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第十九章:天女の守護者と皇太子
112:王女の虚言
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レオンの陽光を透かした緑条の色を思わせる瞳には、揺るぎない決意が見え隠れしていた。
「私も皇太子殿下と王女の婚約を祝福できません。ただ、これは一部報道が伝えるような、私と王女の関係を証明するものではなく、スー王女の置かれた状況を考えての発言です。皇帝陛下も皇太子殿下も外交による交易を重んじるという理念があおりです。それはサイオンという小国にも同じに貫かねばなりません。他国に等しくサイオンにも敬意を払い、スー王女の気持ちにも寄り添っていただきたいと思います」
レオンの容姿は例えるなら、まるで妖精のような美貌である。人の警戒心を和らげるあどけなさが残るが、発言は淀みなく幼いという印象はない。第二王子に相応しい堂々とした様子である。
ルカはそっと吐息をつく。レオンの言葉は相変わらず優等生な発言だった。
ディオクレアが後見しているが、レオン自身は置かれた状況や立ち位置にうとい気がしていた。彼が何かを語る時は、いつも皇帝陛下の意見を尊重する発言が目立つ。
ディクレオアの思惑であるのかもしれないが、ルカの印象としてはレオンが何を考えているのかは、いまいち読みきれない。
レオンの発言が終わると、ずっと俯いていたスーがゆっくりと顔をあげた。別人のように感情の乏しい表情をしている。
光の加減なのか、鮮やかな赤い瞳が暗くくすんで見えた。赤というよりは黒目に近い。
彼女の一文字に引き結ばれていた唇が動く。
「皇太子殿下は……」
聴き慣れた声だったが抑揚が失われている。ルカとリンが固唾を呑んで見守っていると、画面上のスーが一息に語った。
「皇太子殿下はわたくしを疎んでおられます。わたくしはこれまで立派な皇太子妃となるために、また皇太子殿下のお力になれるよう精一杯励んで参りましたが、皇太子殿下にはご理解いただけません。疎まれながら、これ以上お傍でお仕えすることは辛く耐えがたいことです。そのため、先日の婚約披露でレオン殿下に助けを求めました。レオン殿下を祝福するべき場であったのに本当に申し訳なかったと感じています。ですが、皇太子殿下のわたくしに対する監視はあつく、その契機にすがるより他に手段がございませんでした」
淀みなく無感情に、痛々しい告白をしたサイオンの王女。
追い討ちのように彼女が語る。
「皇帝陛下、どうか皇太子殿下とわたくしの婚約破棄をお考えください。それがわたくしの望みです」
情感のない声音が、余計に彼女を哀れに見せた。
作り物めいた美貌の王女。スーと同じ顔貌、声。
けれど、これはいったい誰だろうというのが、ルカの素直な感想だった。脳裏にルクス総帥であるテオドラがもたらした動画の女が過ぎった。鮮やかさのない赤い瞳も、疑似的なカラーレンズを使って黒目を隠す演出ではないのかと思える。
あるいは、これがサイオンの思想抑制を自在に扱うことの成果なのだろうか。
どちらにしても、そこにルカの知っているスーの面影はない。
「リン殿……」
向かいのソファにかけて画面に見入っているリンの横顔が、こちらを見るように角度をかえる。ルカは彼によびかける声がかすれていることで、ようやく自分が動揺していることに気づいた。
「もしスーに施されていた思想抑制を利用することができれば、このような言質を引き出すことも可能だと、そういうことでしょうか」
ルカの問いに、リンはフフッとおかしそうに笑う。
「おや? ルカ殿下にはこれがスーに見えると?」
「いえ、予想としては例の動画の女性ではないかと感じておりますが、サイオンの技術は侮れませんので」
リンは笑いながら頷く。
「そうだね。殿下の予想通りこれはスーじゃない。スーにはもっと愛嬌がある!」
冗談を語るように勢いよく言い放ってから、リンの赤い瞳がルカを見据えた。
「ルカ殿下、サイオンの思想抑制は深層に施された枷みたいなものです。本能的な恐怖や嫌悪を引き出すことはできるけど、こんなふうに理路整然とした発言をさせるような操り方はできない。僕はそう考えていますけどね」
リンの説明は腑に落ちる。的確に操れるのであればスーを奪うにあたって、婚約披露を利用するやり方はしなかったはずである。
「でも、この女もなかなか侮れないね」
リンが興味深そうに画面上の女を眺めている。ルカも改めて女を見た。
スーやリンがもつ鮮やかな赤い瞳とは異なる暗い赤眼。スーの輝くような瞳を見慣れていたルカにとっては、かえって違和感として浮かび上がる。
スーと同じ容貌を持ちながら、何もかもがまるで似ていないという印象だった。
ルカは画面の女から、何かを探るような目をしているリンの横顔を見つめた。
「侮れないというのは? サイオンの抑制から外れた天女の複製だからですか?」
「それもあるけど……」
リンは大画面に映るスーに類似した女を見つめたまま、何かを企むような顔で笑った。
それ以上は語る気がないのか何も言わない。
ディオクレアが再び何かを訴えている。これまでに小さな汚点として囁かれていた噂。
不名誉な夜の華。皇太子との不仲。
あちこちに描かれていた染みが、ディオクレアの演説によってつながり、一つの大きな絵を完成させる。
その醜悪な絵が、いったい人々の目にどのように映るのか。
(スーは無事なのだろうか)
晴れない気持ちを抱えたまま、ルカは傍に置いていた自身の端末に手を伸ばす。通信を開き、すぐにルキアと連絡をとった。
「私も皇太子殿下と王女の婚約を祝福できません。ただ、これは一部報道が伝えるような、私と王女の関係を証明するものではなく、スー王女の置かれた状況を考えての発言です。皇帝陛下も皇太子殿下も外交による交易を重んじるという理念があおりです。それはサイオンという小国にも同じに貫かねばなりません。他国に等しくサイオンにも敬意を払い、スー王女の気持ちにも寄り添っていただきたいと思います」
レオンの容姿は例えるなら、まるで妖精のような美貌である。人の警戒心を和らげるあどけなさが残るが、発言は淀みなく幼いという印象はない。第二王子に相応しい堂々とした様子である。
ルカはそっと吐息をつく。レオンの言葉は相変わらず優等生な発言だった。
ディオクレアが後見しているが、レオン自身は置かれた状況や立ち位置にうとい気がしていた。彼が何かを語る時は、いつも皇帝陛下の意見を尊重する発言が目立つ。
ディクレオアの思惑であるのかもしれないが、ルカの印象としてはレオンが何を考えているのかは、いまいち読みきれない。
レオンの発言が終わると、ずっと俯いていたスーがゆっくりと顔をあげた。別人のように感情の乏しい表情をしている。
光の加減なのか、鮮やかな赤い瞳が暗くくすんで見えた。赤というよりは黒目に近い。
彼女の一文字に引き結ばれていた唇が動く。
「皇太子殿下は……」
聴き慣れた声だったが抑揚が失われている。ルカとリンが固唾を呑んで見守っていると、画面上のスーが一息に語った。
「皇太子殿下はわたくしを疎んでおられます。わたくしはこれまで立派な皇太子妃となるために、また皇太子殿下のお力になれるよう精一杯励んで参りましたが、皇太子殿下にはご理解いただけません。疎まれながら、これ以上お傍でお仕えすることは辛く耐えがたいことです。そのため、先日の婚約披露でレオン殿下に助けを求めました。レオン殿下を祝福するべき場であったのに本当に申し訳なかったと感じています。ですが、皇太子殿下のわたくしに対する監視はあつく、その契機にすがるより他に手段がございませんでした」
淀みなく無感情に、痛々しい告白をしたサイオンの王女。
追い討ちのように彼女が語る。
「皇帝陛下、どうか皇太子殿下とわたくしの婚約破棄をお考えください。それがわたくしの望みです」
情感のない声音が、余計に彼女を哀れに見せた。
作り物めいた美貌の王女。スーと同じ顔貌、声。
けれど、これはいったい誰だろうというのが、ルカの素直な感想だった。脳裏にルクス総帥であるテオドラがもたらした動画の女が過ぎった。鮮やかさのない赤い瞳も、疑似的なカラーレンズを使って黒目を隠す演出ではないのかと思える。
あるいは、これがサイオンの思想抑制を自在に扱うことの成果なのだろうか。
どちらにしても、そこにルカの知っているスーの面影はない。
「リン殿……」
向かいのソファにかけて画面に見入っているリンの横顔が、こちらを見るように角度をかえる。ルカは彼によびかける声がかすれていることで、ようやく自分が動揺していることに気づいた。
「もしスーに施されていた思想抑制を利用することができれば、このような言質を引き出すことも可能だと、そういうことでしょうか」
ルカの問いに、リンはフフッとおかしそうに笑う。
「おや? ルカ殿下にはこれがスーに見えると?」
「いえ、予想としては例の動画の女性ではないかと感じておりますが、サイオンの技術は侮れませんので」
リンは笑いながら頷く。
「そうだね。殿下の予想通りこれはスーじゃない。スーにはもっと愛嬌がある!」
冗談を語るように勢いよく言い放ってから、リンの赤い瞳がルカを見据えた。
「ルカ殿下、サイオンの思想抑制は深層に施された枷みたいなものです。本能的な恐怖や嫌悪を引き出すことはできるけど、こんなふうに理路整然とした発言をさせるような操り方はできない。僕はそう考えていますけどね」
リンの説明は腑に落ちる。的確に操れるのであればスーを奪うにあたって、婚約披露を利用するやり方はしなかったはずである。
「でも、この女もなかなか侮れないね」
リンが興味深そうに画面上の女を眺めている。ルカも改めて女を見た。
スーやリンがもつ鮮やかな赤い瞳とは異なる暗い赤眼。スーの輝くような瞳を見慣れていたルカにとっては、かえって違和感として浮かび上がる。
スーと同じ容貌を持ちながら、何もかもがまるで似ていないという印象だった。
ルカは画面の女から、何かを探るような目をしているリンの横顔を見つめた。
「侮れないというのは? サイオンの抑制から外れた天女の複製だからですか?」
「それもあるけど……」
リンは大画面に映るスーに類似した女を見つめたまま、何かを企むような顔で笑った。
それ以上は語る気がないのか何も言わない。
ディオクレアが再び何かを訴えている。これまでに小さな汚点として囁かれていた噂。
不名誉な夜の華。皇太子との不仲。
あちこちに描かれていた染みが、ディオクレアの演説によってつながり、一つの大きな絵を完成させる。
その醜悪な絵が、いったい人々の目にどのように映るのか。
(スーは無事なのだろうか)
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