帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜

長月京子

文字の大きさ
上 下
107 / 170
第十九章:天女の守護者と皇太子

107:隠された左眼の意味

しおりを挟む
「ルカ殿下はまだご存知ではなかったようですが、秘密を知った者は我々に狩られる宿命さだめなのですよ。契約の秘匿性はサイオンが守ってきたのです。それがどのような権力者であろうと等しく粛清されます」

 サイオンの真の恐ろしさ。天女の設計デザインは完璧なのだろうか。あらゆる局面からサイオンと帝国を縛りつけている。

 信じ難い気持ちで、ルカがリンに聞き返す。

「では、ディオクレア大公家も粛清の標的に? 帝国の権力を皇帝の次に持つほどの勢力を?」

「皇帝陛下以外は僕たちには関係がありません」

 リンは機械的に答える。ユリウスが口を開いた。

「ディオクレアに対して、何か決定的な事実があったのか?」

「大公の影を捉えたのは昨日の一件です。これについては少し憶測もはさみますが、おそらく間違いないと判断します。ですが、情報の漏洩について後始末をするには、大きな問題がありますね」

「大きな問題とは?」

 ユリウスが背を預けていたカウチから、わずかに上体をおこした。

「ディオクレアについては、ある程度サイオンの情報について手に入れているのだと推測している。だが、サイオンは彼らに沈黙を守っていた。私はサイオンが手にかけないことこそが、握られた情報が大して深刻ではない証明になる、とも思っていたが」

「なるほど……、だから陛下はディオクレアを疑いながらも、決定的に動くことはされなかったのですね」

 ユリウスは何かを察したのか、目を眇めてリンを見た。

「それが仇になったと?」

「そうですね。だからといって陛下を責めるつもりはありません。これは我々サイオンの失態です」

「サイオンの失態?」

「はい。それこそ天女の設定デザインが綻ぶほどのね」

 リンが淡々とした様子で語る。まるで故意に感情を殺しているかのような平坦な調子だった。

「クラウディアが契約の漏洩を許した場合、我々は容赦無く漏洩先を抹消しますが、逆に言えばそれはサイオンにも同じことが言えます。我々は天女の設定デザインに背くものを許しません」

 ユリウスが頷いた。

「想像に難くない。君たちはそう仕組まれている」

 皇帝の声が沈んだ調子になっていた。ルカはサイオンの過酷さを改めて胸に刻む。

「ですが、残念ながら今回は大きな問題があります。我々は天女の設定デザインに背くものを野放しにしていた。天女の設定デザインを逃れたものがあるという憶測はありましたが、現実的ではなかった。不可能だと思っていたからです。万が一運良く抑制を逃れても、我々の追跡をかわせるはずがない」

 リンがルカに目を向けた。隠された左目の意味が気にかかるが、ルカは確認のために問う。

「サイオンの抑制を逃れ、追跡を振り切ったものがいる。リン殿は昨日の王宮の一件でそれを確認したと?」

 ふっとリンが自嘲的に笑った。

「なぜそんなことが可能であったのか、僕にもずっとわからなかった。我々が天女の設定デザインに背き、抑制に抗うということは、こういう事だからです」

 リンが左目の装飾を外した。顕になった左目は白目の部分が充血している。充血というよりは鬱血に近い。元の赤い瞳と白眼の見分けがつかない、赤い塊と化した異様な眼球だった。

 ルカは咄嗟に目を背けた。ユリウスも息を飲んでいる。
 リンは再び装飾で左目を隠す。

「これは僕の失態です。感情をうまくごまかせなかった代償です」

 ルカはゆっくりと顔をあげてリンを見た。彼はなんでもないと言いたげに微笑んでいる。

「感情をごまかす?」

「抑制を逃れ、我々の追跡を振り切る。もしそれが可能であるならーー、そう考えた時に僕は期待をしてしまった。天女の呪縛を外す方法があるではないかと。それで一瞬しくじったんです。裏切り者の粛清のためではなく、天女の設定デザインに背く期待がーーっ」

 言いながら、リンが左目を抑えた。激痛が走ったのか綺麗な顔を歪めいてる。

「すこし失敗するとコレです」

 リンはしばらく痛みを堪えるように俯いて沈黙する。ルカにもユリウスにもその痛みを和らげることはできない。
 気持ちを整えたのか、リンが深く息をついて顔をあげた。

「……でも、不可能を可能にした者がいる。僕は昨日の王宮でようやく手がかりを見つけました」

「しかし、リン殿。王宮に何かを仕掛けるのは考えにくいですが」

 ルカが指摘すると、リンは小さく笑った。

「もちろん王宮に何かを仕掛けていたのではありません。意匠ですよ」

「意匠?」

「はい。昨日、王宮に招待された者が着用していた衣装に施された模様です。僕とスーは広間に入った瞬間から囚われていた。そして天女となるスーにはもっとも抑制の効果が強く出る」

「ただの模様でそんなことが可能ですか?」

「あの時、王宮から出る裏口の扉が開かれた瞬間に僕の視界を奪ったもの。それは帝国旗です。きっとあの帝国旗にも施されていた。帝国旗が視界を横切った時に感じた覚えのある感覚。麻薬の禁断症状にも似た症状と言えばいいですかね。陛下や殿下には理解しがたいでしょうが、僕は決定的に悟りました。これは麗眼布の応用なのだと……」

 サイオンの伝統と言われている安眠のための目隠し。見事な刺繍が印象的な品である。
 ルカにはリンの言うことが全く思い描けない。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...