35 / 170
第七章:皇太子は王女を欺けない
35:正直すぎる告白
しおりを挟む
ヘレナが帰ってしまったと聞いて、スーは居心地の悪い気持ちになっていた。待機部屋にも壁面に並べられた玉案に料理が用意されている。
ルカと小さな卓につくと、給仕になりきっている護衛が、スーに料理を盛りつけた皿を差し出した。
「ありがとうございます」
広間の食事には手を付けなかったので、時刻的にお腹が空いているはずだったが、食べる気にはならない。スーは飲み物をもらって口に含む。
(ルカ様は、本当はヘレナ様と踊りたいのだろうな)
舞踏会に装いを変える会場を想像しながら、スーは思わずため息をついてしまう。
ルカの視線を感じて、スーはいけないと気を引き締めた。
「すこし疲れましたか?」
労るようなルカの声を切なく感じる。
「いいえ。とても楽しい……ですが……」
自分にとっては晴れ舞台だが、浮かれた笑顔で答えるのも間違えている気がして、スーは声が小さくなった。
「わたしばかりが楽しんだり、喜んだりしていて、すこし申し訳ない気がします」
前に打ち明けたように、ルカに好きな人がいるのなら、自分は立場を弁えなければならない。ルカとヘレナの関係に気づかず、無神経な振る舞いをしていたことに後悔が募る。
「……やはり、あなたはとてもわかりやすいですね」
ルカも食事に手をつけず、水だけを口にしている。
「どういう意味ですか?」
「ぜんぶ顔に出る」
自分の複雑な感情を見抜かれているのだと、スーは緊張がみなぎった。
笑おうとすると、笑顔がひきつりそうで笑えない。
ルカとヘレナの関係を邪魔したくない。応援したいと思っているのに、どうしても気持ちが暗くなってしまう。完全に切り替えるには、すこし時間が必要だった。
「申し訳ありません」
頭でわかっていても、簡単には割り切れないことがある。スーは扱いきれない感情に戸惑うばかりだ。
「ーーその調子だと、もう、あなたに名前を呼んでもらうことは難しくなりそうですね」
「え?」
ルカと名を呼ぶことも控えるべきなのだろうか。ようやく慣れて親しみを感じていたのに、諦めなければいけないのだろうか。
「殿下とお呼びした方が良いのでしたら、そういたします」
受け止めながらも、じわりと込み上げてくるものがあった。
(駄目、泣いたらルカ様を困らせる)
「私をなんと呼ぶのか、もうあなたの中で答えが出ているでしょう。大丈夫ですよ、スー。何も気をつかう必要はない。私はこれからもあなたを大切にします。だから、そんな顔をしないでください」
「――殿下こそ、わたしに気を使う必要はありません。前にも申し上げましたが、私はルカ様に好きな方がいらっしゃるのであれば、きちんと弁えます」
一息に伝えて、スーはぎりっと奥歯を噛み締める。噛み締めていないと、涙ぐみそうだった。
「……ヘレナのことを言っているのか」
呟くようなルカの声。スーは泣き出さないように、表情を意識しながら問い返した。
「他にも誰かいらっしゃるのですか?」
「――いえ、スーは私をどう呼びたいのですか」
「ですから、殿下とお呼びした方が良いのでしたら、そういたします」
「そうではなく、私にまつわる話を聞いて、嫌な気持ちになりませんでしたか?」
「なりました」
「……やはり、そうですか」
「勝手な想像から邪推をする自分が嫌になりました」
「邪推?」
不思議そうに首を傾けるルカを、スーは顔面に力を入れたまま見据える。泣き出さないように表情を固めていると、まるで睨みを効かせているようになったが、スーは一気にまくし立てる。
「ルカ様から聞いたわけでもないのに、勝手な想像をする自分がとても嫌です」
「勝手な想像……?」
「今日はいろんな方から、ルカ様にまつわるお話を聞きました」
そのまま伝えて良いのか迷っていると、ルカが打ち明ける。
「私が帝国の悪魔だと謳われていて、父を裏切って今の地位を手に入れた。犠牲を厭わず、とても冷酷である。そういう話ですか」
「――はい」
「それは全て事実です」
ルカは否定せずに頷く。
「本当のことであるというなら、わたしは受け止めます」
「恐ろしいと思わないのですか?」
「わたしは皇太子妃になるのですから、ルカ様が冷徹に行ってきたことは、政治的な問題なのだと理解しなければいけません。でも、ヘレナ様のことを知って、どうしてもこう考えてしまうのです。ルカ様はお父様の妃であったヘレナ様のために、手を下したのではないかと、そんな邪推をしてしまいます」
醜い告白をしてしまったと、スーは俯いてぎゅっと目を閉じる。後悔が込み上げたが、打ち明けてしまった言葉は取り消せない。嫉妬深く煩わしい女だと思われただろう。
「わたしにとっては、ルカ様はいつも優しくて思いやりに溢れています。わたしの知っているルカ様はそれが全てです。もし帝国の悪魔であっても、皇太子としてそのような側面を持たなければならないのだと理解します。でも、ヘレナ様のことだけは割り切れなくて、そんなふうに考える自分が、とても嫌です」
ヘレナを想っているルカに打ち明けても仕方がないが、気持ちはごまかせない。
スーは束の間の沈黙を、恐ろしく長く感じた。
「――あなたには驚かされる」
「え?」
おそるおそる顔を上げると、ルカが水の入ったグラスからスーに目を向ける。吸い込まれそうな青い瞳と視線が重なると、胸の内を暴露した自分の失態を思って、みるみる顔が火照った。
「皇太子妃として、どんなふうに出来事を捉えるべきなのか。私はスーの覚悟を甘く見ていたようです」
「わたしの覚悟?」
ルカと小さな卓につくと、給仕になりきっている護衛が、スーに料理を盛りつけた皿を差し出した。
「ありがとうございます」
広間の食事には手を付けなかったので、時刻的にお腹が空いているはずだったが、食べる気にはならない。スーは飲み物をもらって口に含む。
(ルカ様は、本当はヘレナ様と踊りたいのだろうな)
舞踏会に装いを変える会場を想像しながら、スーは思わずため息をついてしまう。
ルカの視線を感じて、スーはいけないと気を引き締めた。
「すこし疲れましたか?」
労るようなルカの声を切なく感じる。
「いいえ。とても楽しい……ですが……」
自分にとっては晴れ舞台だが、浮かれた笑顔で答えるのも間違えている気がして、スーは声が小さくなった。
「わたしばかりが楽しんだり、喜んだりしていて、すこし申し訳ない気がします」
前に打ち明けたように、ルカに好きな人がいるのなら、自分は立場を弁えなければならない。ルカとヘレナの関係に気づかず、無神経な振る舞いをしていたことに後悔が募る。
「……やはり、あなたはとてもわかりやすいですね」
ルカも食事に手をつけず、水だけを口にしている。
「どういう意味ですか?」
「ぜんぶ顔に出る」
自分の複雑な感情を見抜かれているのだと、スーは緊張がみなぎった。
笑おうとすると、笑顔がひきつりそうで笑えない。
ルカとヘレナの関係を邪魔したくない。応援したいと思っているのに、どうしても気持ちが暗くなってしまう。完全に切り替えるには、すこし時間が必要だった。
「申し訳ありません」
頭でわかっていても、簡単には割り切れないことがある。スーは扱いきれない感情に戸惑うばかりだ。
「ーーその調子だと、もう、あなたに名前を呼んでもらうことは難しくなりそうですね」
「え?」
ルカと名を呼ぶことも控えるべきなのだろうか。ようやく慣れて親しみを感じていたのに、諦めなければいけないのだろうか。
「殿下とお呼びした方が良いのでしたら、そういたします」
受け止めながらも、じわりと込み上げてくるものがあった。
(駄目、泣いたらルカ様を困らせる)
「私をなんと呼ぶのか、もうあなたの中で答えが出ているでしょう。大丈夫ですよ、スー。何も気をつかう必要はない。私はこれからもあなたを大切にします。だから、そんな顔をしないでください」
「――殿下こそ、わたしに気を使う必要はありません。前にも申し上げましたが、私はルカ様に好きな方がいらっしゃるのであれば、きちんと弁えます」
一息に伝えて、スーはぎりっと奥歯を噛み締める。噛み締めていないと、涙ぐみそうだった。
「……ヘレナのことを言っているのか」
呟くようなルカの声。スーは泣き出さないように、表情を意識しながら問い返した。
「他にも誰かいらっしゃるのですか?」
「――いえ、スーは私をどう呼びたいのですか」
「ですから、殿下とお呼びした方が良いのでしたら、そういたします」
「そうではなく、私にまつわる話を聞いて、嫌な気持ちになりませんでしたか?」
「なりました」
「……やはり、そうですか」
「勝手な想像から邪推をする自分が嫌になりました」
「邪推?」
不思議そうに首を傾けるルカを、スーは顔面に力を入れたまま見据える。泣き出さないように表情を固めていると、まるで睨みを効かせているようになったが、スーは一気にまくし立てる。
「ルカ様から聞いたわけでもないのに、勝手な想像をする自分がとても嫌です」
「勝手な想像……?」
「今日はいろんな方から、ルカ様にまつわるお話を聞きました」
そのまま伝えて良いのか迷っていると、ルカが打ち明ける。
「私が帝国の悪魔だと謳われていて、父を裏切って今の地位を手に入れた。犠牲を厭わず、とても冷酷である。そういう話ですか」
「――はい」
「それは全て事実です」
ルカは否定せずに頷く。
「本当のことであるというなら、わたしは受け止めます」
「恐ろしいと思わないのですか?」
「わたしは皇太子妃になるのですから、ルカ様が冷徹に行ってきたことは、政治的な問題なのだと理解しなければいけません。でも、ヘレナ様のことを知って、どうしてもこう考えてしまうのです。ルカ様はお父様の妃であったヘレナ様のために、手を下したのではないかと、そんな邪推をしてしまいます」
醜い告白をしてしまったと、スーは俯いてぎゅっと目を閉じる。後悔が込み上げたが、打ち明けてしまった言葉は取り消せない。嫉妬深く煩わしい女だと思われただろう。
「わたしにとっては、ルカ様はいつも優しくて思いやりに溢れています。わたしの知っているルカ様はそれが全てです。もし帝国の悪魔であっても、皇太子としてそのような側面を持たなければならないのだと理解します。でも、ヘレナ様のことだけは割り切れなくて、そんなふうに考える自分が、とても嫌です」
ヘレナを想っているルカに打ち明けても仕方がないが、気持ちはごまかせない。
スーは束の間の沈黙を、恐ろしく長く感じた。
「――あなたには驚かされる」
「え?」
おそるおそる顔を上げると、ルカが水の入ったグラスからスーに目を向ける。吸い込まれそうな青い瞳と視線が重なると、胸の内を暴露した自分の失態を思って、みるみる顔が火照った。
「皇太子妃として、どんなふうに出来事を捉えるべきなのか。私はスーの覚悟を甘く見ていたようです」
「わたしの覚悟?」
0
お気に入りに追加
515
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる