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第十四章:王女の知らない皇太子
78:皇太子の父カリグラ
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サイオンの王女を必ず皇家に迎える。
そんなことがクラウディア皇家の掟となるほど、サイオン王朝が残した力は、帝国に大きな影響を与えていた。
スーはルカの父であるカリグラの話を聞いて、後ろ向きな感情がにじみだす。
カリグラが「クラウディアの粛清」という暴挙に至ったのも、サイオン王朝の兵器のせいではなかったのか。圧倒的な力がなければ、悪夢は起きなかった。
サイオンの先祖が残した遺跡は、恩恵とともに悲劇ももたらすのだ。
スーはサイオンの王女として、まるで自分にも罪の一端があるような気持ちになってしまう。
手にあまるほどの超科学技術は、幸せだけを築くとは限らない。
そんなものを遺跡として後世に残したことに、罪はないのだろうか。
前帝国元帥であったカリグラが道を誤る根拠を作り、ルカに親殺しの道を歩ませた。
ルカが罪の意識を抱えるのなら、サイオンの人間である自分にも、同じように罪があると思えた。
「ルカ様は五年前の内乱を後悔されているのでしょうか?」
スーの知っているルカは、労わりも思いやりももっている。
これまでを振り返れば、彼の人となりは明らかだ。
婚約披露のあと、ルカと離宮で過ごした日々はとても心地良かった。恐ろしい目にあったスーの心を癒すために設けられた時間。嫌な記憶を拭いきれない自分を気づかって、彼はそばで見守ってくれていたのだ。
人の気持ちに寄りそうことができるのなら、人を傷つけることには心が痛むだろう。ルカは自身の立場を理解し、わりきって成しとげていくが、だからと言って何も感じていないはずはない。
父を葬り、母をうしない、望まない犠牲を強いる。
流れた血と同じだけ、ルカの心も血を流しているのかもしれない。
スーには気が遠くなるほど、孤独な気がした。
「ルカ殿下は、後悔はーーされていないと思います」
ヘレナの声がためらいがちにひびく。スーが何かを言う前に、さっきよりも芯のある声が訂正した。
「後悔しないというより、殿下は後悔できないと言ったところでしょうか」
「……後悔できない」
悔いることが許されない立場。スーにも帝国の皇太子としての心構えはわかる。
帝国の悪魔と言われる由縁を語ってくれた時、ルカは言っていた。
犠牲を無駄にしないために、自分の信じた道を行くだけだと。
彼には立ち止まることも、振り返ることも許されない。
「ルカ殿下には託された世界があります。それを形にするためには、時として悔恨は妨げになりますので」
「はい」
「それでも、殿下はお母様の命日には少し立ち止まって振り返ってしまわれるのかもしれません。自分が本当に正しかったのか……」
スーは知らずに自分の胸を押さえていた。想像すればするほど、切なくて苦しくなる。
「殿下は表立ってご両親を悼むことができないのですが、毎年その日はお独りで過ごされるようです」
ルカは父であるカリグラを皇帝陛下の反逆者となるように陥れた。そのため前皇太子であったとしても、帝国が罪人となったカリグラの死を悼むことはない。
「スー様がお傍にあれば、すこしは紛れるのではないかと」
「わたしにできることがあるのなら、何でもいたします!」
意気込むと、ヘレナがやわらかにほほ笑んだ。
「殿下のお母様――ユリア様も、カリグラ様の失脚を望んでおられました」
「え? でもユリア様はカリグラ様をお慕いしておられたと」
「はい。ユリア様はこれ以上道を誤るカリグラ様を見ていられないのだと、そうわたくしに仰いましたわ」
ヘレナのあざやかな紫の瞳に、当時を悼むかのような暗さが見え隠れしている。
「ユリア様とは本当にたくさんお話をしましたわ。あの方はずっとカリグラ様のことを案じておられました。カリグラ様が道を踏み外してしまわれても……。でも「クラウディアの粛清」があり、ルカ殿下へのむごい仕打ちがあり、徐々に覚悟を決められたのでしょう。もうカリグラ様をお救いする方法は、それしかないのだと」
内乱によって皇太子であるカリグラを葬る道は、ユリアの中にも描かれていた。
「それでも、ユリア様がカリグラ様への思いを見失うことはありませんでした。だから、一緒に逝くことを望まれた」
「ヘレナ様はユリア様とそんなお話までされたのですか?」
「はい。わたくしはユリア様がいかにカリグラ様を思っておいでだったのかを知っています。……おそらく誰よりも」
同じカリグラの妃として、ユリアとヘレナの間には、スーには伺いしれない絆があったのだろうか。
「だからルカ殿下がユリウス陛下の御子であるはずがありません。……ですが殿下はそうは思っておられないでしょうね」
「どうしてですか?」
「ユリア様は皇帝陛下の掲げる理想を守ってほしいと、ルカ殿下にお願いしたのです。そのためにカリグラ様と自分が犠牲になることは仕方がないと。ユリア様はカリグラ様をお独りで逝かせたくなかった、ただそれだけが本心でしたが……」
彼女はすこし目をふせて、自嘲的にわらった。
「ルカ殿下はカリグラ様を陥れるために、ユリア様が犠牲になることを受け入れたのだと、そう捉えてしまわれた。皇帝陛下の理想の治世を守るためだけに、ユリア様が覚悟を決めたのだと」
「では、ルカ様はお母様がカリグラ様ではなく、皇帝陛下をお慕いしていたと考えておられるのですか?」
「おそらく……。同時に帝国のためにお母様を犠牲にしたと思っておられるでしょう。ユリア様にはそんな大義名分はなく、ただ最期の時までカリグラ様のお傍にありたかっただけで、わがままな女心を叶えられただけなのですが」
スーにはヘレナに返す言葉が見つからない。何といっていいのかわからなかった。
「ですが、スー様。殿下にとってはどちらでも同じことなのです。ご両親を手にかけた事実は変わりません」
「――はい」
事実は変わらない。ルカの抱える思いも晴れることはないのだろう。
それでもスーは想像してしまう。都合の良いことを考えたくなってしまう。
きっとルカの両親は昔のように仲睦まじく、最期を迎えたのではないかと。
ユリアの望み通り、添い遂げられたのではないかと。
ルカの抱える罪が軽くなることがなくても、せめてそう願わずにはいられなかった。
そんなことがクラウディア皇家の掟となるほど、サイオン王朝が残した力は、帝国に大きな影響を与えていた。
スーはルカの父であるカリグラの話を聞いて、後ろ向きな感情がにじみだす。
カリグラが「クラウディアの粛清」という暴挙に至ったのも、サイオン王朝の兵器のせいではなかったのか。圧倒的な力がなければ、悪夢は起きなかった。
サイオンの先祖が残した遺跡は、恩恵とともに悲劇ももたらすのだ。
スーはサイオンの王女として、まるで自分にも罪の一端があるような気持ちになってしまう。
手にあまるほどの超科学技術は、幸せだけを築くとは限らない。
そんなものを遺跡として後世に残したことに、罪はないのだろうか。
前帝国元帥であったカリグラが道を誤る根拠を作り、ルカに親殺しの道を歩ませた。
ルカが罪の意識を抱えるのなら、サイオンの人間である自分にも、同じように罪があると思えた。
「ルカ様は五年前の内乱を後悔されているのでしょうか?」
スーの知っているルカは、労わりも思いやりももっている。
これまでを振り返れば、彼の人となりは明らかだ。
婚約披露のあと、ルカと離宮で過ごした日々はとても心地良かった。恐ろしい目にあったスーの心を癒すために設けられた時間。嫌な記憶を拭いきれない自分を気づかって、彼はそばで見守ってくれていたのだ。
人の気持ちに寄りそうことができるのなら、人を傷つけることには心が痛むだろう。ルカは自身の立場を理解し、わりきって成しとげていくが、だからと言って何も感じていないはずはない。
父を葬り、母をうしない、望まない犠牲を強いる。
流れた血と同じだけ、ルカの心も血を流しているのかもしれない。
スーには気が遠くなるほど、孤独な気がした。
「ルカ殿下は、後悔はーーされていないと思います」
ヘレナの声がためらいがちにひびく。スーが何かを言う前に、さっきよりも芯のある声が訂正した。
「後悔しないというより、殿下は後悔できないと言ったところでしょうか」
「……後悔できない」
悔いることが許されない立場。スーにも帝国の皇太子としての心構えはわかる。
帝国の悪魔と言われる由縁を語ってくれた時、ルカは言っていた。
犠牲を無駄にしないために、自分の信じた道を行くだけだと。
彼には立ち止まることも、振り返ることも許されない。
「ルカ殿下には託された世界があります。それを形にするためには、時として悔恨は妨げになりますので」
「はい」
「それでも、殿下はお母様の命日には少し立ち止まって振り返ってしまわれるのかもしれません。自分が本当に正しかったのか……」
スーは知らずに自分の胸を押さえていた。想像すればするほど、切なくて苦しくなる。
「殿下は表立ってご両親を悼むことができないのですが、毎年その日はお独りで過ごされるようです」
ルカは父であるカリグラを皇帝陛下の反逆者となるように陥れた。そのため前皇太子であったとしても、帝国が罪人となったカリグラの死を悼むことはない。
「スー様がお傍にあれば、すこしは紛れるのではないかと」
「わたしにできることがあるのなら、何でもいたします!」
意気込むと、ヘレナがやわらかにほほ笑んだ。
「殿下のお母様――ユリア様も、カリグラ様の失脚を望んでおられました」
「え? でもユリア様はカリグラ様をお慕いしておられたと」
「はい。ユリア様はこれ以上道を誤るカリグラ様を見ていられないのだと、そうわたくしに仰いましたわ」
ヘレナのあざやかな紫の瞳に、当時を悼むかのような暗さが見え隠れしている。
「ユリア様とは本当にたくさんお話をしましたわ。あの方はずっとカリグラ様のことを案じておられました。カリグラ様が道を踏み外してしまわれても……。でも「クラウディアの粛清」があり、ルカ殿下へのむごい仕打ちがあり、徐々に覚悟を決められたのでしょう。もうカリグラ様をお救いする方法は、それしかないのだと」
内乱によって皇太子であるカリグラを葬る道は、ユリアの中にも描かれていた。
「それでも、ユリア様がカリグラ様への思いを見失うことはありませんでした。だから、一緒に逝くことを望まれた」
「ヘレナ様はユリア様とそんなお話までされたのですか?」
「はい。わたくしはユリア様がいかにカリグラ様を思っておいでだったのかを知っています。……おそらく誰よりも」
同じカリグラの妃として、ユリアとヘレナの間には、スーには伺いしれない絆があったのだろうか。
「だからルカ殿下がユリウス陛下の御子であるはずがありません。……ですが殿下はそうは思っておられないでしょうね」
「どうしてですか?」
「ユリア様は皇帝陛下の掲げる理想を守ってほしいと、ルカ殿下にお願いしたのです。そのためにカリグラ様と自分が犠牲になることは仕方がないと。ユリア様はカリグラ様をお独りで逝かせたくなかった、ただそれだけが本心でしたが……」
彼女はすこし目をふせて、自嘲的にわらった。
「ルカ殿下はカリグラ様を陥れるために、ユリア様が犠牲になることを受け入れたのだと、そう捉えてしまわれた。皇帝陛下の理想の治世を守るためだけに、ユリア様が覚悟を決めたのだと」
「では、ルカ様はお母様がカリグラ様ではなく、皇帝陛下をお慕いしていたと考えておられるのですか?」
「おそらく……。同時に帝国のためにお母様を犠牲にしたと思っておられるでしょう。ユリア様にはそんな大義名分はなく、ただ最期の時までカリグラ様のお傍にありたかっただけで、わがままな女心を叶えられただけなのですが」
スーにはヘレナに返す言葉が見つからない。何といっていいのかわからなかった。
「ですが、スー様。殿下にとってはどちらでも同じことなのです。ご両親を手にかけた事実は変わりません」
「――はい」
事実は変わらない。ルカの抱える思いも晴れることはないのだろう。
それでもスーは想像してしまう。都合の良いことを考えたくなってしまう。
きっとルカの両親は昔のように仲睦まじく、最期を迎えたのではないかと。
ユリアの望み通り、添い遂げられたのではないかと。
ルカの抱える罪が軽くなることがなくても、せめてそう願わずにはいられなかった。
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