帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜

長月京子

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第十二章:野望は皇太子の寵妃

66:理想的な妃

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 久しぶりに休日をスーと過ごし、夕食の後は互いの部屋へと戻った。ルカは真っすぐ寝室へと向かわず、書斎へ立ち寄って一日を振り返る。

 馴染みのある、木目の美しいデスクに手をついてから、皮張りの椅子に腰掛けて瞑想するように目を閉じた。

(彼女は、とても逞しい)

 新たな婚約者について話してから、ルカは注意深くスーの様子を伺っていた。
 泣きごとを言わない彼女の性格をおもい、はじめは強がっているのではないかとも考えたが、ルカの危惧は見事に裏切られる。

 自分が新しい婚約者を迎えることを、スーは完璧に受け止めているのだ。彼女を帝国に迎えてから、幾度も迷いのない覚悟を見てきたが、今回の件でも同じだった。

 皇太子が迎える新たな婚約者と、寵を競って戦う。
 自分の境遇を嘆くことのない、清々しいほどの前向きさ。

 ルカの心はすでに彼女に傾いているが、だからこそ、スーの強さに救われていた。
 不満や嘆きとは無縁の強靭な姿勢は、彼の抱える憂慮を軽くする。

(理想的な妃だな……)

 皇太子である自分に添う気性をしている。喜ばしいことであるのに、ルカの心は淀む。

(サイオンの人間は、天女に役割を設計デザインされている)

 不吉な言霊のようにリンの言葉を思い出す。皇帝であるユリウスも同じことを言っていたのだ。
 決められた役割。もしそれが真実であるなら、スーにも等しく与えられている。

 すべてが天女の掌の上。

 嫌な憶測をしてしまい、ルカはあり得ないと淀んだ考えを振り払う。
 そんな根拠のない思考に沈んでいる暇があるなら、自分もスーを見習うべきなのだ。

 強靭な決意と覚悟。憂うだけならいつでもできる。
 因習を断ち切り、必ず成し遂げる。迷いのない強い意志だけが希望になる。

(陛下は、まだ全てを語ってくださらないが……)

 ルクスとの関係の先にあるものも、ルカには不明瞭だった。

(婚約に大きな意味があるわけではないのだろうか)

 ユリウスがルカと同じ夢を抱いて、すでに動き出し、背後で支えてくれていることは理解できた。
 ルカが第三都ガルバに関心を寄せている事や、さらに第二都で抱いている計画にも、ユリウスは気付いているのだ。

(ルクスの機動力が私の力になる……)

 一大商家カンパニーとして、物と同時に膨大な情報が行き交う世界。

(おそらく陛下は、私に何かを示そうとしている)

 サイオンを断ち切るための道のり。その覚悟を試されているのかもしれない。
 ルクスと繋がり、手に入れなければならない何かがあるのだろうか。

(とりあえずルクスとの話は無視できない)

 今後の予定の筆頭に入れることを思い描くと、スーとの関係を労わるルキアの顔が浮かぶ。うまく説き伏せる理由を考えてみるが、どれも真実味に欠け曖昧だった。

 ルクスの令嬢とは面識があるはずだったが、残念ながらルカはあまり覚えていない。一大商家カンパニーの総帥が、時折美しい娘であると自慢げに語っていた印象だけが残っている。

 自分でも驚くほど、どんな女性であったのかが思い出せない。妃の候補にあがることなど想像したこともなく、全く興味がなかったのだ。

 ルクスの令嬢がいかに美女であっても、もし美しさだけを競うなら、スーにまさる女性が現れるのは難しいだろう。

 ユリウスが傾国の美姫と評するほどの美貌である。黙って佇んでいると作り物のような完璧な美しさが際立つ。男が手折りたくなるような艶やかな花。

 愛くるしい無邪気な気性が、ようやく彼女を等身大にする。ルカに親しみを与える仕草や声の調子。
 思い出すと、ふっとルカの気持ちに影が落ちた。

 美貌だけではない。サイオンの王女は、何もかもが出来すぎているのだ。
 まるで意図的に完璧な設計デザインを与えられているかのように。

(天女の設計デザイン

 それは湧水のように、掻き出しても掻き出しても、ルカの胸の内に淀んでくる不安だった。
 ルカは書斎の皮張りの椅子に深く身を沈めて、重いため息をつく。

(重症だな)

 ことあるごとに、彼女のことを考えてしまう。
 サイオンの王女への懸念なのか、スーに心を奪われた代償なのか。

(これではルキアに見抜かれても仕方がない)

 スーへの感情はごまかせないまま、ルクスとの話を前向きに考える不自然さ。どのように克服すべきなのか。
 優秀な側近を欺くことが一番の難関となりそうである。

 そして。

(館の者の誤解も、すぐにルキアの耳に入るだろうな)

 主であるルカを差し置いて、ルキアは執事のテオドールや侍従長のオトの信頼を得ている。
 ルカがスーを我が物にしたという誤報は、ますますルクスとの縁に否定的なルキアを手強てごわくするだろう。

 はぁっとルカは溜息が深くなる。もっともな理由があったとしても、ルキアを謀るのは難しい。彼を相手に何かを考えるのは時間の無駄である。なるようになるという投げやりな気持ちで書斎を出ると、ルカは寝室からつながる浴室へ向かった。
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