかと思ったが、よく考えると彼は長い職務から戻ったばかりなのだ。大人の階段をのぼることで頭がいっぱいになっていたが、ルカは病み上がりから休みなく働いて、相当疲れているだろう。
「申し訳ありません。わたしはまた自分のことばかり考えておりました。ルカ様はお疲れでーー」
「違います、スー。そうじゃない」
「違う、のですか?」
「はい」
「でも、お疲れではないということは、わたしはまたルカ様に牽制されるのでしょうか? やはり生理的に受けつけなーー」
「違います。飲んでしまうと、スーはすぐに酔い潰れて眠ってしまう。今夜のことも曖昧になってしまうかもしれない」
「そんなことは……」
ないとは言えない。否定できないスーの前で、ルカは自嘲的に目を伏せた。
「私はわがままなので、スーに今夜のことを忘れてほしくない」
ためらわず、彼は思いをさらけだす。
「覚えていてほしい」
その飾り気のない苛烈さに、スーの鼓動が聞いたこともない速さで打ちはじめていた。ワインをあおったわけでもないのに、強烈な酔いにおかされたように、顔がのぼせて肌が熱を帯びていく。
湖底で照り返す光の煌めきから目が離せなくなるように、スーは囚われていた。
彼に示された欲望から逃れられない。
「だから、晩酌はやめておきましょう」
「はい」
ドコドコと破裂しそうな勢いで、自分の鼓動が激しさを増しつつある。味わったことのない緊張に身がすくみ、スーは体が震えた。
「スー」
ルカが小刻みに震えるスーの手をとった。いつもあたたかい彼の手が、今夜はさらに熱く感じられる。緊張で固まったまま立ち尽くし、身動きができなくなったスーの身体を、ルカが強く引き寄せた。浮遊感に襲われると、膝裏を支えるようにして、彼の逞しい腕に抱き上げられてしまう。
「今夜は寝台で話をしましょう」
「は、はい!」
抱き上げられた勢いに負けないように、とっさに彼の首筋にしがみつくように腕を回すと、ルカはゆっくりと寝台へと歩みよっていく。
スーは地響きのような自分の鼓動と、ガチガチに身が硬くなる緊張に襲われ続けていた。自分を抱きあげるルカの色気に当てられて、天に召されそうになっている魂を必死に呼びもどす。
いよいよ大人の階段をのぼるのだと覚悟を決めるが、間近に寝台を見て怖気づきそうになっていた。
ルカは寝台にスーを下ろすと、すぐに押し倒すようなことはなく、互いが向かい合うように寝台の上に腰をおろした。スーはかしこまってしまい、ルカの前で思わず正座してしまう。
「スー、緊張していますか?」
「は、はい! 申し訳ありません! 全力でルカ様を口説くなどと申し上げましたが、わたしはこのような経験がなく、ルカ様の期待に添えるかどうかもわかりませんが、どうかよろしくお願いします!」
先にすべてを暴露しておこうと潔く謝ってしまうと、ルカがスーの手をとった。
「緊張しているのは、あなただけじゃない」
彼がそっとスーの手を自分の胸にあてがった。
「……あ」
「私も緊張しています」
ルカのたくましい胸元に触れた掌から、はっきりと伝わってくる鼓動。彼がまとっているローブの上からでもわかる。それは激しくリズムを刻んでいた。
「ルカ様も?」
「はい」
スーはヘレナの言葉を思いだす。
(愛しい人と触れ合えることは、それだけで尊く幸せなことです。殿下も同じです)
「ルカ様もわたしと同じ……」
スーは帝国貴族の夜の常識が、自分の目を曇らせていたのだと気づく。
ルカとの経験の差ばかりを気にしていたのだ。
けれど、本当は何も変わらない。
高鳴る鼓動は、自分を愛しいと思ってくれている証。スーの鼓動も同じようにルカに伝わっているのだろう。
息が苦しくなるような緊張には、互いへの想いが詰まっている。
ルカの想いで自分の気持ちが満たされるように、彼もスーの想いに触れて、満たされるのだ。
そして。
それが何ものにも変えがたい悦びとなる。
(ヘレナ様の仰った通りだわ)
どんな時も、感じたまま素直な気持ちで傍にあれば良い。
自分を飾る必要はないのだ。想いは通じている。
「スー。触れてもいいですか」
ルカの囁きは、甘く優しい響きをしていた。スーはぎゅっと目を閉じて小さくうなずく。
何も恐れることはなかったのだ。彼を信じて、ただ身をまかせれば良い。
「はい、もちろんです」
さっきまでの平常心が嘘のように緊張感がまいもどってくる。鼓動が早鐘のように鳴りはじめた。
「スー、今夜は晩酌はやめておきましょう」
「え? あっ!」
スーはふたたび牽制されるのかと思ったが、よく考えると彼は長い職務から戻ったばかりなのだ。大人の階段をのぼることで頭がいっぱいになっていたが、ルカは病み上がりから休みなく働いて、相当疲れているだろう。
「申し訳ありません。わたしはまた自分のことばかり考えておりました。ルカ様はお疲れでーー」
「違います、スー。そうじゃない」
「違う、のですか?」
「はい」
「でも、お疲れではないということは、わたしはまたルカ様に牽制されるのでしょうか? やはり生理的に受けつけなーー」
「違います。飲んでしまうと、スーはすぐに酔い潰れて眠ってしまう。今夜のことも曖昧になってしまうかもしれない」
「そんなことは……」
ないとは言えない。否定できないスーの前で、ルカは自嘲的に目を伏せた。
「私はわがままなので、スーに今夜のことを忘れてほしくない」
ためらわず、彼は思いをさらけだす。
「覚えていてほしい」
その飾り気のない苛烈さに、スーの鼓動が聞いたこともない速さで打ちはじめていた。ワインをあおったわけでもないのに、強烈な酔いにおかされたように、顔がのぼせて肌が熱を帯びていく。
湖底で照り返す光の煌めきから目が離せなくなるように、スーは囚われていた。
彼に示された欲望から逃れられない。
「だから、晩酌はやめておきましょう」
「はい」
ドコドコと破裂しそうな勢いで、自分の鼓動が激しさを増しつつある。味わったことのない緊張に身がすくみ、スーは体が震えた。
「スー」
ルカが小刻みに震えるスーの手をとった。いつもあたたかい彼の手が、今夜はさらに熱く感じられる。緊張で固まったまま立ち尽くし、身動きができなくなったスーの身体を、ルカが強く引き寄せた。浮遊感に襲われると、膝裏を支えるようにして、彼の逞しい腕に抱き上げられてしまう。
「今夜は寝台で話をしましょう」
「は、はい!」
抱き上げられた勢いに負けないように、とっさに彼の首筋にしがみつくように腕を回すと、ルカはゆっくりと寝台へと歩みよっていく。
スーは地響きのような自分の鼓動と、ガチガチに身が硬くなる緊張に襲われ続けていた。自分を抱きあげるルカの色気に当てられて、天に召されそうになっている魂を必死に呼びもどす。
いよいよ大人の階段をのぼるのだと覚悟を決めるが、間近に寝台を見て怖気づきそうになっていた。
ルカは寝台にスーを下ろすと、すぐに押し倒すようなことはなく、互いが向かい合うように寝台の上に腰をおろした。スーはかしこまってしまい、ルカの前で思わず正座してしまう。
「スー、緊張していますか?」
「は、はい! 申し訳ありません! 全力でルカ様を口説くなどと申し上げましたが、わたしはこのような経験がなく、ルカ様の期待に添えるかどうかもわかりませんが、どうかよろしくお願いします!」
先にすべてを暴露しておこうと潔く謝ってしまうと、ルカがスーの手をとった。
「緊張しているのは、あなただけじゃない」
彼がそっとスーの手を自分の胸にあてがった。
「……あ」
「私も緊張しています」
ルカのたくましい胸元に触れた掌から、はっきりと伝わってくる鼓動。彼がまとっているローブの上からでもわかる。それは激しくリズムを刻んでいた。
「ルカ様も?」
「はい」
スーはヘレナの言葉を思いだす。
(愛しい人と触れ合えることは、それだけで尊く幸せなことです。殿下も同じです)
「ルカ様もわたしと同じ……」
スーは帝国貴族の夜の常識が、自分の目を曇らせていたのだと気づく。
ルカとの経験の差ばかりを気にしていたのだ。
けれど、本当は何も変わらない。
高鳴る鼓動は、自分を愛しいと思ってくれている証。スーの鼓動も同じようにルカに伝わっているのだろう。
息が苦しくなるような緊張には、互いへの想いが詰まっている。
ルカの想いで自分の気持ちが満たされるように、彼もスーの想いに触れて、満たされるのだ。
そして。
それが何ものにも変えがたい悦びとなる。
(ヘレナ様の仰った通りだわ)
どんな時も、感じたまま素直な気持ちで傍にあれば良い。
自分を飾る必要はないのだ。想いは通じている。
「スー。触れてもいいですか」
ルカの囁きは、甘く優しい響きをしていた。スーはぎゅっと目を閉じて小さくうなずく。
何も恐れることはなかったのだ。彼を信じて、ただ身をまかせれば良い。
「はい、もちろんです」
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