96 / 170
第十七章:古代王朝サイオンと天女
96:女帝と神話の天女
しおりを挟む
サイオン王朝の全容を語られていない。気づいていたはずなのに、改めて示されると息が詰まる。ルカは深く息を吸い込むが、それでも呼吸の浅さが拭えず、息苦しさがまぎれない。
「話さなくても良いのなら、そのまま話さずにいたかったが。残念ながら、私にはこの映像の女性を軽く受け止めることはできない」
「はい、もちろんです」
ルカが理解を示すと、ユリウスがふたたび困ったようにほほ笑んだ。
「ルカ。私の抱いた懸念を説明するためには、サイオンの真の恐ろしさを語る必要がある」
「サイオンの真の恐ろしさ……」
ユリウスがグラスを手に取り、ぐっと飲み干した。ふうっと深く息をつくと真っ直ぐにルカを見る。
「サイオン王朝がもっとも繁栄を極めた時代の女帝が、今も寓話として語り継がれている天女ではないかという説がある」
「陛下は第零都で、彼女のことを天女だと仰っていましたが……」
「そうだったな。サイオンの王女と区別するためにそう伝えた。守護者がついているという話も漏らしたな」
「はい。具体的にはお話いただけておりませんが。――しかし、天女の神話とサイオン王朝にどのような関わりが? 誰もが知る寓話ですが、サイオン王朝との関わりは証明されていないのではありませんか?」
サイオン王朝の具体的な記録はないに等しく、古の女帝についても詳細は不明だった。
クラウディアをはじめ、世界には地域によって様々な言い伝えや神話、寓話が存在する。ユリウスの示す天女の寓話もその一つにすぎない。
スーの叔父であるリンから贈られてきた白馬の名ピテルも、古くから語り継いでいる世界創生の神話に登場する神の名だった。
ユリウスの示した天女の話は、もとはサイオンに語り継がれる神話だが、信憑性はひくく創作物としての評価が高い。
それは皇家だけではなく、誰もが知っている天女と旅人の物語である。
その昔、美しい天女のような女があった。女は聡明で世界に新たな知をもたらした。
人々は女を天女だと謳い、もてはやした。
けれど、美しさに惑わされたものは、その身を滅ぼす。
天女は数多の人々を破滅へ導き、いつしか人々に恐れられる存在となった。
天女の行いに人々が困窮していると、どこからかやってきた若い旅人が、天女を咎めた。
旅人は天女の美しさに惑わされず、また恐れることもなく、彼女の行いをたしなめた。
旅人の勇気により、天女は自身の行いを悔い改め、人々は救われた。
やがて天女は人々のために神となった。
その身にすべての叡智をあつめ、永遠に世界を統治した。
天女の神話にはいく通りもの解釈があるが、大筋はすべてこの形に集約される。
恋物語になったり悔い改める話になったり復讐の話になったりと、物語としての厚みを出すために主題が変化するが、どれもが寓話的な要素のある話だった。
サイオン王朝の女帝が、天女の神話に形をかえたというのであれば、当時からいかに女帝の権力が強大であったのか。それを裏付ける言い伝えだったのかもしれない。
「サイオン王朝の女帝は、神とも言えただろうな。人知を超えた科学技術は、神の力のように見えただろう。当時の人々に恐れられたのも仕方がないと思えるほどに」
「陛下は天女の神話とサイオン王朝には関わりがあるとお考えなのですか」
「天女の神話はサイオン王朝の女帝の物語を示している。そして問題となるのは、その身にすべての叡智をあつめ、永遠に世界を統治した、この部分だろう。それは私の目から見ても神のような力ーー技術だ」
「神のような、技術……」
ルカは息をのむ。まだ何も明かされていないのに身がすくんだ。
皇帝ユリウスが知るサイオン王朝の真の恐ろしさ。
知りたいのに、知りたくない。
複雑な思いを飲みこみきれず、逃れようもない恐れがわきあがってくる。喉の乾きをおぼえて、ルカはワインを飲みほす。
ユリウスが空になった二つのグラスに、ゆっくりとワインをそそいだ。
あたりに芳醇な香りがひろがる。紺青の瓶からながれだし、グラスを満たす軽快な音に、ユリウスの苦渋に満ちた声がかさなった。
「サイオンの王女はいつの時代も、女帝の、ーー天女の複製として存在する」
天女の複製。
それが何を意味するのか。
「まさか……」
滑稽な作り話だと笑い飛ばせたら、どんなに楽だっただろう。
(ーーサイオンの人間は、天女に役割を設計されている)
いつかの言葉が、真水に真っ黒なインクを落としたように、ルカの脳裏を蹂躙する。
ルクスのもたらした映像に現れた女。
スーに瓜二つの、作りものめいた美しい顔。
「複製……」
自分のつぶやきが遠くに聞こえる。
ルカはぐらりと足元を失うような錯覚に襲われた。まるで底知れぬ奈落へ放たれたように、ひどい眩暈がした。
「話さなくても良いのなら、そのまま話さずにいたかったが。残念ながら、私にはこの映像の女性を軽く受け止めることはできない」
「はい、もちろんです」
ルカが理解を示すと、ユリウスがふたたび困ったようにほほ笑んだ。
「ルカ。私の抱いた懸念を説明するためには、サイオンの真の恐ろしさを語る必要がある」
「サイオンの真の恐ろしさ……」
ユリウスがグラスを手に取り、ぐっと飲み干した。ふうっと深く息をつくと真っ直ぐにルカを見る。
「サイオン王朝がもっとも繁栄を極めた時代の女帝が、今も寓話として語り継がれている天女ではないかという説がある」
「陛下は第零都で、彼女のことを天女だと仰っていましたが……」
「そうだったな。サイオンの王女と区別するためにそう伝えた。守護者がついているという話も漏らしたな」
「はい。具体的にはお話いただけておりませんが。――しかし、天女の神話とサイオン王朝にどのような関わりが? 誰もが知る寓話ですが、サイオン王朝との関わりは証明されていないのではありませんか?」
サイオン王朝の具体的な記録はないに等しく、古の女帝についても詳細は不明だった。
クラウディアをはじめ、世界には地域によって様々な言い伝えや神話、寓話が存在する。ユリウスの示す天女の寓話もその一つにすぎない。
スーの叔父であるリンから贈られてきた白馬の名ピテルも、古くから語り継いでいる世界創生の神話に登場する神の名だった。
ユリウスの示した天女の話は、もとはサイオンに語り継がれる神話だが、信憑性はひくく創作物としての評価が高い。
それは皇家だけではなく、誰もが知っている天女と旅人の物語である。
その昔、美しい天女のような女があった。女は聡明で世界に新たな知をもたらした。
人々は女を天女だと謳い、もてはやした。
けれど、美しさに惑わされたものは、その身を滅ぼす。
天女は数多の人々を破滅へ導き、いつしか人々に恐れられる存在となった。
天女の行いに人々が困窮していると、どこからかやってきた若い旅人が、天女を咎めた。
旅人は天女の美しさに惑わされず、また恐れることもなく、彼女の行いをたしなめた。
旅人の勇気により、天女は自身の行いを悔い改め、人々は救われた。
やがて天女は人々のために神となった。
その身にすべての叡智をあつめ、永遠に世界を統治した。
天女の神話にはいく通りもの解釈があるが、大筋はすべてこの形に集約される。
恋物語になったり悔い改める話になったり復讐の話になったりと、物語としての厚みを出すために主題が変化するが、どれもが寓話的な要素のある話だった。
サイオン王朝の女帝が、天女の神話に形をかえたというのであれば、当時からいかに女帝の権力が強大であったのか。それを裏付ける言い伝えだったのかもしれない。
「サイオン王朝の女帝は、神とも言えただろうな。人知を超えた科学技術は、神の力のように見えただろう。当時の人々に恐れられたのも仕方がないと思えるほどに」
「陛下は天女の神話とサイオン王朝には関わりがあるとお考えなのですか」
「天女の神話はサイオン王朝の女帝の物語を示している。そして問題となるのは、その身にすべての叡智をあつめ、永遠に世界を統治した、この部分だろう。それは私の目から見ても神のような力ーー技術だ」
「神のような、技術……」
ルカは息をのむ。まだ何も明かされていないのに身がすくんだ。
皇帝ユリウスが知るサイオン王朝の真の恐ろしさ。
知りたいのに、知りたくない。
複雑な思いを飲みこみきれず、逃れようもない恐れがわきあがってくる。喉の乾きをおぼえて、ルカはワインを飲みほす。
ユリウスが空になった二つのグラスに、ゆっくりとワインをそそいだ。
あたりに芳醇な香りがひろがる。紺青の瓶からながれだし、グラスを満たす軽快な音に、ユリウスの苦渋に満ちた声がかさなった。
「サイオンの王女はいつの時代も、女帝の、ーー天女の複製として存在する」
天女の複製。
それが何を意味するのか。
「まさか……」
滑稽な作り話だと笑い飛ばせたら、どんなに楽だっただろう。
(ーーサイオンの人間は、天女に役割を設計されている)
いつかの言葉が、真水に真っ黒なインクを落としたように、ルカの脳裏を蹂躙する。
ルクスのもたらした映像に現れた女。
スーに瓜二つの、作りものめいた美しい顔。
「複製……」
自分のつぶやきが遠くに聞こえる。
ルカはぐらりと足元を失うような錯覚に襲われた。まるで底知れぬ奈落へ放たれたように、ひどい眩暈がした。
0
お気に入りに追加
515
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる