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第二十三章:帝国の花嫁の夢
141:浮かれている王女
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ルカからの熱烈な求婚を思い出すたびに、スーは顔面がだらしくなく緩んでしまう。
人生がばら色に染まるというのなら、今がまさにそうだった。
「本当によかったですわ。殿下のお気持ちがスー様に伝わって」
今日は私邸の広間にヘレナを招いている。以前のようにテラスへ出てお茶を嗜むには、外気が冷たく寒い季節になっていた。スーが帝国に来てからの日々は慌ただしく、これまでの呑気な人生を反省したくなるほど出来事が濃縮していたが、季節はゆっくりと巡っている。
ヘレナは手元で優雅に器をくゆらせながら、スーを見てほほ笑む。
「殿下との婚約を白紙に戻したいと仰ったときは、どうしようかと思いましたもの」
ヘレナの癖のない長い銀髪が、大きな窓から差し込む午後の日差しを受けて、眩しく輝いている。仕草のすべてが優雅でたおやかだった。何度見ても、スーにとっては女神のような女性である。
「はい、その節はヘレナ様に見当違いなご相談をしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
「あら、謝る必要はございませんわ。スー様に頼っていただけることは、とても光栄なことです。いつも嬉しく思っております」
「ヘレナ様」
スーはつくづく自分がいかに恵まれているのかを噛みしめる。ルカとおしどり夫婦になるための足場が整い、周りにいる人たちは変わらず優しい。
優しい人たちに囲まれていると、スーはこれまで隠されていたサイオンの非情さを前向きに考えられた。
天女の設計を打ち破り、サイオンが抑制機構から完全に逃れるまでは、まだ時間がかかるようだ。
リンとユエンは既に思想抑制の解除に成功している。スーはサイオンの人々に対して、何らかの屈託を抱いてしまうかもしれないと思っていたが、二人の顔を見た途端にそんな憂慮ははじけ飛んでしまった。
二人との再会は、端末の通信によって叶えられたが、ユエンはスーの顔を見た瞬間に瞳を潤ませていた。いつも気丈で凛としているユエンが、はじめて見せる感情的な様子が、スーの胸から得体の知れない棘を抜き去ってしまう。
(スー、元気そうだね)
リンは左目を失ってしまったようだったが、感傷的なことは語らず、穏やかな表情をしていた。
(叔父様、ユエン、ご無事で何よりです)
スーの中から、自然にでてきた言葉だった。
ヘレナとお茶を飲みながら、二人との再会を思い出してみても、何の屈託も生まれない。
ただひたすら、天女の束縛から自由の身になったことを、心から喜ぶことができる。
それが全てだった。
ユエンもリンも、王家の両親も、サイオンの人々も、スーにとって何も変わることがない。
大切な故郷であり、自分の知らないところで苦しんできた人々なのだ。
(私も姫様が元気そうで安心いたしました)
ユエンは一瞬で、再会によってこみあげた感情の波をやりすごしたのか、すぐにいつもの凛とした侍女の顔に戻っていた。変わることのないユエンとの会話を取り戻すと、スーはルカから求婚されたことを報告したくてたまらなくなった。
(良かったですね、姫様)
ユエンは初めこそ喜んでくれたが、スーが延々とルカの素敵さと求婚の喜びを語っていると、いつもの取りつく島のない態度を取り戻してしまう。
(私は忙しいですので、姫様のつまらない惚気を聞いている暇はございません)
リンに至っては、いつのまにか端末の画面から姿が見えなくなっていた。
(ユエン、聞きまちがいかしら。今つまらないって言った?)
(はい。姫様、サイオンは今たいへんなのです。姫様のご両親であるサイオンの両陛下も、まもなく抑制機構を乗り越えられると思いますが、今は国中がそのような状態で、人手が不足しているのです。禁断症状を乗り越えられた姫様には、想像していただけるかと思いますが……)
ユエンが抑制を解除後もクラウディアに戻れず、端末でスーとやり取りするのは、このためだった。
皇帝ユリウスとフェイの采配により、帝国やパルミラからも人員を派遣しているが、いくらサイオンが辺境の小国と言っても、全国民を無事に抑制から解放するのは容易ではない。
スーもユエンには侍女としての職務より、人手不足のサイオンの力になることを優先してほしかった。だからこそ落ち着くまでは、彼女にもサイオンに留まるようにお願いしている。
(そうね。嬉しくてすこし調子にのってしまったわ。サイオンの現状はわたしも聞いているのに。ごめんなさい、ユエン)
素直に謝ると、ユエンは端末の向こう側でほほ笑んだ。
(いいえ。姫様のお傍にいられないのは心苦しいですが、とにかく立派な皇太子妃になられるよう、これまで通りクラウディアでしっかりと励んでください)
(ええ! もちろんよ!)
元気よく答えると、ユエンが苦笑する。
(いま姫様のお傍にいられないのは、正直かなり心配ですが、姫様には頑張っていただくしかございませんので)
(大丈夫よ、ユエン。オトもいるし、何も不自由はしていないわ)
(そうではなく、姫様が無事に大人の階段をのぼれるのかが心配なのです)
(なっ……! 何なの、いきなり)
(ルカ殿下が姫様に求婚をして想いをお伝えになったのであれば、当然の成り行きです)
ユエンにはっきりと示されて、スーは帝室の常識を思い出す。十代で子を設け、後継を得ることが当然の環境にあって、ルカだけが異例なのだ。
今となっては、複雑な事情をかかえていた自分が、ルカの後継問題にさらなる原因をつくっていたのだとわかる。
(それは、もちろんわたしも理解しているわ)
(理解なさっておいでなら良いのですが。姫様があまりにも浮かれておられるので)
ルカがスーに生理的な嫌悪感を抱いていないのなら、もう何の障害もないはずである。これまでそうであったように、スーは彼が求めるならいつでも応じる気概でいる。
気持ちが通じたからと言って、お色気作戦をやめるような理由もない。
ルカの立場を考えてみても、いずれ妃になるスーが早々に彼の子を孕んだとしても、何の問題もないだろう。
むしろ帝室としては、喜ばしいことであるはずだ。
人生がばら色に染まるというのなら、今がまさにそうだった。
「本当によかったですわ。殿下のお気持ちがスー様に伝わって」
今日は私邸の広間にヘレナを招いている。以前のようにテラスへ出てお茶を嗜むには、外気が冷たく寒い季節になっていた。スーが帝国に来てからの日々は慌ただしく、これまでの呑気な人生を反省したくなるほど出来事が濃縮していたが、季節はゆっくりと巡っている。
ヘレナは手元で優雅に器をくゆらせながら、スーを見てほほ笑む。
「殿下との婚約を白紙に戻したいと仰ったときは、どうしようかと思いましたもの」
ヘレナの癖のない長い銀髪が、大きな窓から差し込む午後の日差しを受けて、眩しく輝いている。仕草のすべてが優雅でたおやかだった。何度見ても、スーにとっては女神のような女性である。
「はい、その節はヘレナ様に見当違いなご相談をしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
「あら、謝る必要はございませんわ。スー様に頼っていただけることは、とても光栄なことです。いつも嬉しく思っております」
「ヘレナ様」
スーはつくづく自分がいかに恵まれているのかを噛みしめる。ルカとおしどり夫婦になるための足場が整い、周りにいる人たちは変わらず優しい。
優しい人たちに囲まれていると、スーはこれまで隠されていたサイオンの非情さを前向きに考えられた。
天女の設計を打ち破り、サイオンが抑制機構から完全に逃れるまでは、まだ時間がかかるようだ。
リンとユエンは既に思想抑制の解除に成功している。スーはサイオンの人々に対して、何らかの屈託を抱いてしまうかもしれないと思っていたが、二人の顔を見た途端にそんな憂慮ははじけ飛んでしまった。
二人との再会は、端末の通信によって叶えられたが、ユエンはスーの顔を見た瞬間に瞳を潤ませていた。いつも気丈で凛としているユエンが、はじめて見せる感情的な様子が、スーの胸から得体の知れない棘を抜き去ってしまう。
(スー、元気そうだね)
リンは左目を失ってしまったようだったが、感傷的なことは語らず、穏やかな表情をしていた。
(叔父様、ユエン、ご無事で何よりです)
スーの中から、自然にでてきた言葉だった。
ヘレナとお茶を飲みながら、二人との再会を思い出してみても、何の屈託も生まれない。
ただひたすら、天女の束縛から自由の身になったことを、心から喜ぶことができる。
それが全てだった。
ユエンもリンも、王家の両親も、サイオンの人々も、スーにとって何も変わることがない。
大切な故郷であり、自分の知らないところで苦しんできた人々なのだ。
(私も姫様が元気そうで安心いたしました)
ユエンは一瞬で、再会によってこみあげた感情の波をやりすごしたのか、すぐにいつもの凛とした侍女の顔に戻っていた。変わることのないユエンとの会話を取り戻すと、スーはルカから求婚されたことを報告したくてたまらなくなった。
(良かったですね、姫様)
ユエンは初めこそ喜んでくれたが、スーが延々とルカの素敵さと求婚の喜びを語っていると、いつもの取りつく島のない態度を取り戻してしまう。
(私は忙しいですので、姫様のつまらない惚気を聞いている暇はございません)
リンに至っては、いつのまにか端末の画面から姿が見えなくなっていた。
(ユエン、聞きまちがいかしら。今つまらないって言った?)
(はい。姫様、サイオンは今たいへんなのです。姫様のご両親であるサイオンの両陛下も、まもなく抑制機構を乗り越えられると思いますが、今は国中がそのような状態で、人手が不足しているのです。禁断症状を乗り越えられた姫様には、想像していただけるかと思いますが……)
ユエンが抑制を解除後もクラウディアに戻れず、端末でスーとやり取りするのは、このためだった。
皇帝ユリウスとフェイの采配により、帝国やパルミラからも人員を派遣しているが、いくらサイオンが辺境の小国と言っても、全国民を無事に抑制から解放するのは容易ではない。
スーもユエンには侍女としての職務より、人手不足のサイオンの力になることを優先してほしかった。だからこそ落ち着くまでは、彼女にもサイオンに留まるようにお願いしている。
(そうね。嬉しくてすこし調子にのってしまったわ。サイオンの現状はわたしも聞いているのに。ごめんなさい、ユエン)
素直に謝ると、ユエンは端末の向こう側でほほ笑んだ。
(いいえ。姫様のお傍にいられないのは心苦しいですが、とにかく立派な皇太子妃になられるよう、これまで通りクラウディアでしっかりと励んでください)
(ええ! もちろんよ!)
元気よく答えると、ユエンが苦笑する。
(いま姫様のお傍にいられないのは、正直かなり心配ですが、姫様には頑張っていただくしかございませんので)
(大丈夫よ、ユエン。オトもいるし、何も不自由はしていないわ)
(そうではなく、姫様が無事に大人の階段をのぼれるのかが心配なのです)
(なっ……! 何なの、いきなり)
(ルカ殿下が姫様に求婚をして想いをお伝えになったのであれば、当然の成り行きです)
ユエンにはっきりと示されて、スーは帝室の常識を思い出す。十代で子を設け、後継を得ることが当然の環境にあって、ルカだけが異例なのだ。
今となっては、複雑な事情をかかえていた自分が、ルカの後継問題にさらなる原因をつくっていたのだとわかる。
(それは、もちろんわたしも理解しているわ)
(理解なさっておいでなら良いのですが。姫様があまりにも浮かれておられるので)
ルカがスーに生理的な嫌悪感を抱いていないのなら、もう何の障害もないはずである。これまでそうであったように、スーは彼が求めるならいつでも応じる気概でいる。
気持ちが通じたからと言って、お色気作戦をやめるような理由もない。
ルカの立場を考えてみても、いずれ妃になるスーが早々に彼の子を孕んだとしても、何の問題もないだろう。
むしろ帝室としては、喜ばしいことであるはずだ。
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