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第六章:皇太子と王女の婚約披露
32:貴族令嬢たちの善意
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動揺が顔に出ないように、とにかく微笑んでおこう。
スーはふとルカの微笑みを思い出して、彼もはじめはこんな複雑な気分だったのだろうかと、胸が痛くなる。
辺境の小国から迎えた王女に、そつなく振舞うのは大変だっただろう。
(こんな場面で、ルカ様の気持ちをなぞるなんて……)
ため息をつきそうになって、なんとか重い気持ちをやり過ごす。やり過ごそうとしたが、令嬢たちはさらにスーに畳みかけてくる。
「お辛いことがあれば、打ち明けてくださって良いのですよ。わたくしたちはスー様の味方ですわ。帝国の悪魔と謳われる殿下に嫁ぐお気持ちは、お察ししております」
巻髪の女性の声には掛け値なしの労わりがこもっている。彼女にとっては、この一連の茶番は心からの善意なのだ。スーが本当に帝国に嫁いだ自分を憂いているのなら、心強く思ったのかもしれない。
(帝国の悪魔なんてーー)
皇太子に向かって失礼すぎないかと思ったが、スーはふとユエンの言葉を思い出す。
(まさか……)
帝国に来たばかりの夜に、ユエンが意味ありげに語っていた。
(ルカ殿下の通り名を知ったら、姫様も少しは理解なさるでしょうね)
通り名。帝国クラウディアでの、ルカの通り名。
自分はまだ知らない。聞いたことがなかった。
(スーが私を嫌悪しても、私はあなたを大切にします)
いつも自分が嫌われることを前提にしていたルカ。
何度か告げられたルカの言葉の意味。深く考えたことがなかったけれど、全てつながっているのだろうか。
(――帝国の悪魔)
そんなふうに謳われるルカの過去は、スーの内に芽生えた彼への憧れやときめきを殺してしまうのだろうか。
「殿下は美しい方ですが、冷酷な面をお持ちなのは、わたくしたちも存じております」
巻髪の女性の声に、スーはぎくりと我に返る。
「ルカ殿下が、冷酷なんて……」
「スー様もご存知かと思いますが、自分の母親を囮に父親を裏切るようなお方です。今の地位を手に入れるために、多くの命を犠牲にしても顔色ひとつ変えないともっぱらの噂ですし」
巻髪の女性の言葉を受け継ぐように、別の者が勢いよく続ける。
「殿下の恋人になって、ひどい目に合った方もたくさんいらっしゃるとか。だから、わたしたちはスー王女を心配していたのです」
「本日もスー様との晴れ舞台に公妾をお連れになる無神経さ。さすが帝国の悪魔でいらっしゃるわ」
ルカとヘレナを眺めながら、赤毛の令嬢が吐き捨てるように言い募る。
(ルカ様がお父様を裏切った?……もしかして、ヘレナ様のために?)
「スー王女? 顔色がお悪いようですが?」
「ああ、いえ、大丈夫です。みなさんとお話ができて、わたしは今とても嬉しいのです。それに、他国から来たわたしを、こんなにも気にかけてくださっているのだと、すこし感激してしまいました」
「まぁ、スー王女。わたし達がお力になれるのでしたら、光栄ですわ」
「ありがとうございます。でも、わたしはルカ殿下をお慕いしております。お会いして素敵な方だと、本当にそう思ったのです」
自分に言い聞かせるように、スーは胸をはった。
令嬢たちの語る話を鵜呑みにはできない。自分勝手な想像でルカの過去を決めつけるなんて間違えている。
「わたしがみなさまにお伺いしたいのは」
不安げに自分をみる令嬢たちの眼差しには、憐憫の色が見える。彼女たちに悪気がないのもまた事実だった。どんなふうに善意を受け取るのが良いのかと考え、スーは素直に語った。
「実は、わたしはみなさまのように恋愛経験が豊富ではないので、どうすれば殿下に振り向いていただけるのかと、毎日頭を悩ませているのです。みなさまには、その辺りのことに知恵を授けていただけると、とても嬉しいです」
「まぁ」と嘆息をもらすように、令嬢たちが感じ入った様子でスーを見ている。
「本当に健気なお方! もちろんですわ、スー様。きっと健気なスー様を殿下も大切に思っておられるのですね。ですから、きっとスー様にはお優しいのですわ」
「そうだったら、嬉しいのですけど……」
はにかんで見せると、令嬢たちが色めき立ったように、あれこれと恋愛を成就させる方法を説き始めた。
初心なスーには、大胆で露骨すぎる話も飛び出している。
(わたし、まだ殿下と手をつないだことしかないんですけど……)
皇太子と夜を共にする前提で話が繰り広げられている。彼女たちの話を聞いていると、自分がいかに幼いのかを突き付けられる。
さらに打ちひしがれそうになったが、ひとまずルカの通り名や悪評につながりそうな会話からは、話を逸らすことができた。
彼が過去に何をしたのか、何があったのかは、とても気になる。
(でも、わたしはルカ様から聞きたい)
スーは噂を鵜呑みをしたくない。どうせ知るのであれば彼の口から聞きたい。
ルカは嘘をつかないだろう。スーが望めば、きっと全て話してくれる。
(あなたには、いろんなことを体験して知る権利があります)
嫌悪されることを覚悟しているかのような、寂しげな声が蘇る。
天使のように麗しい容姿と、思いやりのある様子。
スーの知っているルカは温かい人なのだ。
(帝国の悪魔なんて、ルカ様には似合わない)
悪魔になった理由が、もし幼い頃から傍にあった人と想いを遂げるためならーー。
スーは向こう側で談笑しているルカを見る。ヘレナと何かを語っている彼の笑顔が、とても自然に見えた。
いけないと思っているのに、勝手な想像が膨らんでしまう。
(思い込むのはよくないわ)
脳裏に描いた成り行きを振り払って、スーは再び令嬢たちが繰り広げる、露骨な恋愛作戦に耳を傾けた。
スーはふとルカの微笑みを思い出して、彼もはじめはこんな複雑な気分だったのだろうかと、胸が痛くなる。
辺境の小国から迎えた王女に、そつなく振舞うのは大変だっただろう。
(こんな場面で、ルカ様の気持ちをなぞるなんて……)
ため息をつきそうになって、なんとか重い気持ちをやり過ごす。やり過ごそうとしたが、令嬢たちはさらにスーに畳みかけてくる。
「お辛いことがあれば、打ち明けてくださって良いのですよ。わたくしたちはスー様の味方ですわ。帝国の悪魔と謳われる殿下に嫁ぐお気持ちは、お察ししております」
巻髪の女性の声には掛け値なしの労わりがこもっている。彼女にとっては、この一連の茶番は心からの善意なのだ。スーが本当に帝国に嫁いだ自分を憂いているのなら、心強く思ったのかもしれない。
(帝国の悪魔なんてーー)
皇太子に向かって失礼すぎないかと思ったが、スーはふとユエンの言葉を思い出す。
(まさか……)
帝国に来たばかりの夜に、ユエンが意味ありげに語っていた。
(ルカ殿下の通り名を知ったら、姫様も少しは理解なさるでしょうね)
通り名。帝国クラウディアでの、ルカの通り名。
自分はまだ知らない。聞いたことがなかった。
(スーが私を嫌悪しても、私はあなたを大切にします)
いつも自分が嫌われることを前提にしていたルカ。
何度か告げられたルカの言葉の意味。深く考えたことがなかったけれど、全てつながっているのだろうか。
(――帝国の悪魔)
そんなふうに謳われるルカの過去は、スーの内に芽生えた彼への憧れやときめきを殺してしまうのだろうか。
「殿下は美しい方ですが、冷酷な面をお持ちなのは、わたくしたちも存じております」
巻髪の女性の声に、スーはぎくりと我に返る。
「ルカ殿下が、冷酷なんて……」
「スー様もご存知かと思いますが、自分の母親を囮に父親を裏切るようなお方です。今の地位を手に入れるために、多くの命を犠牲にしても顔色ひとつ変えないともっぱらの噂ですし」
巻髪の女性の言葉を受け継ぐように、別の者が勢いよく続ける。
「殿下の恋人になって、ひどい目に合った方もたくさんいらっしゃるとか。だから、わたしたちはスー王女を心配していたのです」
「本日もスー様との晴れ舞台に公妾をお連れになる無神経さ。さすが帝国の悪魔でいらっしゃるわ」
ルカとヘレナを眺めながら、赤毛の令嬢が吐き捨てるように言い募る。
(ルカ様がお父様を裏切った?……もしかして、ヘレナ様のために?)
「スー王女? 顔色がお悪いようですが?」
「ああ、いえ、大丈夫です。みなさんとお話ができて、わたしは今とても嬉しいのです。それに、他国から来たわたしを、こんなにも気にかけてくださっているのだと、すこし感激してしまいました」
「まぁ、スー王女。わたし達がお力になれるのでしたら、光栄ですわ」
「ありがとうございます。でも、わたしはルカ殿下をお慕いしております。お会いして素敵な方だと、本当にそう思ったのです」
自分に言い聞かせるように、スーは胸をはった。
令嬢たちの語る話を鵜呑みにはできない。自分勝手な想像でルカの過去を決めつけるなんて間違えている。
「わたしがみなさまにお伺いしたいのは」
不安げに自分をみる令嬢たちの眼差しには、憐憫の色が見える。彼女たちに悪気がないのもまた事実だった。どんなふうに善意を受け取るのが良いのかと考え、スーは素直に語った。
「実は、わたしはみなさまのように恋愛経験が豊富ではないので、どうすれば殿下に振り向いていただけるのかと、毎日頭を悩ませているのです。みなさまには、その辺りのことに知恵を授けていただけると、とても嬉しいです」
「まぁ」と嘆息をもらすように、令嬢たちが感じ入った様子でスーを見ている。
「本当に健気なお方! もちろんですわ、スー様。きっと健気なスー様を殿下も大切に思っておられるのですね。ですから、きっとスー様にはお優しいのですわ」
「そうだったら、嬉しいのですけど……」
はにかんで見せると、令嬢たちが色めき立ったように、あれこれと恋愛を成就させる方法を説き始めた。
初心なスーには、大胆で露骨すぎる話も飛び出している。
(わたし、まだ殿下と手をつないだことしかないんですけど……)
皇太子と夜を共にする前提で話が繰り広げられている。彼女たちの話を聞いていると、自分がいかに幼いのかを突き付けられる。
さらに打ちひしがれそうになったが、ひとまずルカの通り名や悪評につながりそうな会話からは、話を逸らすことができた。
彼が過去に何をしたのか、何があったのかは、とても気になる。
(でも、わたしはルカ様から聞きたい)
スーは噂を鵜呑みをしたくない。どうせ知るのであれば彼の口から聞きたい。
ルカは嘘をつかないだろう。スーが望めば、きっと全て話してくれる。
(あなたには、いろんなことを体験して知る権利があります)
嫌悪されることを覚悟しているかのような、寂しげな声が蘇る。
天使のように麗しい容姿と、思いやりのある様子。
スーの知っているルカは温かい人なのだ。
(帝国の悪魔なんて、ルカ様には似合わない)
悪魔になった理由が、もし幼い頃から傍にあった人と想いを遂げるためならーー。
スーは向こう側で談笑しているルカを見る。ヘレナと何かを語っている彼の笑顔が、とても自然に見えた。
いけないと思っているのに、勝手な想像が膨らんでしまう。
(思い込むのはよくないわ)
脳裏に描いた成り行きを振り払って、スーは再び令嬢たちが繰り広げる、露骨な恋愛作戦に耳を傾けた。
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