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第十三章:第三都ガルバ
68:憂鬱な皇太子
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ルカの思惑通り、第三都ガルバに本家を置くルクスへの訪問はすぐに成った。これまでにも数えきれないほど視察に訪れていたが、令嬢との顔合わせという名目でルクスを訪れるのは初めてである。
ルカにとっては予想外としか言いようがない。皇帝であるユリウスの思惑も定かではないが、ルクスの総帥が何を思って臨んだのかもわからない。
皇家の専用車が三都内をルクスの本家へ向けて走っている。ルカは車内からガルバの街並みを眺めていた。帝都とは異なり、ガルバには国外からの物資や文化も多く流通している。異国情緒を併せ持つ華やかさと賑わいがあった。
「浮かないお顔をされておられますね」
ルカの隣でルキアが皮肉めいた笑みを浮かべている。皇太子の侍従として彼も正装していた。銀髪紫眼にふさわしい薄紫の礼服に、両肩からかかる銀のサッシュが胸元で交差している。衣装の光沢が、車窓に反射していた。
参謀という言葉が似合いそうな知的な顔が、公務を示す印である眼鏡でさらに冴えて映る。
ルカは彼に視線を向けず、車窓に映るルキアを見ていた。
「心配しなくても晴れやかな笑顔は使いわける。サイオンから王女を迎えた時のように」
ルキアと皮肉の応酬をしながらも、気を抜くと溜息が出そうになる。皇太子としての正装は、金髪に映える淡い青を基調とした麗しい意匠だったが、いつもの軍装よりも窮屈に感じられた。
「私はルキアが素直に日程を組むとは思っていなかったから、すこし意外だったな」
「殿下が宰相にも手を回しておられたのは知っておりますよ」
「だから、素直にルクスとの縁を進める気になったのか」
「……そうですね。殿下には必要なのかもしれないと思いました。しかし、誤解のないように伝えておきますが、宰相からの圧力に屈したわけではありませんよ」
ルキアが今日に至るまでに何の情報収集も裏取りもしていないとは思えない。彼が前向きになるには、相応の理由があるはずだった。
「今回の縁談に何か気になることでも見つけたのか?」
「――はい」
ルカは深く体を預けていた座席から上体を起こしてルキアを見た。
「私はおまえから何も聞いていないが?」
「話しておりませんので」
あっさりとルキアが認める。ルカは食い入るように従兄の綺麗な横顔を見つめた。
「スーとの関係を慮るおまえが、それを反故にするほどの理由が?」
「じきに殿下にもおわかりになります。ただ、これも誤解なきようにお伝えしておきますが、私はスー王女と殿下の関係を反故にするつもりはございませんので」
「矛盾しているな」
「私にとっては、足しげく殿下の寝室を訪れてくれる王女に、頑なに手を出していない殿下のお心の矛盾の方が気になりますね」
どうやら私邸での情報は彼に筒抜けらしい。冗談まじりに皮肉られるのかと思っていると、ルキアの濁りのない紫の瞳がルカをとらえた。彼がおどけているわけではないのが、視線に込められた冷ややかな光でわかる。
「サイオンとの関係を白紙に戻す。殿下の希望は理解しておりますが、スー王女のことは分けて考えることができます。でも殿下はわけてお考えにはならない。何か理由があると考える私は不自然でしょうか?」
珍しくルキアが切り込んでくる。サイオンの秘匿すべき真実。ルカには語れない。言い逃れようと考えるが、何も思い浮かばず、苦し紛れに呟いた。
「――処女は面倒くさい」
子どもの言い訳のような、その場しのぎの台詞を返してしまう。ルキアのこめかみがピクリと痙攣した。
「何ですって?」
「いや、何でもない。今のは失言だ」
「私にそんな言い訳が通用すると?」
「だから言葉のあやだ。悪かった」
ルキアの逆鱗に触れたのがわかるが、ルカには取り繕えない。毒を含んだ声が失言をあざ笑う。
「殿下が頑なになるには理由があるのだろうと見当がつきますが、そんな子ども騙しにもならないようなことを仰るとは……」
昔からルキアを怒らせると手痛いしっぺ返しを食らう。けれど彼の沸点はいつでもルカへの労わりに比例して高まっていくのだ。わかっているだけに宥め方がわからない。自分の発言の浅はかさに恥ずかしくなってくる。
幼少期の力関係をそのままにルカが黙り込んでしまうと、ルキアがわざとらしく大きく吐息をついた。
「今のは私が踏み込みすぎました。申し訳ありません」
掌をかえしたように怒りを収めて、ルキアが詫びる。再びルカに向けられた眼差しに、困ったような笑みがうかんでいた。
「今回のルクスの件では、私は皇帝陛下にも苦言を申し上げました」
「陛下に? おまえは相変わらず怖いもの知らずだな」
「殿下を思っての苦言であれば、陛下も耳を貸してくださいます」
そうかもしれないとルカは思った。同時にルキアへの信頼が証明されている。
「陛下は何か仰っていたのか?」
「殿下の侍従や従兄というより、まるで小姑だなと笑われました」
皇帝陛下らしいとルカが笑うと、ルキアが頷いた。
「それから」
ルキアの紫の眼に真摯な光が宿る。
「今は何も語らぬ殿下が、いつか自分の道を決断された暁には、必ず力になってほしいと」
「――陛下が、おまえにそんなことを?」
「はい。ですから、私は殿下を支えるように王命を受けております。殿下、どうかそのことをお忘れなく」
ルカは思い出す。陛下との二人きりの酒宴。浴びるほど飲んだが、全て覚えている。
胸に刻まれている。
(私とおまえは同じ夢を見ている)
皇帝の穏やかな声。
(――おまえは独りではない)
独りではない。
独りでは成し得ない。
ルクスとの関係を思い、沈んでいた気分が少しだけ軽くなる。
「……ありがとう、ルキア」
ルカにとっては予想外としか言いようがない。皇帝であるユリウスの思惑も定かではないが、ルクスの総帥が何を思って臨んだのかもわからない。
皇家の専用車が三都内をルクスの本家へ向けて走っている。ルカは車内からガルバの街並みを眺めていた。帝都とは異なり、ガルバには国外からの物資や文化も多く流通している。異国情緒を併せ持つ華やかさと賑わいがあった。
「浮かないお顔をされておられますね」
ルカの隣でルキアが皮肉めいた笑みを浮かべている。皇太子の侍従として彼も正装していた。銀髪紫眼にふさわしい薄紫の礼服に、両肩からかかる銀のサッシュが胸元で交差している。衣装の光沢が、車窓に反射していた。
参謀という言葉が似合いそうな知的な顔が、公務を示す印である眼鏡でさらに冴えて映る。
ルカは彼に視線を向けず、車窓に映るルキアを見ていた。
「心配しなくても晴れやかな笑顔は使いわける。サイオンから王女を迎えた時のように」
ルキアと皮肉の応酬をしながらも、気を抜くと溜息が出そうになる。皇太子としての正装は、金髪に映える淡い青を基調とした麗しい意匠だったが、いつもの軍装よりも窮屈に感じられた。
「私はルキアが素直に日程を組むとは思っていなかったから、すこし意外だったな」
「殿下が宰相にも手を回しておられたのは知っておりますよ」
「だから、素直にルクスとの縁を進める気になったのか」
「……そうですね。殿下には必要なのかもしれないと思いました。しかし、誤解のないように伝えておきますが、宰相からの圧力に屈したわけではありませんよ」
ルキアが今日に至るまでに何の情報収集も裏取りもしていないとは思えない。彼が前向きになるには、相応の理由があるはずだった。
「今回の縁談に何か気になることでも見つけたのか?」
「――はい」
ルカは深く体を預けていた座席から上体を起こしてルキアを見た。
「私はおまえから何も聞いていないが?」
「話しておりませんので」
あっさりとルキアが認める。ルカは食い入るように従兄の綺麗な横顔を見つめた。
「スーとの関係を慮るおまえが、それを反故にするほどの理由が?」
「じきに殿下にもおわかりになります。ただ、これも誤解なきようにお伝えしておきますが、私はスー王女と殿下の関係を反故にするつもりはございませんので」
「矛盾しているな」
「私にとっては、足しげく殿下の寝室を訪れてくれる王女に、頑なに手を出していない殿下のお心の矛盾の方が気になりますね」
どうやら私邸での情報は彼に筒抜けらしい。冗談まじりに皮肉られるのかと思っていると、ルキアの濁りのない紫の瞳がルカをとらえた。彼がおどけているわけではないのが、視線に込められた冷ややかな光でわかる。
「サイオンとの関係を白紙に戻す。殿下の希望は理解しておりますが、スー王女のことは分けて考えることができます。でも殿下はわけてお考えにはならない。何か理由があると考える私は不自然でしょうか?」
珍しくルキアが切り込んでくる。サイオンの秘匿すべき真実。ルカには語れない。言い逃れようと考えるが、何も思い浮かばず、苦し紛れに呟いた。
「――処女は面倒くさい」
子どもの言い訳のような、その場しのぎの台詞を返してしまう。ルキアのこめかみがピクリと痙攣した。
「何ですって?」
「いや、何でもない。今のは失言だ」
「私にそんな言い訳が通用すると?」
「だから言葉のあやだ。悪かった」
ルキアの逆鱗に触れたのがわかるが、ルカには取り繕えない。毒を含んだ声が失言をあざ笑う。
「殿下が頑なになるには理由があるのだろうと見当がつきますが、そんな子ども騙しにもならないようなことを仰るとは……」
昔からルキアを怒らせると手痛いしっぺ返しを食らう。けれど彼の沸点はいつでもルカへの労わりに比例して高まっていくのだ。わかっているだけに宥め方がわからない。自分の発言の浅はかさに恥ずかしくなってくる。
幼少期の力関係をそのままにルカが黙り込んでしまうと、ルキアがわざとらしく大きく吐息をついた。
「今のは私が踏み込みすぎました。申し訳ありません」
掌をかえしたように怒りを収めて、ルキアが詫びる。再びルカに向けられた眼差しに、困ったような笑みがうかんでいた。
「今回のルクスの件では、私は皇帝陛下にも苦言を申し上げました」
「陛下に? おまえは相変わらず怖いもの知らずだな」
「殿下を思っての苦言であれば、陛下も耳を貸してくださいます」
そうかもしれないとルカは思った。同時にルキアへの信頼が証明されている。
「陛下は何か仰っていたのか?」
「殿下の侍従や従兄というより、まるで小姑だなと笑われました」
皇帝陛下らしいとルカが笑うと、ルキアが頷いた。
「それから」
ルキアの紫の眼に真摯な光が宿る。
「今は何も語らぬ殿下が、いつか自分の道を決断された暁には、必ず力になってほしいと」
「――陛下が、おまえにそんなことを?」
「はい。ですから、私は殿下を支えるように王命を受けております。殿下、どうかそのことをお忘れなく」
ルカは思い出す。陛下との二人きりの酒宴。浴びるほど飲んだが、全て覚えている。
胸に刻まれている。
(私とおまえは同じ夢を見ている)
皇帝の穏やかな声。
(――おまえは独りではない)
独りではない。
独りでは成し得ない。
ルクスとの関係を思い、沈んでいた気分が少しだけ軽くなる。
「……ありがとう、ルキア」
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