帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜

長月京子

文字の大きさ
上 下
78 / 170
第十四章:王女の知らない皇太子

78:皇太子の父カリグラ

しおりを挟む
 サイオンの王女を必ず皇家に迎える。
 そんなことがクラウディア皇家の掟となるほど、サイオン王朝が残した力は、帝国に大きな影響を与えていた。

 スーはルカの父であるカリグラの話を聞いて、後ろ向きな感情がにじみだす。

 カリグラが「クラウディアの粛清」という暴挙に至ったのも、サイオン王朝の兵器のせいではなかったのか。圧倒的な力がなければ、悪夢は起きなかった。

 サイオンの先祖が残した遺跡は、恩恵とともに悲劇ももたらすのだ。
 スーはサイオンの王女として、まるで自分にも罪の一端があるような気持ちになってしまう。

 手にあまるほどの超科学技術は、幸せだけを築くとは限らない。
 そんなものを遺跡として後世に残したことに、罪はないのだろうか。

 前帝国元帥であったカリグラが道を誤る根拠を作り、ルカに親殺しの道を歩ませた。
 ルカが罪の意識を抱えるのなら、サイオンの人間である自分にも、同じように罪があると思えた。

「ルカ様は五年前の内乱を後悔されているのでしょうか?」

 スーの知っているルカは、労わりも思いやりももっている。
 これまでを振り返れば、彼の人となりは明らかだ。

 婚約披露のあと、ルカと離宮で過ごした日々はとても心地良かった。恐ろしい目にあったスーの心を癒すために設けられた時間。嫌な記憶を拭いきれない自分を気づかって、彼はそばで見守ってくれていたのだ。

 人の気持ちに寄りそうことができるのなら、人を傷つけることには心が痛むだろう。ルカは自身の立場を理解し、わりきって成しとげていくが、だからと言って何も感じていないはずはない。

 父を葬り、母をうしない、望まない犠牲を強いる。
 流れた血と同じだけ、ルカの心も血を流しているのかもしれない。

 スーには気が遠くなるほど、孤独な気がした。

「ルカ殿下は、後悔はーーされていないと思います」

 ヘレナの声がためらいがちにひびく。スーが何かを言う前に、さっきよりも芯のある声が訂正した。

「後悔しないというより、殿下は後悔できないと言ったところでしょうか」

「……後悔できない」

 悔いることが許されない立場。スーにも帝国の皇太子としての心構えはわかる。
 帝国の悪魔と言われる由縁を語ってくれた時、ルカは言っていた。

 犠牲を無駄にしないために、自分の信じた道を行くだけだと。
 彼には立ち止まることも、振り返ることも許されない。

「ルカ殿下には託された世界があります。それを形にするためには、時として悔恨は妨げになりますので」

「はい」

「それでも、殿下はお母様の命日には少し立ち止まって振り返ってしまわれるのかもしれません。自分が本当に正しかったのか……」

 スーは知らずに自分の胸を押さえていた。想像すればするほど、切なくて苦しくなる。

「殿下は表立ってご両親を悼むことができないのですが、毎年その日はお独りで過ごされるようです」

 ルカは父であるカリグラを皇帝陛下の反逆者となるように陥れた。そのため前皇太子であったとしても、帝国が罪人となったカリグラの死を悼むことはない。

「スー様がお傍にあれば、すこしは紛れるのではないかと」

「わたしにできることがあるのなら、何でもいたします!」

 意気込むと、ヘレナがやわらかにほほ笑んだ。

「殿下のお母様――ユリア様も、カリグラ様の失脚を望んでおられました」

「え? でもユリア様はカリグラ様をお慕いしておられたと」

「はい。ユリア様はこれ以上道を誤るカリグラ様を見ていられないのだと、そうわたくしに仰いましたわ」

 ヘレナのあざやかな紫の瞳に、当時を悼むかのような暗さが見え隠れしている。

「ユリア様とは本当にたくさんお話をしましたわ。あの方はずっとカリグラ様のことを案じておられました。カリグラ様が道を踏み外してしまわれても……。でも「クラウディアの粛清」があり、ルカ殿下へのむごい仕打ちがあり、徐々に覚悟を決められたのでしょう。もうカリグラ様をお救いする方法は、それしかないのだと」

 内乱によって皇太子であるカリグラを葬る道は、ユリアの中にも描かれていた。

「それでも、ユリア様がカリグラ様への思いを見失うことはありませんでした。だから、一緒に逝くことを望まれた」

「ヘレナ様はユリア様とそんなお話までされたのですか?」

「はい。わたくしはユリア様がいかにカリグラ様を思っておいでだったのかを知っています。……おそらく誰よりも」

 同じカリグラの妃として、ユリアとヘレナの間には、スーには伺いしれない絆があったのだろうか。

「だからルカ殿下がユリウス陛下の御子であるはずがありません。……ですが殿下はそうは思っておられないでしょうね」

「どうしてですか?」

「ユリア様は皇帝陛下の掲げる理想を守ってほしいと、ルカ殿下にお願いしたのです。そのためにカリグラ様と自分が犠牲になることは仕方がないと。ユリア様はカリグラ様をお独りで逝かせたくなかった、ただそれだけが本心でしたが……」

 彼女はすこし目をふせて、自嘲的にわらった。

「ルカ殿下はカリグラ様を陥れるために、ユリア様が犠牲になることを受け入れたのだと、そう捉えてしまわれた。皇帝陛下の理想の治世を守るためだけに、ユリア様が覚悟を決めたのだと」

「では、ルカ様はお母様がカリグラ様ではなく、皇帝陛下をお慕いしていたと考えておられるのですか?」

「おそらく……。同時に帝国のためにお母様を犠牲にしたと思っておられるでしょう。ユリア様にはそんな大義名分はなく、ただ最期の時までカリグラ様のお傍にありたかっただけで、わがままな女心を叶えられただけなのですが」

 スーにはヘレナに返す言葉が見つからない。何といっていいのかわからなかった。

「ですが、スー様。殿下にとってはどちらでも同じことなのです。ご両親を手にかけた事実は変わりません」

「――はい」

 事実は変わらない。ルカの抱える思いも晴れることはないのだろう。

 それでもスーは想像してしまう。都合の良いことを考えたくなってしまう。

 きっとルカの両親は昔のように仲睦まじく、最期を迎えたのではないかと。
 ユリアの望み通り、添い遂げられたのではないかと。

 ルカの抱える罪が軽くなることがなくても、せめてそう願わずにはいられなかった。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...