49 / 170
第九章:離宮で過ごす王女と皇太子
49:叶えられた王女の夢
しおりを挟む
「あなたの叔父様から、スーの夢を伺ったことがあったので」
「叔父様に?」
「はい。だから、私にスーの憧れる白馬の王子様の替わりがつとまるならと思っただけです」
(叔父様! ありがとう!)っとリンの援護射撃に歓喜しつつも、スーはこの話に喰いついてよいのかと逡巡する。はしたないのではないか、でも絶好の機会を逃すべきではない。
頭の中で理性と建前、欲望と願望がぐるぐると回転しまくっている。
(しっかりするのよ! わたし! ここで怖気づいている場合じゃない!)
スーは気持ちを奮い立たせたて、ルカの美しく青い眼を見据える。
「ルカ様、ぜひ……」
お願いします!と言いかけて、致命的な準備不足に気付く。
(ーー唇が荒れているわ!)
婚約披露での嫌な体験から、最近は無意識に唇をこすっていることがあり、結果として荒れてしまっていた。ユエンに注意されて手入れをしていたが、すぐにこすって唇にダメージを与える習慣を繰り返していたのだ。
(わたしったら、こんなときに最悪!)
せっかく訪れた素敵な機会が台無しである。スーは自分のざらりとした唇に触れて肩を落とす。
「あの、ルカ様。いまは準備不足なので、一週間後にもう……」
もう一度機会をくださいと言う声は、言葉にすることができなかった。
目の前がふっと陰り、かすめるように何かが唇に触れた。
「?」
キスされたのかと思ったが、スーはすぐに錯覚かもしれないと思い直す。
馬上で体をひねるようにして、ルカと向かい合っている。緩やかな風が吹くと、草原の爽やかな香りが二人を包んだ。
水底をよぎるような柔らかな青を宿したルカの瞳。水紋の美しさを写しとったような白群の光彩に、スーの影が重なった。
息が触れ合うほどの距離まで、ルカの端正な顔が近づいている。
彼が手綱を引いたのか、ピテルがゆっくりと歩みを止めた。
「スー、目を閉じて」
囁くような声が心をとらえる。ルカの腕が引き寄せるようにスーの肩を抱いた。彼の放つ色香に囚われて、スーは言葉を失ってしまう。甘い声に引き込まれるように、何も考えられず、言われるままに目を閉じた。
「――――……」
触れ合うだけの、柔らかな口づけだった。
(!!!!!)
ふたたび目を開いてルカの顔を見ると、スーはかあぁっと一気に顔がのぼせる。完全に舞い上がってしまい、考えるより先に口が動いた。
「あの! わたし、とても唇が荒れていて、ルカ様に不味い思いをさせて申し訳ありません!」
一息に言い放ってから、いったい何の弁解をしているのかと、スーはさらに慌てる。
「あの、せっかくのーーっ」
さらに墓穴を掘りかけると、ルカの腕がぐっとスーを引き寄せる。彼の胸に頬を押しつけてようやく黙ると、ルカが笑っていることに気づいた。
「る、ルカ様?」
「スーには、いつも驚く」
「え?」
「その反応は予想外でした」
「う、申し訳ありません」
スーにも雰囲気を台無しにしている自覚があった。こんなに素敵にお膳立てされているのに、落ち着いた女性を演じる実力が圧倒的に足りていないのだ。
「これからはきちんと唇のお手入れをします」
「――そうですね。その方が私も安心です」
「安心?」
ルカがスーの顔を見る。彼の目に困ったような笑みが浮かぶ。
「スーが毎日唇をこすっているので、すこし気になっていました」
「あ……」
彼にも気づかれていたのだと、スーは身を固くした。おそらく理由も見抜かれているのだろう。どんな顔をすれば良いのかわからなくなると、ルカの指先がスーの唇に触れた。
「これからは、私のことを思い出してください」
「ルカ様――」
もう一度、ゆっくりと唇が重なった。挨拶のように、触れるだけの優しいキス。
それでもスーは魂が飛んでいきそうになる。放心していると、ルカが笑う。
「スーの準備が整ったら、もっと大人のキスをしましょうか?」
呆けていても、その言葉はしっかりとスーの気持ちを動かす。一瞬でぎらぎらと闘志に火がついた。
「それは本当ですか? ルカ様!」
「え?」
冗談だと聞き逃すような、もったいないことはしない。即座に喰いついて、スーはじぃっとルカの顔を見つめた。ルカと親密になるための努力は惜しまないのだ。
「わたしの荒れた唇が綺麗になったら、大人の女性だと認めてくれますか?」
「……はい」
「約束ですよ? もう絶対に唇をこすったりしませんので! わたしはすぐに綺麗な唇を取り戻して、ルカ様と素敵な大人のキスを実現して見せます! 約束ですよ!」
「…………」
必死になって言い募ると、再びルカが笑った。
「――その反応は、予想外でした」
声を出して笑うルカ見て、スーは(やらかした!)と自分の浅ましさに気づく。恥ずかしくなってうつむくと、ルカが笑いながら、手綱をさばいてピテルに合図をおくった。
スーが馬体の振動を感じてあわてて前を向くと、手綱を握ったルカの腕が、体を支えるように包み込んで抱きしめてくれる。
触れ合うことに恥じらうだけだったルカの体温が、とても逞しくて心強い。すっぽりと彼の腕におさまっていると、安定して心地が良いのだ。スーはそっと重心をあずけて、さらに身を寄せる。
美しい白馬が二人を乗せたまま、再びゆっくりと草を踏みしめて、蒼穹の下を歩き出した。
「叔父様に?」
「はい。だから、私にスーの憧れる白馬の王子様の替わりがつとまるならと思っただけです」
(叔父様! ありがとう!)っとリンの援護射撃に歓喜しつつも、スーはこの話に喰いついてよいのかと逡巡する。はしたないのではないか、でも絶好の機会を逃すべきではない。
頭の中で理性と建前、欲望と願望がぐるぐると回転しまくっている。
(しっかりするのよ! わたし! ここで怖気づいている場合じゃない!)
スーは気持ちを奮い立たせたて、ルカの美しく青い眼を見据える。
「ルカ様、ぜひ……」
お願いします!と言いかけて、致命的な準備不足に気付く。
(ーー唇が荒れているわ!)
婚約披露での嫌な体験から、最近は無意識に唇をこすっていることがあり、結果として荒れてしまっていた。ユエンに注意されて手入れをしていたが、すぐにこすって唇にダメージを与える習慣を繰り返していたのだ。
(わたしったら、こんなときに最悪!)
せっかく訪れた素敵な機会が台無しである。スーは自分のざらりとした唇に触れて肩を落とす。
「あの、ルカ様。いまは準備不足なので、一週間後にもう……」
もう一度機会をくださいと言う声は、言葉にすることができなかった。
目の前がふっと陰り、かすめるように何かが唇に触れた。
「?」
キスされたのかと思ったが、スーはすぐに錯覚かもしれないと思い直す。
馬上で体をひねるようにして、ルカと向かい合っている。緩やかな風が吹くと、草原の爽やかな香りが二人を包んだ。
水底をよぎるような柔らかな青を宿したルカの瞳。水紋の美しさを写しとったような白群の光彩に、スーの影が重なった。
息が触れ合うほどの距離まで、ルカの端正な顔が近づいている。
彼が手綱を引いたのか、ピテルがゆっくりと歩みを止めた。
「スー、目を閉じて」
囁くような声が心をとらえる。ルカの腕が引き寄せるようにスーの肩を抱いた。彼の放つ色香に囚われて、スーは言葉を失ってしまう。甘い声に引き込まれるように、何も考えられず、言われるままに目を閉じた。
「――――……」
触れ合うだけの、柔らかな口づけだった。
(!!!!!)
ふたたび目を開いてルカの顔を見ると、スーはかあぁっと一気に顔がのぼせる。完全に舞い上がってしまい、考えるより先に口が動いた。
「あの! わたし、とても唇が荒れていて、ルカ様に不味い思いをさせて申し訳ありません!」
一息に言い放ってから、いったい何の弁解をしているのかと、スーはさらに慌てる。
「あの、せっかくのーーっ」
さらに墓穴を掘りかけると、ルカの腕がぐっとスーを引き寄せる。彼の胸に頬を押しつけてようやく黙ると、ルカが笑っていることに気づいた。
「る、ルカ様?」
「スーには、いつも驚く」
「え?」
「その反応は予想外でした」
「う、申し訳ありません」
スーにも雰囲気を台無しにしている自覚があった。こんなに素敵にお膳立てされているのに、落ち着いた女性を演じる実力が圧倒的に足りていないのだ。
「これからはきちんと唇のお手入れをします」
「――そうですね。その方が私も安心です」
「安心?」
ルカがスーの顔を見る。彼の目に困ったような笑みが浮かぶ。
「スーが毎日唇をこすっているので、すこし気になっていました」
「あ……」
彼にも気づかれていたのだと、スーは身を固くした。おそらく理由も見抜かれているのだろう。どんな顔をすれば良いのかわからなくなると、ルカの指先がスーの唇に触れた。
「これからは、私のことを思い出してください」
「ルカ様――」
もう一度、ゆっくりと唇が重なった。挨拶のように、触れるだけの優しいキス。
それでもスーは魂が飛んでいきそうになる。放心していると、ルカが笑う。
「スーの準備が整ったら、もっと大人のキスをしましょうか?」
呆けていても、その言葉はしっかりとスーの気持ちを動かす。一瞬でぎらぎらと闘志に火がついた。
「それは本当ですか? ルカ様!」
「え?」
冗談だと聞き逃すような、もったいないことはしない。即座に喰いついて、スーはじぃっとルカの顔を見つめた。ルカと親密になるための努力は惜しまないのだ。
「わたしの荒れた唇が綺麗になったら、大人の女性だと認めてくれますか?」
「……はい」
「約束ですよ? もう絶対に唇をこすったりしませんので! わたしはすぐに綺麗な唇を取り戻して、ルカ様と素敵な大人のキスを実現して見せます! 約束ですよ!」
「…………」
必死になって言い募ると、再びルカが笑った。
「――その反応は、予想外でした」
声を出して笑うルカ見て、スーは(やらかした!)と自分の浅ましさに気づく。恥ずかしくなってうつむくと、ルカが笑いながら、手綱をさばいてピテルに合図をおくった。
スーが馬体の振動を感じてあわてて前を向くと、手綱を握ったルカの腕が、体を支えるように包み込んで抱きしめてくれる。
触れ合うことに恥じらうだけだったルカの体温が、とても逞しくて心強い。すっぽりと彼の腕におさまっていると、安定して心地が良いのだ。スーはそっと重心をあずけて、さらに身を寄せる。
美しい白馬が二人を乗せたまま、再びゆっくりと草を踏みしめて、蒼穹の下を歩き出した。
0
お気に入りに追加
515
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる