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第六章:皇太子と王女の婚約披露
29:祝福の舞台
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王宮の会場への扉を前にして、スーは大きく深呼吸をした。クラウディアに来てから初めて社交の場に披露される。
ルカが専属の教師を招き、自分に教えてくれたこと。彼に恥をかかせるような行いを避けたいのはもちろんだが、学んだことが身についているのか、自分で確かめることができる絶好の機会だとも受け止めていた。
スーは緊張しながらも、チラリと隣のルカを眺めて心の中で盛大にニヤつく。
(軍盛装の殿下を、目に刻みつけたおきたい!)
クラウディアでは皇太子であると同時に、帝国元帥であることがルカの地位を示すらしい。そのため彼は公式の場では宮廷衣装ではなく、軍装で臨むことになる。
スーの目には、華やかさと凛々しさが最高潮に達していて、ルカに見惚れているとよだれが出そうだった。
(これだけで、今日を頑張れる!)
意欲を燃やしながら、スーは今日のために教えられたことをもう一度なぞる。
(作法はもちろんとして、気をつけることが幾つかあるわ)
帝国の後継争いは、どうやら満場一致でルカを支持しているというわけではないようだった。スーの頭にもルカを推す皇帝派と、第二皇子であるレオンを推すディオクレア大公派という派閥の知識が入っている。
今日の婚約披露に際して、ルカの側近であるルキアから注意するべきことを聞いたが、スーには仰天の内容だった。
王宮内では絶対に一人きりにはならない。
他人から渡された飲み物や食べ物は絶対に口にしない。
極め付けは、複数の毒に対して効果を発揮する解毒薬を渡されたことである。
万が一の用心ということだったが、ルカの生きる世界がいかに壮絶であるのかを垣間見た気分になった。
(ルカ様は命を狙われたことがあるのかしら)
手渡された小さな筒状の容器に答えが詰まっている。スーは暗い気持ちになった。サイオンでは想像もつかないような骨肉の争い。雄大な自然に囲まれ、呑気に育った自分とはまるで違う。
ルカの危うい立場を思うと、彼には心休まる時がないのかもしれないと思えた。スーはますますルカの助けになれるような皇太子妃になりたいと、決意を新たにする。
「スー、あまり緊張せずに楽しんでください」
自分の手を引くルカが、スーを見て微笑む。
「いつも通りに振る舞えば、きっとあなたは人気者になれます。気の合う令嬢との出会いもあるでしょう。ただ、私やルキアの目の届く場所にいてください。くれぐれも護衛の死角にはならないようにお願いします」
「はい、ルカ殿下。心得ています」
どうしても鼓動が早くなってしまうが、一歩会場に足を踏み入れると、ワッと歓声が広がった。
シャンデリアの煌めく高い天井を支える、女神を模した美しい柱。装飾枠の美しい窓からは夕焼けが広がり、広間には緩やかな音楽が流れていた。
美しく着飾った人々が、寄せては返す波のように、次々にルカと自分を祝福してくれる。
殺伐とした空気はなく、スーが思っていたより誰もが好意的に迎えてくれている気がした。
(解毒薬のせいで、少し警戒しすぎていたのかもしれないわ)
ルカの隣で作法に則って挨拶を繰り返していたが、スーは華やかな会場の雰囲気に、気持ちがウキウキとしてくる。
「これはまた、本日は一段とお美しいですな、スー王女」
聴き慣れた声に振り返ると、大きな人影が立っていた。軍でルカの補佐を努めているガウスだった。
「ルカ殿下、スー王女、おめでとうございます」
ルカと同じように意匠の豪華な軍装をまとっている。隣には優しげに微笑む夫人が寄り添っていた。おしどり夫婦と噂になっているネルバ夫人である。
ガウスは着飾っていても、筋肉紳士とあだ名される体の分厚さが目立つ。見た目のゴツさとは違い、いつもにこやかで気さくに笑っている印象が強い。毎朝、送迎のために邸に現れる度に、ルカがガウスに心を許しているのが伝わってきた。
その度にガウスを羨ましいと思うが、今ではスーもガウスに懐き、親しみを抱いている。
しばらく談笑した後、ガウスが夫人を連れて立ち去った。
直後、スーはあたりの和んだ雰囲気に、ピリッとひりつくような張りつめた空気を感じた。
心なしか周りの喧騒が小さくなっている気がする。
スーとルカを目掛けて、颯爽と歩み寄ってくる人影があった。ルカとは違い、宮廷衣装のような華やかな衣装をまとい、歩を進める度に刺繍のみごとなマントが翻る。
ルカよりも小柄で、癖のない金髪が輝く。綺麗な顔をした妖精のような青年だった。
ルカが専属の教師を招き、自分に教えてくれたこと。彼に恥をかかせるような行いを避けたいのはもちろんだが、学んだことが身についているのか、自分で確かめることができる絶好の機会だとも受け止めていた。
スーは緊張しながらも、チラリと隣のルカを眺めて心の中で盛大にニヤつく。
(軍盛装の殿下を、目に刻みつけたおきたい!)
クラウディアでは皇太子であると同時に、帝国元帥であることがルカの地位を示すらしい。そのため彼は公式の場では宮廷衣装ではなく、軍装で臨むことになる。
スーの目には、華やかさと凛々しさが最高潮に達していて、ルカに見惚れているとよだれが出そうだった。
(これだけで、今日を頑張れる!)
意欲を燃やしながら、スーは今日のために教えられたことをもう一度なぞる。
(作法はもちろんとして、気をつけることが幾つかあるわ)
帝国の後継争いは、どうやら満場一致でルカを支持しているというわけではないようだった。スーの頭にもルカを推す皇帝派と、第二皇子であるレオンを推すディオクレア大公派という派閥の知識が入っている。
今日の婚約披露に際して、ルカの側近であるルキアから注意するべきことを聞いたが、スーには仰天の内容だった。
王宮内では絶対に一人きりにはならない。
他人から渡された飲み物や食べ物は絶対に口にしない。
極め付けは、複数の毒に対して効果を発揮する解毒薬を渡されたことである。
万が一の用心ということだったが、ルカの生きる世界がいかに壮絶であるのかを垣間見た気分になった。
(ルカ様は命を狙われたことがあるのかしら)
手渡された小さな筒状の容器に答えが詰まっている。スーは暗い気持ちになった。サイオンでは想像もつかないような骨肉の争い。雄大な自然に囲まれ、呑気に育った自分とはまるで違う。
ルカの危うい立場を思うと、彼には心休まる時がないのかもしれないと思えた。スーはますますルカの助けになれるような皇太子妃になりたいと、決意を新たにする。
「スー、あまり緊張せずに楽しんでください」
自分の手を引くルカが、スーを見て微笑む。
「いつも通りに振る舞えば、きっとあなたは人気者になれます。気の合う令嬢との出会いもあるでしょう。ただ、私やルキアの目の届く場所にいてください。くれぐれも護衛の死角にはならないようにお願いします」
「はい、ルカ殿下。心得ています」
どうしても鼓動が早くなってしまうが、一歩会場に足を踏み入れると、ワッと歓声が広がった。
シャンデリアの煌めく高い天井を支える、女神を模した美しい柱。装飾枠の美しい窓からは夕焼けが広がり、広間には緩やかな音楽が流れていた。
美しく着飾った人々が、寄せては返す波のように、次々にルカと自分を祝福してくれる。
殺伐とした空気はなく、スーが思っていたより誰もが好意的に迎えてくれている気がした。
(解毒薬のせいで、少し警戒しすぎていたのかもしれないわ)
ルカの隣で作法に則って挨拶を繰り返していたが、スーは華やかな会場の雰囲気に、気持ちがウキウキとしてくる。
「これはまた、本日は一段とお美しいですな、スー王女」
聴き慣れた声に振り返ると、大きな人影が立っていた。軍でルカの補佐を努めているガウスだった。
「ルカ殿下、スー王女、おめでとうございます」
ルカと同じように意匠の豪華な軍装をまとっている。隣には優しげに微笑む夫人が寄り添っていた。おしどり夫婦と噂になっているネルバ夫人である。
ガウスは着飾っていても、筋肉紳士とあだ名される体の分厚さが目立つ。見た目のゴツさとは違い、いつもにこやかで気さくに笑っている印象が強い。毎朝、送迎のために邸に現れる度に、ルカがガウスに心を許しているのが伝わってきた。
その度にガウスを羨ましいと思うが、今ではスーもガウスに懐き、親しみを抱いている。
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心なしか周りの喧騒が小さくなっている気がする。
スーとルカを目掛けて、颯爽と歩み寄ってくる人影があった。ルカとは違い、宮廷衣装のような華やかな衣装をまとい、歩を進める度に刺繍のみごとなマントが翻る。
ルカよりも小柄で、癖のない金髪が輝く。綺麗な顔をした妖精のような青年だった。
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