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第二十一章:サイオンの希望
124:第二王子レオンの訴え
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ガウスの冗談を聞き流しながら、ルカがパルミラの海岸線へ目を向けると船橋に報告が入った。軍の乗組員がやってきて、ガウスに何かを手渡して耳打ちしている。さっきまでの朗らかさが別人のように、彼の顔が精悍で険しい表情になった。
その様子だけで、ルカはじりじりと嫌な予感を抱く。
「殿下、レオン殿下から書面が届いております」
ガウスが緊張した面持ちで歩み寄ってくる。
「レオンから? 本物か?」
「こちらをご覧ください」
ガウスも戸惑っているのがわかる。ルカは手渡された書面に目を向けた。走り書きのような筆跡でしたためられた直筆の手紙だった。本物であると主張するかのように、皇家の印と本人の血判があった。
文面からもただならぬ雰囲気が漂っている。火急の要件だと繰り返し、猶予がないと言いたげな切羽詰まったレオンの心情が読み取れた。
「わざわざ書面で……」
端末からの発信を避けることには、何か理由があるはずである。
「どうやら飛空艇の停泊している近くの海岸線までおいでになっているようで……」
「レオンが自ら?」
「単身で護衛もつけていないようなのですが」
ルカはもう一度書面を眺める。迷っていても仕方がない。
「本当に本人なら皇族だが容赦できないと伝え、身体検査をして拘束しろ。レオンがそれを許容するなら私が話を聞く」
「承知しました」
屈辱的な扱いだと思うかもしれないが、それで単身でやってきたというレオンの真実と覚悟も測れるだろう。
「レオン殿下の元へは私が参ります」
ガウスが敬礼してから船橋を出た。ルカは船橋から臨める海岸線から様子を伺えないかと窓の外を振り返る。船橋の高度のせいで飛空艇の船体付近の沿岸が見えない。遠景につづく海岸線には、それらしき人の気配がなかった。
レオンの訪問の意味を考えてみるが、ルカには適当な理由が思いつかない。いつも皇帝に肯定的な発言が目立つが、立ち位置としてはディオクレアの傀儡と言っても良い立場である。
会見日に立ち会う形で顔を合わせるならまだしも、こんなに突然レオンが登場するのは予想外だった。罠かとも考えてみるが、単身で乗り込んでくる不自然さが拭えない。まるで突然目の前に築かれた、出口の見えない迷路のような存在感である。
ルカは素直に端末からルキアに連絡をとった。皇家や帝国貴族の動向は、彼ならぬかりなく手にしている。助言を期待して端末からルキアに現状を伝えていると、ガウスが船橋に戻ってきた。
「レオン殿下を拘束しました」
報告を受けて、ルカはますます不穏な心持ちになる。錘を飲み込んだように気持ちが重くなったが、放置もできない。じわじわと憂慮が広がるのを感じながら、端末にうつるルキアと視線を交わした。彼が頷くのを見て、すこし余裕を取り戻す。
「ガウス、ご苦労だった。とりあえずレオンの話を聞いてみよう」
「はい、ご案内します」
ガウスからもすっかり陽気な様子が失われている。ルカは端末を手にしたまま、気持ちを切り替えるように深く息をつくと席を立った。先導するガウスについて船橋を出ると、レオンが拘束されている船室へ向かう。
広大な飛空艇の通路をわたり、ルカがレオンを拘束した船室へ入ると、彼ははじかれたように立ち上がった。ガウスは第二皇子である彼に配慮したのだろう。手枷や足枷などの拘束具は使用していないようだ。
用意した船室も賓客の護送に使用される特別室である。
「元帥閣下、やはりおいでになっておられた」
レオンは瞳を潤ませる勢いでルカの登場に安堵したように見える。小柄で線の細い、妖精のような皇子。
腹違いではあったが、ともに母親が金髪だったせいか髪色はルカとよく似ている。瞳の色は異なり、父であるカリグラとよく似た翡翠のような緑だった。
まるで身分を隠すような目立たない衣装のせいだろうか。公の場で会うときに気弱な印象を感じたことがなかったが、今のレオンには罠にかかった獲物のような心細さがあった。
「今はその肩書きでここにはない。ルカでいい」
ルカが彼の向かいのソファにかけると、レオンが突然その場に平伏した。
「ルカ殿下、申し訳ありません」
いきなりの謝罪に思考が追い付かない。ルカは傍らに立つガウスの顔を見たが、彼も小さく首を横に振るだけだった。
「レオン、いったいどういうつもりだ」
「僕が無知で、取り返しのつかないことをしてしまいました」
相当うろたえているのか、レオンは対面を繕う余裕もないようだ。
「まさか、こんなことになるなんて」
「レオン。落ち着いて話そう。おまえの言っていることはまったく要領を得ない。顔をあげてソファにかけろ。そして要件を言え。なぜここに来た?」
ガウスが近づいてレオンの手を取ると、座るように促している。レオンはソファにかけると信じられないことを告げた。
「ルカ殿下に、いえ、兄上にスー王女を救い出してほしいのです」
ルカは言葉を失いかけたが、なんとか冷静に絞り出す。
「王女と話し合うために私がここに来ていることは、おまえも理解していると思っていたが? それに大公の演説では真逆のことを言っていた。その上での発言なら、どういうことか説明してほしい」
「スー王女は兄上のことを愛しておられます」
はっきりと告げて、レオンがうなだれたように俯いた。
「なのに、僕は何も知らず皇帝陛下にお二人の婚約破棄を乞う発言をしました」
「何も知らなかった?」
ルカの胸にざわりと一筋の苛立ちがよぎる。スーの偽物を使ってまで公にした虚偽の演出。知らなかったで済まされるような簡単な問題ではないと、レオンを責めたくなる。喉元まで彼への批難が競り上がってきたが、ルカは飲みこんだ。
「申し訳ありません。でも、僕は本当に知らなかったのです。フェイに全てを明かされるまで、兄上とスー王女の不仲を信じていました」
ディオクレア側にあるなら、それが当然の情報だろう。レオンがそう思い込まされていたのは道理とも言える。
「フェイとは誰だ?」
「大公の演説で王女の代わりをつとめていた女性です」
膝の上に置いていたレオンの手がぎゅっと拳に握られる。
「まさかスー王女がフェイと入れ替わっていたなんて知らなかったのです。……ディオクレア大公は僕にスー王女をお救いしたいと言っていた。なのに、それが兄上から王女を奪う企みだったなんて」
「フェイという女性が、おまえにそう言ったのか」
「はい」
ルカは気持ちを平静に保つよう意識しながら問いかける。
「スーは無事なのか?」
膝の上で拳に握られていたレオンの手が、さらなる力が込められたのかぶるぶると小刻みに震えはじめた。
「僕がフェイに事実を打ち明けられて、本物のスー王女を見た時はまだ意識がありました。かなり衰弱しておられましたが、兄上を思って泣いておられました」
その様子だけで、ルカはじりじりと嫌な予感を抱く。
「殿下、レオン殿下から書面が届いております」
ガウスが緊張した面持ちで歩み寄ってくる。
「レオンから? 本物か?」
「こちらをご覧ください」
ガウスも戸惑っているのがわかる。ルカは手渡された書面に目を向けた。走り書きのような筆跡でしたためられた直筆の手紙だった。本物であると主張するかのように、皇家の印と本人の血判があった。
文面からもただならぬ雰囲気が漂っている。火急の要件だと繰り返し、猶予がないと言いたげな切羽詰まったレオンの心情が読み取れた。
「わざわざ書面で……」
端末からの発信を避けることには、何か理由があるはずである。
「どうやら飛空艇の停泊している近くの海岸線までおいでになっているようで……」
「レオンが自ら?」
「単身で護衛もつけていないようなのですが」
ルカはもう一度書面を眺める。迷っていても仕方がない。
「本当に本人なら皇族だが容赦できないと伝え、身体検査をして拘束しろ。レオンがそれを許容するなら私が話を聞く」
「承知しました」
屈辱的な扱いだと思うかもしれないが、それで単身でやってきたというレオンの真実と覚悟も測れるだろう。
「レオン殿下の元へは私が参ります」
ガウスが敬礼してから船橋を出た。ルカは船橋から臨める海岸線から様子を伺えないかと窓の外を振り返る。船橋の高度のせいで飛空艇の船体付近の沿岸が見えない。遠景につづく海岸線には、それらしき人の気配がなかった。
レオンの訪問の意味を考えてみるが、ルカには適当な理由が思いつかない。いつも皇帝に肯定的な発言が目立つが、立ち位置としてはディオクレアの傀儡と言っても良い立場である。
会見日に立ち会う形で顔を合わせるならまだしも、こんなに突然レオンが登場するのは予想外だった。罠かとも考えてみるが、単身で乗り込んでくる不自然さが拭えない。まるで突然目の前に築かれた、出口の見えない迷路のような存在感である。
ルカは素直に端末からルキアに連絡をとった。皇家や帝国貴族の動向は、彼ならぬかりなく手にしている。助言を期待して端末からルキアに現状を伝えていると、ガウスが船橋に戻ってきた。
「レオン殿下を拘束しました」
報告を受けて、ルカはますます不穏な心持ちになる。錘を飲み込んだように気持ちが重くなったが、放置もできない。じわじわと憂慮が広がるのを感じながら、端末にうつるルキアと視線を交わした。彼が頷くのを見て、すこし余裕を取り戻す。
「ガウス、ご苦労だった。とりあえずレオンの話を聞いてみよう」
「はい、ご案内します」
ガウスからもすっかり陽気な様子が失われている。ルカは端末を手にしたまま、気持ちを切り替えるように深く息をつくと席を立った。先導するガウスについて船橋を出ると、レオンが拘束されている船室へ向かう。
広大な飛空艇の通路をわたり、ルカがレオンを拘束した船室へ入ると、彼ははじかれたように立ち上がった。ガウスは第二皇子である彼に配慮したのだろう。手枷や足枷などの拘束具は使用していないようだ。
用意した船室も賓客の護送に使用される特別室である。
「元帥閣下、やはりおいでになっておられた」
レオンは瞳を潤ませる勢いでルカの登場に安堵したように見える。小柄で線の細い、妖精のような皇子。
腹違いではあったが、ともに母親が金髪だったせいか髪色はルカとよく似ている。瞳の色は異なり、父であるカリグラとよく似た翡翠のような緑だった。
まるで身分を隠すような目立たない衣装のせいだろうか。公の場で会うときに気弱な印象を感じたことがなかったが、今のレオンには罠にかかった獲物のような心細さがあった。
「今はその肩書きでここにはない。ルカでいい」
ルカが彼の向かいのソファにかけると、レオンが突然その場に平伏した。
「ルカ殿下、申し訳ありません」
いきなりの謝罪に思考が追い付かない。ルカは傍らに立つガウスの顔を見たが、彼も小さく首を横に振るだけだった。
「レオン、いったいどういうつもりだ」
「僕が無知で、取り返しのつかないことをしてしまいました」
相当うろたえているのか、レオンは対面を繕う余裕もないようだ。
「まさか、こんなことになるなんて」
「レオン。落ち着いて話そう。おまえの言っていることはまったく要領を得ない。顔をあげてソファにかけろ。そして要件を言え。なぜここに来た?」
ガウスが近づいてレオンの手を取ると、座るように促している。レオンはソファにかけると信じられないことを告げた。
「ルカ殿下に、いえ、兄上にスー王女を救い出してほしいのです」
ルカは言葉を失いかけたが、なんとか冷静に絞り出す。
「王女と話し合うために私がここに来ていることは、おまえも理解していると思っていたが? それに大公の演説では真逆のことを言っていた。その上での発言なら、どういうことか説明してほしい」
「スー王女は兄上のことを愛しておられます」
はっきりと告げて、レオンがうなだれたように俯いた。
「なのに、僕は何も知らず皇帝陛下にお二人の婚約破棄を乞う発言をしました」
「何も知らなかった?」
ルカの胸にざわりと一筋の苛立ちがよぎる。スーの偽物を使ってまで公にした虚偽の演出。知らなかったで済まされるような簡単な問題ではないと、レオンを責めたくなる。喉元まで彼への批難が競り上がってきたが、ルカは飲みこんだ。
「申し訳ありません。でも、僕は本当に知らなかったのです。フェイに全てを明かされるまで、兄上とスー王女の不仲を信じていました」
ディオクレア側にあるなら、それが当然の情報だろう。レオンがそう思い込まされていたのは道理とも言える。
「フェイとは誰だ?」
「大公の演説で王女の代わりをつとめていた女性です」
膝の上に置いていたレオンの手がぎゅっと拳に握られる。
「まさかスー王女がフェイと入れ替わっていたなんて知らなかったのです。……ディオクレア大公は僕にスー王女をお救いしたいと言っていた。なのに、それが兄上から王女を奪う企みだったなんて」
「フェイという女性が、おまえにそう言ったのか」
「はい」
ルカは気持ちを平静に保つよう意識しながら問いかける。
「スーは無事なのか?」
膝の上で拳に握られていたレオンの手が、さらなる力が込められたのかぶるぶると小刻みに震えはじめた。
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