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第二十章:サイオンの真実と王女
119:守護者の真実
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皇太子と王女の会見日についてディオクレアとの交渉が進む中、ルカの私邸から姿を消していたリンが戻ってきた。
ちょうどルカも自身の職務を終えて帰宅したところだった。
ともに夕食をすませ、館の者に深刻さが伝わらないように、ルカはリンと晩酌を嗜むという雰囲気で二人の時間を作る。
とうぜん晩酌を楽しめるような気持ちではなかったが、ルカは自室に用意されたワインをグラスについでリンに進めた。
「飲むような気分ではないかもしれませんが、せっかくなのでいかがですか?」
寛いだ様子でソファに座っているリンは「結構です」と手をあげて、ルカが差し出したワインを遠慮する。
「気分の問題ではなく、僕はあまり酒に強くないので。飲んでしまうと殿下とまともに話ができなくなる」
「ーーそういえばスーも弱かったです」
「僕と彼女は同じような体質なのでしょうね」
他人事のように言いながらリンが笑う。
「スーが女帝の複製であるように、僕も複製なので」
さらりと語られた事実にルカはすぐに言葉が出てこない。リンは絶句するルカの様子を見て、面白そうに笑った。
「そんなに意外かな?」
「あり得ないとは言いませんが、驚きました」
「天女の守護者は古の女帝の肉親……まぁ、打ち明けてしまうと兄ですね。双子の」
明かされた関係はさらにルカを驚かせた。
「あなたがスーと双子?」
「はい。生物学的には二卵性双生児です。ただ複製される時期に差異があったので年齢的に叔父ということになっています」
「父親でも兄弟でもなく、なぜ叔父に?」
「その方が動きやすいので」
ルカはたしかに英断だと感じたが、一つの憶測が浮かぶ。
「では、サイオンの実権は実質あなたが握っているようなものでは?」
「ーーそうかもしれない。でも、サイオンの王家にとっては些細なことですよ」
どうでもよいと言いたげに、リンは卓上の小皿に盛られたナッツに手を伸ばし、つまんだまま指先で弄ぶ。
「とりあえず今日は僕から殿下に贈り物です」
「あなたがわたしに?」
「はい。殿下に天女の麗眼布の意匠を凝らした衣装を贈ります」
「天女の麗眼布?」
特別な意匠であることは伝わってくるが、ルカには具体的な憶測ができない。
「気休めのようなものですが、何を着ても同じなら、殿下にはパルミラでこちらを着ていただきたい」
リンは弄んでいたナッツを口に放り込むと、ソファから立ちあがった。執事のテオドールに運ばせていた大きな箱を開ける。
中には皇帝軍の軍服と、皇太子らしい華やかな衣装が各々にコーディネートされて並んでいた。
華やかさを演出する衣装はルカの瞳に合わせたアイスブルーの色合いで、生地に見事な刺繍が施されいる。クラウディア皇家の家紋とサイオンらしい意匠が交互に彩られ、美しい図柄になっていた。複雑な刺繍と装飾から、天女の麗眼布を映しとった部分があるのだと想像がつく。
けれど軍装にはこれといって目立った違いはない。新調したというだけで、いつもの見慣れた軍服が箱に収められている。
ルカが不思議に思っているのが伝わったのか、リンが軍服の上着に手をのばして前をひらいた。
「こちらは決められた軍の意匠を損なわないように一見わかりにくいですが、サイオンの者なら見わけがつく。殿下にも見わけがつくように、裏地にはそちらの意匠と同じ図柄を仕込んでみましたが」
皇太子の盛装とは異なり、軍装は裏地も地味な印象だが、よく見るとたしかに複雑な模様がほどこされている。
「これは何か意図があるのでしょうか」
ルカが率直に問うと、リンはほほ笑む。
「ないとは言えませんが、さっきも言ったように気休めですよ。天女の麗眼布は……、何といえばいいかな、……サイオン王家の意匠の進化系とでも言うべきですかね」
ルカにはまったく想像がつかない。意図が読めずにいると、リンは再び卓上の小皿からナッツをとり口にふくんだ。まるで深刻さが感じられない様子だったが、ルカには不吉な予感がする。
噛み砕いたナッツを飲みこんで、リンは日常的な話をするような口調でつづけた。
「ーー殿下には伝えにくい話になりますが」
言いかけてから言葉を選んでいるのか、リンに一呼吸の間ができる。ルカは予感が的中したことを悟って、彼から告げられる内容に身がまえた。
「スーは既に天女としてサイオン王朝が残した遺跡に捕捉されていますよね」
「どういうことかよくわかりませんが」
「いぜん第七都の遺跡周辺でスーの身に異変があったでしょう?」
「ーーはい」
守護者であるリンは知っていたようだ。ルカは石造のように硬直したスーの様子を思いうかべる。彼女の変貌からうけた衝撃は忘れていない。あれは何を示唆していたのだろう。リンが答えあわせをしてくれるようだが、良くない意味を伴っているのがわかる。
「スーはもう後戻りできない。礎となる天女として起動……というか、覚醒してしまったようなものなので。それは言いかえれば、現在の礎となっている天女の寿命が長くはないということも示しています」
ちょうどルカも自身の職務を終えて帰宅したところだった。
ともに夕食をすませ、館の者に深刻さが伝わらないように、ルカはリンと晩酌を嗜むという雰囲気で二人の時間を作る。
とうぜん晩酌を楽しめるような気持ちではなかったが、ルカは自室に用意されたワインをグラスについでリンに進めた。
「飲むような気分ではないかもしれませんが、せっかくなのでいかがですか?」
寛いだ様子でソファに座っているリンは「結構です」と手をあげて、ルカが差し出したワインを遠慮する。
「気分の問題ではなく、僕はあまり酒に強くないので。飲んでしまうと殿下とまともに話ができなくなる」
「ーーそういえばスーも弱かったです」
「僕と彼女は同じような体質なのでしょうね」
他人事のように言いながらリンが笑う。
「スーが女帝の複製であるように、僕も複製なので」
さらりと語られた事実にルカはすぐに言葉が出てこない。リンは絶句するルカの様子を見て、面白そうに笑った。
「そんなに意外かな?」
「あり得ないとは言いませんが、驚きました」
「天女の守護者は古の女帝の肉親……まぁ、打ち明けてしまうと兄ですね。双子の」
明かされた関係はさらにルカを驚かせた。
「あなたがスーと双子?」
「はい。生物学的には二卵性双生児です。ただ複製される時期に差異があったので年齢的に叔父ということになっています」
「父親でも兄弟でもなく、なぜ叔父に?」
「その方が動きやすいので」
ルカはたしかに英断だと感じたが、一つの憶測が浮かぶ。
「では、サイオンの実権は実質あなたが握っているようなものでは?」
「ーーそうかもしれない。でも、サイオンの王家にとっては些細なことですよ」
どうでもよいと言いたげに、リンは卓上の小皿に盛られたナッツに手を伸ばし、つまんだまま指先で弄ぶ。
「とりあえず今日は僕から殿下に贈り物です」
「あなたがわたしに?」
「はい。殿下に天女の麗眼布の意匠を凝らした衣装を贈ります」
「天女の麗眼布?」
特別な意匠であることは伝わってくるが、ルカには具体的な憶測ができない。
「気休めのようなものですが、何を着ても同じなら、殿下にはパルミラでこちらを着ていただきたい」
リンは弄んでいたナッツを口に放り込むと、ソファから立ちあがった。執事のテオドールに運ばせていた大きな箱を開ける。
中には皇帝軍の軍服と、皇太子らしい華やかな衣装が各々にコーディネートされて並んでいた。
華やかさを演出する衣装はルカの瞳に合わせたアイスブルーの色合いで、生地に見事な刺繍が施されいる。クラウディア皇家の家紋とサイオンらしい意匠が交互に彩られ、美しい図柄になっていた。複雑な刺繍と装飾から、天女の麗眼布を映しとった部分があるのだと想像がつく。
けれど軍装にはこれといって目立った違いはない。新調したというだけで、いつもの見慣れた軍服が箱に収められている。
ルカが不思議に思っているのが伝わったのか、リンが軍服の上着に手をのばして前をひらいた。
「こちらは決められた軍の意匠を損なわないように一見わかりにくいですが、サイオンの者なら見わけがつく。殿下にも見わけがつくように、裏地にはそちらの意匠と同じ図柄を仕込んでみましたが」
皇太子の盛装とは異なり、軍装は裏地も地味な印象だが、よく見るとたしかに複雑な模様がほどこされている。
「これは何か意図があるのでしょうか」
ルカが率直に問うと、リンはほほ笑む。
「ないとは言えませんが、さっきも言ったように気休めですよ。天女の麗眼布は……、何といえばいいかな、……サイオン王家の意匠の進化系とでも言うべきですかね」
ルカにはまったく想像がつかない。意図が読めずにいると、リンは再び卓上の小皿からナッツをとり口にふくんだ。まるで深刻さが感じられない様子だったが、ルカには不吉な予感がする。
噛み砕いたナッツを飲みこんで、リンは日常的な話をするような口調でつづけた。
「ーー殿下には伝えにくい話になりますが」
言いかけてから言葉を選んでいるのか、リンに一呼吸の間ができる。ルカは予感が的中したことを悟って、彼から告げられる内容に身がまえた。
「スーは既に天女としてサイオン王朝が残した遺跡に捕捉されていますよね」
「どういうことかよくわかりませんが」
「いぜん第七都の遺跡周辺でスーの身に異変があったでしょう?」
「ーーはい」
守護者であるリンは知っていたようだ。ルカは石造のように硬直したスーの様子を思いうかべる。彼女の変貌からうけた衝撃は忘れていない。あれは何を示唆していたのだろう。リンが答えあわせをしてくれるようだが、良くない意味を伴っているのがわかる。
「スーはもう後戻りできない。礎となる天女として起動……というか、覚醒してしまったようなものなので。それは言いかえれば、現在の礎となっている天女の寿命が長くはないということも示しています」
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