帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜

長月京子

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第二十一章:サイオンの希望

130:生きるための選択

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 抑制機構が働くかぎり、彼には正誤を判定することはできないだろう。けれどルカの出した答えが正解だったことがわかる。ルカは改めてフェイに軍服を差し出して示す。

「ここにあなた方を守るためのすべがあります。サイオンの希望のために一緒に来てください」

 フェイはじっとルカの目を見つめた。

「あなたはサイオンの王女を愛しているのか」

 スーと同じ顔貌、声で彼女が問う。ルカはただならぬ気迫を感じて、誠実に答えた。

「ーーはい、愛しています」

「作られた人間なのに? これからも同じ人間として扱うことを貫けるのか?」

 フェイの言葉には、横からリンが口をはさんだ。

「おまえは見誤ったんだよ。助けを乞うべきはディオクレア大公殿下ではなく、皇帝陛下と皇太子殿下だった。自分でもそんな予感がしていたのだよね? だから皇太子殿下をここに呼んだ。何が真実かを見極めるために」

「守護者のおまえに何がわかる」

「わかるさ。僕はサイオンの守護者だからね。それにしても大公殿下はひどかった。スーの扱い方でおまえの大公への猜疑心は決定的になった。彼女のことを遺跡の起動装置くらいにしか思っていないのだから。そんな人間がサイオンをどのように扱うのか、答えは明白だね」

「それでも、私達はディオクレア大公殿下に恩がある」

「クラウディアの粛清? それでパルミラでの迫害に終止符を打ってくれたと? それは大公殿下にとっては野望のための通り道だっただけ――っ」

 リンの言葉を遮るように、地響きのような轟音があった。びりびりと地下にも振動が伝わる。

「砲撃?」

 ガウスが顔色を変えた。間を置かず再び轟音が響く。何かが焦げるようなにおいが漂い、鉱石の空間につながる通路の幾つかから煙が流れてくる。

「この地下道が燃えている? なぜ?」

 フェイの悲鳴のような声にルカが答えた。

「あなたやレオンの行動は、おそらくディオクレアに悟られていた。だとすれば、当然の成り行きです。サイオンの王女を奪われることは大公にとって厳しい結末を生む。阻止するためには強行も厭わない」

 ガウスが深刻な顔して、ルカとフェイの間に立った。

「殿下、撤退しましょう」

 幸い煙はルカ達が入ってきた道とは反対側から流れてきている。

「ひとまずレオンのいるホールへ戻ろう」

 遠くで轟音が響いている。砲撃は続いているようだ。ルカ達はすぐにレオンのいるホールまで戻った。砲撃も煙もまだこちらまでは届いていない。

「兄上?」

 不安げにレオンが振り返って駆け寄ってくる。

「ここは危険だ。総員をすぐに飛空艇へ退避させる。ガウス、フェイ殿とリン殿をお連れしろ!」

 ルカは手に持っていた軍服をフェイに羽織らせる。

天女の麗眼布これがあれば安全です。あなたはクラウディアが必ず守ります。彼らと一緒に行ってください」

 早口に告げてルカが駆けだそうとすると、ガウスに肩を掴まれた。

「殿下? どちらへ?」

「私はスーを連れーー」

 言い終わらないうちに耳をつんざくような轟音が響いた。足元が不安定に揺れるほどの衝撃にその場にいた者が激しく転倒する。ホール内にも尾をひくようにたなびく白いもやが現れた。奥の扉から煙が流れ出しているのだ。

「スー!」

 火の手がこちらにも回り始めている。ルカがいち早く立ち上がって奥へ向かおうとすると、再びガウスに肩を掴まれた。

「ガウス! おまえは総員を速やかに退避させ、飛空艇の消火装置を作動させろ。フェイ殿とリン殿は必ず連れ出せ!」

「殿下! いけません!」

 ホールの奥の方から室内を舐めるように炎が上がり始めている。まるで濁流がうずまくように、黒煙が充満しはじめていた。

「離せ! ガウス! 奥の部屋にスーがいる」

「今は御身の安全が優先です!」

「ふざけるな! 皇太子の代わりはいくらでもいる!」

「殿下!」

「私が生きるためには、この選択が不可欠だ!」

 ルカは自分を羽交い絞めにするガウスを睨んだ。

「おまえたちが支えるならクラウディアの皇太子は私でなくともつとまる! だが、今スーのために命を賭けられるのは私しかいない!」

 ルカの激情にひるんだガウスの腕を振り切って、奥の扉へと駆けつけると背後でフェイが叫んだ。

「王女の部屋からそのまま奥の扉をこえてまっすぐに進んでください。すぐに地下道から外へつながります!」

 希望となる助言だった。引き返さず地上へ出られるのなら、救い出せる勝算は高くなる。
 ルカが扉を超えて奥の通路にでると、炎と黒煙が立ちのぼり熱風が頬をかすめた。

「皇太子殿下」

 さらにフェイが続けた。

「抑制機構を外せば、王女は目覚めます!」

 次の瞬間、ルカを分断するように背後の扉が燃え落ちた。
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