130 / 170
第二十一章:サイオンの希望
130:生きるための選択
しおりを挟む
抑制機構が働くかぎり、彼には正誤を判定することはできないだろう。けれどルカの出した答えが正解だったことがわかる。ルカは改めてフェイに軍服を差し出して示す。
「ここにあなた方を守るための術があります。サイオンの希望のために一緒に来てください」
フェイはじっとルカの目を見つめた。
「あなたはサイオンの王女を愛しているのか」
スーと同じ顔貌、声で彼女が問う。ルカはただならぬ気迫を感じて、誠実に答えた。
「ーーはい、愛しています」
「作られた人間なのに? これからも同じ人間として扱うことを貫けるのか?」
フェイの言葉には、横からリンが口をはさんだ。
「おまえは見誤ったんだよ。助けを乞うべきはディオクレア大公殿下ではなく、皇帝陛下と皇太子殿下だった。自分でもそんな予感がしていたのだよね? だから皇太子殿下をここに呼んだ。何が真実かを見極めるために」
「守護者のおまえに何がわかる」
「わかるさ。僕はサイオンの守護者だからね。それにしても大公殿下はひどかった。スーの扱い方でおまえの大公への猜疑心は決定的になった。彼女のことを遺跡の起動装置くらいにしか思っていないのだから。そんな人間がサイオンをどのように扱うのか、答えは明白だね」
「それでも、私達はディオクレア大公殿下に恩がある」
「クラウディアの粛清? それでパルミラでの迫害に終止符を打ってくれたと? それは大公殿下にとっては野望のための通り道だっただけ――っ」
リンの言葉を遮るように、地響きのような轟音があった。びりびりと地下にも振動が伝わる。
「砲撃?」
ガウスが顔色を変えた。間を置かず再び轟音が響く。何かが焦げるようなにおいが漂い、鉱石の空間につながる通路の幾つかから煙が流れてくる。
「この地下道が燃えている? なぜ?」
フェイの悲鳴のような声にルカが答えた。
「あなたやレオンの行動は、おそらくディオクレアに悟られていた。だとすれば、当然の成り行きです。サイオンの王女を奪われることは大公にとって厳しい結末を生む。阻止するためには強行も厭わない」
ガウスが深刻な顔して、ルカとフェイの間に立った。
「殿下、撤退しましょう」
幸い煙はルカ達が入ってきた道とは反対側から流れてきている。
「ひとまずレオンのいるホールへ戻ろう」
遠くで轟音が響いている。砲撃は続いているようだ。ルカ達はすぐにレオンのいるホールまで戻った。砲撃も煙もまだこちらまでは届いていない。
「兄上?」
不安げにレオンが振り返って駆け寄ってくる。
「ここは危険だ。総員をすぐに飛空艇へ退避させる。ガウス、フェイ殿とリン殿をお連れしろ!」
ルカは手に持っていた軍服をフェイに羽織らせる。
「天女の麗眼布があれば安全です。あなたはクラウディアが必ず守ります。彼らと一緒に行ってください」
早口に告げてルカが駆けだそうとすると、ガウスに肩を掴まれた。
「殿下? どちらへ?」
「私はスーを連れーー」
言い終わらないうちに耳をつんざくような轟音が響いた。足元が不安定に揺れるほどの衝撃にその場にいた者が激しく転倒する。ホール内にも尾をひくようにたなびく白いもやが現れた。奥の扉から煙が流れ出しているのだ。
「スー!」
火の手がこちらにも回り始めている。ルカがいち早く立ち上がって奥へ向かおうとすると、再びガウスに肩を掴まれた。
「ガウス! おまえは総員を速やかに退避させ、飛空艇の消火装置を作動させろ。フェイ殿とリン殿は必ず連れ出せ!」
「殿下! いけません!」
ホールの奥の方から室内を舐めるように炎が上がり始めている。まるで濁流がうずまくように、黒煙が充満しはじめていた。
「離せ! ガウス! 奥の部屋にスーがいる」
「今は御身の安全が優先です!」
「ふざけるな! 皇太子の代わりはいくらでもいる!」
「殿下!」
「私が生きるためには、この選択が不可欠だ!」
ルカは自分を羽交い絞めにするガウスを睨んだ。
「おまえたちが支えるならクラウディアの皇太子は私でなくともつとまる! だが、今スーのために命を賭けられるのは私しかいない!」
ルカの激情にひるんだガウスの腕を振り切って、奥の扉へと駆けつけると背後でフェイが叫んだ。
「王女の部屋からそのまま奥の扉をこえてまっすぐに進んでください。すぐに地下道から外へつながります!」
希望となる助言だった。引き返さず地上へ出られるのなら、救い出せる勝算は高くなる。
ルカが扉を超えて奥の通路にでると、炎と黒煙が立ちのぼり熱風が頬をかすめた。
「皇太子殿下」
さらにフェイが続けた。
「抑制機構を外せば、王女は目覚めます!」
次の瞬間、ルカを分断するように背後の扉が燃え落ちた。
「ここにあなた方を守るための術があります。サイオンの希望のために一緒に来てください」
フェイはじっとルカの目を見つめた。
「あなたはサイオンの王女を愛しているのか」
スーと同じ顔貌、声で彼女が問う。ルカはただならぬ気迫を感じて、誠実に答えた。
「ーーはい、愛しています」
「作られた人間なのに? これからも同じ人間として扱うことを貫けるのか?」
フェイの言葉には、横からリンが口をはさんだ。
「おまえは見誤ったんだよ。助けを乞うべきはディオクレア大公殿下ではなく、皇帝陛下と皇太子殿下だった。自分でもそんな予感がしていたのだよね? だから皇太子殿下をここに呼んだ。何が真実かを見極めるために」
「守護者のおまえに何がわかる」
「わかるさ。僕はサイオンの守護者だからね。それにしても大公殿下はひどかった。スーの扱い方でおまえの大公への猜疑心は決定的になった。彼女のことを遺跡の起動装置くらいにしか思っていないのだから。そんな人間がサイオンをどのように扱うのか、答えは明白だね」
「それでも、私達はディオクレア大公殿下に恩がある」
「クラウディアの粛清? それでパルミラでの迫害に終止符を打ってくれたと? それは大公殿下にとっては野望のための通り道だっただけ――っ」
リンの言葉を遮るように、地響きのような轟音があった。びりびりと地下にも振動が伝わる。
「砲撃?」
ガウスが顔色を変えた。間を置かず再び轟音が響く。何かが焦げるようなにおいが漂い、鉱石の空間につながる通路の幾つかから煙が流れてくる。
「この地下道が燃えている? なぜ?」
フェイの悲鳴のような声にルカが答えた。
「あなたやレオンの行動は、おそらくディオクレアに悟られていた。だとすれば、当然の成り行きです。サイオンの王女を奪われることは大公にとって厳しい結末を生む。阻止するためには強行も厭わない」
ガウスが深刻な顔して、ルカとフェイの間に立った。
「殿下、撤退しましょう」
幸い煙はルカ達が入ってきた道とは反対側から流れてきている。
「ひとまずレオンのいるホールへ戻ろう」
遠くで轟音が響いている。砲撃は続いているようだ。ルカ達はすぐにレオンのいるホールまで戻った。砲撃も煙もまだこちらまでは届いていない。
「兄上?」
不安げにレオンが振り返って駆け寄ってくる。
「ここは危険だ。総員をすぐに飛空艇へ退避させる。ガウス、フェイ殿とリン殿をお連れしろ!」
ルカは手に持っていた軍服をフェイに羽織らせる。
「天女の麗眼布があれば安全です。あなたはクラウディアが必ず守ります。彼らと一緒に行ってください」
早口に告げてルカが駆けだそうとすると、ガウスに肩を掴まれた。
「殿下? どちらへ?」
「私はスーを連れーー」
言い終わらないうちに耳をつんざくような轟音が響いた。足元が不安定に揺れるほどの衝撃にその場にいた者が激しく転倒する。ホール内にも尾をひくようにたなびく白いもやが現れた。奥の扉から煙が流れ出しているのだ。
「スー!」
火の手がこちらにも回り始めている。ルカがいち早く立ち上がって奥へ向かおうとすると、再びガウスに肩を掴まれた。
「ガウス! おまえは総員を速やかに退避させ、飛空艇の消火装置を作動させろ。フェイ殿とリン殿は必ず連れ出せ!」
「殿下! いけません!」
ホールの奥の方から室内を舐めるように炎が上がり始めている。まるで濁流がうずまくように、黒煙が充満しはじめていた。
「離せ! ガウス! 奥の部屋にスーがいる」
「今は御身の安全が優先です!」
「ふざけるな! 皇太子の代わりはいくらでもいる!」
「殿下!」
「私が生きるためには、この選択が不可欠だ!」
ルカは自分を羽交い絞めにするガウスを睨んだ。
「おまえたちが支えるならクラウディアの皇太子は私でなくともつとまる! だが、今スーのために命を賭けられるのは私しかいない!」
ルカの激情にひるんだガウスの腕を振り切って、奥の扉へと駆けつけると背後でフェイが叫んだ。
「王女の部屋からそのまま奥の扉をこえてまっすぐに進んでください。すぐに地下道から外へつながります!」
希望となる助言だった。引き返さず地上へ出られるのなら、救い出せる勝算は高くなる。
ルカが扉を超えて奥の通路にでると、炎と黒煙が立ちのぼり熱風が頬をかすめた。
「皇太子殿下」
さらにフェイが続けた。
「抑制機構を外せば、王女は目覚めます!」
次の瞬間、ルカを分断するように背後の扉が燃え落ちた。
0
お気に入りに追加
515
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる