帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜

長月京子

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第十八章:第二王子レオンの婚約披露

101:道筋を決められた者達

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 王宮について会場となる大広間への道のりをいきながら、ルカは複雑な心境になっていた。手をとって隣を歩くスーが、車内でのできごとを思い出して完全に浮かれているのが伝わってくる。

 足取りも不自然なほど軽やかで、今にもステップを踏んで踊りだしそうである。

 彼女の緊張や恐れが紛れるのであれば悪くはない結果だったが、ルカはスーとの関係に根をはった深い溝を思いしった気分だった。
 ルカに触れられることが喜びとなるのに、彼女の心には愛のささやきが届かない。

(ルカ様の責任感につけこんで申し訳ありません!)

 キスのあと、スーの第一声がそれである。
 愛しいと伝えても全く信じていないのだ。

 抱き寄せて口づけても、スーは噂に真実味をもたせるために演じているのだと思っている。
 そんなふうに仕向けてきたのは自分だったが、スーに何を望むのかを認めた今となっては、ただはがゆい。

(まぁ、仕方がない。……私が女性としてのスーを遠ざけてきた)

 時間をかけてやり直すしかない。お互いの好意がたしかであれば、かけ違った糸をかけ直すことは難しくないはずだった。

 どうすればよいのかも、だいたい検討がついている。
 検討がついているが、ルカは胸に影が広がるのを感じた。スーの侍女であるユエンの言葉が蘇る。

(姫様のことをお知りになったのですね)

 皇帝ユリウスからサイオンの機密を語られた翌日だった。ユエンが独りでルカの書斎を訪れてきたのだ。

(サイオンに仕掛けられた天女の設計デザインについても)

 ユエンにとっては渦中の話であり、王女の侍女という立場はルカの想像よりもずっと意味をもっていたのだろう。

(なぜ、私が全てを理解したとわかったのです?)

 ルカがごまかすことをせずに問い返すと、ユエンはふっと浅く笑った。

(姫様をみる殿下の眼差しでわかりました)

 皇帝ユリウスと通じているのか、あるいは何らかの情報網があるのだと思えたが、ルカはあえて追求することは避けた。サイオンの人間は侮れない。

(姫様を異端視されない殿下のお心を、私は心から祝福いたします)

 優秀な侍女のふるまいは変わらず、ユエンはありがとうございますと頭をさげた。

(わざわざそんなことを伝えに?)

 ユエンの真意がそんなところにあるとは思えなかった。ルカが指摘すると、はじめて彼女にためらいが生じた。

(無礼を承知で申し上げますが、ルカ殿下は姫様を欲しいとお思いにはならないのでしょうか)

 抑揚のない率直な声だった。ごまかしてその場をやり過ごそうとするとユエンが続けた。

(私には姫様の最終的な夢をかなえることができません)

(どういう意味でしょうか)

 問うとユエンは感情を殺した無表情のまま続ける。

(私が姫様のお傍にお仕えする限り、姫様は殿下との御子を設けることはできません。それが私の役割です)

 サイオンの王女が子を産むと天女となる資格を失う。ユリウスの語ったことと何ら齟齬はない。ルカは古の女帝の自己愛を感じる。旅人への執着に通じる精神性。複製でありながら、スーとは似ても似つかない。女帝にとっての未来とは、子孫へ託すものではないのだろうか。

(姫様は殿下との御子を設けることを夢見ておられますが、それは決して叶うことのない夢でございます)

 スーの素性を知った今となっては、ユエンの言葉の意味が理解できた。
 サイオンの王女の末路は決められている。そしてユエンは天女の設計デザインの内側にある人間だった。否応もなく思想抑制が働く。

(姫様のだどる道は決められているのです。ですからルカ殿下、姫様を憎からず思っておられるのであれば、せめて女としての喜びをお与えください。それが同情であっても憐憫であってもかまわないのです。帝国の礎となる姫様に幸せな夢をお与えください)

 起伏のない事務的な声だったが、だからこそユエンの切実な思いが伝わってきた。
 そして同時にルカは察した。思想抑制は人格や感情を殺すものではないのだと。ユエンが身をもって示してくれたのだ。

(ーーユエン、あなたの願いはわかりました)

 ルカにはどう答えるのが正解だったのかはわからなかった。わからないまま、絶望の淵で拾い上げたスーへの思いをこめて答えた。

(私はスーを幸せにするために尽力します)

 ありがとうございますと答えるユエンの声は、やはり抑揚に欠けていた。無感動な声は、たどる道筋がきめられてしまった彼女なりの処世術なのかもしれない。そう思うと、ルカには痛々しく響いた。

「殿下、スー様」

 きき慣れたルキアの声でルカは物思いから意識を戻す。大広間への通路の途中でルキアが佇んでいる。彼も職務の時とは異なり、紫が基調となる豪奢な衣装をまとっていた。輝く飾りボタンにベリウス家の家紋が刻まれている。隣には着飾ったルキアに見劣りのしない異国の華やかな装いの者が立っていた。ルカはすぐに誰なのかを見わけて、目をみはった。

「リン殿?」

 サイオンの華やかな礼装を身に纏い、スーの叔父であるリンが立っている。姿を見つけて驚きはしたが、なぜここにいるのかは愚問だった。

「お久しぶりです。ルカ殿下、スー」

「なぜここにいらっしゃるのかは想像に難くないですが……」

 ルカが言葉を濁すとルキアが答える。

「昨日、急に連絡をいただいたのです」

 少し不服そうな色が声に滲んでいる。リンの所在の不鮮明さには手を焼いていたのだ。ルキアは嘆息をついて苦笑した。

「どれほど手を回しても所在がわからなかったのに、あっけなくおいでになるのですから本当に驚きました」

「僕を探してくれていたんだね。それは申し訳なかった」

 おかしそうに笑うリンの様子は以前と変わらないが、左目が隠されている。刺繍と宝石が見事な装飾が頭周にそって飾られ、ちょうど左目を隠すようになっているのだ。
 装飾のためなのか、眼帯のように目を労る意図があるのかは判断がつかない。

「叔父様、お久しぶりです。お会いできて嬉しいです。でも、左目をどうかされたのですか?」

 スーにも違和感があったのか、労るような声音だった。

「ああ、これはね……」

 自嘲的に笑うと、リンが意味ありげにルカを見る。

「すこし自分の心を騙すことに失敗したんだ。その代償というか、罰のようなものかな」

 ルカの背筋を一つの憶測が冷たい戦慄となって這う。まさかと思うが今は確かめようもない。
 リンはルカの様子を確認するとスーに目を向けた。

「叔父様、目を痛められたの?」

「少しね。でも大丈夫だよ」

 叔父と姪の気安さで、二人は他愛無い会話をはじめる。

「殿下、警護の配備は万全です。参りましょう」

 ルキアに促されて、ルカは再び大広間へと続く通路を歩きだした。
 リンが傍にあればスーの安全は確約されたに等しいが、ルカはなぜかざわりとした胸騒ぎを感じていた。
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