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第十七章:古代王朝サイオンと天女
95:皇帝陛下の憂慮
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古代王朝サイオンが残した遺跡の動力となるイグノ。そのイグノの元となるかもしれない未知の鉱石について、ルカはすでに皇帝ユリウスと情報を共有している。
ユリウスも水面下で地質学者をはじめ、あらゆる方面へ手がかりを求めているが、ルカ同様に成果は芳しくない。
レオンとディオクレア大公の管轄都にも別件で介入をはかったようだが、それらしき情報は得られなかったらしい。
ルクスの総帥であるテオドラがもたらした情報が、果たして火急の要件というほど切迫した内容であるのかの確証はないが、ルカはまだ衝撃の余韻を払拭できていない。
冷静さを欠いているという自覚もあったが、サイオンの遺跡が関わっているのであれば皇帝の管轄となる。軍を動かしてパルミラ周辺を調査するかどうかも、ユリウスが判断するだろう。
迅速な報告が不利益をもたらすことはないと、ルカは急な皇帝陛下との謁見に理由づけをする。
皇帝ユリウスはルカの謁見申請にすぐに応じた。
要件を奏上する前から、人払いをした最奥のサロンに招かれる。
ルカに新たな婚約者について示唆した時のように、皇帝と二人きりの場が設けられた。
ユリウスを上座に、ルカは右斜めに彼を見るような位置で、長椅子にかける。
「陛下、急な申し出にこたえていただき、ありがとうございます」
「おまえが火急の要件というのであれば、相応の情報なのだろう。何があった」
ルカはテオドラから得た映像をユリウスに見せる。その撮影者が教訓地区パルミラ周辺で消息不明になっていることも告げた。
「ルクス総帥によると、未知の鉱石について情報を追う者が幾人が同じように消息知れずになっているようです」
端末を眺めいているユリウスの表情が険しい。
「なるほど……」
顔をあげたユリウスは大きく吐息をつき、海原と蒼穹の境界をにじませたような青い瞳で、ルカを見つめた。
「ルカ、秘密裏に軍を動かしてこの映像の所在を追求することを承認する。コークスの動力をはるかに上回る鉱石を手に入れることは、我々の最大の使命だ。サイオン王朝の遺跡が関わっているならなおのこと。パルミラにサイオン王朝の遺跡があるという話は聞いたことがないが、パルミラは遠州にも近い辺境だ。帝国が把握していないこともあるだろう」
辺境の地を一瞬で焼き尽くした「クラウディアの粛清」は、皮肉にも帝国の強大な力をこれ以上はないほど効果的に演出した。帝国の攻撃にとって距離は無意味なのだ。隣国であっても辺境国であっても、帝国の脅威は等しい。サイオン王朝の残した兵器は、地理的な問題を解消する。
「陛下はそのように仰るだろうと考えていました。すぐにガウスに指示を出します」
「もしあれだけの量の鉱石が手に入るのなら、新たな動力源は限りなく無限大に近づくだろうな」
「はい」
途方もない夢への道のり。サイオン王朝の遺跡と訣別し、帝国の動力源が自立する日への大きな一歩になる。
殊勝に頷いてみせたルカの前で、ユリウスが立ち上がった。
「ルカ、またすこし飲もうか」
「……はい」
ユリウスが背後のキャビネットへ歩み寄るのを眺めながら、ルカは緊張で鼓動が高くなるをかんじた。ユリウスはスーに生き写しの女について、まだ何も述べていない。
自分が何を求めて皇帝との謁見に臨んだのか、ユリウスは見抜いているのだ。以前の二人きりの酒宴を再現するように、丸みを帯びたグラスが目の前に置かれる。
群青の瓶から注がれる澄明な液体が、グラスの中で弧を描くように弾けてから、小さな水面をつくる。なみなみと注がれると、丸いガラスの向こう側に歪んだ世界が見えた。
用意されたワインは以前とは異なり、白だった。
ユリウスが見事な錦糸で織り上げられた上着を脱いで、無造作に誰も座っていないソファに投げ出す。
「映像に映っていた女性だが……」
軽装になって元の位置に座ると、ルカが問うまでもなく、ユリウスが語り出す。
「残念ながら、私も答えを知らない。だが、おまえよりは少し憶測できることがある」
手元のワイングラスをくゆらせながら、ユリウスがゆっくりとルカにまなざしを戻す。毅然とした皇帝の碧眼に、明らかな憐憫の色が滲み出していた。
ルカは覚悟を決めるように深く呼吸をした。ユリウスが未だにサイオン王朝について全容を語らない理由は、ルカへの配慮なのだ。
物心ついた時から、ルカの身辺は思惑にまみれていた。皇子として生まれながら安息とは縁のない、決して恵まれていたとは言えない境遇。皇太子への使命が、さらにそれを後押ししたのだという自責が、ユリウスにはあるのかもしれない。
だからだろうか。二人きりで話す時は、ことさらに労りや憐憫の情を強く感じた。
「陛下。私を慮って言葉を濁す必要はありません」
ルカにはルクスのもたらした映像が、ユリウスが全てを語る布石になる予感があった。
けれど。
サイオン王朝の全てを知り、暴くことを望みながら、自分がひどく恐れているのがわかる。
ワイングラスを手にする自分の指先から、すこしずつぬくもりが失われていた。
恐れに昂じていく気持ちを沈めるように、ルカはグラスを傾けて一口だけワインを含んだ。
「おまえはサイオンの王女……、いや、スー王女を愛しく思っていると言った」
ルカは舌先に感じていたワインを飲み込んでうなずく。
「はい、申し上げました」
はっきりと肯定すると、ユリウスは困ったようにほほ笑む。
「陛下は祝福してくださいましたが」
何かを考えるより前にルカはそう口にしてしまう。ユリウスはこたえずに、指先でシャツの襟元をこじ開けるように動かす。きっちりと詰まった襟をわずかに開き、小さく息をついた。
「たしかに祝福した。その思いに嘘もない。だが、私はおまえにすべてを話していなかった」
ルカは息苦しさを感じながら問う。
「どういう意味でしょうか」
「はじめからすべてを話していても、おまえはスー王女を愛しく思ったのだろうか。そう考えてしまう」
「陛下は第零都て見せてくださいました。サイオンの王女の末路を」
ルカは自分の鼓動を感じながら、気丈に声をふりしぼる。
「陛下が語らずとも、あれが何を意味するのかは理解したつもりです。だから私は、……自分が抱いたこの感情が倒錯していることも承知しております」
「わかっている」
「では、なぜそのようなお考えに?」
「おまえに見せたことだけが全てではないからだ」
ユリウスも水面下で地質学者をはじめ、あらゆる方面へ手がかりを求めているが、ルカ同様に成果は芳しくない。
レオンとディオクレア大公の管轄都にも別件で介入をはかったようだが、それらしき情報は得られなかったらしい。
ルクスの総帥であるテオドラがもたらした情報が、果たして火急の要件というほど切迫した内容であるのかの確証はないが、ルカはまだ衝撃の余韻を払拭できていない。
冷静さを欠いているという自覚もあったが、サイオンの遺跡が関わっているのであれば皇帝の管轄となる。軍を動かしてパルミラ周辺を調査するかどうかも、ユリウスが判断するだろう。
迅速な報告が不利益をもたらすことはないと、ルカは急な皇帝陛下との謁見に理由づけをする。
皇帝ユリウスはルカの謁見申請にすぐに応じた。
要件を奏上する前から、人払いをした最奥のサロンに招かれる。
ルカに新たな婚約者について示唆した時のように、皇帝と二人きりの場が設けられた。
ユリウスを上座に、ルカは右斜めに彼を見るような位置で、長椅子にかける。
「陛下、急な申し出にこたえていただき、ありがとうございます」
「おまえが火急の要件というのであれば、相応の情報なのだろう。何があった」
ルカはテオドラから得た映像をユリウスに見せる。その撮影者が教訓地区パルミラ周辺で消息不明になっていることも告げた。
「ルクス総帥によると、未知の鉱石について情報を追う者が幾人が同じように消息知れずになっているようです」
端末を眺めいているユリウスの表情が険しい。
「なるほど……」
顔をあげたユリウスは大きく吐息をつき、海原と蒼穹の境界をにじませたような青い瞳で、ルカを見つめた。
「ルカ、秘密裏に軍を動かしてこの映像の所在を追求することを承認する。コークスの動力をはるかに上回る鉱石を手に入れることは、我々の最大の使命だ。サイオン王朝の遺跡が関わっているならなおのこと。パルミラにサイオン王朝の遺跡があるという話は聞いたことがないが、パルミラは遠州にも近い辺境だ。帝国が把握していないこともあるだろう」
辺境の地を一瞬で焼き尽くした「クラウディアの粛清」は、皮肉にも帝国の強大な力をこれ以上はないほど効果的に演出した。帝国の攻撃にとって距離は無意味なのだ。隣国であっても辺境国であっても、帝国の脅威は等しい。サイオン王朝の残した兵器は、地理的な問題を解消する。
「陛下はそのように仰るだろうと考えていました。すぐにガウスに指示を出します」
「もしあれだけの量の鉱石が手に入るのなら、新たな動力源は限りなく無限大に近づくだろうな」
「はい」
途方もない夢への道のり。サイオン王朝の遺跡と訣別し、帝国の動力源が自立する日への大きな一歩になる。
殊勝に頷いてみせたルカの前で、ユリウスが立ち上がった。
「ルカ、またすこし飲もうか」
「……はい」
ユリウスが背後のキャビネットへ歩み寄るのを眺めながら、ルカは緊張で鼓動が高くなるをかんじた。ユリウスはスーに生き写しの女について、まだ何も述べていない。
自分が何を求めて皇帝との謁見に臨んだのか、ユリウスは見抜いているのだ。以前の二人きりの酒宴を再現するように、丸みを帯びたグラスが目の前に置かれる。
群青の瓶から注がれる澄明な液体が、グラスの中で弧を描くように弾けてから、小さな水面をつくる。なみなみと注がれると、丸いガラスの向こう側に歪んだ世界が見えた。
用意されたワインは以前とは異なり、白だった。
ユリウスが見事な錦糸で織り上げられた上着を脱いで、無造作に誰も座っていないソファに投げ出す。
「映像に映っていた女性だが……」
軽装になって元の位置に座ると、ルカが問うまでもなく、ユリウスが語り出す。
「残念ながら、私も答えを知らない。だが、おまえよりは少し憶測できることがある」
手元のワイングラスをくゆらせながら、ユリウスがゆっくりとルカにまなざしを戻す。毅然とした皇帝の碧眼に、明らかな憐憫の色が滲み出していた。
ルカは覚悟を決めるように深く呼吸をした。ユリウスが未だにサイオン王朝について全容を語らない理由は、ルカへの配慮なのだ。
物心ついた時から、ルカの身辺は思惑にまみれていた。皇子として生まれながら安息とは縁のない、決して恵まれていたとは言えない境遇。皇太子への使命が、さらにそれを後押ししたのだという自責が、ユリウスにはあるのかもしれない。
だからだろうか。二人きりで話す時は、ことさらに労りや憐憫の情を強く感じた。
「陛下。私を慮って言葉を濁す必要はありません」
ルカにはルクスのもたらした映像が、ユリウスが全てを語る布石になる予感があった。
けれど。
サイオン王朝の全てを知り、暴くことを望みながら、自分がひどく恐れているのがわかる。
ワイングラスを手にする自分の指先から、すこしずつぬくもりが失われていた。
恐れに昂じていく気持ちを沈めるように、ルカはグラスを傾けて一口だけワインを含んだ。
「おまえはサイオンの王女……、いや、スー王女を愛しく思っていると言った」
ルカは舌先に感じていたワインを飲み込んでうなずく。
「はい、申し上げました」
はっきりと肯定すると、ユリウスは困ったようにほほ笑む。
「陛下は祝福してくださいましたが」
何かを考えるより前にルカはそう口にしてしまう。ユリウスはこたえずに、指先でシャツの襟元をこじ開けるように動かす。きっちりと詰まった襟をわずかに開き、小さく息をついた。
「たしかに祝福した。その思いに嘘もない。だが、私はおまえにすべてを話していなかった」
ルカは息苦しさを感じながら問う。
「どういう意味でしょうか」
「はじめからすべてを話していても、おまえはスー王女を愛しく思ったのだろうか。そう考えてしまう」
「陛下は第零都て見せてくださいました。サイオンの王女の末路を」
ルカは自分の鼓動を感じながら、気丈に声をふりしぼる。
「陛下が語らずとも、あれが何を意味するのかは理解したつもりです。だから私は、……自分が抱いたこの感情が倒錯していることも承知しております」
「わかっている」
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