帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜

長月京子

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第二十三章:帝国の花嫁の夢

142:王女を心配する侍女

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(私は姫様が寝室で何か奇妙なことをやらかすのではないか、あるいはいざ事に及んだ時、怖気づいて泣き出したりされないか、とても心配です)

 深刻な悩みであるという顔をされて、スーはユエンに子ども扱いされていることにムッと顔をしかめた。

(ユエン! わたしはそんなに幼くはないわよ! 心配しなくても大丈夫よ! 閨房での心得や作法もこちらの妃教育できちんと学んでいるのだし。ユエンも知っているでしょう)

(それはそうですが……)

 ユエンがさらに(心配です)と繰り返すので、スーは思い切り見栄をはった。

(心配しなくても、華麗に大人の階段をのぼって見せるわよ! ユエンと本当に再会するときには、わたしはすでにルカ様の御子を身ごもっているかもしれないわ!)

(……そう願いたいですね)

 まったく信用していないと言いたげな、ユエンの冷めた声が蘇る。
 スーは侍女であるユエンとの会話を一通り思い出して、めらめらと新たな意欲を燃やす。

(今日はそのためにヘレナ様においでいただいたのよ。これでもか! とルカ様のために情報を仕入れて、絶対に華麗に大人の階段をのぼってみせるわ!)

 スーはたぎる意気込みを落ち着けようと、目の前の紅茶に口をつけた。

「殿下は退院後、こちらにお戻りになっておられないとお聞きしましたが。スー様は寂しくございませんか?」

 ヘレナが気遣うようにスーをうかがう。

 退院後のルカはすぐに多忙さを取り戻し、王宮や軍の要塞に身を置いている。病み上がりでも容赦のない職責である。ささやかに退院を祝うこともできない。

 本人は離宮のような病室で充分に休養をとって羽を伸ばしたと言っているが、入院中も連日の面会だった。ルカの皇太子としての忙しない生活を感じていると、スーは彼の職務を肩代わりできるような妃になりたいと、今まで以上に思いが強くなる。

「大丈夫です、ヘレナ様。わたしはルカ様のために学ぶべきことがたくさんあるので、毎日が充実しています」

「スー様のそのような心持ちに、殿下は救われていらっしゃるのでしょうね」

「いえ、わたしはまだ何もルカ様のお役に立てておりません。それに、ルカ様は時間があれば端末に連絡をくださるので、時折お話をしていますし」

「殿下が連絡を……」

 ヘレナは感じ入ることがあったのか、しみじみとその事実を噛みしめている。

「何か問題が?」

「いいえ、スー様。何も問題などございませんわ。あの帝国の悪魔と悪評高い殿下が、女性にそのような振る舞いをされるようになったことが、わたくしにはとても感慨深いのです」

「ルカ様の悪評はわたしも多少は耳にしましたが、誇張されすぎではないでしょうか?」

 スーの問いに、ヘレナは小さく笑う。

「スー様にはお優しいでしょうが、ああ見えて殿下ははっきりした気性もお持ちなのですよ」

「優柔不断であるより良いのでは?」

「物は捉えようですが、わたくしの目から見ても度をすぎた殿下の振る舞いは幾度かございました。殿下は親しみや好意のない女性には、とても辛辣な面をお持ちです。殿下の場合は立場的に仕方のないこともございますが」

 悪評がなければ、非の打ちどころがない理想的な男性だろう。ルカは帝国が誇る美貌の皇太子である。好意や好奇心を牽制する必要があるのは、スーにも想像がついた。けれど、ルカの振る舞いは、想像以上に冷酷なのだろうか。

「スー様も殿下のそのような側面を、多少は心得ておいた方が良いのかもしれません。それがスー様に向かう妬みやひがみを大きくする理由になることもございますので」

「――はい」

 まるで想像がつかないが、スーはしっかりと心に刻んだ。ただでさへ、サイオンの王女と帝国の皇太子の関係には、様々な憶測が飛び交っている。

 負の感情は結びつきやすいのだ。
 人々の中に皇太子の妃となる自分を妬む心理が潜むことは、充分に心得ておくべきだった。

「でも、スー様のことは、きっと何があっても殿下が守ってくださいます」

「はい。わたしもルカ様のことを、とても信頼しております。でも、ルカ様に守られてばかりの妃にはなりたくありません。わたしが負担をかけるようなことは避けたいのです」

「スー様なら、そのように仰ると思っておりましたわ」

 ヘレナが嬉しそうに笑うので、スーは今だとばかりに、知恵を授かるための一歩を踏み出した。

「それで、その。――今日は、ヘレナ様のお力を借りたいことがございます!」

「もちろん、喜んでお力になりますわ」

「ありがとうございます! あの、近々ルカ様がこちらへお戻りになられるのですが!」

「まぁ! それは良かったですわ。殿下もスー様に会えることを、さぞかし楽しみにされていらっしゃるでしょう」

「はい。それで、その――、ひとつ気になるお話を伺いまして」

「気になるお話ですか?」

「はい、その……」

 勢いこんでみたものの、やはり唐突な相談ではないかと恥ずかしくなってしまう。言葉にする前から、カッと顔がのぼせていく。

「スー様? いかがなさいましたか? それは打ち明けにくいことでしょうか」

「い、いいえ」

「なんでも仰ってください」

 ヘレナに背中を押された気がして、スーは思い切って口にする。
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