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第四章:第七都クラウディア国立公園
21:第七都の遺跡
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サイオン王朝の遺跡である可能性を視野にいれ、調査は皇帝の独占からはじまる。遺跡にたとえサイオンとの繋がりが発見されたとしても、問題がない場合は、再び一般に開放されるだろう。
第七都に零都にあるような遺跡あるとも思えないが、白か黒かは、はっきりさせておかねばならない。
再び車での移動になる。往路でこりたのか、スーはルカの隣ではなく向かいの座席についた。
「良かったら、また肩をお貸ししましょうか?」
外の景色が見えるように、車窓のカーテンを全開にしながら笑うと、スーがからかわれていることに気づいたのか、むっと軽くルカを睨んだ。
「もう殿下にご迷惑をおかけしません」
「――また殿下……」
「あっ!」
「もしかして、すでに嫌いだと訴えているのでは?」
「違います! 慣れていないのと、……その、じつは、少し恥ずかしくて……」
ルカは再び吹き出しそうになったが、ぐっとこらえる。
「もうどちらでもいいですよ。スーに嫌われたら、すぐにわかりそうだ。あなたなら遠回しな方法に頼らなくても訴えてくれるでしょう?」
「ルカ様のことを嫌いになったりしません!」
「……それはどうかな」
「ずっと大好きです!」
勇ましい顔で気持ちを伝えてくる。打算や駆け引きの絡まない純粋な好意。ルカは、なぜか懐かしい気持ちになる。そんなふうに人を信じていられたのは、いつまでだったのだろう。
何色にも染まっていない、哀れなサイオンの王女。何も言えず、今はただ微笑むことしかできない。
「ルカ様はいつも笑って、受け流してしまいますが……」
「そんなことはありません。スーの気持ちは光栄に受け止めています」
車が走り出し、車窓の景色が流れ始める。スーが外の景色に視線を向けた。湖が昼過ぎのおっとりとした陽光を照り返ながら、鏡のように空を映している。青く澄んだ雄大な湖面。
「スーは、サイオンの王朝時代の遺跡を見たことはありますか?」
「はい。サイオンにも、王朝時代の遺跡はいくつか残っています」
「この国立公園にある遺跡も、王朝のものではないかと言われています」
「そうなのですか?」
「はい。ただ込み入った地形にあるので詳しい調査を行っていなかったのですが、今回は公園を閉鎖して詳細な調査を行います」
「では調査が終われば、また国立公園は開放されるのですか?」
「その予定です」
「良かった。では、また見られるのですね」
国立公園を観光する者は多く、敷地はとても数日では回れない広さである。ルカも閉鎖が長引くことは望んでいない。
「スー、見えてきました」
車窓を流れていた森林の向こう側に、歪な石造りの建造物が現れる。これ以上は近づく道筋がないので、車では遺跡の外周をたどることしかできないが、遠目にも異様な迫力を持って聳えていた。
「――サイオン」
ふらりとスーが座席から立ち上がる。
「スー?」
何気なく彼女を見て、ルカはゾッと血の気がひく。無表情な横顔。たしかに車窓の遺跡を眺めているのに、彼女が何を見ているのかわからない。瞬きもせず、赤い目を見開いて、ただ一点を見つめている。作り物のような無機質な眼。
「どうしたんですか?」
声をかけても反応がない。スーの腕に手を伸ばしてルカはさらにゾッと震えた。かたい。石のように硬直している。
「スーっ!」
隣に寄り添って、顔を覗き込んでも微動だにしない。人形のような無表情。
直後。
「――――――っ!」
スーが鼓膜を破りそうな甲高い声をあげた。悲鳴かと思ったが、抑揚のない機械音のように不自然に長い。
「スー? どうしたんです?」
頭がおかしくなりそうな不快な高音。声が止まらない。思わず耳を塞いだ。
唐突に、ピンと張った声がふつりと途切れた。同時に、ビシっと亀裂の入る音がする。
「っ!」
車窓のガラスが曇ったかのように白濁する。それが微細なヒビであると理解する前に、目前の窓ガラスが粉々に砕け散った。
(銃撃!?)
ルカは咄嗟にスーを引き倒した。
(ありえない)
車内で身を伏せながら、冷静に考える。周りには片時も離れず護衛がついているのだ。加えて、普通の乗用車とは比較にならない強度の防御ガラスである。至近距離で砲弾を打ち込んでも、ここまで粉々に破砕することはない。
「車を止めろっ!」
銃撃と考えるには、何もかもが不自然だった。これは外部からの攻撃ではない。
「スー!」
車内に引き倒した彼女はまだ硬直している。温もりがない。まるで石像のようだった。赤い眼は一点を見つめたまま見開かれている。呼吸をしているかどうかもわからない。
死体というよりは、人の形をした異質な物体のようだ。
「殿下!」と護衛が駆けつけてくるが、ルカは懸命にスーに呼びかける。
反応がない。
「医者を呼べ!」
周りに指示を飛ばすと、抱えるスーの体からひゅっと喘鳴のような呼吸音がした。
「――う……」
びくりと、硬直していた体が痙攣する。
「スー!」
ふっと彼女の硬直がとけ、細い体がぐったりとルカの腕に寄りかかる。見開かれていた目は閉じ、肌の柔らかさを感じた。呪縛が解けたように急激に温もりが蘇っていく。呼吸が戻り、彼女の胸が上下しているのがわかった。
「……スー」
ルカはぎゅうっと、彼女の体を抱き寄せた。
第七都に零都にあるような遺跡あるとも思えないが、白か黒かは、はっきりさせておかねばならない。
再び車での移動になる。往路でこりたのか、スーはルカの隣ではなく向かいの座席についた。
「良かったら、また肩をお貸ししましょうか?」
外の景色が見えるように、車窓のカーテンを全開にしながら笑うと、スーがからかわれていることに気づいたのか、むっと軽くルカを睨んだ。
「もう殿下にご迷惑をおかけしません」
「――また殿下……」
「あっ!」
「もしかして、すでに嫌いだと訴えているのでは?」
「違います! 慣れていないのと、……その、じつは、少し恥ずかしくて……」
ルカは再び吹き出しそうになったが、ぐっとこらえる。
「もうどちらでもいいですよ。スーに嫌われたら、すぐにわかりそうだ。あなたなら遠回しな方法に頼らなくても訴えてくれるでしょう?」
「ルカ様のことを嫌いになったりしません!」
「……それはどうかな」
「ずっと大好きです!」
勇ましい顔で気持ちを伝えてくる。打算や駆け引きの絡まない純粋な好意。ルカは、なぜか懐かしい気持ちになる。そんなふうに人を信じていられたのは、いつまでだったのだろう。
何色にも染まっていない、哀れなサイオンの王女。何も言えず、今はただ微笑むことしかできない。
「ルカ様はいつも笑って、受け流してしまいますが……」
「そんなことはありません。スーの気持ちは光栄に受け止めています」
車が走り出し、車窓の景色が流れ始める。スーが外の景色に視線を向けた。湖が昼過ぎのおっとりとした陽光を照り返ながら、鏡のように空を映している。青く澄んだ雄大な湖面。
「スーは、サイオンの王朝時代の遺跡を見たことはありますか?」
「はい。サイオンにも、王朝時代の遺跡はいくつか残っています」
「この国立公園にある遺跡も、王朝のものではないかと言われています」
「そうなのですか?」
「はい。ただ込み入った地形にあるので詳しい調査を行っていなかったのですが、今回は公園を閉鎖して詳細な調査を行います」
「では調査が終われば、また国立公園は開放されるのですか?」
「その予定です」
「良かった。では、また見られるのですね」
国立公園を観光する者は多く、敷地はとても数日では回れない広さである。ルカも閉鎖が長引くことは望んでいない。
「スー、見えてきました」
車窓を流れていた森林の向こう側に、歪な石造りの建造物が現れる。これ以上は近づく道筋がないので、車では遺跡の外周をたどることしかできないが、遠目にも異様な迫力を持って聳えていた。
「――サイオン」
ふらりとスーが座席から立ち上がる。
「スー?」
何気なく彼女を見て、ルカはゾッと血の気がひく。無表情な横顔。たしかに車窓の遺跡を眺めているのに、彼女が何を見ているのかわからない。瞬きもせず、赤い目を見開いて、ただ一点を見つめている。作り物のような無機質な眼。
「どうしたんですか?」
声をかけても反応がない。スーの腕に手を伸ばしてルカはさらにゾッと震えた。かたい。石のように硬直している。
「スーっ!」
隣に寄り添って、顔を覗き込んでも微動だにしない。人形のような無表情。
直後。
「――――――っ!」
スーが鼓膜を破りそうな甲高い声をあげた。悲鳴かと思ったが、抑揚のない機械音のように不自然に長い。
「スー? どうしたんです?」
頭がおかしくなりそうな不快な高音。声が止まらない。思わず耳を塞いだ。
唐突に、ピンと張った声がふつりと途切れた。同時に、ビシっと亀裂の入る音がする。
「っ!」
車窓のガラスが曇ったかのように白濁する。それが微細なヒビであると理解する前に、目前の窓ガラスが粉々に砕け散った。
(銃撃!?)
ルカは咄嗟にスーを引き倒した。
(ありえない)
車内で身を伏せながら、冷静に考える。周りには片時も離れず護衛がついているのだ。加えて、普通の乗用車とは比較にならない強度の防御ガラスである。至近距離で砲弾を打ち込んでも、ここまで粉々に破砕することはない。
「車を止めろっ!」
銃撃と考えるには、何もかもが不自然だった。これは外部からの攻撃ではない。
「スー!」
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