帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜

長月京子

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第二十一章:サイオンの希望

126:天女の複製フェイ・サイオン

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 レオンの手引きに従い、ルカはスーを救出に向かうことを決断した。ルキアもガウスも心から快諾していないだろう。わかっていても、すでにルカの胸の内に築かれていた忍耐は決壊していた。

 全てが罠で、もし自分が立場を失うことになっても、この決断を後悔することはない。

 猜疑心によって真実を見失い、救えるはずだったスーを見捨てるようなことになれば、ルカは自分を呪いながら生きることになる。

 そんな自身への嫌悪を抱いたまま、次代の皇帝がつとまるとも思えなかった。

 幸い自分の周りには恵まれた人材が集まっている。レオンが皇帝を支持しているのであれば、万が一ルカが失脚しても、彼らがレオンを導いてくれる。ディオクレアの野望を摘む機会や方法が失われるわけではない。

 パルミラの地に降り立ち、目的の場所へと向かいながら、ルカは幾度も自分にそう言い聞かせていた。

「こちらです」

 レオンが協力者となるフェイの元へとルカ達を案内する。彼らはルカの警護に必要な人間が同行することを拒むこともない。ガウスをはじめ警護の兵を連れて飛空艇から下船した。一行がパルミラの荒れた陸路を歩いたのはわずかで、すぐに地下道に入った。

 サイオンの古代遺跡を彷彿とさせる石造りの壁面が続く。遺跡とは異なり要所に太い木が柱のように埋め込まれている。光を供給するような動力も働いていない。地下道の決められた場所にランタンが置かれ、その灯りが等間隔に揺れていた。レオンはその中の一つを手に持って先導する。

 ルカの隣で周囲に警戒しながら歩くガウスが、感嘆しながら壁面や木の表面を掌でなでる。

「まさか地下にこれほどの道が作られているとは……」

「いつ作られたものなのだろうな」

 地下道は網の目のように複雑に入り組んでいる。サイオンの遺跡を踏襲しているようにも見えるが、パルミラにもともと遺跡があったのか、あるいは抑制機構を逃れたサイオの者が築いたものなのか。ルカには判断ができない。

「レオン」

 ルカは前を歩く小柄な背中に声をかけた。

「どうかなさいましたか?」

 レオンは歩みを止めることなく、ルカを振り返る。

「この地下道のことを、ディオクレア大公は知っているのか」

「フェイの話では全容を知るのは自分たちだけだと。ただ大公にも公開している部分はあるようです」

「では、存在は知っているのだな」

「はい」

 おそらくルクス総帥であるテオドラが得た動画に映っていた未知の鉱石にも、この地下道はどこかで繋がっているはずである。

「ガウス」

「はい、閣下」

 パルミラに降り立つにあたって、ルカは軍装を選んだ。リンに贈られた天女の麗眼布の意匠がほどこされた軍服である。元帥としての徽章きしょうや肩章で彩られているため、ガウスも兵がいる手前、元帥の軍装に合わせて、ルカに対する呼称を閣下に変えたようだった。

「リン殿の現在地は把握しているのか」

「はい、あれから飛空艇にお戻りになられた様子はありません」

 レオンの訴えを受け入れると決断した後、ルカはもう迷わなかった。危篤といっても良いスーを救うためには一刻を争うのだ。逡巡する時間すら惜しんで速やかに行動に出た。リンに事情を打ち明けておくべきかは悩んだが、レオンの提案は彼の描く筋道にはない新たな道だった。リンとは異なる道で奪還すると決めた以上、彼を頼るべきではない。

 リンは天女の設計デザインーーサイオンの抑制機構から外れた者を見逃さないと豪語しているのだ。フェイという女性に何を企むかもわからない。サイオンの希望となる女性の所在は、リンに秘めることが可能であれば、できるだけ隠しておきたかった。

 ルカとしては本人に気づかれないように、飛空艇にリンを拘束しておきたいというのが本音である。

「まだ飛空艇に戻っていないか……。気になるな」

「はい。しかしパルミラは広大です」

「引き続き監視を続けるしかない。できれば飛空艇にうまく足止めしておきたいが」

「はい」

「だが、リン殿はそう甘くはないだろう。少しでも時間稼ぎができればいいが……」

 ガウスもルカの意図を理解していた。けれど敵地に乗り込むような今の状況では、リンだけではなくすべてに警戒が必要だった。もっとも注意すべきは、やはりディオクレアの監視である。

 レオンを信じると決めたが、大公の眼が潜んでいる可能性は排除できない。

 ディオクレアにとって、皇太子がサイオンの王女を取り戻すということは、大公家の破滅につながる行為だろう。
 サイオンの真実を知り、すでに皇帝に己の野望を暴露したに等しい状況である。ディオクレアも全てを賭けて野望の実現に臨んでいるのだ。後戻りできない場所に立っているのは明らかだった。

 ルカは皇帝軍の兵を地下道の途中に見張りのように配置しながら進む。偵察隊には精鋭をはじめ、多くの兵が参加しているため人員には不足しない。

(必ず、スーを救い出して帰る……)

 彼女の安否を思い、焦る気持ちを抑えることもせずルカは地下道を進む。ここまで来れば、もう募る焦燥を隠すこともない。

 極度の緊張のせいか時間の感覚を失っていたが、半時間ほど進んだところでレオンが細く入り組んだ通路へと入った。

「もうすぐです、兄上。この先でフェイが待っています」

「スーは一緒なのか?」

「ーーはい」

 ランタンの灯に照らされたレオンの表情にも緊張が見てとれる。ルカも気を引き締めた。スーを救い出すと同時に、ルカにとっては次の戦いのはじまりでもある。

 天女の呪縛からサイオンを開放するための道。
 この先にサイオンの抑制機構を逃れた者が在るのなら、必ずその希望を掴みとらなければならない。

「こちらです、兄上」

 細い通路から広い空間へと出ると、目の前には巨大な扉があった。クラウディアでは見る機会のすくない装飾が施されている。扉は木製で複雑な模様が彫られている。幾何学的にも見えるが、民族的な穏やかさも感じられる意匠。壮麗な扉はサイオンの様式美で作られていた。

 警護の者が警戒の配置につくと、レオンが扉に触れる。

 ゆっくりと開かれた扉から光が漏れてくる。向こう側は照明の光で明るい。室内は石の壁ではなく木の温かみが感じられる異国情緒に溢れる部屋だった。すぐに室内にたたずむ女が視界に入る。

 スーと同じ顔貌かおかたち。見慣れているはずなのに何かが異なっている。女は初めてリンと対面した時と同じ飾り気のない無彩色の衣装をまとっていた。後ろで一つにまとめた長い黒髪が、深く頭をさげた女の肩を流れ落ちる。

「ようこそ、帝国クラウディアの皇太子殿下」

 親しみのない響きをしていたが、それは耳になじむ慣れた声だった。
 スーとうり二つの女。

「私はフェイ・サイオンと申します」
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