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第六章:皇太子と王女の婚約披露
27:公妾ヘレナ・ベリウス
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帝国クラウディアの貴族にとって、婚約発表は結婚よりも意味がある。
どの家と結びつくのかが重要な情報になるのだ。
権力を誇示する絶好の舞台でもあり、そのような風潮から皇家の婚約披露も盛大なものになる。
ルカも思惑どおり、サイオンの王女との婚約を披露する日をむかえていた。
毅然とした面持ちで、自分と腕をくんで王宮の通路を歩くスーを横目にながめる。
すました顔をしていると、妖艶さがきわだつ扇情的な容姿の王女である。世間の噂を裏切らない、みごとな美貌。
いつもの様子からは想像もつかない変貌ぶりに、ルカはおかしさを感じるほどである。
彼女が意識しない部分で、周りの者の欲望を煽るようなことがないよう、衣装は華やかさを重視した露出のすくない仕たてになっている。
スーの紅玉のような瞳にあわせた真っ赤なドレスは、透けそうな肌の白さを引きたてる。髪型は異国から迎えた王女であることを示すために、ふたつにわけて結い上げるいつもの形に、赤と白の花をあしらって、美しい髪飾りとなっていた。
ルカの誘導にも、臆することのない足どり。
改めて、短期間で身に着けたとは思えない美しい振舞いをみて、彼女の努力をおもう。
皇帝と皇后への謁見をおえて、スーはこれから公に皇太子の婚約者として披露される。
二人の婚約は公示され、世界中の人間のしるところとなり、同時に社交の場に姿をみせることになるのだ。
皇帝の前から辞去し、二人はお披露目のために王宮にもうけられた会場へおもむくが、ルカは真っ直ぐそちらへは向かわず、用意させていた待機部屋へつづく通路へスーを案内した。
「ありがとう、スー。両陛下の御前で申しぶんのない振舞いでした」
ルカが声をかけると、辺りに誰もいないことを確認したのか、スーがふうっと大きく息をついた。
「そう感じていただけたのであれば、とても良かったです。実はものすごく緊張して、自分の鼓動と震える足に気をとられていて、わたしは両陛下のご尊顔も覚えていないくらい記憶がないです」
胸に手をあてて項垂れるスーの告白が、ルカには意外だった。
「あんなに優雅で美しかったのに?」
「練習は本番を裏切らないのです! きっと」
そうかもしれないと、ルカはおもった。小国とは言え王女である。もともとの歩行も姿勢も悪くないが、クラウディアにきてからはさらに洗練された。
いかに皇太子妃としての立ち居振る舞いに励んできたのかが、手にとるようにわかる。
何度もくり返し、姿勢や足さばき、手先の使い方を体に叩きこんだのだろう。
「ルカ殿下のとなりにいても恥ずかしくないように、頑張りました」
いつもの明るい笑顔が、スーの妖艶な美貌を無垢な輝きにぬりかえる。ルカは変わらない彼女の仕草に目を細めながら、頷いてみせた。
「スーの頑張りは、しっかりと心に刻んでいます。でも、今日の本番はこれからです」
「はい」
緊張を取り戻すかのように、彼女が無垢な笑顔から表情をあらためた。
二人が王宮の片隅にもうけた待機部屋へはいると、皇太子の補佐役であるルキアと護衛が整列していたが、ルカはすぐに予想外の者が一緒にいることに気づいた。
癖のない長い銀髪をかきあげながら、女性にしては背の高い人影が歩みよってくる。
「ヘレナ、なぜここに?」
「なぜって、殿下の婚約披露に参加するためですわ」
宝石のような紫の瞳と同じ色のドレスは、普段に見るものより意匠がこっている。どうやら本当に婚約披露の場に参加するらしい。
「あなたが? いったい何のために?」
ルカは皮肉を込めていうが、ヘレナは含みのある笑みを浮かべるだけである。
以前は父の妃の一人だったが、父が亡き後はルカの公妾となっている。
政略結婚が当たり前の帝国の貴族は、婚姻後に互いに愛人をつくることも珍しくない。愛人の数で地位をあらわし、自身の魅力を誇示する風潮は、今でも根強く残っており、皇家も同じだった。
ヘレナは頭の良い女性なので心配はしていないが、彼女が表舞台に顔を見せることは珍しい。
「わたくしも、殿下の妃となる方には興味があるのですよ」
ルカの隣で黙って様子をうかがっているスーに、ヘレナが優雅に挨拶をする。
「スー王女。わたくしはヘレナと申します。どうか、以後お見知りおきください」
「はい。ヘレナ様、どうかよろしくお願いいたします」
スーは警戒するべき相手なのかどうかを測りかねているのか、人懐こさを殺したまま、身につけたばかりの美しい振る舞いで返礼する。
ルカはスーの緊張を和らげるために、ヘレナを紹介した。
「スー、彼女はベリウス公の娘で、ルキアの姉です。以前は父の妃でしたが、父が亡き後は私がお支えしています。私にとっては、ルキアと同じ幼馴染です」
「ルキア様のお姉様で、ルカ殿下の幼馴染の女性……」
今日の舞台に向けて、スーはルカの側近であるルキアとは、すでに打ち解けていた。彼の姉であると聞いて、親近感を抱いたようだ。肩の力を抜いたのがわかる。
ようやく人懐こい笑顔が咲いた。ヘレナがまるで珍しい花を見つけたかのように、スーを見つめたまま目を瞠る。
「殿下。わたくしも、いま理解いたしましたわ」
「何の話だ?」
「この頃、殿下がよく隠れ家においでになる理由です」
ヘレナはルカの公妾としての権利を利用して大きな邸宅を所有している。社交的な性分なのか、自邸で多様な知識人を招いた集会などを行うため、いつも彼女の元には最新の情報が集まった。
さらに貴族や要人などを顧客とする、特別な公娼を抱えた隠れ家の主という裏の顔も持っている。
そのため、彼女からは政敵となる大公派の情報を手に入れることができた。
「つまらない詮索だな、ヘレナ」
公妾であっても、彼女との間には愛人のような男女の関係はない。互いに利があるかどうかだけである。恋人や愛人を作ることが煩わしいルカにとって、ヘレナの営む隠れ家は、欲を満たす場として都合が良い。
「あなたがそんなことを言い出すのも珍しい」
「わたくしにも人並みに好奇心がございます」
ヘレナが微笑む。
敵に回すとやっかいな女性だが、彼女は絶対に裏切らない。
裏切らない理由を、ルカは知っている。
「あなたが、ただの好奇心だけでここにいるとは思っていないが……」
「さすがですわ、殿下。どうか、その愛らしい方から目を離しませんように――」
ヘレナの含みのある囁き。ルカはそれで全てを察した。
「害虫が紛れているのか」
「はい。おそらくとびきりの手練れが」
「――心得ておく。ありがとう、ヘレナ」
彼女の警告は想像の範囲内ではある。
今日の婚約発表が、ただ平穏に終わる可能性は極めて低い。
どの家と結びつくのかが重要な情報になるのだ。
権力を誇示する絶好の舞台でもあり、そのような風潮から皇家の婚約披露も盛大なものになる。
ルカも思惑どおり、サイオンの王女との婚約を披露する日をむかえていた。
毅然とした面持ちで、自分と腕をくんで王宮の通路を歩くスーを横目にながめる。
すました顔をしていると、妖艶さがきわだつ扇情的な容姿の王女である。世間の噂を裏切らない、みごとな美貌。
いつもの様子からは想像もつかない変貌ぶりに、ルカはおかしさを感じるほどである。
彼女が意識しない部分で、周りの者の欲望を煽るようなことがないよう、衣装は華やかさを重視した露出のすくない仕たてになっている。
スーの紅玉のような瞳にあわせた真っ赤なドレスは、透けそうな肌の白さを引きたてる。髪型は異国から迎えた王女であることを示すために、ふたつにわけて結い上げるいつもの形に、赤と白の花をあしらって、美しい髪飾りとなっていた。
ルカの誘導にも、臆することのない足どり。
改めて、短期間で身に着けたとは思えない美しい振舞いをみて、彼女の努力をおもう。
皇帝と皇后への謁見をおえて、スーはこれから公に皇太子の婚約者として披露される。
二人の婚約は公示され、世界中の人間のしるところとなり、同時に社交の場に姿をみせることになるのだ。
皇帝の前から辞去し、二人はお披露目のために王宮にもうけられた会場へおもむくが、ルカは真っ直ぐそちらへは向かわず、用意させていた待機部屋へつづく通路へスーを案内した。
「ありがとう、スー。両陛下の御前で申しぶんのない振舞いでした」
ルカが声をかけると、辺りに誰もいないことを確認したのか、スーがふうっと大きく息をついた。
「そう感じていただけたのであれば、とても良かったです。実はものすごく緊張して、自分の鼓動と震える足に気をとられていて、わたしは両陛下のご尊顔も覚えていないくらい記憶がないです」
胸に手をあてて項垂れるスーの告白が、ルカには意外だった。
「あんなに優雅で美しかったのに?」
「練習は本番を裏切らないのです! きっと」
そうかもしれないと、ルカはおもった。小国とは言え王女である。もともとの歩行も姿勢も悪くないが、クラウディアにきてからはさらに洗練された。
いかに皇太子妃としての立ち居振る舞いに励んできたのかが、手にとるようにわかる。
何度もくり返し、姿勢や足さばき、手先の使い方を体に叩きこんだのだろう。
「ルカ殿下のとなりにいても恥ずかしくないように、頑張りました」
いつもの明るい笑顔が、スーの妖艶な美貌を無垢な輝きにぬりかえる。ルカは変わらない彼女の仕草に目を細めながら、頷いてみせた。
「スーの頑張りは、しっかりと心に刻んでいます。でも、今日の本番はこれからです」
「はい」
緊張を取り戻すかのように、彼女が無垢な笑顔から表情をあらためた。
二人が王宮の片隅にもうけた待機部屋へはいると、皇太子の補佐役であるルキアと護衛が整列していたが、ルカはすぐに予想外の者が一緒にいることに気づいた。
癖のない長い銀髪をかきあげながら、女性にしては背の高い人影が歩みよってくる。
「ヘレナ、なぜここに?」
「なぜって、殿下の婚約披露に参加するためですわ」
宝石のような紫の瞳と同じ色のドレスは、普段に見るものより意匠がこっている。どうやら本当に婚約披露の場に参加するらしい。
「あなたが? いったい何のために?」
ルカは皮肉を込めていうが、ヘレナは含みのある笑みを浮かべるだけである。
以前は父の妃の一人だったが、父が亡き後はルカの公妾となっている。
政略結婚が当たり前の帝国の貴族は、婚姻後に互いに愛人をつくることも珍しくない。愛人の数で地位をあらわし、自身の魅力を誇示する風潮は、今でも根強く残っており、皇家も同じだった。
ヘレナは頭の良い女性なので心配はしていないが、彼女が表舞台に顔を見せることは珍しい。
「わたくしも、殿下の妃となる方には興味があるのですよ」
ルカの隣で黙って様子をうかがっているスーに、ヘレナが優雅に挨拶をする。
「スー王女。わたくしはヘレナと申します。どうか、以後お見知りおきください」
「はい。ヘレナ様、どうかよろしくお願いいたします」
スーは警戒するべき相手なのかどうかを測りかねているのか、人懐こさを殺したまま、身につけたばかりの美しい振る舞いで返礼する。
ルカはスーの緊張を和らげるために、ヘレナを紹介した。
「スー、彼女はベリウス公の娘で、ルキアの姉です。以前は父の妃でしたが、父が亡き後は私がお支えしています。私にとっては、ルキアと同じ幼馴染です」
「ルキア様のお姉様で、ルカ殿下の幼馴染の女性……」
今日の舞台に向けて、スーはルカの側近であるルキアとは、すでに打ち解けていた。彼の姉であると聞いて、親近感を抱いたようだ。肩の力を抜いたのがわかる。
ようやく人懐こい笑顔が咲いた。ヘレナがまるで珍しい花を見つけたかのように、スーを見つめたまま目を瞠る。
「殿下。わたくしも、いま理解いたしましたわ」
「何の話だ?」
「この頃、殿下がよく隠れ家においでになる理由です」
ヘレナはルカの公妾としての権利を利用して大きな邸宅を所有している。社交的な性分なのか、自邸で多様な知識人を招いた集会などを行うため、いつも彼女の元には最新の情報が集まった。
さらに貴族や要人などを顧客とする、特別な公娼を抱えた隠れ家の主という裏の顔も持っている。
そのため、彼女からは政敵となる大公派の情報を手に入れることができた。
「つまらない詮索だな、ヘレナ」
公妾であっても、彼女との間には愛人のような男女の関係はない。互いに利があるかどうかだけである。恋人や愛人を作ることが煩わしいルカにとって、ヘレナの営む隠れ家は、欲を満たす場として都合が良い。
「あなたがそんなことを言い出すのも珍しい」
「わたくしにも人並みに好奇心がございます」
ヘレナが微笑む。
敵に回すとやっかいな女性だが、彼女は絶対に裏切らない。
裏切らない理由を、ルカは知っている。
「あなたが、ただの好奇心だけでここにいるとは思っていないが……」
「さすがですわ、殿下。どうか、その愛らしい方から目を離しませんように――」
ヘレナの含みのある囁き。ルカはそれで全てを察した。
「害虫が紛れているのか」
「はい。おそらくとびきりの手練れが」
「――心得ておく。ありがとう、ヘレナ」
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