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第二十一章:サイオンの希望
127:帝国の生贄として
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現れた女はスーと同じ容姿を持ちながら、仕草や様子は対照的だった。愛嬌のかけらもない声で、ほほ笑みさえ事務的に感じる。
「まさか帝国の皇太子殿下が自らおいでになるとは」
皮肉にも受け取れたが、ルカは真摯に答えた。
「ここにはそれだけの価値があると考えています」
「価値? それはサイオンの王女の価値ですか?」
「あなたとは話さなければならないことがある。でも、今は一刻も早くスー王女に会わせていただきたい。彼女が無事であることを確認させてください」
見たところ案内された室内にはスーの気配がない。ホールのような広さのある部屋には、大きな卓と椅子だけが整然と並んでいる。サイオン様式の調度は穏やかだが、まるで会議でも行うためにある部屋のように生活感がなかった。
女は何か言いたげにも見えたが、一文字に唇を引き結ぶと頷いて踵を返した。
「ご案内いたします」
ホールのような部屋の奥に、入ってきた時と同じような扉があった。ルカはレオンと警護の兵をホールに残し、ガウスと数人の兵だけを連れて部屋を出る。再び奥へと暗い地下道が続いていた。女が通路の床に置かれていたランタンを手にする。石と木で造られた壁面がぼんやりと照らされた。目視では通路の先は闇に沈んでいて見通せない。スーがいる場所までには少し距離がありそうだった。
通路は一本道で一度だけ三叉路のように分岐する。分かれ道を左へ曲がってさらに進むと行き止まりに木製の扉が見えてきた。ひっそりとした隠れ家のように小さな扉だった。
扉の前にたどりつくとフェイと名乗った女が振り返る。
「こちらです」
彼女はルカたちが警戒するまもなく、小さな木製の扉を押しひらく。さっきのホールと同様に室内は照明で明るいが、白色ではなく暖色の緩やかな光だった。サイオンの文化を感じさせる小さな部屋だったが、やはり生活感がない。一時的に作られた部屋だというのが見てとれた。
さきほどのホールとは比べ物にならない狭い部屋には、奥に寝台と小さな棚だけがある。
寝台に横たわる人影が視界に入った途端、ルカは意識が奪われた。ほどかれた艶やかな黒髪が、寝台からこぼれ落ちている。ルカは迷わず彼女の元へ駆け寄った。
「スー」
けれど、存在を感じて良かったと安堵できたのは束の間だった。次の瞬間には全てが覆される。
「これは……」
血の気のない蒼白な顔。薄く開かれた目はルカが近づいても動かない。ルカの軍装に施されている唯一無二の麗眼布の意匠を示しても、何の変化もなかった。無表情のままで、赤い瞳が何もうつしていないのがわかる。まるで生気が感じられない。暖色の光に照らされて、肌の白さだけがぼうっと浮かび上がる。
生きていることを疑いたくなるような異質さがあった。
ルカは温もりを確かめるように彼女の頬に触れる。
「ーーっ」
ひやりとした質感が指先から伝わり、ルカの背筋を凍らせる。失われている体温にゾッと肌が粟立った。
最悪の再会を予感して、ルカの鼓動が早鐘のように鳴り始めた。足元から崩れそうな動揺に襲われて息が苦しくなる。
「……これは」
ルカは傍で無表情に佇んでいるフェイと名乗った女を見た。無表情に立っているだけなのに、横たわるスーよりも圧倒的に生きている気配がする。
「もう手遅れたっだのか?」
「手遅れ? いいえ。王女はもう目覚めることはありませんが大丈夫です。まだサイオンの王女として、クラウディアでの責務は果たせます」
「ーー何を言っている?」
絶望に足元を掬われそうになりながら、ルカは言葉を振り絞る。
「どういう意味だ?」
女ーーフェイは無感動に続けた。
「第零都、あるいは第七都で天女として起動することは可能です。むしろ、そうしなければいずれはこのまま死んでしまうでしょう」
「ふざけるな! 彼女は装置ではない!」
聞くに耐えない結論だった。激昂するルカに狼狽えることもなく、フェイを生真面目に答える。
「ふざけてはおりません。心配されずとも、天女となる王女はそう簡単に死んだりはしません」
「こんな状態で取り戻して、何の意味がある?」
「意味? 皇太子殿下こそおかしなことをおっしゃいます。王女はクラウディアの礎となる使命を全うできる。それだけで充分取り戻す意味があるのでは?」
「私はスーを帝国の生贄にするために迎えに来たのではない!」
フェイの顔には驚きが浮かんでいた。
「まさか帝国の悪魔と名高い皇太子殿下がそのようなことを仰るとは。なるほど、王女は本当に殿下を慕っていたのですね」
うそぶくように言うと、フェイは寝台の横にある棚に目を向けた。無造作に置かれていた一冊の筆記帳を手にして適当に開くとルカに手渡す。
「どうぞこちらをご覧になってください。王女が書き残したものです」
「まさか帝国の皇太子殿下が自らおいでになるとは」
皮肉にも受け取れたが、ルカは真摯に答えた。
「ここにはそれだけの価値があると考えています」
「価値? それはサイオンの王女の価値ですか?」
「あなたとは話さなければならないことがある。でも、今は一刻も早くスー王女に会わせていただきたい。彼女が無事であることを確認させてください」
見たところ案内された室内にはスーの気配がない。ホールのような広さのある部屋には、大きな卓と椅子だけが整然と並んでいる。サイオン様式の調度は穏やかだが、まるで会議でも行うためにある部屋のように生活感がなかった。
女は何か言いたげにも見えたが、一文字に唇を引き結ぶと頷いて踵を返した。
「ご案内いたします」
ホールのような部屋の奥に、入ってきた時と同じような扉があった。ルカはレオンと警護の兵をホールに残し、ガウスと数人の兵だけを連れて部屋を出る。再び奥へと暗い地下道が続いていた。女が通路の床に置かれていたランタンを手にする。石と木で造られた壁面がぼんやりと照らされた。目視では通路の先は闇に沈んでいて見通せない。スーがいる場所までには少し距離がありそうだった。
通路は一本道で一度だけ三叉路のように分岐する。分かれ道を左へ曲がってさらに進むと行き止まりに木製の扉が見えてきた。ひっそりとした隠れ家のように小さな扉だった。
扉の前にたどりつくとフェイと名乗った女が振り返る。
「こちらです」
彼女はルカたちが警戒するまもなく、小さな木製の扉を押しひらく。さっきのホールと同様に室内は照明で明るいが、白色ではなく暖色の緩やかな光だった。サイオンの文化を感じさせる小さな部屋だったが、やはり生活感がない。一時的に作られた部屋だというのが見てとれた。
さきほどのホールとは比べ物にならない狭い部屋には、奥に寝台と小さな棚だけがある。
寝台に横たわる人影が視界に入った途端、ルカは意識が奪われた。ほどかれた艶やかな黒髪が、寝台からこぼれ落ちている。ルカは迷わず彼女の元へ駆け寄った。
「スー」
けれど、存在を感じて良かったと安堵できたのは束の間だった。次の瞬間には全てが覆される。
「これは……」
血の気のない蒼白な顔。薄く開かれた目はルカが近づいても動かない。ルカの軍装に施されている唯一無二の麗眼布の意匠を示しても、何の変化もなかった。無表情のままで、赤い瞳が何もうつしていないのがわかる。まるで生気が感じられない。暖色の光に照らされて、肌の白さだけがぼうっと浮かび上がる。
生きていることを疑いたくなるような異質さがあった。
ルカは温もりを確かめるように彼女の頬に触れる。
「ーーっ」
ひやりとした質感が指先から伝わり、ルカの背筋を凍らせる。失われている体温にゾッと肌が粟立った。
最悪の再会を予感して、ルカの鼓動が早鐘のように鳴り始めた。足元から崩れそうな動揺に襲われて息が苦しくなる。
「……これは」
ルカは傍で無表情に佇んでいるフェイと名乗った女を見た。無表情に立っているだけなのに、横たわるスーよりも圧倒的に生きている気配がする。
「もう手遅れたっだのか?」
「手遅れ? いいえ。王女はもう目覚めることはありませんが大丈夫です。まだサイオンの王女として、クラウディアでの責務は果たせます」
「ーー何を言っている?」
絶望に足元を掬われそうになりながら、ルカは言葉を振り絞る。
「どういう意味だ?」
女ーーフェイは無感動に続けた。
「第零都、あるいは第七都で天女として起動することは可能です。むしろ、そうしなければいずれはこのまま死んでしまうでしょう」
「ふざけるな! 彼女は装置ではない!」
聞くに耐えない結論だった。激昂するルカに狼狽えることもなく、フェイを生真面目に答える。
「ふざけてはおりません。心配されずとも、天女となる王女はそう簡単に死んだりはしません」
「こんな状態で取り戻して、何の意味がある?」
「意味? 皇太子殿下こそおかしなことをおっしゃいます。王女はクラウディアの礎となる使命を全うできる。それだけで充分取り戻す意味があるのでは?」
「私はスーを帝国の生贄にするために迎えに来たのではない!」
フェイの顔には驚きが浮かんでいた。
「まさか帝国の悪魔と名高い皇太子殿下がそのようなことを仰るとは。なるほど、王女は本当に殿下を慕っていたのですね」
うそぶくように言うと、フェイは寝台の横にある棚に目を向けた。無造作に置かれていた一冊の筆記帳を手にして適当に開くとルカに手渡す。
「どうぞこちらをご覧になってください。王女が書き残したものです」
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