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第五章:遺跡と王女
23:遺跡の異変
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ルカは要塞のような石造りの神殿内にいた。帝国では見慣れない壁面の彫刻に威圧感を覚えて、知らずに呼吸が深くなる。
これまで何度か簡易的な調査を行ったことがあったが、第七都の遺跡内部に空洞があるという結果が出たことはない。入り口と思えるようなものもなく、ただ表面に装飾が掘られただけの、一枚岩のような石の塊だと考えられていたのだ。
国立公園を閉鎖後の本格的な調査に向けて、皇帝軍の指揮で事前準備を進めていたが、先日、第七都の遺跡に異変が起きた。
「閣下?」
補佐官として隣に立つガウスが、立ち止まって目元に手を当てたルカに声をかける。彼が閣下と呼ぶときは、元帥としての振る舞いを望まれているときだ。
「いかがなさいましたか?」
「いや、なんでもない。あまりにも荘厳で、眩暈を覚えるほどだな」
第七都の遺跡におきた異変。石の塊だと信じて疑わなかった遺跡が、突然口を開いたのだ。内部は深く地下に続き、どのような動力が叩いているのかも不明だが、視界を確保するようにぼうっとした光が等間隔に続いている。
零都の遺跡とは多少異なるが、現代の科学技術では解明のできない動力源が働いているのは間違いない。
内部の様子はすでに先遣隊によってルカにも仔細に報告されていたが、先へ進むことに躊躇いを覚える。最終的な見極めは皇帝が行うが、ルカにも同じ目がある。
零都にある兵器を知っているのだ。同じものが発見されることは望まない。
(やはり、サイオンの王女が原因か……)
観光気分でスーと遺跡の外周をたどっていた時の状況を思い出して、ルカは眉間に皺が寄る。
スーの正体を突き付けられたような、突然の豹変だった。
まるで石像のように硬直した体、心の宿らない顔。
異質な声。粉砕された防御ガラス。
皇帝軍に第七都の異変が報告された時期と符合していた。
(――私は望んでいない)
深く息を吐き出して、ルカは再び歩き出した。
(もしスーが目覚めなかったら……)
ルカはゾッと背筋が冷たくなる。
医師はただ眠っているだけだと診断したが、彼女が目覚めたという知らせはまだ入ってこない。意識を失ったスーを自邸へ連れ帰ると、遺跡の異変を報告するためにガウスが訪れていた。遺跡は皇帝軍の管轄である。スーの容体も気になったが、館にいてもなす術がない。ルカは入口を開いた遺跡に対応するために自邸を出たが、それきり軍から戻ることができずにいた。
「この先にあるものの正体は、皇帝陛下と閣下にしかわかりません」
ガウスが硬い声を出す。
「わかっている」
先遣隊の調査では、この先には広間のような空間があると報告されている。侵入に際しての危険はないと確認もとれているようだ。
ルカはふうっと吐息をつくと、颯爽と歩きだした。
等間隔に光る細い通路の先に広がる空間。円筒形に繰りぬかれた内部は壁に複雑な模様が彫刻されている。零都にある遺跡の内部とは異なっているが、ルカは正面にある凹みに気づいた。
まるで玉座が埋め込まれた様に、見事に掘りぬかれている。
「閣下? 顔色がよろしくありませんが……」
ガウスに指摘されて、ルカは自分の手が冷たくなっていることに気づく。血の気が引いているのだ。
気持ちを落ち着けようと、深呼吸をする。
「ガウス、これより第零次特別措置を講じる」
「それは……」
「ーー我々は、新たな脅威を手に入れた可能性が高い」
ルカは踵を返す。これ以上の長居には意味がない。今まで零都をどれほど調査し、研究を尽くしても、サイオンの技術を暴くことはできなかった。七都の遺跡も同じだろう。クラウディアの技術では何も解明できないのが現状なのだ。
「先遣隊には引き続き緘口令を布け。皇帝陛下においでいただく必要があるが、これ以降、何人も立ち入らせるな」
「御意」
ガウスと共に、ルカは遺跡を出た。この先、皇帝が下す判断には危惧していない。
サイオンの王女、スーが第七都の遺跡に異変を起こした疑惑は拭えないが、閉鎖すれば石で出来た建造物でしかない。
ルカはガウスと軍用車に乗り込み、帝都への道のりを戻りながら考える。
先遣隊に緘口令を布いても、皇帝軍が遺跡の調査で動いたことは周知である。ただでさえ国立公園を閉鎖しての調査を開始することには注目が集まっていたのだ。大公派が根も葉もない噂を流布して火種として利用してもおかしくない。
「クラウディアの粛清」が示した、帝国の力。
大規模な争いのない世が続き、いつしか人々の内で帝国の戦力が過去の栄光となり始めていた矢先だった。帝国の戦力に不審が募れば、内政と外交の主導権に影響を及ぼす。
粛清によって、帝国主導の統治と外交を取り戻したことも事実だったが、ルカには前時代的に思えた。
有史以来、力だけによる支配で長続きした国はない。
「クラウディアの粛清」によって、大公派は帝国の兵器について、どのような情報を得たのか。
皇帝から皇太子に伝えられる、一子相伝の掟。
決して暴けない古代王朝サイオンの技術。だからこそ皇帝が口を閉ざせば、掟が露見することもない。
皮肉な因果関係である。
自分が指名される前は、父が皇太子だった。
どれほど愚かでも、掟を近親に吹聴するようなことはなかっただろう。ルカはそう捉えているが、葬った父を信じるだけの根拠も持たない。
ただ現在に至るまでの大公派の出方で、掟が守られていたのだと考えているだけだった。
(できるだけ、今回の遺跡調査から世間の関心を逸らしておきたい……)
軍用車の座席に深く身を預けながら、ルカが次の一手を考えているとガウスに通信が入った。
「閣下。ルキア殿からご連絡です。昨日、スー王女がお目覚めになったと」
「スーが?」
「はい。医師の問診に問題もなく、食欲もあり、お元気なご様子らしいです」
(ーー良かった……)
ルカは自分で思っていたより、ずっと安堵した自分を感じる。
(あの笑顔を失わずにすんだ)
そして。
ルカの望み通りに、彼女は古代兵器の礎にはならなかったのだ。
これまで何度か簡易的な調査を行ったことがあったが、第七都の遺跡内部に空洞があるという結果が出たことはない。入り口と思えるようなものもなく、ただ表面に装飾が掘られただけの、一枚岩のような石の塊だと考えられていたのだ。
国立公園を閉鎖後の本格的な調査に向けて、皇帝軍の指揮で事前準備を進めていたが、先日、第七都の遺跡に異変が起きた。
「閣下?」
補佐官として隣に立つガウスが、立ち止まって目元に手を当てたルカに声をかける。彼が閣下と呼ぶときは、元帥としての振る舞いを望まれているときだ。
「いかがなさいましたか?」
「いや、なんでもない。あまりにも荘厳で、眩暈を覚えるほどだな」
第七都の遺跡におきた異変。石の塊だと信じて疑わなかった遺跡が、突然口を開いたのだ。内部は深く地下に続き、どのような動力が叩いているのかも不明だが、視界を確保するようにぼうっとした光が等間隔に続いている。
零都の遺跡とは多少異なるが、現代の科学技術では解明のできない動力源が働いているのは間違いない。
内部の様子はすでに先遣隊によってルカにも仔細に報告されていたが、先へ進むことに躊躇いを覚える。最終的な見極めは皇帝が行うが、ルカにも同じ目がある。
零都にある兵器を知っているのだ。同じものが発見されることは望まない。
(やはり、サイオンの王女が原因か……)
観光気分でスーと遺跡の外周をたどっていた時の状況を思い出して、ルカは眉間に皺が寄る。
スーの正体を突き付けられたような、突然の豹変だった。
まるで石像のように硬直した体、心の宿らない顔。
異質な声。粉砕された防御ガラス。
皇帝軍に第七都の異変が報告された時期と符合していた。
(――私は望んでいない)
深く息を吐き出して、ルカは再び歩き出した。
(もしスーが目覚めなかったら……)
ルカはゾッと背筋が冷たくなる。
医師はただ眠っているだけだと診断したが、彼女が目覚めたという知らせはまだ入ってこない。意識を失ったスーを自邸へ連れ帰ると、遺跡の異変を報告するためにガウスが訪れていた。遺跡は皇帝軍の管轄である。スーの容体も気になったが、館にいてもなす術がない。ルカは入口を開いた遺跡に対応するために自邸を出たが、それきり軍から戻ることができずにいた。
「この先にあるものの正体は、皇帝陛下と閣下にしかわかりません」
ガウスが硬い声を出す。
「わかっている」
先遣隊の調査では、この先には広間のような空間があると報告されている。侵入に際しての危険はないと確認もとれているようだ。
ルカはふうっと吐息をつくと、颯爽と歩きだした。
等間隔に光る細い通路の先に広がる空間。円筒形に繰りぬかれた内部は壁に複雑な模様が彫刻されている。零都にある遺跡の内部とは異なっているが、ルカは正面にある凹みに気づいた。
まるで玉座が埋め込まれた様に、見事に掘りぬかれている。
「閣下? 顔色がよろしくありませんが……」
ガウスに指摘されて、ルカは自分の手が冷たくなっていることに気づく。血の気が引いているのだ。
気持ちを落ち着けようと、深呼吸をする。
「ガウス、これより第零次特別措置を講じる」
「それは……」
「ーー我々は、新たな脅威を手に入れた可能性が高い」
ルカは踵を返す。これ以上の長居には意味がない。今まで零都をどれほど調査し、研究を尽くしても、サイオンの技術を暴くことはできなかった。七都の遺跡も同じだろう。クラウディアの技術では何も解明できないのが現状なのだ。
「先遣隊には引き続き緘口令を布け。皇帝陛下においでいただく必要があるが、これ以降、何人も立ち入らせるな」
「御意」
ガウスと共に、ルカは遺跡を出た。この先、皇帝が下す判断には危惧していない。
サイオンの王女、スーが第七都の遺跡に異変を起こした疑惑は拭えないが、閉鎖すれば石で出来た建造物でしかない。
ルカはガウスと軍用車に乗り込み、帝都への道のりを戻りながら考える。
先遣隊に緘口令を布いても、皇帝軍が遺跡の調査で動いたことは周知である。ただでさえ国立公園を閉鎖しての調査を開始することには注目が集まっていたのだ。大公派が根も葉もない噂を流布して火種として利用してもおかしくない。
「クラウディアの粛清」が示した、帝国の力。
大規模な争いのない世が続き、いつしか人々の内で帝国の戦力が過去の栄光となり始めていた矢先だった。帝国の戦力に不審が募れば、内政と外交の主導権に影響を及ぼす。
粛清によって、帝国主導の統治と外交を取り戻したことも事実だったが、ルカには前時代的に思えた。
有史以来、力だけによる支配で長続きした国はない。
「クラウディアの粛清」によって、大公派は帝国の兵器について、どのような情報を得たのか。
皇帝から皇太子に伝えられる、一子相伝の掟。
決して暴けない古代王朝サイオンの技術。だからこそ皇帝が口を閉ざせば、掟が露見することもない。
皮肉な因果関係である。
自分が指名される前は、父が皇太子だった。
どれほど愚かでも、掟を近親に吹聴するようなことはなかっただろう。ルカはそう捉えているが、葬った父を信じるだけの根拠も持たない。
ただ現在に至るまでの大公派の出方で、掟が守られていたのだと考えているだけだった。
(できるだけ、今回の遺跡調査から世間の関心を逸らしておきたい……)
軍用車の座席に深く身を預けながら、ルカが次の一手を考えているとガウスに通信が入った。
「閣下。ルキア殿からご連絡です。昨日、スー王女がお目覚めになったと」
「スーが?」
「はい。医師の問診に問題もなく、食欲もあり、お元気なご様子らしいです」
(ーー良かった……)
ルカは自分で思っていたより、ずっと安堵した自分を感じる。
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そして。
ルカの望み通りに、彼女は古代兵器の礎にはならなかったのだ。
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