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第十章:皇太子の抱える問題
54:皇帝陛下の建前
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「そうです。ルクスは第三都から様々な地域と貿易を行い、流通についての潤滑油となり、また第三都を基盤として商業的な地盤を築いておりますが……、まぁ殿下の方がよくご存知でしょう」
ルカも第三都へは視察のために頻繁に足を運んでいる。ルクスの持つ流通から得た知見や、長けた人脈には一目置いていた。帝都や近隣の都市だけには収まらない、広い地域への交渉力を持っている。
ルクスは帝国貴族でもないただの商家でありながら、広い世界と渡り合っているのだ。
「帝国の力を振りかざすこともなく、熱心に視察に訪れては、第三都の現状をくみ取ろうとする殿下の姿勢に感銘を受けておられたようですよ」
「ですが宰相、ルクスが今さら婚姻を以て皇家と繋がりを持つことを望むとも思えませんが」
ルクスは既に第三都での自由関税権を許されている。他国や他都市と独自に交渉をするだけの権利も地盤もある。第三都の商業については、帝国議会である程度の利権を認めているが、ルクスはさらに上位の権利を有していた。
爵位こそ与えられていないが、ルクスは議会の連合院に席を置き、連合院に派閥を持ちつつあった。第三都の自由関税権について採決する折には、ルカが皇帝やネルバ候を説き伏せて、貴族院に根回しを行った経緯もある。
いまさら皇家と婚姻関係など設けなくとも、ルクスは帝国での信頼を勝ち取り、ゆるぎない繋がりを持っているのだ。
帝国貴族のように、政略結婚に利が生まれるような相手ではない。
帝室、あるいは陛下が、どのような意図からルクスとの話をもってきたのか、ルカには思惑がよめない。隣のルキアを見るが、彼も小さく横に首をふるだけだった。
伯父である宰相が、再び「おや?」という顔をする。
「殿下はルクスと少なからず交流をお持ちなので、気の合う女性がいらっしゃるのではないかと思っておりましたが?」
「……たしかに第三都ガルバを訪問する際に世話になっていますが、ルクスのご息女とは数えるほどしか面識がありません。懇意にしている女性は思いつきませんが」
はっきりと否定すると、宰相がユリウスを見た。
「どうやら我々の誤解だったようですよ、陛下」
ルカもユリウスを見ると、何の緊張感もない様子だった。
「では私たちの邪推に過ぎないのか。もし懇意にしている女性があれば、帝室に一般の血を迎える良い機会になるのではないかと思っただけだが、ルカに思い当たる女性がないのであれば、聞かなかったことにしてくれて良い」
「王女との婚約披露であれだけの問題が起きるのに、さらに一般から妃を迎えるなど正気の沙汰ではありませんね」
ルカは祖父に皮肉をぶつけてしまう。王命で呼び出しておきながら、あまりにも内容のない話だった。隣のルキアも信じられないと言う目でユリウスを眺めているが、ルカはふいにざわりと心が波立つ。ようやく陛下の思惑が読めたのだ。
(これは、サイオンとの掟に関わることか)
掟に関わることは、遠回しな話にならざるを得ない。
宰相とルキアを同席させたのは、ルクスとの関係を意識させるための布石だろう。
(ルクスと繋がることに、何か利があるということか)
沈黙してしまったルカの隣で、ルキアが吐息をついた。
「ユリウス陛下。ルカ殿下とスー王女は良好な関係を築いておられます。殿下は後宮を望まれるような方ではありませんし、誤解であれば、そのような話は無用ではないかと」
「そうか。ルキアにはそのように映るのか」
ユリウスが笑う。ルカは従兄弟の牽制を聞きながら、気づかれないようにそっと吐息をついた。
掟が関わるのであれば、ルカには無碍に聞き流せない。新たな婚約者を迎える場合、スーと自分の関係を見守っているルキアを説き伏せるだけの理由は、考えておかねばならないだろう。
(会ってみると聡明な女性だった。とでも言うしかないだろうな)
ルカは自分と同じ淡い青を宿したユリウスの眼を見た。
「身辺は穏やかにしておきたいですが、商家の令嬢が皇家や帝国貴族にどのような印象を抱いているのか、話を伺ってみたい気はします。私たちとは違う視点をお持ちかもしれません」
「殿下」
ルキアが茶番に付き合う必要はないと言いたげに非難めいた声をあげたが、ルカは笑って受け流す。
「断るにしても、陛下と宰相の顔を立てることも必要だろう」
ユリウスが意味ありげに眼を眇めたのを、ルカは見逃さなかった。やはり陛下には何か意図があるのだと、ルカは気持ちを引き締めた。
ルカも第三都へは視察のために頻繁に足を運んでいる。ルクスの持つ流通から得た知見や、長けた人脈には一目置いていた。帝都や近隣の都市だけには収まらない、広い地域への交渉力を持っている。
ルクスは帝国貴族でもないただの商家でありながら、広い世界と渡り合っているのだ。
「帝国の力を振りかざすこともなく、熱心に視察に訪れては、第三都の現状をくみ取ろうとする殿下の姿勢に感銘を受けておられたようですよ」
「ですが宰相、ルクスが今さら婚姻を以て皇家と繋がりを持つことを望むとも思えませんが」
ルクスは既に第三都での自由関税権を許されている。他国や他都市と独自に交渉をするだけの権利も地盤もある。第三都の商業については、帝国議会である程度の利権を認めているが、ルクスはさらに上位の権利を有していた。
爵位こそ与えられていないが、ルクスは議会の連合院に席を置き、連合院に派閥を持ちつつあった。第三都の自由関税権について採決する折には、ルカが皇帝やネルバ候を説き伏せて、貴族院に根回しを行った経緯もある。
いまさら皇家と婚姻関係など設けなくとも、ルクスは帝国での信頼を勝ち取り、ゆるぎない繋がりを持っているのだ。
帝国貴族のように、政略結婚に利が生まれるような相手ではない。
帝室、あるいは陛下が、どのような意図からルクスとの話をもってきたのか、ルカには思惑がよめない。隣のルキアを見るが、彼も小さく横に首をふるだけだった。
伯父である宰相が、再び「おや?」という顔をする。
「殿下はルクスと少なからず交流をお持ちなので、気の合う女性がいらっしゃるのではないかと思っておりましたが?」
「……たしかに第三都ガルバを訪問する際に世話になっていますが、ルクスのご息女とは数えるほどしか面識がありません。懇意にしている女性は思いつきませんが」
はっきりと否定すると、宰相がユリウスを見た。
「どうやら我々の誤解だったようですよ、陛下」
ルカもユリウスを見ると、何の緊張感もない様子だった。
「では私たちの邪推に過ぎないのか。もし懇意にしている女性があれば、帝室に一般の血を迎える良い機会になるのではないかと思っただけだが、ルカに思い当たる女性がないのであれば、聞かなかったことにしてくれて良い」
「王女との婚約披露であれだけの問題が起きるのに、さらに一般から妃を迎えるなど正気の沙汰ではありませんね」
ルカは祖父に皮肉をぶつけてしまう。王命で呼び出しておきながら、あまりにも内容のない話だった。隣のルキアも信じられないと言う目でユリウスを眺めているが、ルカはふいにざわりと心が波立つ。ようやく陛下の思惑が読めたのだ。
(これは、サイオンとの掟に関わることか)
掟に関わることは、遠回しな話にならざるを得ない。
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(ルクスと繋がることに、何か利があるということか)
沈黙してしまったルカの隣で、ルキアが吐息をついた。
「ユリウス陛下。ルカ殿下とスー王女は良好な関係を築いておられます。殿下は後宮を望まれるような方ではありませんし、誤解であれば、そのような話は無用ではないかと」
「そうか。ルキアにはそのように映るのか」
ユリウスが笑う。ルカは従兄弟の牽制を聞きながら、気づかれないようにそっと吐息をついた。
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