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第六章:皇太子と王女の婚約披露
28:ささやかな願い
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ルカの政敵となる大公ーーディオクレアが、何かを仕掛けてくる絶好の機会なのだ。だからこそ、ルカは第七都の遺跡から関心を逸らす目的で、サイオンの王女との婚約発表を急いだ。
サイオンの王女が持つ本当の意味を知るのは、皇帝と自分だけである。
軍で自分を補佐するガウスや、側近のルキアでさえ知らない。
それでも、人々は皇家の嫡子がサイオンの王女をむかえるという掟に、充分な意味を見出す。
王女との結婚は、皇位継承者の証明となるからだ。
皇帝が皇太子にルカを指名してからも、異母弟であるレオンを次代に推すディオクレア大公は、ルカと王女の結婚を実現させたくはないだろう。
どんなふうに妨害を仕掛けてくるのか、幾通りかの予見はできるが、最も懸念するのは暗殺である。
サイオンの重要性をしらないディオクレアは、スーの暗殺が何を意味するのか知る由もない。
知られるわけにもいかないが、不知ゆえに暗殺が現実味を帯びてくる。
ヘレナのもたらした情報も、それを示唆していた。
「殿下、少しよろしいですか?」
ルキアが耳打ちするようにルカを呼ぶ。どうやらスーに聞かれたくない話のようだ。弟であるルキアの耳打ちに気づいたいのか、ヘレナがスーの意識を自分に向けるように、彼女の前に立って他愛ない話をはじめた。スーが無邪気な笑顔で応じているのをたしかめて、ルカはルキアと共に彼女から少し距離をとった。
「やはりスー王女には、今日の発表において、ご自身が一番危険な立場にあることをお話しておいた方がよろしいのでは?」
「ヘレナからの助言か」
「いえ。本人が正しく警戒していれば、防げることもあるのではと」
「たしかにそうだが……」
スーには、すでに危機感を煽る助言はしている。けれど、彼女こそが標的となる可能性については、あえて教えていなかった。
夢見がちなスーにとって、今日は晴れの舞台なのだ。あまり気持ちを脅かすようなことを伝えたくない。
社交の場に出れば、彼女にも帝国の悪魔と言われるルカの風評が耳に入るだろう。
自分に対して抱くであろう嫌悪感を、さらに増長させるような情報を事前に与えることは避けたい。嫌われる覚悟はしているが、彼女を怯えさせることは望まない。
ディオクレアが万全に画策していても、ルカもスーを守るために万全の警戒をしている。
スーにはできるだけ平和な世界を見せて、笑っていてほしい。この判断が正しいのか誤っているのかは、ルカにもわからない。ただ帝国の抱える闇を知られることなく、終わらせたい。
そんな、ささやかな願いを抱いている。
「殿下、出過ぎたことを申し上げました」
手のひらを返すように、ルキアがあっさりと発言を翻した。
「ルキア?」
「我々が、王女からを目を離さずにいればすむ話です」
ルカは苦笑が浮かぶ。幼い頃からそうであったように、ルキアには見抜かれているのだ。
「スー王女の笑顔を守りたいと考えるのは、殿下だけではありません」
皇太子の側近という立場から、人一倍警戒心の強いルキアが、スーには心を許しているようだった。ルカはヘレナと楽しそうに笑っているスーへ目を向ける。
不思議な王女だった。クラウディアの中心で生きてきた自分たちにはない、無垢な輝き。
誰かに傷つけられ、裏切られた経験がないのだろう。
(もっと傲慢でわがままな王女なら良かった)
義務感だけであれば、こんな複雑な思いを抱くこともない。
(私はいつか、彼女も犠牲にするのだろうか)
残された道は険しい。血塗られた道を往くと決めた時に、最悪の結末を覚悟した。
けれど、今は祈ってしまう。その最後に向かわないことを。
その道を選び取る未来が訪れないことを、願ってしまうのだ。
(……どうかしている)
思い入れがもたらす迷いは、ルカの視界を曇らせる。
「スー」
呼ぶと、彼女が弾かれたようにこちらを向く。
「はい、ルカ様」
「そろそろ行きましょう。これから注意するべきことは覚えていますか?」
「もちろんです」
歩み寄って手を差し伸べると、スーが赤い手袋に包まれた手を重ねた。
二人で部屋を出るために寄り添って歩き出す。ルカはそっとスーに告げた。
「あなたはようやく私の本性を知ることになる」
「ルカ様?」
「前にも申し上げましたが、スーが私を嫌悪しても、私はあなたを大切にします」
彼女の好意が自分の覚悟を揺るがせるのであれば、嫌悪された方が迷わなくてすむ。スーに嫌われることを恐れない自分を取り戻すことができる。
覚悟を貫くためには、義務感だけの自分に戻った方が良いのだ。
「わたしは何があってもルカ様をお慕いしております」
スーの答えは変わらない。
この婚約披露が終わった後にも、彼女は同じ笑顔で答えてくれるのだろうか。
それとも、失われてしまうのだろうか。
サイオンの王女が持つ本当の意味を知るのは、皇帝と自分だけである。
軍で自分を補佐するガウスや、側近のルキアでさえ知らない。
それでも、人々は皇家の嫡子がサイオンの王女をむかえるという掟に、充分な意味を見出す。
王女との結婚は、皇位継承者の証明となるからだ。
皇帝が皇太子にルカを指名してからも、異母弟であるレオンを次代に推すディオクレア大公は、ルカと王女の結婚を実現させたくはないだろう。
どんなふうに妨害を仕掛けてくるのか、幾通りかの予見はできるが、最も懸念するのは暗殺である。
サイオンの重要性をしらないディオクレアは、スーの暗殺が何を意味するのか知る由もない。
知られるわけにもいかないが、不知ゆえに暗殺が現実味を帯びてくる。
ヘレナのもたらした情報も、それを示唆していた。
「殿下、少しよろしいですか?」
ルキアが耳打ちするようにルカを呼ぶ。どうやらスーに聞かれたくない話のようだ。弟であるルキアの耳打ちに気づいたいのか、ヘレナがスーの意識を自分に向けるように、彼女の前に立って他愛ない話をはじめた。スーが無邪気な笑顔で応じているのをたしかめて、ルカはルキアと共に彼女から少し距離をとった。
「やはりスー王女には、今日の発表において、ご自身が一番危険な立場にあることをお話しておいた方がよろしいのでは?」
「ヘレナからの助言か」
「いえ。本人が正しく警戒していれば、防げることもあるのではと」
「たしかにそうだが……」
スーには、すでに危機感を煽る助言はしている。けれど、彼女こそが標的となる可能性については、あえて教えていなかった。
夢見がちなスーにとって、今日は晴れの舞台なのだ。あまり気持ちを脅かすようなことを伝えたくない。
社交の場に出れば、彼女にも帝国の悪魔と言われるルカの風評が耳に入るだろう。
自分に対して抱くであろう嫌悪感を、さらに増長させるような情報を事前に与えることは避けたい。嫌われる覚悟はしているが、彼女を怯えさせることは望まない。
ディオクレアが万全に画策していても、ルカもスーを守るために万全の警戒をしている。
スーにはできるだけ平和な世界を見せて、笑っていてほしい。この判断が正しいのか誤っているのかは、ルカにもわからない。ただ帝国の抱える闇を知られることなく、終わらせたい。
そんな、ささやかな願いを抱いている。
「殿下、出過ぎたことを申し上げました」
手のひらを返すように、ルキアがあっさりと発言を翻した。
「ルキア?」
「我々が、王女からを目を離さずにいればすむ話です」
ルカは苦笑が浮かぶ。幼い頃からそうであったように、ルキアには見抜かれているのだ。
「スー王女の笑顔を守りたいと考えるのは、殿下だけではありません」
皇太子の側近という立場から、人一倍警戒心の強いルキアが、スーには心を許しているようだった。ルカはヘレナと楽しそうに笑っているスーへ目を向ける。
不思議な王女だった。クラウディアの中心で生きてきた自分たちにはない、無垢な輝き。
誰かに傷つけられ、裏切られた経験がないのだろう。
(もっと傲慢でわがままな王女なら良かった)
義務感だけであれば、こんな複雑な思いを抱くこともない。
(私はいつか、彼女も犠牲にするのだろうか)
残された道は険しい。血塗られた道を往くと決めた時に、最悪の結末を覚悟した。
けれど、今は祈ってしまう。その最後に向かわないことを。
その道を選び取る未来が訪れないことを、願ってしまうのだ。
(……どうかしている)
思い入れがもたらす迷いは、ルカの視界を曇らせる。
「スー」
呼ぶと、彼女が弾かれたようにこちらを向く。
「はい、ルカ様」
「そろそろ行きましょう。これから注意するべきことは覚えていますか?」
「もちろんです」
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「ルカ様?」
「前にも申し上げましたが、スーが私を嫌悪しても、私はあなたを大切にします」
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覚悟を貫くためには、義務感だけの自分に戻った方が良いのだ。
「わたしは何があってもルカ様をお慕いしております」
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