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第二十二章:皇太子と王女の関係
136:それから
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ルカが目覚めてから日を経るごとに、病室を訪れる顔ぶれが増えていく。両陛下はもとより、貴族院の議長や議員、帝国貴族たちがわざわざ見舞いにやってくるのだ。
ルカには依然として火傷の治療と予後を見守るために入院が必要だったが、連日訪れてくる見舞い客を受け入れるルキアが何を考えているのかわからない。
本当に重症患者として自分を休養させる気があるのかと、疑いたくなってくる。
「お疲れ様でした、殿下。本日の予定は以上です」
さすがに見舞いを受け入れる時間帯には制限を設けているのか、慌ただしい面会は午前中で終了する。
午後からは、気心が知れた者が訪れてくるだけだった。
「こんな重傷者に見舞い客の相手をさせるとなると、おまえには何か考えがあるのか?」
「そうですね。これから大きく風向きが変わりますので、一つの目安にはなるかと」
ルキアは涼しい顔をして笑っている。何事も無意味にはしない彼らしい考え方だと、ルカは嘆息した。
彼はルカの病室で執務が行えるように、王宮の端末をここにも持ち込んでいる。ルカも端末に触れて、情報に遅れをとらないように世間の動向には目を向けていた。
「皇帝陛下はディオクレアをどのように処断するおつもりなんだろうな?」
ディオクレアはサイオンの王女という切り札を失なったが、パルミラに未知の鉱石を動力とした新たな巨大兵器を建造していた。
フェイによるとまだ不完全で実用段階にはないが、パルミラでルカ達を砲撃したものが、その兵器の一部であるらしい。
一連の流れから皇帝への謀反を企んでいたのは疑いようがないが、ディオクレアはパルミラでの砲撃については、自身の指示ではないと否認している。パルミラに眠る未知の鉱石をめぐって、サイオンの抑制機構を逃れた者たちと続けていた交渉が決裂した結果だと、事実を曲げてフェイに責任転嫁をはかった。
手のひらをかえした途端、秘匿していた鉱石の流通路も明きらかにした。パルミアが帝国の新たな脅威とならぬよう、秘密裡にパルミラに潜む者たちと交渉を続けていたというのが、ディオクレアの主張である。
万事がうまく運んだ末に、皇帝にパルミラのすべてを奏上するつもりだったと言い張っているのだ。
すべては皇帝陛下のため、帝国の未来のためだったという、都合のよい言い分である。
ルカもルキアもそんな言い訳が通じるはずがないとあきれ果てたが、皇帝ユリウスは、皇家が秘匿してきたサイオンの真実が明るみに出ることを望んでいない。
結果として、それがディオクレアの罪状を証明することを阻んでいた。
抑制機構の解除については、フェイの力を借りてサイオンの国内でも始められている。いち早く解除に臨んだリンが禁断症状をのりこえ、自由を手に入れる日も近い。
永くサイオンの呪縛となっていた天女の設計は崩壊する。
サイオンによる抑制機構は失われ、民はようやく自由になる。束縛も粛清も未来永劫に断たれ、もう誰かが犠牲になることはない。
皮肉なことに、ディオクレアが闇討ちされることもなくなったのだ。
「世間には今回のパルミラでの騒動については、まだ何が真実なのかは明らかにされておりません。皇太子の暗殺を企てたとなれば、ディオクレア大公殿下はすぐに処断できますが、今のところ暗殺を証明する証拠が不十分な状態です」
「全てパルミラに潜伏していた者の仕業だと?」
「そういう主張になりますね。皇帝陛下なら瑣末な理由づけで裁くことも可能ですが、陛下は強引な策を望まないでしょう。ディオクレア大公殿下の影響力は無視できませんし、処罰を与えるとしても、それに足る理由が必要です」
パルミラについては皇帝軍がはいり、全容の解明に努めている。
ルカと同じ志しでサイオンの自由を望むユリウスの意志は、フェイにも伝わっているようだ。彼女はパルミラの探索について、皇帝ユリウスに全面的に協力していた。
調査により発見された未知の鉱石は膨大で、サイオン王朝の遺跡と決別していく帝国にとっては、これ以上はない希望になる。
「とはいえ、大公殿下の断罪については何も心配はないかと。こちらにはフェイ様もレオン殿下もいらっしゃるので、二人の証言からスー様の監禁行為は明らかになります。そこから紐解けば、いずれは全てが白日の元に晒されるでしょう」
「――そうだな」
時間はかかるが、いずれ事実は人々の目にも明らかになる。帝国クラウディアにとって、また皇帝ユリウスにとっても、ディオクレアがサイオンほどの脅威になることはない。
サイオンとの因習を断ち切ることこそが、最大の試練だった。
まだ実感は乏しいが、ルカは皇帝ユリウスに導かれ、たしかに成し遂げた。
これからの日々は、憂うことなくスーとの未来を思い描ける。ようやく彼女と素直に向き合えるのだ。
「殿下」
ルキアが何かを企んでいる笑みを浮かべて、今後のことを提案してくる。
「ディオクレア大公殿下のことは皇帝陛下にお任せするとして。私といたしましては、殿下が退院されて公務に復帰された暁には、スー様との婚姻の儀について色々と決めていきたいと考えておりますが」
ルカには気が早いと思えたが、すぐにルキアの真意を問い正した。
「それも世論をこちら側につけるための策か?」
皇太子と王女の関係については、様々な憶測が飛び交ったままである。パルミラでの真相は明らかにされていないため、サイオンの王女が恐れる皇太子の冷酷さは、いまだに払拭されていない。
「たしかに殿下の人気を取り戻すことも必要ですが、私にはすこし気になることがあります」
「思わせぶりな言い方だな」
「本当は退院してからお話しようかと思っていたのですが、やはり殿下には優先順位の高い案件ではないかと」
「だから、いったい何なんだ」
ルキアはわざとらしくにっこりと笑う。
「その前に一つ確認させていただきますが、殿下はスー様をサイオンへ帰してさしあげるのですか?」
話が飛躍した気がして、ルカは思わずルキアを睨んだ。
「どういう意味だ?」
ルカには依然として火傷の治療と予後を見守るために入院が必要だったが、連日訪れてくる見舞い客を受け入れるルキアが何を考えているのかわからない。
本当に重症患者として自分を休養させる気があるのかと、疑いたくなってくる。
「お疲れ様でした、殿下。本日の予定は以上です」
さすがに見舞いを受け入れる時間帯には制限を設けているのか、慌ただしい面会は午前中で終了する。
午後からは、気心が知れた者が訪れてくるだけだった。
「こんな重傷者に見舞い客の相手をさせるとなると、おまえには何か考えがあるのか?」
「そうですね。これから大きく風向きが変わりますので、一つの目安にはなるかと」
ルキアは涼しい顔をして笑っている。何事も無意味にはしない彼らしい考え方だと、ルカは嘆息した。
彼はルカの病室で執務が行えるように、王宮の端末をここにも持ち込んでいる。ルカも端末に触れて、情報に遅れをとらないように世間の動向には目を向けていた。
「皇帝陛下はディオクレアをどのように処断するおつもりなんだろうな?」
ディオクレアはサイオンの王女という切り札を失なったが、パルミラに未知の鉱石を動力とした新たな巨大兵器を建造していた。
フェイによるとまだ不完全で実用段階にはないが、パルミラでルカ達を砲撃したものが、その兵器の一部であるらしい。
一連の流れから皇帝への謀反を企んでいたのは疑いようがないが、ディオクレアはパルミラでの砲撃については、自身の指示ではないと否認している。パルミラに眠る未知の鉱石をめぐって、サイオンの抑制機構を逃れた者たちと続けていた交渉が決裂した結果だと、事実を曲げてフェイに責任転嫁をはかった。
手のひらをかえした途端、秘匿していた鉱石の流通路も明きらかにした。パルミアが帝国の新たな脅威とならぬよう、秘密裡にパルミラに潜む者たちと交渉を続けていたというのが、ディオクレアの主張である。
万事がうまく運んだ末に、皇帝にパルミラのすべてを奏上するつもりだったと言い張っているのだ。
すべては皇帝陛下のため、帝国の未来のためだったという、都合のよい言い分である。
ルカもルキアもそんな言い訳が通じるはずがないとあきれ果てたが、皇帝ユリウスは、皇家が秘匿してきたサイオンの真実が明るみに出ることを望んでいない。
結果として、それがディオクレアの罪状を証明することを阻んでいた。
抑制機構の解除については、フェイの力を借りてサイオンの国内でも始められている。いち早く解除に臨んだリンが禁断症状をのりこえ、自由を手に入れる日も近い。
永くサイオンの呪縛となっていた天女の設計は崩壊する。
サイオンによる抑制機構は失われ、民はようやく自由になる。束縛も粛清も未来永劫に断たれ、もう誰かが犠牲になることはない。
皮肉なことに、ディオクレアが闇討ちされることもなくなったのだ。
「世間には今回のパルミラでの騒動については、まだ何が真実なのかは明らかにされておりません。皇太子の暗殺を企てたとなれば、ディオクレア大公殿下はすぐに処断できますが、今のところ暗殺を証明する証拠が不十分な状態です」
「全てパルミラに潜伏していた者の仕業だと?」
「そういう主張になりますね。皇帝陛下なら瑣末な理由づけで裁くことも可能ですが、陛下は強引な策を望まないでしょう。ディオクレア大公殿下の影響力は無視できませんし、処罰を与えるとしても、それに足る理由が必要です」
パルミラについては皇帝軍がはいり、全容の解明に努めている。
ルカと同じ志しでサイオンの自由を望むユリウスの意志は、フェイにも伝わっているようだ。彼女はパルミラの探索について、皇帝ユリウスに全面的に協力していた。
調査により発見された未知の鉱石は膨大で、サイオン王朝の遺跡と決別していく帝国にとっては、これ以上はない希望になる。
「とはいえ、大公殿下の断罪については何も心配はないかと。こちらにはフェイ様もレオン殿下もいらっしゃるので、二人の証言からスー様の監禁行為は明らかになります。そこから紐解けば、いずれは全てが白日の元に晒されるでしょう」
「――そうだな」
時間はかかるが、いずれ事実は人々の目にも明らかになる。帝国クラウディアにとって、また皇帝ユリウスにとっても、ディオクレアがサイオンほどの脅威になることはない。
サイオンとの因習を断ち切ることこそが、最大の試練だった。
まだ実感は乏しいが、ルカは皇帝ユリウスに導かれ、たしかに成し遂げた。
これからの日々は、憂うことなくスーとの未来を思い描ける。ようやく彼女と素直に向き合えるのだ。
「殿下」
ルキアが何かを企んでいる笑みを浮かべて、今後のことを提案してくる。
「ディオクレア大公殿下のことは皇帝陛下にお任せするとして。私といたしましては、殿下が退院されて公務に復帰された暁には、スー様との婚姻の儀について色々と決めていきたいと考えておりますが」
ルカには気が早いと思えたが、すぐにルキアの真意を問い正した。
「それも世論をこちら側につけるための策か?」
皇太子と王女の関係については、様々な憶測が飛び交ったままである。パルミラでの真相は明らかにされていないため、サイオンの王女が恐れる皇太子の冷酷さは、いまだに払拭されていない。
「たしかに殿下の人気を取り戻すことも必要ですが、私にはすこし気になることがあります」
「思わせぶりな言い方だな」
「本当は退院してからお話しようかと思っていたのですが、やはり殿下には優先順位の高い案件ではないかと」
「だから、いったい何なんだ」
ルキアはわざとらしくにっこりと笑う。
「その前に一つ確認させていただきますが、殿下はスー様をサイオンへ帰してさしあげるのですか?」
話が飛躍した気がして、ルカは思わずルキアを睨んだ。
「どういう意味だ?」
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