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第五章:遺跡と王女
26:必要以上の思い入れ
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「はじめにお伝えしませんでしたか? あなたはクラウディアでも噂になるほどの美姫だと」
「は、はい! でも、殿下はもっと落ち着きのある大人の女性が好みなのかと……」
あたふたと言い繕うスーは、ソワソワと落ち着きがなくなりつつある。ルカの胸に澱んでいた懸念が、スーへの好奇心と、いたずらめいた気持ちに上書きされていた。
「わたしは自然体のあなたの方が好きです」
神秘的な赤い瞳が紛れそうな勢いで、彼女の白い肌が紅潮する。あまりにも素直な様子に、ルカはおかしさが込み上げてくる。
「でも、ルカ様はあまりわたしのことを女性として意識されておられないようなので……」
しどろもどろとスーが気持ちを暴露する。なんの含みもない赤裸々な発言に吹き出しそうになったが、ルカはさらに仕掛けてみる。
「スー、あまり私にそういうことを言わないほうがいい」
寝台に上体を起こす彼女に身を寄せて、そっと腕を回す。小さな肩を抱いて、ぐっと体を引き寄せるように力を込めた。
びくりとスーが緊張したのが分かったが、それでも体は暖かくて柔らかい。
七都で感じた石像のような硬質さが幻のように遠ざかる。再び良かったと思いながら、ルカは腕の中でガチガチに緊張しているスーに囁いてみた。
「美しい女性に誘われて見逃すほど、私は品行方正ではありません」
抱きすくめている体が少し震えている。
(やりすぎたか……)
ルカが体を引き寄せいていた腕を解こうとすると、スーの甲高い声が一足飛びに飛躍した主張をする。
「わたしでよろしかったら、ぜひ殿下の夜のお相手をつとめさせてください!」
もはや、どこから突っ込んで良いのかわからない希望である。
けれど、抱きすくめている者が紛れもなくスーであると実感できた。
ルカは小さく笑いながら、子犬を抱き寄せるように、小柄な体をさらに引き寄せた。
(――良かった)
温かい体から、ドクドクと早い鼓動を感じる。
(大丈夫。なにも変わっていない)
「で、殿下! でも、今夜はダメです」
さらにルカの腕に力がこもったことをどう誤解したのか、スーが大真面目に声をあげる。
「わたしは殿下のために、もっと夜のおめかしを万全に――」
彼女の主張を最後まで聞くことはできなかった。スーから離れて、ルカは声をあげて笑ってしまう。
本当にどこから突っ込こむべきかわからない。ユエンとオトも口元に手をあてて、声を殺して笑っている。周りの者とひとしきり笑ってから、ルカは緊張のあまり勇ましい顔になっているスーに指摘した。
「スー、また殿下と……」
「あっ!」
「まぁ、もうそれで良いと言ったのは私ですが」
「いいえ! きちんとルカ様とお名前をお呼びします! わたしはスーと呼んでいただけて、とても嬉しいですので」
赤い瞳に真っ直ぐな意欲が見える。ルカは頷いて見せる。
「あなたが元気なのは、よくわかりました。スー、皇太子妃としての学習を再開しましょう」
スーの表情が生き生きと花開いた。
「本当に良いのですか?」
「――はい。正直に言えば、私もそのほうが都合が良い」
「ありがとうございます! ルカ様」
喜びを隠さず、スーが寝台から身を乗り出してルカに飛びついてきた。
咄嗟に受け止めるが、彼は複雑な気持ちになる。
「…………」
こちらから抱きしめるとあれほど緊張するのに、自分から身を寄せることには抵抗がないらしい。
薄く無防備な夜着だけをまとった状態で、力一杯しがみつかれると彼女の体の輪郭がまぎれる余地もない。押し付けられる柔らかな圧力から、にじむように伝わる肌の熱。
勢いでひるがえった長い黒髪からは、花のような香りが舞い、腕を回して受け止めた自分の指先に絡んでいた。
すぐに自由を奪えそうな細い腰を意識して、ルカは脳裏に描いた欲望に愕然とする。
(――ありえない)
嬉しそうに笑うスーは、あまりに無防備だった。ルカは不必要な情報を遮断して、彼女を丁重に寝台へ戻す。
ただ懐いてくるだけの珍獣であれば、抱くはずがない複雑な感情。ルカは全てをなかったことにして、意識に蓋をする。
彼女への必要以上の思い入れは、自分を苦しめる材料にしかならないのだ。
「は、はい! でも、殿下はもっと落ち着きのある大人の女性が好みなのかと……」
あたふたと言い繕うスーは、ソワソワと落ち着きがなくなりつつある。ルカの胸に澱んでいた懸念が、スーへの好奇心と、いたずらめいた気持ちに上書きされていた。
「わたしは自然体のあなたの方が好きです」
神秘的な赤い瞳が紛れそうな勢いで、彼女の白い肌が紅潮する。あまりにも素直な様子に、ルカはおかしさが込み上げてくる。
「でも、ルカ様はあまりわたしのことを女性として意識されておられないようなので……」
しどろもどろとスーが気持ちを暴露する。なんの含みもない赤裸々な発言に吹き出しそうになったが、ルカはさらに仕掛けてみる。
「スー、あまり私にそういうことを言わないほうがいい」
寝台に上体を起こす彼女に身を寄せて、そっと腕を回す。小さな肩を抱いて、ぐっと体を引き寄せるように力を込めた。
びくりとスーが緊張したのが分かったが、それでも体は暖かくて柔らかい。
七都で感じた石像のような硬質さが幻のように遠ざかる。再び良かったと思いながら、ルカは腕の中でガチガチに緊張しているスーに囁いてみた。
「美しい女性に誘われて見逃すほど、私は品行方正ではありません」
抱きすくめている体が少し震えている。
(やりすぎたか……)
ルカが体を引き寄せいていた腕を解こうとすると、スーの甲高い声が一足飛びに飛躍した主張をする。
「わたしでよろしかったら、ぜひ殿下の夜のお相手をつとめさせてください!」
もはや、どこから突っ込んで良いのかわからない希望である。
けれど、抱きすくめている者が紛れもなくスーであると実感できた。
ルカは小さく笑いながら、子犬を抱き寄せるように、小柄な体をさらに引き寄せた。
(――良かった)
温かい体から、ドクドクと早い鼓動を感じる。
(大丈夫。なにも変わっていない)
「で、殿下! でも、今夜はダメです」
さらにルカの腕に力がこもったことをどう誤解したのか、スーが大真面目に声をあげる。
「わたしは殿下のために、もっと夜のおめかしを万全に――」
彼女の主張を最後まで聞くことはできなかった。スーから離れて、ルカは声をあげて笑ってしまう。
本当にどこから突っ込こむべきかわからない。ユエンとオトも口元に手をあてて、声を殺して笑っている。周りの者とひとしきり笑ってから、ルカは緊張のあまり勇ましい顔になっているスーに指摘した。
「スー、また殿下と……」
「あっ!」
「まぁ、もうそれで良いと言ったのは私ですが」
「いいえ! きちんとルカ様とお名前をお呼びします! わたしはスーと呼んでいただけて、とても嬉しいですので」
赤い瞳に真っ直ぐな意欲が見える。ルカは頷いて見せる。
「あなたが元気なのは、よくわかりました。スー、皇太子妃としての学習を再開しましょう」
スーの表情が生き生きと花開いた。
「本当に良いのですか?」
「――はい。正直に言えば、私もそのほうが都合が良い」
「ありがとうございます! ルカ様」
喜びを隠さず、スーが寝台から身を乗り出してルカに飛びついてきた。
咄嗟に受け止めるが、彼は複雑な気持ちになる。
「…………」
こちらから抱きしめるとあれほど緊張するのに、自分から身を寄せることには抵抗がないらしい。
薄く無防備な夜着だけをまとった状態で、力一杯しがみつかれると彼女の体の輪郭がまぎれる余地もない。押し付けられる柔らかな圧力から、にじむように伝わる肌の熱。
勢いでひるがえった長い黒髪からは、花のような香りが舞い、腕を回して受け止めた自分の指先に絡んでいた。
すぐに自由を奪えそうな細い腰を意識して、ルカは脳裏に描いた欲望に愕然とする。
(――ありえない)
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ただ懐いてくるだけの珍獣であれば、抱くはずがない複雑な感情。ルカは全てをなかったことにして、意識に蓋をする。
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