122 / 170
第二十一章:サイオンの希望
122:教訓地区パルミラ
しおりを挟む
軍の飛空艇が教訓地区パルミラの沿岸に着水した。わずかな振動を感じながら、ルカは船橋から海岸線に目を向ける。
皇太子と王女の会見日が決定した翌日に、偵察隊は帝都を出発した。速やかな行動はガウスの手腕によるものだった。
軍の偵察隊に動向してルカとリンも秘密裏に現地入りを果たす。表向きは会見日に到着することになっているが、それまでに何としてもスーを取り戻さなくてはならない。
着水した飛空艇は減速を続け、パルミラの陸に続く岩礁に添って停泊する。
ルカの幼少期に、カリグラによって放たれた「クラウディアの粛清」の爪痕が、海岸から続く土地にも色濃く残っていた。人々が住めるような復興はなされず、焼かれた街並みは苔むし、根を張った植物が浸食している。豊かに生い茂った木々があちこちで歪な塔を形成していた。
自然の再生力が一面を緑に彩り、廃墟のあとを謳歌する植物の力強さだけが際立つ。
人が住む気配はなく、海岸線から臨むと、まるで無人島のようにも見えた。
本来は元帥として軍を率いるルカは、王女との会見にあたって、後日皇太子としてパルミラに訪問する予定となっている。そのため偵察隊の指揮は元帥補佐官のガウス・ネルバに一任されていた。ひときわ目立つ立派な体躯で船橋の中央に立ち、ガウスが端末に入る各配置からの報告を受けている。
「殿下、リン殿からも連絡が入っております」
ガウスが軍服をまとっても逞しさの目立つ身体をこちらに向けて告げた。
「つないでくれ」
ルカが自身の端末に目を向けると、画面上に艇内の一室を背景に映しながらリンが現れた。
「殿下、僕はすこし付近を散策したいのですが、許可はいただけますか?」
「スーを救出に向かうのであれば、私もご一緒します」
「到着早々にそれはないでしょう」
リンは笑っている。
「僕がもつパルミラの情報は机上のものです。現実的な地理感が足りないので、すこし見て回りたいだけですよ」
ルカの胸中でリンを一人にする懸念が高まるが疑う理由もない。
「わかりました。手配します。念の為、警護の者をつけますので」
「ありがとうございます。すぐに戻りますので。ご心配なく」
「ディオクレア大公の監視には充分気を付けて下さい」
「心得ていますよ。では殿下、また後ほど」
リンはあっさりと端末を閉じてしまう。ルカはすぐに傍らのガウスを見た。
「彼の監視は万全か」
「はい。リン殿の現在地を把握する準備は整っています。軍の地方管轄の者を陸路からパルミラへ派遣して配置させていますし、彼の付近には精鋭もつけています」
ガウスが素早くリンの外出について手配するように、端末から乗組員に通達している。
「ありがとう、ガウス。彼がパルミラに地理感がないのは事実だろう。大公はサイオンを抑制する手段を講じているだろうし、いくらリン殿でも到着早々大胆な動きはできないと思いたいが」
「はい。大丈夫ですよ、殿下。我が軍の精鋭は甘くない。それにサイオンの動きについては、皇帝陛下主導の元あらゆる方面から監視が成されておりますので、殿下がそれほど懸念することはありません」
力強く笑ってくれるガウスを見ながら、ルカはふっと肩から力を抜いた。自嘲的に小さく笑ってしまう。
「私は未熟だな。やはりユリウス陛下は、私よりもはるか先を見据えて歩んでおられる」
「そうですな。しかし、陛下がそうご決断できたのは、殿下が同じ希望を抱いていると気づかれたからです。殿下がサイオンの残した遺跡を脅威に思い、また第零都の真実を憂い、そこから築いてきた軌跡があっての陛下のご決断でしょう」
「陛下はいつも、私の肩の荷を軽くしてくれる」
「それはお互い様ではありませんかな」
ガウスは朗らかに笑っている。
「私は殿下が打ち明けてくださった時、嬉しくてたまりませんでしたよ。ようやく殿下が自ら助けを求めてくれたのかと」
彼の様子に心なしか喜色が漏れているのはルカの思い違いではないだろう。ガウスはいつでも温厚で朗らかだが、声がいつもにまして弾んでいる。
「カリグラ様と戦う決意を明かされた時と同じくらい、いえ、それ以上に私は感銘を受けました」
「大袈裟だな」
「お父上の時は皇帝陛下のためであり、クラウディアのためでした。でも今回は殿下自身のご希望のためです。これは大いに喜ぶべきことかと」
「だが、とてつもなく無謀な希望だ」
「でも殿下は諦めておられない」
ガウスは嬉しそうだった。思えば自分のために何かを乞うことがなかったのだと気づく。
物心ついてから今まで。
スーに出会うまで。
ルカの立つ世界は色彩を欠いていた。
ガウスがそんな自分を案じていたことはうすうす気づいていた。けれど、ルカにはずっと受け入れることのできない危惧だった。彼の心配に気づかぬふりをして、無彩色に感じる世界で気丈に立っていた。立っていたつもりだったのだ。
「でも、まさか陛下がおまえと宰相にサイオンのことを打ち明けていたとは思わなかったな」
ルカの脳裏に帝都を発つ前の一幕が蘇る。ガウスとルキアに意を決してサイオンの機密を告白した場面。思い返すだけで、その時の緊張感がよぎる。
皇太子と王女の会見日が決定した翌日に、偵察隊は帝都を出発した。速やかな行動はガウスの手腕によるものだった。
軍の偵察隊に動向してルカとリンも秘密裏に現地入りを果たす。表向きは会見日に到着することになっているが、それまでに何としてもスーを取り戻さなくてはならない。
着水した飛空艇は減速を続け、パルミラの陸に続く岩礁に添って停泊する。
ルカの幼少期に、カリグラによって放たれた「クラウディアの粛清」の爪痕が、海岸から続く土地にも色濃く残っていた。人々が住めるような復興はなされず、焼かれた街並みは苔むし、根を張った植物が浸食している。豊かに生い茂った木々があちこちで歪な塔を形成していた。
自然の再生力が一面を緑に彩り、廃墟のあとを謳歌する植物の力強さだけが際立つ。
人が住む気配はなく、海岸線から臨むと、まるで無人島のようにも見えた。
本来は元帥として軍を率いるルカは、王女との会見にあたって、後日皇太子としてパルミラに訪問する予定となっている。そのため偵察隊の指揮は元帥補佐官のガウス・ネルバに一任されていた。ひときわ目立つ立派な体躯で船橋の中央に立ち、ガウスが端末に入る各配置からの報告を受けている。
「殿下、リン殿からも連絡が入っております」
ガウスが軍服をまとっても逞しさの目立つ身体をこちらに向けて告げた。
「つないでくれ」
ルカが自身の端末に目を向けると、画面上に艇内の一室を背景に映しながらリンが現れた。
「殿下、僕はすこし付近を散策したいのですが、許可はいただけますか?」
「スーを救出に向かうのであれば、私もご一緒します」
「到着早々にそれはないでしょう」
リンは笑っている。
「僕がもつパルミラの情報は机上のものです。現実的な地理感が足りないので、すこし見て回りたいだけですよ」
ルカの胸中でリンを一人にする懸念が高まるが疑う理由もない。
「わかりました。手配します。念の為、警護の者をつけますので」
「ありがとうございます。すぐに戻りますので。ご心配なく」
「ディオクレア大公の監視には充分気を付けて下さい」
「心得ていますよ。では殿下、また後ほど」
リンはあっさりと端末を閉じてしまう。ルカはすぐに傍らのガウスを見た。
「彼の監視は万全か」
「はい。リン殿の現在地を把握する準備は整っています。軍の地方管轄の者を陸路からパルミラへ派遣して配置させていますし、彼の付近には精鋭もつけています」
ガウスが素早くリンの外出について手配するように、端末から乗組員に通達している。
「ありがとう、ガウス。彼がパルミラに地理感がないのは事実だろう。大公はサイオンを抑制する手段を講じているだろうし、いくらリン殿でも到着早々大胆な動きはできないと思いたいが」
「はい。大丈夫ですよ、殿下。我が軍の精鋭は甘くない。それにサイオンの動きについては、皇帝陛下主導の元あらゆる方面から監視が成されておりますので、殿下がそれほど懸念することはありません」
力強く笑ってくれるガウスを見ながら、ルカはふっと肩から力を抜いた。自嘲的に小さく笑ってしまう。
「私は未熟だな。やはりユリウス陛下は、私よりもはるか先を見据えて歩んでおられる」
「そうですな。しかし、陛下がそうご決断できたのは、殿下が同じ希望を抱いていると気づかれたからです。殿下がサイオンの残した遺跡を脅威に思い、また第零都の真実を憂い、そこから築いてきた軌跡があっての陛下のご決断でしょう」
「陛下はいつも、私の肩の荷を軽くしてくれる」
「それはお互い様ではありませんかな」
ガウスは朗らかに笑っている。
「私は殿下が打ち明けてくださった時、嬉しくてたまりませんでしたよ。ようやく殿下が自ら助けを求めてくれたのかと」
彼の様子に心なしか喜色が漏れているのはルカの思い違いではないだろう。ガウスはいつでも温厚で朗らかだが、声がいつもにまして弾んでいる。
「カリグラ様と戦う決意を明かされた時と同じくらい、いえ、それ以上に私は感銘を受けました」
「大袈裟だな」
「お父上の時は皇帝陛下のためであり、クラウディアのためでした。でも今回は殿下自身のご希望のためです。これは大いに喜ぶべきことかと」
「だが、とてつもなく無謀な希望だ」
「でも殿下は諦めておられない」
ガウスは嬉しそうだった。思えば自分のために何かを乞うことがなかったのだと気づく。
物心ついてから今まで。
スーに出会うまで。
ルカの立つ世界は色彩を欠いていた。
ガウスがそんな自分を案じていたことはうすうす気づいていた。けれど、ルカにはずっと受け入れることのできない危惧だった。彼の心配に気づかぬふりをして、無彩色に感じる世界で気丈に立っていた。立っていたつもりだったのだ。
「でも、まさか陛下がおまえと宰相にサイオンのことを打ち明けていたとは思わなかったな」
ルカの脳裏に帝都を発つ前の一幕が蘇る。ガウスとルキアに意を決してサイオンの機密を告白した場面。思い返すだけで、その時の緊張感がよぎる。
0
お気に入りに追加
515
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる