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第二十章:サイオンの真実と王女
113:荒唐無稽な作り話
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下手に抵抗をして余計に痛い目にあうのも良くない。ルカとの婚約披露を思い出して、スーは大人しく大公ディオクレアの指示にしたがった。
異端者を見るようなディオクレアの軽薄な眼差しが気になったが、どうやら大人しく従っている限り手荒な真似はされないらしい。
用意されていた車は、長距離移動用の寝台車である。二階建ての専用車で、いくつかの個室と広間のような部分が作られている。
まるで貴族の邸宅を切り取ってきたように、内装が隅々まで美しい。
車内での世話をしてくれる使用人も用意されているのか、大公以外にも二人乗り合わせていた。
長い乗車が予感できたが、いったいどこに連れていかれるのか見当もつかない。大公の護衛なのか、自分の監視なのかわからない者が、あちこちで目を光らせていた。
けれど、車が走りだして半時間もたたないうちに、スーは当初の自分の決断を後悔していた。
(大公殿下をギタギタにしてから、なんとしてもレオン殿下のお邸から逃亡をはかるべきだったわ)
ディオクレアは車中でもサイオンの王女として、スーに敬意をはらった態度を貫いている。
物腰も穏やかで、一見すると何も恐れることはない。
問題は彼が語った荒唐無稽な話だった。
(まさかディオクレア大公殿下が、こんなに頭のおかしい方だったなんて……)
大公の話は長く、彼は車中で食事をとり、午後になるとお茶の時間をはさみながら続けられた。スーにも同じ食事が用意されたが、警戒を怠ることはできない。
手をつけずにいると、見かねたのかディオクレアは同乗している使用人に毒見をさせる。
「すべて安全です。道中は長いので食べないともちません。私はスー王女の身を預かっているのですから、御身に何かあっては大公家としても一大事です」
「わたしは何度も皇太子殿下の元へ戻りたいと申し上げました」
「あなたを生贄にしか考えていない皇太子殿下の元へ?」
皮肉げな口調だった。ディオクレアの話はすぐに壮大な作り話に戻る。
スーもはじめこそ反論してみせたが、途中からはすべてが虚しくなってしまう。
一通り聞き終える頃には、車は帝都を離れ、国境も超えていたような気がする。日中の明るさは失われ、車窓の向こう側は夜の闇にのまれていた。
「スー王女が信じたくないお気持ちは理解いたしますが、私の話はすべて真実です」
大公は満足げに笑っている。
スーには狂人の笑顔にしか見えない。本当にこんなに現実味のない話をする人間が、皇帝やルカの政敵なのだろうか。
「大公殿下が、皇帝陛下や皇太子殿下を悪辣に語りたいという意図だけは、わたしにも伝わりました」
率直に感想を述べると、大公は可笑しそうに声をあげて笑った。
「今は信じろと言う方が無理があるでしょう。しかし、あなたにもすぐにわかります」
ディオクレアは幼女に言い聞かせるように、朗らかにほほ笑む。
「スー王女、私は包み隠さずあなたにお話しすべきことを語ったまで」
狂人と断じてしまうには、大公の仕草は穏やかで貴族らしく洗練されている。車窓に掛けられた幕の向こう側をたしかめてから、彼は再びスーを見た。
「すっかり日も暮れてしまいました。今夜はもうお休みください。車中泊となりますが、お部屋をご用意しておりますので、目的地につくまでゆっくりできるかと思います」
ディオクレアはスーに一礼すると、広間のような場所から二階へと姿を消した。スーも同乗している使用人に案内されて個室へと入る。
個室も貴族の邸宅の一室ように、華やかだった。ゆるやかな花模様を模した壁面の模様は、どこか麗眼布を思わせる。馴染みを感じるかと思ったが、スーはさらに息苦しさを感じた。
スーはディオクレアの語ったことを脳内でまとめなおすが、どう受け止めてみても作り話の趣が強い。
(わたしが帝国クラウディアの生贄で、大昔の女帝の複製?)
なんど思い返しても現実味のない話だった。スーは個室で休むための支度を整えてもらい、ばさりと脱力して寝台に横たわる。
(挙句の果てに、大公殿下はわたしを救うためだと仰っていた)
信じるに値しない物語。そう思っているのに、胸の内に暗雲が広がるようにもやもやとした不安がわだかまる。
(ルカ様がずっとわたしのことを大昔の女帝の複製だと知っていて、帝国の生贄だと考えていたということ?)
スーはまさかと思う。とうてい信じられない。その考えを思考から追い出そうとするが、不安は膨らむばかりで拭えない。
大公の声は淡々と事実を語るように淀みがなかった。
(もし私がスー王女を誘拐しているのであれば、それは大問題です。皇太子殿下も皇帝陛下も黙ってはおられますまい)
言葉の端に見え隠れする、信憑性を帯びた断片。
大公が示すように、皇帝の力があれば、自分を大公家から取り戻すことは難しくないはずだった。ルカが皇帝に奏上するだろう。大公家と言えども王命に背くほどの力はない。
ないはずなのに、スーはまだここにいる。大公の元にいるのだ。
それが示唆することを思うと、スーの胸に暗い影が蔓延する。
(ーーそんことはあり得ない)
スーは寝台に横たわったまま、ぎゅっと目を閉じた。
(ルカ様に会いたい。帰りたい)
そして、途方もない作り話だと笑ってほしい。
(こんな時は麗眼布が手元にあれば……)
車に酔ったのだろうか。ディオクレアの気配がなくなり、一人になったのにスーの気持ちはさらに張りつめていた。個室に入ってから余計に気分が重くなった気がする。
憂鬱さに拍車がかかり、固く目を閉じてみても眠れそうにない。
(全部大公殿下の作り話よ)
帝国クラウディアと小国サイオンの関係。
これまでスーが知っていたことは表面上の契約でしかないのだと、ディオクレアは語った。
大公の語る話はまるで神話のように現実味がなく、恐ろしいおとぎ話に思えた。
サイオンの真実。
天女の神話に語られる古の女帝。数多の人体実験から手に入れた技術。女帝の複製。
サイオンの残した膨大な武力、動力。
そして、全てを凌駕する恐ろしい技術。サイオンという国を意のままに動かす抑制機構。
天女の設計と呼ばれる抑制機構に、自分もサイオンの人々も囚われている。
帝国クラウディアの礎となるために。
(サイオンの残した遺跡が脅威だとしても、永劫にわたって民を従わせるなんて、そんなことがあるはずがない)
眠れないまま、スーは何度も湧き上がる暗い予感を否定して夜を明かした。
異端者を見るようなディオクレアの軽薄な眼差しが気になったが、どうやら大人しく従っている限り手荒な真似はされないらしい。
用意されていた車は、長距離移動用の寝台車である。二階建ての専用車で、いくつかの個室と広間のような部分が作られている。
まるで貴族の邸宅を切り取ってきたように、内装が隅々まで美しい。
車内での世話をしてくれる使用人も用意されているのか、大公以外にも二人乗り合わせていた。
長い乗車が予感できたが、いったいどこに連れていかれるのか見当もつかない。大公の護衛なのか、自分の監視なのかわからない者が、あちこちで目を光らせていた。
けれど、車が走りだして半時間もたたないうちに、スーは当初の自分の決断を後悔していた。
(大公殿下をギタギタにしてから、なんとしてもレオン殿下のお邸から逃亡をはかるべきだったわ)
ディオクレアは車中でもサイオンの王女として、スーに敬意をはらった態度を貫いている。
物腰も穏やかで、一見すると何も恐れることはない。
問題は彼が語った荒唐無稽な話だった。
(まさかディオクレア大公殿下が、こんなに頭のおかしい方だったなんて……)
大公の話は長く、彼は車中で食事をとり、午後になるとお茶の時間をはさみながら続けられた。スーにも同じ食事が用意されたが、警戒を怠ることはできない。
手をつけずにいると、見かねたのかディオクレアは同乗している使用人に毒見をさせる。
「すべて安全です。道中は長いので食べないともちません。私はスー王女の身を預かっているのですから、御身に何かあっては大公家としても一大事です」
「わたしは何度も皇太子殿下の元へ戻りたいと申し上げました」
「あなたを生贄にしか考えていない皇太子殿下の元へ?」
皮肉げな口調だった。ディオクレアの話はすぐに壮大な作り話に戻る。
スーもはじめこそ反論してみせたが、途中からはすべてが虚しくなってしまう。
一通り聞き終える頃には、車は帝都を離れ、国境も超えていたような気がする。日中の明るさは失われ、車窓の向こう側は夜の闇にのまれていた。
「スー王女が信じたくないお気持ちは理解いたしますが、私の話はすべて真実です」
大公は満足げに笑っている。
スーには狂人の笑顔にしか見えない。本当にこんなに現実味のない話をする人間が、皇帝やルカの政敵なのだろうか。
「大公殿下が、皇帝陛下や皇太子殿下を悪辣に語りたいという意図だけは、わたしにも伝わりました」
率直に感想を述べると、大公は可笑しそうに声をあげて笑った。
「今は信じろと言う方が無理があるでしょう。しかし、あなたにもすぐにわかります」
ディオクレアは幼女に言い聞かせるように、朗らかにほほ笑む。
「スー王女、私は包み隠さずあなたにお話しすべきことを語ったまで」
狂人と断じてしまうには、大公の仕草は穏やかで貴族らしく洗練されている。車窓に掛けられた幕の向こう側をたしかめてから、彼は再びスーを見た。
「すっかり日も暮れてしまいました。今夜はもうお休みください。車中泊となりますが、お部屋をご用意しておりますので、目的地につくまでゆっくりできるかと思います」
ディオクレアはスーに一礼すると、広間のような場所から二階へと姿を消した。スーも同乗している使用人に案内されて個室へと入る。
個室も貴族の邸宅の一室ように、華やかだった。ゆるやかな花模様を模した壁面の模様は、どこか麗眼布を思わせる。馴染みを感じるかと思ったが、スーはさらに息苦しさを感じた。
スーはディオクレアの語ったことを脳内でまとめなおすが、どう受け止めてみても作り話の趣が強い。
(わたしが帝国クラウディアの生贄で、大昔の女帝の複製?)
なんど思い返しても現実味のない話だった。スーは個室で休むための支度を整えてもらい、ばさりと脱力して寝台に横たわる。
(挙句の果てに、大公殿下はわたしを救うためだと仰っていた)
信じるに値しない物語。そう思っているのに、胸の内に暗雲が広がるようにもやもやとした不安がわだかまる。
(ルカ様がずっとわたしのことを大昔の女帝の複製だと知っていて、帝国の生贄だと考えていたということ?)
スーはまさかと思う。とうてい信じられない。その考えを思考から追い出そうとするが、不安は膨らむばかりで拭えない。
大公の声は淡々と事実を語るように淀みがなかった。
(もし私がスー王女を誘拐しているのであれば、それは大問題です。皇太子殿下も皇帝陛下も黙ってはおられますまい)
言葉の端に見え隠れする、信憑性を帯びた断片。
大公が示すように、皇帝の力があれば、自分を大公家から取り戻すことは難しくないはずだった。ルカが皇帝に奏上するだろう。大公家と言えども王命に背くほどの力はない。
ないはずなのに、スーはまだここにいる。大公の元にいるのだ。
それが示唆することを思うと、スーの胸に暗い影が蔓延する。
(ーーそんことはあり得ない)
スーは寝台に横たわったまま、ぎゅっと目を閉じた。
(ルカ様に会いたい。帰りたい)
そして、途方もない作り話だと笑ってほしい。
(こんな時は麗眼布が手元にあれば……)
車に酔ったのだろうか。ディオクレアの気配がなくなり、一人になったのにスーの気持ちはさらに張りつめていた。個室に入ってから余計に気分が重くなった気がする。
憂鬱さに拍車がかかり、固く目を閉じてみても眠れそうにない。
(全部大公殿下の作り話よ)
帝国クラウディアと小国サイオンの関係。
これまでスーが知っていたことは表面上の契約でしかないのだと、ディオクレアは語った。
大公の語る話はまるで神話のように現実味がなく、恐ろしいおとぎ話に思えた。
サイオンの真実。
天女の神話に語られる古の女帝。数多の人体実験から手に入れた技術。女帝の複製。
サイオンの残した膨大な武力、動力。
そして、全てを凌駕する恐ろしい技術。サイオンという国を意のままに動かす抑制機構。
天女の設計と呼ばれる抑制機構に、自分もサイオンの人々も囚われている。
帝国クラウディアの礎となるために。
(サイオンの残した遺跡が脅威だとしても、永劫にわたって民を従わせるなんて、そんなことがあるはずがない)
眠れないまま、スーは何度も湧き上がる暗い予感を否定して夜を明かした。
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